……自分自身が読者さんだった頃には意識していなかったのに、いざ作り手側に回ると途端に分からなくなってくる、これ。参考までに、自分の考えを掲載しておきます。ただ、マーケティングとは離れた位置にいる作家の一意見ですので、正確性については担保できないのですが……。
大前提として、小説の書き方に正解がないのと同じく、宣伝の仕方にも正解はないと思います。また、宣伝には宣伝のプロがいて、作り手である作家が踏み込める領域ではないかもしれません。
ただ、自分の作品がどんな風に紹介されるのかな、というのをあらかじめ意識しておくか、しておかないかで、お話作りでもちょっとした選択の幅が広がると思うのです。闇の中を手探りで進むか、小さな明かりを持つかの違いでしかないかもしれませんが。
作り手側としてどういう風に活用するかは後述しますので、ひとまず私なりの意見を並べておきます。
ここでは、その作品自体を全く知らない人向けを想定しています。
ではどうぞ。
最近では小説の無料試し読みなども充実してきましたが、これは『元々興味を持っているものに、無料で時間を割く』サービスです。つまり『最後まで読んでみれば面白さが分かる=最後まで読まなければ何も分からない』ような状況、特に新人さんのデビュー一冊目では十分な効果を得るのは難しいかもしれません。
読者さんが参考にするのは、基本となる定価以外の部分で言えば、
『タイトル』
『表紙イラスト』
『帯の宣伝ネーム(三〇~五〇字程度)』
『雑誌や電子メールなどに載る「短い」あらすじ(一〇〇字程度)』
『作家やイラストレーター、あるいは出版社のレーベル名』
『ナニナニ賞受賞や何百万部突破、ネットで有名なナニナニ、過去にナニを書いた作者の新作、などの文字で書ける宣伝文句』
『漫画やアニメなど他媒体でのメディアミックス、及び同番組や雑誌内での宣伝広告』
……この辺りが、『作り手から用意できる』武器ではないのかな、と。
もちろん友人知人の話やネットの口コミなども極めて強力な判断材料だと思います。ただこれらは作り手からは制御のできない武器ですから、ひとまず横に置かせていただきます。
レーベルによっては裏表紙にあらすじが書いてあるものもありますが、あれ『だけ』に過度な期待をするのは禁物ではないかと。というより、『平台に並ぶ商品を手に取って裏返す』という行為そのものが、『あらかじめ』興味を持っていないとできないので、『読者さんが興味を持つ、最初の最初の最初のきっかけ(つまり、試しに手に取ってもらうまでの原動力)』を乗り越えない限り、効果が出てくれないのでは、と思う訳で。
また、帯に著名人や先輩作家からコメントをもらうケースもありますが、こちらは一長一短だと思います。最初に目は引くものの、『じゃあその著名人の新作買いたいな。お小遣いも限られているし』となってしまっては元も子もありませんから。帯スペースがコメントに占められるため作品自体の内容を語る事ができず、伸るか反るかがかなり大きな宣伝方法だと思います。
(理想を言うなら、帯の表には作品紹介文と『裏には誰々のコメントがあります』と表記する事ではないでしょうか。こうすると、とりあえず著名人のコメントだけでも見てみたい、と興味を持った読者さんが文庫を『手に取り』ひっくり返して、そこでさらに文庫裏表紙の長いあらすじに目が留まる……といった『流れ』を作れる訳です。帯の表に著名人のコメントを全て載せると、それで満足して立ち去られてしまう、と『流れ』が断ち切られてしまうリスクもある訳ですね)
ともあれ。
最初に読者さんの目を『止める』『留める』ためには、表紙に載っている分だけ、これくらいザックリした情報しかないのです。
あれ!? 文字を書いている作家本人にできる事はほとんどないんじゃ!? と驚いた方、まさにその通りです。実を言うとこれでも恵まれている方で、平台と呼ばれる新刊コーナーなどに並べてある場合に限ります。棚に差されてしまえば背表紙のみとなり、さらに読者さんが得る情報は少なくなってしまいますので。
ネットの通販サイトならそんな事ないじゃん、表紙のサムネイルくらいは表示されるし、とお思いの方、基本的にネットまわりは『読者さんが興味を持って自分で検索しない限り』何の情報も吐き出しません。つまり『裏表紙のあらすじ』と同じ現象に陥るリスクがあるのです。また、たとえ読者さんの意に沿わず情報を開示できたとしても、それは鬱陶しいと思われる危険性があります。この辺りは、過剰なバナー広告などと同じですね。
とはいえ、じゃあ絵描きさんや編集さんに丸投げで、後は運を天に任せるしかないのか……などと考えるのは早計です。
確かに装丁や宣伝は彼らの仕事ですが、元となる素材、撃つべき弾、つまり本文がなければどんな名銃も宝の持ち腐れなのです。よって、
『イラストにしやすいテーマを組み込む』
『短い宣伝ネームで効果的な文章を作れるよう、キャラや設定を少しでも魅力的なものにする』
『トリッキーなキャラクターだらけの群像劇の場合、せめて一人くらいは王道のヒロインを用意できないか考える』
といった作家側の努力は不可欠となります。例えば絵描きさんは、基本的には本文の中で言及のあるものしか描けない訳ですからね。
ものすごく簡単に言うと、読者さんが思わず振り返るような可愛いヒロインを描いてもらうには、それだけ可愛いヒロインを本文で登場させなければならないのです。そしてそれは、絵描きさんの仕事ではなく作家の仕事です。
この辺りは、『ヘヴィーオブジェクト』における『核でも破壊不能な超大型兵器』や『インテリビレッジの座敷童』における『赤い浴衣のグラマラスな座敷童』などが『宣伝を組みやすい、視覚でイメージのしやすい記号』として分かりやすいかもしれません。
例えば三〇〇ページなり四〇〇ページなりの原稿を書き上げた時、その作品の素晴らしさは何かと問われれば、真っ先に『試しに最後まで読んでみてください』という言葉が浮かぶものです。
ですが、それが『帯の宣伝』や『一〇〇字程度の短いあらすじ』に短縮された時にどう表現されるか、そのワードだけで魅力的だと思ってもらえるような材料が作品の中に揃っているか。これを意識するかしないかだけで、『中身はフランクな文体なのに、敷居が高いと思われて手に取ってもらえなかった』という残念な事態を少しでも回避できる可能性が浮上するのかも、と思うのです。
もちろん宣伝だけが素晴らしくて中身が伴わなければ肩すかしとなってしまいます。作り手が一番大事に扱うべきはやっぱり本文です。ただ、もしも余力があれば、見え方に対するちょっとした気配りをしてみても損はしないのではないでしょうか。
応募原稿の場合でもこの項目は重要で、選考する側からすれば『この原稿なら安心して宣伝を組める、勝てる、頼りになる弾丸だ』と思えるようなものを選択したいと考えるはず。この手の小説賞では『斬新な』『誰も見た事のない』『オリジナリティのある』という謳い文句を並べているケースが多々ありますが、出版社も会社である以上はそれらを十分に満たすと同時に『高い人気を期待できる』という隠し項目が存在する訳で。少なくとも、一冊丸ごと墨汁を塗りたくった真っ黒な原稿を読んで『今までにない斬新な作品だね!』と大賞を与える事はないはずです。
原稿を書く作業は一人きりで、その原稿はあなただけのものですが、その原稿に命を託すのはあなた一人とは限りません。いつか出会う編集さんや絵描きさんのためを思って、『勝てる』『安心して背中を預けられる』キャラクターや設定を追求してみるのも良いかもしれません。