俺を好きなのはお前だけかよ 公式サイト限定 特別短編『俺なりに探してみた』

※本ページは、電撃文庫『俺を好きなのはお前だけかよ』の公式サイト限定特別書き下ろしストーリーです。


公式サイト限定 特別短編『俺なりに探してみた』


 午後二十二時。都内某所に存在する如月家の一室で、俺――ジョーロこと如月雨露は、人生最大の混乱へと陥っていた。

 ……なぜだ? なぜ、よりにもよってこんなことになってしまったのだ!?

 脳内を暴れまわる思考に翻弄され、まともな結論など出せぬ情けなき俺。

 絶賛、ベッドで悶絶中だ。

 おっと、勘違いしないでくれよ? 

 ただ衝撃的なことがあって、悶絶しているだけだぜ?

 決して、やましいことをして悶絶しているわけではない。それはさっき済ませた。

「し、信じられん……。あんなのありかよ……うぐぉぉぉぉ……」

 悶絶と共に脳内を駆け巡るのは、今日までに起きた様々な出来事。

 俺はこれまで、皆の人気者になりつつ、楽しい学生生活を送るため、本性は小物臭漂うクソ野郎なくせに、心の声まで偽り鈍感純情BOYを演じていた。

 仲の良い親友、可愛い幼馴染、綺麗な生徒会長。

 俺の高校生活の布陣は完璧!

 ちょっとドキドキする、ラブでコメディな日々を過ごすのだろうと確信していた。

 だが、それは俺の大きすぎる勘違いだった。

 事件が起きたのは数週間前。

 土曜日に綺麗な生徒会長であるコスモスと、日曜日に可愛い幼馴染であるひまわりとデートへ行くことになったのが、きっかけだ。

 ラブコメな常識的に考えて、ここから起きるのは三角関係に違いない!

 これはある意味、正解だった……。

 コスモスもひまわりも、ちゃんと恋をしていて、その想いを俺に対して告げてきたのだから。

 だが、肝心の…………相手が、俺ではなかったのだ……。

 二人の意中の相手は、中学時代から続く、俺の親友であるサンちゃん。

 野球部のエースで、体つきもしっかりした男気溢れるナイスガイだ。

 そして俺はというと……、そんな二人の恋の手伝いをする、哀れ極まりないモブポジションに立つことになった。

 当時はこの状況に対して、もうこれ以上の不幸はないと嘆きまくったが、その見通しは大間違い。これは、あくまでも第一の不幸にすぎなかった。

 ここから俺の不幸は、さらなる加速をしていく。

 その加速の最大要因は、図書委員三色院菫子……通称『パンジー』と呼ばれる女にある。

 俺が今までに出会った人間の中で、ぶっちぎりナンバー1の性格の悪さを誇り、常日頃俺に対してのみ、様々な毒を吐いてくる女。

 外見に関しては、昭和へ後走る三つ編み眼鏡にペチャパイ女。

 外見と性格を合わせて、最強最悪。

 これがパンジーに最も相応しい言葉であり、その評価は今でも変わらない。

 ……一部を除いては。

 一見すると、ラブコメにまるで関わってこなさそうに思えるこいつが、俺の不幸の核だ。

 今から、その不幸の数々を語っていこうではないか。

 第二の不幸。

 パンジーが俺を好きだった。

 これまでに積み重ねられてきた嫌がらせからは信じられなかったが、パンジーは俺に対して恋愛感情を持っていた。そして、日々行う嫌がらせとは別に、気づかれぬよう俺へのストーキング行為を重ねていたそうで、様々な秘密を握られてしまっていたのだ。

 それをネタに脅された俺は、パンジーの命令に逆らうことはできず、結果として普段から関わりたくないこいつと毎日、交流を持つことになった。

 皆に好かれようとした結果、自分を好きになった女が、よりにもよって大嫌いな奴だけとは……、本当に世の中ってのは厳しいものだ。

 第三の不幸。

 サンちゃんがパンジーを好きだった。

 コスモスとひまわりという学内の二大美女から好意を寄せられていた俺の親友であるサンちゃんではあったのだが、なんと、肝心の本人はパンジーが好きだったのだ!

