俺を好きなのはお前だけかよ 公式サイト限定 特別短編『俺の考えは大きく間違えていたと、身に染みた。』

※本ページは、電撃文庫『俺を好きなのはお前だけかよ』の公式サイト限定特別書き下ろしストーリーです。


公式サイト限定 特別短編『俺の考えは大きく間違えていたと、身に染みた。』


 ――月曜日。

 俺の名前は如月雨露(きさらぎあまつゆ)。名前から『月』を抜いて、皆からは『如雨露(じょうろ)』と呼ばれる男だ。

 容姿、勉強、スポーツにおいて全て平均よりちょっと上(自称)をいく、高校生二年生男子。

 ……さて、唐突だがここで一つ。とある事柄について、俺の意見を述べておこうと思う。

 それは、『女にモテる男の条件』についてだ。

 高校生の男子で、女にモテる男の条件とは何か? ある種の永遠のテーマだろう。

 容姿がいい男?

 正解だ。かっこいい男はモテる。勉強やスポーツが苦手でも、容姿が大抵を補ってくれるからどうにかなる。だが、将来的には不安があるので、自分磨きは忘れないようにするといい。

 勉強ができる男?

 正解だ。ただ、あまり自分が勉強を出来るからと天狗になっていると、男子からも女子からも嫌われるから気をつけてくれ。結果は見せるだけでいい。語る時は要注意だ。

 スポーツが出来る男?

 正解だ。スポーツをやっている男はかっこいい。何かに必死に打ち込む姿というのは、心を打ち、多少容姿が悪かろうが、頭が悪かろうが、問題はないだろう。体が補ってくれる。

 他にも色々と『女にモテる男の条件』はある。

 バンドをやっている、話がうまい、優しい……エトセトラエトセトラ……。

 だがしかしだ。これらの様々な『女にモテる男の条件』よりも、遥かに優れた『女にモテる男の条件』が、この世には存在する。

 それは…………鈍感純情BOYだ!

 女の子のわがままに振り回され、嫌な顔をしつつも仕方なくその手伝いをしたり、時には優しく、時には厳しく、そして一生懸命、女のために尽くす男。

 これは間違いなくモテる!

 ほら、学校に一人はいるだろ? 大した取り柄もない癖に、なぜか女にモテる男ってのはよ。

 しかも、この鈍感純情BOYのすごいところは、同性から嫌われにくいところにある。

 女にモテる男に嫉妬しがちなモブ男子諸君も、鈍感純情BOYに関しては、『あいつはまぁ、そういうやつだからなぁ』とあっさりと納得し、女にモテることを許容するのだ!

 これが俺の意見だ。どれだけ優れた能力よりも、圧倒的に優れた鈍感純情BOY。

 つまり! この学校で、一番モテる男とは……、

「ジョーロ、早く体育館に行かないと、おいてっちゃうぞぉ!」

「うわぁ! 待ってよぉ! ひまわり!」

 鈍感純情BOYを演じる俺の他に、いるはずがないのだ!



「ゴーゴー体育! ゴーゴー体育!」

「ひまわり、あんまり強く引っ張らないでよぉ。僕、ちゃんと歩くからさ」

「ダメー! だってジョーロ、歩くの遅いんだもん! サンちゃんとだったら、もうついてるぐらいだよ!」

 今日も俺の鈍感純情っぷりは、冴えに冴えているな。

 一人称もバッチリ『僕』にして、大人しさのアピールもバッチリだ!

 少し文句があるとすれば、野球部のエースであるサンちゃんと俺では、運動神経が根本的に違いすぎるので、あまり比較対象として出さないでほしい点だろう。

「ほら行くよぉー。ドンドン行くよぉー」

 俺の手を引き、天真爛漫な笑顔で歩くこいつの名前は日向葵(ひなたあおい)。あだ名は『向日葵(ひまわり)』。

 こいつの本名の漢字を並び替えたら、そう読めることが由来だ。

 テニス部のエースでスポーツ万能。身長や胸は平均より低いが、クリクリした犬のような目が可愛らしい少女で、性格は見ての通り、明るく元気。

 そんな様々なモテる要素を持つこいつは、当然のようにモテる。

 うちの学校でも一、二を争うぐらいに人気があり、そして、俺の幼馴染でもある。

 ちなみにサンちゃんは、中学時代から続く俺の親友で、熱血漢ないい男だ。

「あとちょっとぉ! あとちょっとぉ!」

 幼馴染……。何と素晴らしき響きであろうか。

 まさに俺に惚れるために生まれてきた女と言っても、過言ではないだろう。

 鈍感純情BOYと幼馴染。……まさにお約束だ!

 こうして、手を繋いで歩いている以上、間違いなくひまわりは俺が好き。

「ねぇねぇ、ジョーロ」

「なに、ひまわり?」

 唐突に歩を止め、顔をほんのりと紅く染めたひまわりが俺を上目遣いでじっと見る。

 ふっ。やはり鈍感純情BOYは最強だ。これこそまさに、モテるための必須条件!


「あのね! わたし、体育の授業で、大好きサンちゃんに自分をアピールしたいの!」


 そんなふうに考えていた時期が、俺にもありました……。



 事件が起きたのは昨日。日曜日に一緒に映画を観に行こうと、ひまわりに誘われた。

 幼馴染からのデートの誘いだ。当然、初めは嫌がるフリをしつつも、了承する。

 そして映画を観て、飯を食った帰り道にある公園で、俺は相談されたのだ。


 俺の親友であるサンちゃんが好きだから、恋を実らせる協力をしてほしいと。


 ……おかしい? どうしてこうなってしまった?

 その自問自答を繰り返した結果、俺は一つの結論へと至った。

 俺は、どこにでもいる平凡なモブだったのだ。

 しかし、その事実を受け入れても、俺は腐ったりはしない。チャンスはまだある。

 もしひまわりが、俺の親友であるサンちゃんへの恋心が実らなかった場合、絶対に傷心する。

 その時こそ、俺が昇進するチャンスだ!

 落ち込んだひまわりを慰めに慰めまくって、新たなる恋心を芽生えさせてみせる!

 だからこそ、俺はひまわりに協力して、様々なサポートをしている。

 もちろん、そのサポートで手を抜くような、せこい真似はしない。

 正直に言えば、ひまわりはいい奴だし、俺の親友もいい奴だ。

 そんな二人が付き合ったら、まぁ非常に心苦しくはあるが、うまくいくだろう。

 俺はクズ野郎である自覚はあるが、親友の幸せを喜べないような奴になるつもりはない。

 恋を故意に失敗させるなんてことはしないのだ! おっと、うまいこと言っちまったぜ。

 ちなみに今回の作戦だが、今日の体育の授業はバスケットボール。

 男女別々に体育館を使って、試合をする。

 俺はすでに、様々な根回しを行い、サンちゃんと同じチームに所属することになっている。

 そこで、試合が始まる直前に、『体調が悪くなったから見学させてほしい』と申し出る。

 そして、俺の代わりにひまわりをサンちゃんと同じチームにぶち込むのだ。

 本来なら男子の試合に女子が出ることなどありえないが、ひまわりの性格ならいけるだろう。

 持ち前の明るさと自由奔放さを、利用するだけ利用してもらえばいいだけだ。

「ジョーロ! 同じチームだな! 負けないように頑張ろうぜ!」

「うん。よろしくね。サンちゃん」

 今日も相変わらず、熱血の権化なサンちゃんこと大賀太陽(おおがたいよう)が、俺にギラリと暑苦しい笑みをくれる。もう分かってしまった人もいるだろうが、一応説明しておこう。

 あだ名の由来は『太陽』だから『サン』ちゃんだ。

 野球部のエースに相応しい身長一八〇センチの細マッチョな体。ほんのちょっぴり垂れている目がチャーミングな俺の親友。

 性格は見ての通り、超熱血漢。負けず嫌いでいじっぱりで、真っ直ぐな男だ。

 ……さて、それでは早速、作戦開始といこうか。



「よっしゃぁ! プレイボールだぜ!」

「サンちゃん、ファイトォ!」

 バスケの試合だからプレイボールではないと思うが、サンちゃんの野球語録は今に始まったことではない。だから俺も他の奴らも誰一人として、ツッコみはしない。

 ちなみにコートには現在、サンちゃん、ひまわりとモブ諸君を含んだAチームと、その他モブ諸君のBチーム。大いなるモブの俺は、予定通り見学を申し出て、目下体育座り中。

 大人しく体調の悪いふりをして、試合を見学している。

「よっしゃぁ! バスケットボール、ゲットだぜ!」

 はぁ……。俺もバスケ、したかったなぁ……。

 別にスポーツが嫌いってわけじゃないし、ここでちょっとぐらい活躍したら、他の見学者の女の子が『あ、ジョーロやるじゃん!』って褒めてくれたかもしれないしなぁ。

 けど、ひまわりの協力をする以上、俺が参加するわけにはいかないし……。切ねぇ……。

「ひまわり、パスだ!」

「うん! シュート! …………やったぁ!」

 試合が開始して僅か十秒。見事にジャンプボールを制したサンちゃんからのパスが、ひまわりへと渡り、そのままヒュパッとゴールを決めた。

 さすが野球部&テニス部のエースだ。スポーツにおいては輝きまくっている。

 本当に楽しそうで羨ましい。本当に楽しそうで……ちくしょぉぉぉぉ!

 なぜだ! なぜ、俺がモテないのだ!?

 俺とサンちゃん、いったい何が違うというのだ!?

 そりゃサンちゃんはさ、野球部のエースでスポーツ万能だよ? 身長も高くて体も鍛えてるから、スタイルもいいよ? いつでも一生懸命で真っ直ぐな男だよ?

 対して俺はさ、スポーツは普通よりちょい上だよ? 身長も平均ちょい上で体も鍛えてないから、スタイルも平凡だよ? いつでも一生懸命じゃないし、どっちかっていうと無気力だよ?

 …………全然、違うじゃねぇか! サンちゃん、マジでかっこいいな!

 比較してみたら、圧倒的に向こうがモテる要素満載だったわ! そりゃ、モテるわ!

 ダメだ。こんな勇者と村人を比べるような、情けない真似をしている場合ではない。

 とにかく今は、ひまわりを見守ろう。

 今日の作戦の肝はこの後。ひまわりとサンちゃんにハイタッチをさせることにある。

 やはりボディタッチは、恋愛の始まりには必須だからな。

 俺に対してベタベタ触れられるのだから、サンちゃんに対してもきっと出来るだろう。

 さぁ、ひまわりよ! 今こそ、時は来たれり! ハイタッチをお見舞いしてやりなさい!

「イエーイ! ひまわりぃ!」

「イエーイ! サンちゃ……ぁぁぁん!」

 ひまわり、直前で手の位置を20センチダウン! 思い切り空振りましたぁ!

 なんでそうなんだよ!? いつもの流れで決めろよ! なんで直前でひよるんだよ!?