 この時点での俺達の状況を一行でまとめるとこれだ。

『コスモス、ひまわり→(好き)→サンちゃん→(好き)→パンジー→(好き)→俺』

 分かるだろうか? この絶望感。

 サンちゃんという男は、非常に真っ直ぐな男で、自分が決めたことをやり通すタイプだ。

 故に、どれだけコスモスとひまわりが、俺のサポートの下、奮闘しようと決してなびくことはない。全てが無駄に終わってしまうのだ。

 この時点で、本当に何をやっても状況が悪化するなと身に染みたのはいい思い出だ。

 第四の不幸。

 サンちゃんがパンジーを好きだと、自分からコスモスとひまわりに伝えた。

 思い悩む青春真っ只中の男サンちゃんは、ひまわりとコスモスに、パンジーを好きだから、関係がうまくいくように協力してほしいと、言ってしまったのだ。

 さらにおまけで、二人に自らの想いを告げる前にサンちゃんは、野球話に例えて、恋愛相談を俺に対して行っていた。そして俺は、その話を野球の相談だと判断してアドバイスしてしまい、結果として、手に入れた称号は『裏切り者』。

 サンちゃんは、俺が恋愛についてアドバイスをしてくれたと、コスモスとひまわりに伝えてしまい、二人の行き場のない怒りの矛先は、全て俺に対して向けられてしまった。

 これによって起きたのは、俺とコスモスとひまわりの仲の崩壊。

 俺はそんなつもりで答えていないと必死に訴えたが、まるで届かなかった。

 さすが、好きな男からの言葉だ。

 二人とも俺の言葉など一切信じず、サンちゃんの言葉のみを信じた。

 ついでに、お前はもう何もしなくていいとまで、言われてしまった。

 最悪だ。今まで積み重ねてきたものが、たった一日で瓦解してしまったのだ。

 と言っても、この件に関しては今になって考えてみると、因果応報とも思う。

 なんせ俺は、二人の恋に協力しつつも、サンちゃんの幸せを最優先に考えた結果、パンジーに対して、サンちゃんと付き合えと言っていたからな。

 無論、パンジーには断られた上に、激・おしおきをお見舞いされたが……。

 もう二度とパンジーを怒らせないようにしようと、決意もした。

 ここで、後はコスモスとひまわりのサポートによるラブコメディが展開されて、俺がお払い箱になっていればまだよかっただろう。だが、そうはならなかったのだ。

 それが、俺にとっての最大の不幸だ。

 第五の不幸。

 サンちゃんは俺に対して、怨みを持っていて、意図的に俺を陥れていた。

 実は俺の親友であるサンちゃんは、コスモスとひまわりと俺の仲を崩壊させ、ついでに俺の学内での立場を失わせるために、あえて二人に自分の気持ちを明かしていたのだ。

 そして俺が、野球話と判断するであろう内容の相談を行い、恋愛話へ強制的に変換していた。

 なぜ、俺に対して怨みを持っていたという理由は、いたってシンプル。

 中学時代、サンちゃんには好きな子がいて、その子は俺に対して恋心を抱いていたからだ。

 その事実に苦しめられながらも、必死に好きな子を振り向かせようと努力をしたサンちゃん。

 だが、世の中は無常である。それは、全て無駄に終わってしまった。

 そこに加えて、高校時代でも同じことが起きてしまったのだから、そりゃぁもう、はらわたが煮えくり返りまくっただろう。

 結果、俺はこれまで隠していた本性を全校生徒に知られ、おまけで学内カースト最下層に叩き落されてしまったわけだ。

 以上が、ここ最近、俺に起きた不幸の概要だ。

 な? ひどいだろ? そりゃあさ、俺が悪いところは多々あったさ。

 けどよぉ……、ここまで不幸にならなくてもいいじゃねぇか。

 もうちょっとマシな落としどころに着陸したかったのに、なぜか着地点は奈落の底。

 今日までの一週間、本当に地獄の日々が続いていたよ。

 といっても、一つ誤解のないように言っておくが、俺にとどめをさしたのはサンちゃんではない。……パンジーだ。