「ご、ごめんサンちゃん! ……空振っちゃった」

「お、おう……! ドンマイだぜ!」

 なぜ、ゴールを決めた奴が、ドンマイと励まされているのだろう? 謎である。

「つ、次はちゃんとやるから! お願い! わたしにパスを頂戴!」

「分かったぜ! 次は完璧なハイタッチを決めてやろうぜ!」

 バスケはそういうスポーツではありません。

 相手のゴールに、シュートを決めるスポーツです。

 ちなみにそれから五分間、サンちゃんは華麗なパスをひまわりに送り、ひまわりは見事にゴールを決め続けた。だが、ハイタッチは一度たりとも成功することはなく、相手チームとひまわりの心は、もはや折れる寸前の状態になっている。

 なぜ、チームは勝っているのに、あそこまで追い詰められた顔にひまわりがなっているかを知っているのは、俺だけだろう。

「う、うぅぅぅ……。こ、今度こそ!」

「いいかひまわり? ちゃんと的を見て狙うんだ! そうすりゃ、バッチリだぜ!」

「分かった! わたし、頑張るね!」

 気持ちは分かるが、そろそろやめてやれ。さっきから、相手チームの顔がひどいぞ。

 点差も五十点以上開いているし、心は折れ切っているんだから、自重しなさい。

「っと、悪い! ひまわり」

 しかしここで、珍しい事件が発生。

 なんとサンちゃんが、パスを失敗して、ボールがコートの外に出てしまったのだ。

 相手チームからのボールか。これなら少しぐらい向こうにも楽しむチャンスが……

「わたし、絶対にパスを取るもん! サンちゃんとハイタッチするんだもん!」

 あれ? ひまわりさん? ちょっと、ひまわりさん? 貴女、何やっているんですか?

 なぜコートの外に出て、跳ねたボールを全力で追っているんですか?

 止まりなさい。今すぐに止まりなさい。……止まれっつってんだろがぁ!

「間に合えぇぇぇぇ!」

 もう間に合ってねぇっつーの! それっぽいこと言っても、手遅れだよ!

 お、おい……。そんな思いっきりダイブなんてしたら……、

「みきゃぁ!」

 あー……。言わんこっちゃない。

 地面に落ちたボールに、ダイビングキャッチをかましたひまわりは、その勢いのままに顔面を壁にクラッシュ。

「うぅぅぅ……へにゃぁ~」

 何とか立ち上がったものの、そのまま白目をむいて、ぶっ倒れてしまった。

 まったく……。いくら自分の苗字が『日向』だからと言って、やりすぎだろ。

「サンちゃんに……アピィィィリュゥゥゥ……」

 大丈夫だひまわり。

 サンちゃんにアピールはできなかったが、木の葉最強アピールはバッチリできている。

「あ、先生。僕、体調が良くなってきたんで、ひまわりを保健室に連れて行きますね」

 理想はサンちゃんに運んでもらいたいけど、まだ試合中だし、とりあえずこいつは、俺が運んでおこう。他の奴に運ばせるわけにもいかんしな。



「う、うーん……んあ!」

 保健室に到着して三分程すると、ひまわりがガバッと体を起こした。

 自分に何が起きたか分かっていないようで、不思議そうな顔でキョロキョロしている。

「目、覚めた?」

「あ! ジョーロ……かぁ~……」

 おい、てめぇ今、サンちゃんじゃなくて、ガッカリしただろ?

 ものすっご顔に出てるからな。それ、すっげぇ傷つくからな。

「うん。顔、平気? かなり強くぶつけてたみたいだけど?」

「大丈夫。ありがとね。心配してくれて。ここまで運んでくれたんでしょ?」

「ま、まぁね……」

 ちぃ。シュンと落ち込みやがって、可愛いじゃねぇか。

 けど、そんな状態のひまわりに和んでる場合じゃねぇんだよな。

 こいつ、メチャクチャへこんでるし。

「うぅ~……。失敗しちゃったよぉ……」

 布団をギュッと掴みながら、プルプルと体を震わせ、涙を流すひまわり。

 俺から見れば、バカ丸出しの行動ではあったが、本人的には一生懸命だったのだろう。

「どうして、サンちゃんにできないんだろう? ジョーロとか棒になら普通にできるのに……」

 それはね、君がサンちゃんのことを好…………ってちょっと待てぇい!

 てめぇ、今、さり気なく俺と棒を同列扱いしただろ!? どういうことだそれは!

「ま、まぁ……ほら、サンちゃんはひまわりにとって、特別な人だから、さ」

 ふしゅうぅぅ……。危うく爆発しそうになったが、どうにか堪えたぞ。

 よく耐えたぞ俺! 普通、怒るところだが、ここで怒ってしまっては鈍感純情BOYではいられなくなるからな。どうにかプライドが、怒りを収めてくれたぜ。

「サンちゃんに変な子って、思われちゃったかなぁ?」

「そんなことないんじゃない? ひまわりはいつも明るくて元気だから平気だよ」

 ジョーロ語翻訳:どうせ君バカだから、いつものことだって思われてるよ。

「そっかぁ! じゃあ、次から頑張れば、大丈夫かな?」

「もちろん。まだまだチャンスはあるから、ここから頑張ろう」

 ジョーロ語翻訳:とりあえず百回失敗してもいいから、一回だけ成功して。まじで。

「ありがとージョーロ! 大好き!」

「あははは。それをいつか、サンちゃんに言えるように頑張ろうね」

 ジョーロ語翻訳:ここまで言ってて、俺を好きじゃないとか。君、頭大丈夫?

「おー!」

 とにかく元気を取り戻したひまわりを連れて、俺は授業へと戻っていった。

 世界はどうして、俺に優しくないのだろう?



 ――火曜日。

 昨日のひまわりの失敗はさておき、現在俺は、テクテクと廊下を歩いている。

 なぜ歩いているかという理由は簡単で、次の授業が家庭科の調理実習なので、教室移動をしているのだ。

 今日のメニューは『アップルパイ』。

 家庭科で作るにしては、やや難易度が高いと思ったが、問題なし。

 料理作りやお菓子作りが得意な男子はモテるって、どこかで聞いたこともあるし、ここは一生懸命、授業に臨ませてもらおう。

「へっへっへ! ジョーロ! りんごは俺に任せろ! 一発で握りつぶしてやる!」

 俺と共に廊下を歩くサンちゃんから、頼りになりそうでならない発言が出る。

 どんな時でもやる気満々なのはいいが、炎柄のエプロンをつけて一緒に歩かれるのはちょっと恥ずかしい。

「サンちゃん、りんごは皮を剥いて細かく切るから、握り潰しちゃダメだよ」

「そっか! じゃあ、卵にしておくな!」

「そっちもダメかな」

 ちなみに今日の調理実習の班だが、俺とサンちゃんが同じなのに対して、ひまわりは別だ。

 さすがに家庭科の授業で、体調が悪くなったから見学して代わりにひまわりは無理がある。

 なのでそこは、大人しく諦めてもらった。

「あ! わりぃジョーロ! ちょっとトイレに行ってくるな!」

「うん。分かった。じゃあ僕はここで待ってるね」

 ふと、サンちゃんがもよおしたのか、急ぎ足でトイレへと向かうので、俺は待機。

 別にまだ時間もあるし、問題はないだろう。

 そうだ。今のうちに次のひまわりの作戦でも……、

「おや? ジョーロ君かい?」

「あれ? コスモス会長じゃないですか」

 ふと、背後から聞こえてきた声に振り向くと、そこに立っていたのは生徒会長である秋野桜(あきのさくら)。

 『秋』と『桜』で『秋桜(コスモス)』と呼ばれている女だ。

 こいつのスペックはすごい。才色兼備の権化と言ってもいいだろう。

 生徒会長であると同時に、三年生学年トップの成績を持ち、腰まで伸びた艶やかな髪と少し鋭い目が綺麗に整った美人顔。

 既にここまで言って十分に分かると思うが、コスモスはひっじょーにモテる。

 なんせ、ひまわりと学内で一、二を争うほどにモテる女とは、コスモスだからな。

「こんな所で偶然だね。何をしているんだい?」

 一見するとクールに見えるコスモスだが、実際はそうでもない。

 どちらかと言うと優しいと評判な人物で、学内の信頼もかなり厚い。

「次の授業が家庭科で調理室に向かってる途中なんですが、友達のサンちゃんがトイレに行っちゃったんで、それを待ってるんですよ」

 ちなみに、俺達の関係だが、実は俺、生徒会に書記として所属しているのだ。

 だから学年は違えど繋がりはあり、日々仲睦まじく生徒会活動に勤しんでいる。

「そうか。君は優しいな」

「そんなことないですよ」

「そんなことありますよ」

 穏やかな笑みと共に、そう言うコスモスの美人度はやばい。まさに女神と言いたくなる姿だ。

 生徒会長……何と素晴らしい響きだろうか。

 まさに俺に惚れるために生まれてきた女と言っても、過言ではないだろう。

 鈍感純情BOYと生徒会長。……まさにお約束だ!

 廊下で会ったら嬉しそうに声をかけてくるなんて、間違いなくコスモスは俺が好き。

「な、なぁ、ジョーロ君」

「なんでしょうか。コスモス会長」

 顔を紅く染め、コスモスが俺に恥ずかしそうに耳打ちをしてくる。

 ふっ。やはり鈍感純情BOYは最強だ。これこそまさに、モテるための必須条件!


「その、できればここで、大好きなサンちゃんに自分をアピールしたいんだ!」


 そんなふうに考えていた時期が、俺にもありました……。



 事件が起きたのは三日前。土曜日のことだ。

 俺のスマホが金曜日に壊れたので、次の日に買いなおしに行くと言ったら、コスモスがついてきた。生徒会長からのデートの誘いだ。当然、素直に喜んで同行を願った。

 そしてスマホを買って、コスモス手作りサンドイッチを公園で頬張った後、俺はこう、相談されたのだ。


 俺の親友であるサンちゃんが好きだから、恋を実らせる協力をしてほしいと。


……おかしい? どうしてこうなってしまった?

 その自問自答を繰り返した結果、俺は一つの結論へと至った。

 俺は、どこにでもいる平凡なモブだったのだ。

 しかし、その事実を受け入れても、俺は腐ったりはしない。チャンスはまだある。

 もしコスモスが、俺の親友への恋心が実らなかった場合、絶対に傷心する。

 その時こそ、俺が昇進するチャンスだ! 

 落ち込んだコスモスを慰めに慰めまくって、新たなる恋心を芽生えさせる! 

 だからこそ、俺はコスモスに協力して、様々なサポートをしている。

 もちろん、そのサポートで手を抜くような、せこい真似はしない。

 正直に言えば、コスモスはいい奴だし、サンちゃんもいい奴だ。

 そんな二人が付き合ったら、まぁ非常に妬ましくはあるが、うまくいくだろう。

 俺はクズ野郎である自覚はあるが、親友の幸せを喜べないような奴になるつもりはない。

 愛に相反することはしないのだ! おっと、またまたうまいこと言っちまったぜ。

 ほら、やっぱりチャンスは一つより二つの方がいいからな。クケケケケ……。

 ただ、一つ勘違いしないでほしいことがあるので、それを伝えておこう。

 昨日とそっくりな思考をしている俺だが、ひまわりにもコスモスにも、二人同時に恋の協力をすると俺は予め伝えているのだ。

 そりゃそうだろう? どっちにも内緒にしつつ、コウモリ状態でいてみろ?

 バレた瞬間、俺の全てが失われる。

 だからこそ、俺はひまわりにもコスモスにも、協力する条件として、『自分は二人を均等にサポートするから、どっちが勝っても恨みっこなし。嫌なら協力するつもりはない』とビシっと言った。最初は渋い顔をされたが、俺の協力が必要不可欠である以上、選択肢はないも同然。

 俺はひまわりとコスモスに、二人の恋を同時に協力することを受け入れてもらった。

 さらにここで、俺の優れたサポート能力も披露しよう。

 今、偶然にも廊下で出会ったコスモスが、僅かな時間を利用して、自分をアピールしたいという無茶振りをしてきた。

 まだまだサンちゃんに『女の子』としてではなく、『先輩』として見られがちなコスモスとしては、このチャンスを逃すわけにはいかないのだろう。

 だが俺は、こんなこともあろうかと、作戦をたてておいてあるのだ!