 サンちゃんの策略に気づきながら、どうせ最終的な結果は変わらないと、奴が先に動いた。

 容赦なくコスモスとひまわりに対して、俺がサンちゃんとパンジーを付き合わせようとしていたことを暴露して、見事に三人からブチぎれられて終わった。

 本当に俺を好きかどうか、疑いたくてしゃあないが、その後の結果を見ると本当なのだろう。

 なんせ、全てを失った俺を救ったのは……、パンジーだったのだから。

 パンジーは俺が全てを失った後、サンちゃんに対して糾弾を行い、策略の全てを暴いたのだ。

 その後、紆余曲折を経て、サンちゃんは反省するに至った。

 まぁ、俺もちょっとだけ頑張った気はするが、所詮はおまけ。メインはパンジーだ。

 そして今朝、サンちゃんはこれまでに自分がやってきたことをクラスの皆で暴露し、力強く土下座をして謝罪を行い、この一件の幕を引いたのだ。

 これで話は一件落着。俺はクラスの皆との仲が改善するには至らずとも、カースト最下層として受けていた嫌がらせは全てなくなったので、よしと思うことにした。

 まだ、他クラスとか他学年の生徒からはきつーい視線で見られてるけどな。

 とまぁ、ここまで語っておいて申し訳ないが、実はこの話……俺の混乱とは、ほとんど関係がなかったりする。

 混乱に至るまでの経緯という意味では関係はあるので語らせてもらったのだが、真の混乱はこの後……今日の昼休みに知った驚愕の事実にある。

 不幸続きだった俺に、たった一つ、最後の最後に幸福が訪れたのだ。

 だが、これを幸福と呼んでいいかは、非常に微妙なライン。

 なんせ、俺の幸福の最大要因もまた、パンジーにあるからだ。

 先程も言ったことなので、記憶に新しいだろうが、パンジーは非常に性格が悪い。

 そして、絶望的なまでに地味な、三つ編みと眼鏡を装備したペッタンコ女だ。

 しかしこの評価の中で、後半は大きな間違いだった。

 パンジーの外見には、大きな秘密が隠されていたのだから。

 奴が眼鏡を取り外し、三つ編みをほどき、さらに胸に巻いているさらしを取ると、そこに現れるのは美の結晶。肩よりも少し長い柔らかそうな髪に、プルンとかわいらしい唇。キラキラと輝く宝石のような目。そして、目算Fはあるであろう巨乳。

 俺がこれまでに出会った全ての女の中で、頂点に立つ美しさを持つ女。

 それがパンジーの正体。この事実が、俺を自室で悶絶にまで追い込んだわけである。

「大体だ。胸にさらしは反則だろ……」

 そりゃさ、普段やけに分厚い眼鏡をかけてる三つ編み女が、眼鏡と三つ編みを取ったら、可愛いってのは、俺も……、ギリギリ納得は出来る。

 そこまでなら、ここまで混乱しなかった。ときめき度数も低かっただろう。

 だがしかーし! あのおっぱいは反則だろ! 俺は巨乳が大好きなんだぞ!?

 そりゃ、ときめくさ! ときめきまくったさ! ときめき度数、余裕でK点突破したわ!

 あそこでうっかり『私と付き合って』とか言われてたら、確実に首を縦に振ってたよ!

 ほんと! 冷静になった今だから思うけど、言われなくてよかったわ!

 ……が、全て丸く収まり、今後パンジーとの関わりがなくなるというわけではないんだがな。

 俺が言われたのは『今後も図書室へ毎日来ること。そうしたら、この格好を見せてやる』だ。

 お察しの良い皆さんなら、分かりますよね?

 首を縦に振らせていただきましたよ。見事なまでにコクンとね……。

「まじでこっから、どうすりゃいいんだ……?」

 さて、ブスのフリをしているが、実は超絶美人の女に好かれているという、他人から見たら羨ましいと思える状況にある俺であるが、今後の行動には非常に大きな悩みがつきまとう。

 俺は正直……パンジーが大嫌いだ。

 たとえどれだけ外見がよかろうが、中身を総じて考慮すると圧倒的マイナスになる。

 だというのに、今後も関わるというのはどうなのだ?

 うっかり外見に騙されて首を縦に振ったが、やはり関わるのをやめるべきではないのか?