 コスモスは生徒会長であり、成績優秀。ついでに、料理が得意だ。

 なのでサンちゃんが戻ってきたら、コスモスから今日の授業内容をたずねる。

 そして、バッチリと授業で成功するコツをツラツラと説明し、家庭的な女の子だとアピールすれば、作戦は成功だ。

「なら、コスモス会長。昨日話していた、あの作戦で行きましょう」

「あの作戦? それは、私がサンちゃんと食べさせ合いっこをするというアレか!?」

 それじゃない。それはてめぇが勝手に盛り上がってテンションのままに出した作戦で、俺が即座に却下したやつだ。初々しいカップルでもない癖に、挑戦心が旺盛すぎる。

「違います。ほら……、授業の内容を聞いて、それを説明するやつですよ」

「あ、ああ! アレか! アレなら私の得意分野だものな! 君は賢いな!」

 むしろ、貴方の頭がおかしいんです。

 何で学年トップの成績なのに、恋愛に関してはそこまでぶっ飛んでいるのでしょう?

「えっと、サンちゃんと授業の内容で話す場合は……」

 さっと右手に持つピンク色のノートを広げ、パラパラとページをめくるコスモス。

 これは、こいつの少し特殊な癖だ。

 コスモスはいつもピンク色のノートを持ち歩き、そこに様々な情報を書いている。

 通称『コスモスノート』と呼ばれるそれは、学内の情報をほぼ全て把握しているだろうと、良く分からない恐れを抱かれている一品でもある。

「ジョーロ、待たせたな! ……あれ? コスモスさんですか? こんちわっす!」

 とそこで、熱血ファイヤーエプロンを装着したサンちゃんが戻ってきた。

 コスモスの姿を見ると、すぐに頭をペコリと下げる礼儀正しさはさすがだ。

 そして、それを確認したコスモスが、背筋をピーンと伸ばして、顔を真っ赤にした。

「や、やぁ! 大……サンちゃん!」

「へへへ! どうもコスモスさん、偶然ですね!」

 はぁ……。本当なら、サンちゃんと楽しく調理実習の話をしながら行こうと思ってたのにな。

 何でこんな所で俺は、他人の恋の応援をしているんだろう?

 けど、ひまわりばっか協力して、コスモスは放置なんて出来ないし……。切ねぇ……。

「えっと……、今日はこの後、調理実習なんだよね? 何を作るんだい?」

「アップルパイっす! 初めて作るんで、めっちゃ楽しみです!」

 コスモスが顔を真っ赤にしながらする質問に、満面の笑みで応えるサンちゃん。

 あくまで二人の時間なので、俺は会話に加わらず、見てるだけ。

 本当に楽しそうで羨ましい。本当に楽しそうで……ちくしょぉぉぉぉ!

 なぜだ! なぜ、俺がモテないのだ!?

 俺とサンちゃん、いったい何が違うというのだ!?

 そりゃ、サンちゃんはさ、すっげぇ礼儀正しいよ? 経験のないことに挑むのに前向きだよ? メリハリがしっかりしてて、やる時はやる男だよ?

 対して俺は、あんま礼儀正しくないよ? 経験のないことに挑むのに後ろ向きだよ? メリハリがなくて、やるべき時もやらない男だよ。むしろ、すぐに逃げ出すよ?

 ……全然、違うじゃねぇか! サンちゃん、マジでかっこいいな!

 比較してみたら、圧倒的に向こうがモテる要素満載だったわ! そりゃ、モテるわ!

 ダメだ。こんな魔王とスライムを比べるような、情けない真似をしている場合ではない。

 とにかく今は、コスモスを見守ろう。

 いいかコスモス? てめぇがやるべきは、サンちゃんにも分かりやすく料理のコツを伝えることだ。サンちゃんは体を使ったことは得意だが、頭を使うのは苦手だからな。

 ちゃんと、そんなサンちゃんにも分かりやすく説明してやってくれ。

 さぁコスモスよ! 料理が趣味のてめぇの得意分野だ! その力、見せてやれ!

「そ、それなら、私も以前にやったことのある授業だから、コツを伝えるよ!」

「まじっすかぁ! 助かります!」

「アップルパイを作るのに一番大切なことだが…………包丁はしっかり持とう!」

 君、何言ってるの? それ、料理のほとんどで、一番大切なことだよね?

 やっべぇ……。そうだった……。

 コスモスは、勉強は得意だが、恋愛に関しては本番に弱く、好きな相手だと極度の緊張乙女ちゃんになっちゃうんだった。これは非常によろしくない予感が……。

「決してふざけてはいけない。包丁を持ちながら、『ホウチョー!』とブルース・リーのような掛け声を出すのはダメだぞ」

 どうしてこの人は、こんなキリっとした顔で『ホウチョー!』などと言えるのだろう?

「分かりました! じゃあ包丁を持つ時は、慎重にやりますね!」

「ああ。そうするといい。それで次にだが……」

 一見すると冷静な口調のコスモスだが、本当はかなりテンパっているのだろう。

 さっきから足はガタガタ振るえ、ノートのページをパラパラめくりまくっている。

「……あったぞ! 次はそうだな! 食べさせ合いっこだ!」

 てめぇはどこのページを見て話してんだ! ちげぇだろ! そこはちげぇだろ!

「た、食べさせ合いっこ……ですか?」

 ほらぁ~。サンちゃんがめっちゃ困惑してんじゃん。そりゃするよ。

 常識的に考えて、調理実習と食べさせ合いっこ、関係ねぇもん。実際ねぇし……。

「そうだ。食べさせ合いっこだ。調理をした後、味見は欠かせないだろう?」

 ちょっと関係がありそうな感じで話しやがった! この女……できる!

「そんな時、食べさせ合いっこをすれば問題は全て払拭される。作った料理の味だけでなく、自分が他人の食事を補助するという行為によって、『あぁ……。きっとこの人は、私を支えてくれる人なんだなぁ』と相手に認識してもらえるんだ。とても幸せな笑顔をしていると思うよ。主に、私が」

 結局ダメだったぁ! 特に、最後の一言がひどすぎる!

 てめぇは家庭科の授業にいねぇだろが! 未来を夢見てうっとり話すのは後にしろ!

「さらにそこで、空いている手をそっと相手の手に重ねるんだ! 女性は男性に守ってもらいたいと思う気持ちが少なからずあるからね。とても安心すると思うよ。主に、私が」

 さっきからてめぇ、自分がサンちゃんと付き合ったら、やりたいことを言ってるだけだろが!

 まずそもそも、自分が家庭科の授業に参加しないってことに気づけ!

「そ、そうですか……。何ていうかコスモスさんの話って、結構難しいですね……」

 むしろ理解しようと努力する君の姿勢に、俺は感動した。

「そ、そうかな?」

 あ、コスモス気づいた。

 自分が料理のコツじゃなくて、夢見る未来を語ってたって気づいた顔になった。

「で、でも、料理には必要なんだ! 先輩の私が言うんだから間違いない!」

 全てを料理にねじ込んだんだ上に、自爆した!

 コスモス、女の子アピールをしようとした結果、先輩アピールしちゃいましたぁ!

「分かりました! さすがコスモスさんです。すっげぇ立派な先輩で頼りになります!」

 サンちゃん、ナイスキャーッチ! さすが野球部のエース!

「た、頼りに……」

 いや……、愕然とする気持ちは分かるけど、君の自爆だよ?

 サンちゃんに『女の子』として見てもらおうとして、おもっくそ『先輩』コール出しちゃったじゃん。自分にとっての禁句を言わせるチャンス、華麗に与えちゃってたよね?

「わ、私は……君と……」

 あ~。コスモスの奴、うろたえちまってるよ。すっげぇ涙目だよ。

 まぁ、てめぇの自爆だから何とも言えんが、元気出せ。

 自分なりに努力をしようとした点については、俺はちゃんと分かってるぞ。

「あ! そろそろ時間ですね! じゃあこれで! ジョーロ、行こうぜ」

「う、うん。それじゃあ、コスモス会長……。また、後で」

「あ、あぁ……分かった……」

 サンちゃんの無自覚な攻撃によって、廃人と化したコスモスを置いて、俺達は調理実習へと向かっていった。



 調理実習は授業を二コマ使う授業なので、間に休み時間が存在する。

 その休み時間を利用して、俺はコスモスがいるであろう場所へと訪れていた。

 その場所は生徒会室。以前にコスモスから『落ち込んでいる時や困った時はこっそり生徒会室にこもっているんだ』と笑いながら話していたのは、よく覚えているからな。

「うぅ……」

「大丈夫ですか。コスモス会長?」

「あ! ジョーロ君……かぁ~……」

 おい、てめぇ今、サンちゃんじゃなくてがっかりしただろ?

 ものすっごく顔に出てるからな。それ、すっげぇ傷つくからな。

 ひまわりといい、てめぇといい、何なのそれ? どうしてそこまで俺をいじめるの?

「はい。大丈夫ですか? サンちゃんの言葉ですけど……」

「大丈夫だ。すまないね。私を心配してここまで来てくれたのだろう?」

「ま、まぁ、ついでですよ」

 くそ。てめぇも元が美人だから、落ち込んだ態度が可愛いじゃねぇか。

 普段はアレだけ大人ぶってるのに、こういう時だけ乙女になりやがって……。

 って、んなとこにときめいてる場合か。今はそうじゃねぇだろ。

「はぁ……。失敗してしまったよ」

 愛用のノートをギュッと抱きしめながら、頭をカクンとおとすコスモス。

 俺から見れば、アホ丸出しの行動ではあったが、本人的には一生懸命だったのだろう。

「どうして、サンちゃんにできないのだろうね。ジョーロ君や棒なら、問題なくできるのだが」

 あのね、もう言われる覚悟してたけどね、俺を棒と同列にするそれ、何なの?

 覚悟を決めれば耐えられるって決め付けないでよ。結構、心抉られてるんだよ?

「それは、サンちゃんがコスモス会長にとって、特別な人だからですよ」

 うん。けど覚悟を決めてたから、言葉がスラスラ出たね。

 何だか、悲しくなってきたんだけど、誰か慰めてくれない? くれないね。だよね。

「サンちゃんに、真面目でお固い人だと思われてしまっただろうか?」

「大丈夫ですよ。ユーモアがあって、面白いって思っていますって」

 ジョーロ語翻訳:どうせ君、頭固い人って思われてるから、気にしなくて大丈夫だよ。

「そうか! なら、まだチャンスはあると思っていいかな?」

「もちろんです。コスモス会長は魅力的な人だと思います」

 ジョーロ語翻訳:あろうがなかろうが、どうせやるだろ。あと、おっぱいもませて。

「ありがとうジョーロ君! 本当に君は、頼りになる人だよ!」

「僕もそう言ってもらえて嬉しいです。これからも頑張りましょう」

 ジョーロ語翻訳:どうしてテンションが上がったら、そうやってギュっと手を握ってくるくせに俺を好きじゃないの? とち狂ってるよね? 絶対とち狂ってるよね?

「分かったよ! ありがとう!」

 とにかく元気を取り戻したコスモスに別れを告げ、俺は授業へと戻っていった。



 昼休みを終え、五限の授業を終えた休み時間。

 俺は一人で、トイレの個室にこもり、頭を抱えていた。

 まだ協力を始めてから二日しか経っていないというのに、ひまわりもコスモスも、なぜあそこまで、やらかしてしまうのだろう?

 初めが肝心だということは、理解しているはずなのに、あの体たらくだ。

 それに、俺の扱いがひどすぎる。

 顔が可愛けりゃ、何でも許されると思ってるなら、大間違いだ。

 てめぇらもサンちゃんに『棒』扱いされたらとか考えてみろ。メチャクチャ落ち込むだろが。

 っていうか、誰にされても傷つくっつーの。

 自分がやられて嫌なことは、人にしないこと。って習ってこなかったのか?

 くそ! 大体、俺だって、本当は楽しくも短い青春の一時を、エンジョイしたいんだぞ!

 一生懸命、鈍感純情BOYを演じて、楽しく過ごそうとしていたのに、全て水の泡。

 最終的にやってることは、他人の恋のサポート。惨めにも程がある。

 ……ダメだ。ここにいると、負の感情にとらわれ続けてしまう。

 このままだと、自分が何をしだすか分からない。

 とにかく、ひまわりとコスモスの件は一度忘れて、教室に戻ろう。

 俺さ、確かに本当の性格はクズですよ? 

 モテる自分の状況を楽しみつつ、可愛い女の子と付き合えたらなー。とか考えてましたよ?

 けどさ、今は色々一生懸命頑張ってるじゃん。なのに、この扱いはねぇよ……。

 そう考えながら、トボトボとトイレの外へと出ると、

「あら。こんにちは。ジョーロ君」

「うげ! さ、三色院さん……」

 俺がトイレから出ると、向こうもトイレに寄っていたのか、隣から一人の女が出てきた。

 こいつの名前は三色院菫子(さんしょくいんすみれこ)。『三色菫(パンジー)』と呼ばれる図書委員の女だ。

 先に誤解のないように伝えておくと、ひまわり、コスモスと……花のあだ名を持つ女は、外見上のスペックが非常に高く皆からも人気者であったが、こいつはそうではない。

 はっきり言ってブスだ。もう平成となってから二十年以上経っているというのに、未だ昭和の残滓にでもとらわれているのか、髪形は三つ編み。そこに加えて眼鏡。おまけにペッタンコな胸。残念極まりないビジュアルだ。

 そんな残念さを補うには、性格でどうにかするしかないが、それも非常に厳しい。

 こいつの性格は最悪だ。いつも淡々としていて何を考えているか分からない上に、なぜか俺に対してのみ、会うたびに何かしらの嫌味を言ってくる。

 顔が痛んだみかんの皮に似ているだとか、死霊だとか、言われた嫌味の量は数知れず。

 そんな、この世の悪い成分を、一滴ずつ抽出して見守って作り出されたダメホルンリンクルな女……それがパンジーこと三色院菫子だ。

「え、えっと……。こんにちは。こんなところで、偶然だね……」

「そうかしら? だってここは貴方の生息地でしょう? 会ってもおかしくないわ」

 ほら、早速ぶちこんできたよ! トイレが生息地ってどういうこっちゃねん!

 そんな奴、この世に存在するわけねぇだろが!

 くそ! 鈍感純情BOYを演じてさえいなければ、ここでブチギレられるのに……。

「えっと、僕は別にトイレが生息地じゃないんだけど?」

「そうだったわね。ごめんなさい。養豚場の肥溜めに訂正するわ」

 むかつくブー! 訂正されてないブー! 結局トイレだったブー!

「それも違うんだけどなぁ……」

 あぁ……。今すぐ本能のままにパンジーに怒りをぶちまけたい。

「ごめんなさいね。私、貴方とお話していると、ついいじわるをしちゃうの」

 パンジーがやけに楽しそうに眼鏡をクイと上げて、淡々と言う。

 くそう! 何で俺ばかり、こんな目に合わなくてはならない!

 酷い目ならひまわりとコスモスからも十分受けているだろう。

 ちくしょう! もう、誰でもいい! 誰でもいいから俺に幸せをくれ!

 もう、女の子にモテたいなんて思わない。たった一人……たった一人でいいんだ。

 誰でもいい。誰でもいいから俺を……好きになって下さい!


「だって私、貴方が大好きなのだもの」


 そんなふうに考えていた時期が、俺にもありました……。



 事件が起きたのは、今日の昼休み。

 俺が誰にも関りたくないと、人がほとんどこない図書室へと逃げ込んだのがきっかけだ。

 図書室にいるはたった一人の図書委員……パンジーのみ。

 俺はパンジーが大嫌いだが、無視をしていれば問題ないだろうと高をくくっていたら、とんでもない発言が、飛び出してきたた。


 パンジーが、俺を好きだと告白してきたのだ。


 ……おかしい? どうしてこうなってしまった?

 これまでのパンジーが延々と吐いてきた毒から、恋愛感情などまるで見られなかった。

 ただ、淡々とした表情のまま、様々な嫌がらせをしてくるだけだ。

 なので、せめてもの抵抗で、聞かなかったことにしようともした。

 だが、そんな俺の精一杯の抵抗すらも、大魔王パンジーの前に、意味を為さなかった。

 何とパンジーは、これまで密かに俺に対してストーキング行為をしていたそうで、俺の全てを把握していたのだ。

 ひまわりとコスモスの恋に協力していることはもちろん、そこに加えて俺の性格もだ。

 大魔王からは逃げられないと、身に染みて理解できた。

 そして、それをネタに脅された俺は、泣く泣くパンジーの要求を呑んだ。

 と言っても要求内容は予想よりはましだった。

 ただ『今後の昼休みは図書室に訪れて、本当の俺で会話をすること』だけ。

 すでに本性がバレている以上、ある意味問題はなかったので、それはいい。

 付き合って欲しいと言われなくて、心底ホッとした。

「三色院さん。ちょっと話したいことがあるから、屋上に一緒に来てもらってもいいかな?」

「ええ。構わないわよ。念のため、手を繋いだ方がいいかしら?」

「そこまで念を入れなくて平気だよ」

 ただ、人目の少ない所に移動するために、手を繋ぐ必要性がどこにあるというのか?

 どこにもない。あるはずがない。あっても繋がない。

 とにかく俺は、早足で人目につくトイレから、人が少ない屋上を目指していった。

 すると、テクテクとマイペースな歩調でパンジーがついてくる。

 そのまま二人で屋上へ到着し、周囲に人がいないことを確認した瞬間だ。

「てめぇはまじで何なんだよ! 俺に関わってくるんじゃねぇよ!」

 もう我慢の限界がきたので、それはそれは全力で叫ばせてもらった。

「やっと本当の貴方になってくれたわね。嬉しいわ」

 俺の怒りなど平然とスルーし、喜びを口にするパンジー。

 淡々とした口調だから分かり辛いが、本当に上機嫌なのは、三つ編みをクルクルいじる仕草でよく分かる。

「それじゃあ、時間はあまりないけど、少しだけお話しましょ」

「てめぇと話すことなんざ何もねぇ。俺が文句を言った時点でもう終わってる」

「そんなことないわよ。大賀君みたいにモテようとして、失敗しちゃったジョーロ君」

 クスクスと笑いながら、宮沢賢治の『よだかの星』を俺に披露するパンジー。

 いちいちムカつく表現をしてくる女だ。準備が良すぎて恐ろしい。

「あのねジョーロ君。私、考えたの」

「そうか。言わなくていいぞ」

「仕方ないわね。じゃあ私の考えを言うのは我慢して、ジョーロ君が今、日向さんと秋野先輩の恋の応援をしているのを大賀君に全部バラしてくるわ」

「君の考えを、是非とも聞かせて下さい!」

「もう、ワガママなんだから」

 その言葉、ブーメランしていい? 君、脅したよね? 今、俺を脅して言わせたよね?

「じゃあ、特別に教えてあげるわ。特別なんだから感謝してちょうだいね」

 腹立つわー。めっちゃ腹立つわーこいつ。

 しかし、どれだけ俺が怒り狂おうと、パンジーに効果がないのはいつものこと。

 何を張り切っているか知らんが、俺の傍に体を近づけて、上目遣いで見つめてきている。

 何と恐ろしい顔だろう。これがサタンの権化か。

「私とジョーロ君って、お互いに、まだ知らないことが沢山あると思うの」

「そうだな。俺の脳の容量には限界があるから、これ以上の情報は入れたくないしな」

「だから今から、お互いのことを教え合いましょう」

「ねぇ、話聞いてた? 俺が今、何て言ってたか聞いてた?」

「聞いた末の結論よ。ジョーロ君の脳の容量を広げるためにも、これは欠かせないわね」

 ああいえばこう言う。そのいい例が俺の目の前にいるようだ。

「ということでジョーロ君からよ。さ、貴方のことを教えてちょうだいな」

「俺の名前は如月雨露。大嫌いな女は三色院菫子。関りたくない女も三色院菫子。見たくない女も三色院菫子。以上だ」

「……いじわるね。私が知ってることばかりじゃない。もっと知らないことを教えてほしいわ」

 知っててその態度かよ! どんだけネバーギブアップ精神が旺盛なんだ!

「俺はてめぇに余計な情報を伝えるつもりがない」

「そうなのね。これで一つ、貴方のことが知れて嬉しいわ」

 すっごいねー君。どうしてそんなにポジティブなのかなー?

「じゃあ、次は私の番ね」

「おっと、そろそろ休み時間が終わるな。口惜しいが、ここまでにしよう」

「なら、歩きながら話しましょうか。主に、自分の性格を偽って皆の人気者になろうとしたら失敗して、幼馴染と生徒会長の恋の手伝いをすることになった……とある人の秘密について」

「少しぐらい遅刻しても、問題ないよね☆」

 逃げられない! どう足掻いても逃げられない!

「私の名前は三色院菫子。好きな人は如月雨露君。外見は好みじゃないけど、とても素敵な人だと思うわ。趣味は読書と如月雨露君。最近知った如月雨露君の秘密は、女の子二人の恋の手伝いをしていることと、あまりのショックから、自室にある幼馴染シリーズと生徒会長シリーズのエッチなDVDを全部捨てたことね。どうして、図書委員シリーズがないのかしら?」

 それはね、俺が図書委員に興味がないからだよ……って、何で知ってんだよ!?

「お父さんのアカウントを使って、注文するのは良くないと思うわ」

 そこまでバレてた!

 ストーカーとは聞いていたが、こんなにも恐ろしい能力の持ち主だったとは……。

 もはや人外だ。エスパー的な力を持っているとしか思えん……。

「私、普通の女の子よ。エスパーじゃないわ」

 エスパーだったぁ! 俺の心の声に平然と語りかけてきたぁ!

 知りたくなかったよ! そんな新事実、微塵も知りたくなかったよ!

「これで、私のこと、少しは知ってもらえたかしら?」

「…………おう」

「なら、もう一つだけ教えてあげるわ」

 いえ、もう結構です。って言ったらまた脅されるから、聞かなきゃいけない。

 俺の地獄はどこまで続くのだろう?

「私ね、貴方がとてもとても大好きなの。本当に心の底から貴方が好き。だから、これからも一生懸命貴方に、自分の良いところも悪いところも伝える努力をするわ」

 今のところ、良いところが何一つ見当たらない点に関して、つっこんでいいのだろうか?

 ダメですね。また、脅されますね。やめておきましょう。

「さ、そろそろ本当に休み時間も終わるし、戻りましょ」

 廃人となった俺の手をキュッと掴み、頬をほんのりと染めるパンジー。

 その様子を見ても、微塵も可愛いと思えない俺は、心の底からこいつが嫌いなんだろうな。

 ふっ。また一つ、自分のことが知れてしまったぜ。

「これからの学園生活が、とても楽しみだわ」

 どうしてなんだろうな?

 確かに俺は、学校の皆を騙して、鈍感純情BOYを演じている。

 けど、何も悪いことはしていない。ただ、自分のキャラを作っているだけだ。

 誰しも人によって、多少態度は変えるだろ?

 そのちょっぴり度が過ぎていることをしていただけなのに……、その結果がこれ。

 ひまわりもコスモスも俺ではなく、サンちゃんを好きになり、他の女子も俺は放置。

 誰か俺を見てくれ。俺を好きになってくれ。

 そう願った。確かにそれは事実だ。

 だけどさ、今の状況に関しては……、こう言わせてくれよ。


「これからもよろしくね。私の大好きなジョーロ君」


 俺を好きなのはお前だけかよ……。

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