 明日からも俺は図書室に行く度に、パンジーの毒を浴びる羽目になるのだぞ?

 今までだって、『存在感が薄すぎるけど、拡散でもしているの?』とか『貴方って微細工よね』とか、様々な毒を浴び、胃をキリキリと言わせていたではないか。

 そんな日々が続くとなると……いや、しかし待て。

 冷静に考えるのだ俺。パンジーは俺に対して、これまで様々な毒を吐いてきた。

 だが、俺を好きだと豪語している。

 つまりこれは……思春期の小学生にありがちな『好きな人にはついいじわるをしちゃう』というやつではないのか!?

 今まではそれをやっているのが、ペチャパイ地味子だったからむかついたが、ビジュアルが変わって実行されたら、案外許せてしまうのではないか!?

 それに俺は、パンジーが大嫌いだという固定概念にとらわれすぎて、あいつのいい部分を見れていなかった気がする!

 そうだ! 結論を出すのはまだ早い! やるべきことが、俺にはあるじゃないか!

「よし! 明日はパンジーのいいところを探してみよう!」

 その結論に至ったところで、俺は色々と満足してスヤスヤとベッドで眠りを……取る前に再度、もう一つの悶絶を済ませておいた。思春期な俺なので、目をつぶってほしい。



 翌日の昼休み。

 誤解が解けたとはいえ、まだまだクラスメートとのわだかまりが解けていない俺は、昼休みになると同時に図書室へと直行。

 いつもならうんざりしながら図書室のドアを開くが、今日はどこかワクワクしている。

 だって今、この扉の向こうには最高級の美女がいるんだぜ?

 しかもその子が俺を好きって……やべぇだろ!

 よし! 今日は頑張ってパンジーの良いところを見つけてみせるぞ!

 多少、採点は甘くしつつ、新たなるラブ&コメディの開幕だ!

 いざ、行かん! 俺の大好きな外見の――

「こんにちは。ジョーロ君」

「…………Оops(ウップス)」

 三つ編み眼鏡なんですけどぉ!? ちょっと、どういうことですか。これぇ!?

「あら。ちょっとしたミスやエラーを意味する、英語の一般的な擬声語ね。日本語すら使いこなせない貴方の口から、英語なんて高度な言語が聞けるとは思わなかったわ。貴重な経験をありがとう」

 パンジー、ドク、ハイタマス。ワタシ、ニホンゴ、ツカイコトデキルマス。

「約束どおり、図書室に来てくれて嬉しいわ。さ、一緒に楽しくお話ししましょ」

 ユッタリと受付の椅子より立ち上がり、俺の制服を引っ張る三つ編み眼鏡。

 はて? なぜこいつは、三つ編み眼鏡のペッタンコなのだ? 

 俺はちゃんと約束を守っているのだから、パンジーも守るのが筋というものだろう。

「あ、そっか」

 右手をグー。左手をパー。お手手をポン。ジョーロ、うっかりしておりました。

「どうしたの?」

 あーはん。なるほどな。そうだよな。

 パンジーは、自分の本当の姿を隠している。

 なのに最初からあの格好になっていて、俺以外の誰かが来たら困るだろう。

 だから、三つ編み眼鏡ってわけだよな! なーんだ! こいつはうっかりしてたぜ!

「なぜ、突然後ろを向いたのかしら?」

「終わったら教えてくれ」

 ふっ。紳士たる俺は、許可も得ていないのに着替えを見るなんて、無粋な真似はしないさ。

 だからクルリと後ろを向いてやったよ。

 さ、振り向かないから安心して着替えていいぞ。パンジーちゅわん。

「…………終わったわよ」

 お! 意外と着替えるの早いな。なら、今度こそ――

「見て見て。今日はスコーンに挑戦してみたの」

 三つ編み眼鏡さんっすね……。

 巾着袋からスコーンを出して、俺に上機嫌な様子で見せている三つ編み眼鏡さんっすね。

「自信作だから、今日のお昼が終わったら一緒に食べましょうね」

 唇以外の表情筋を一切操らず、淡々としたスマイルを一つ。

 俺がついてくると思っているのか、一人でテクテクと読書スペースに向かって行き、チョコンと腰を下している。

「あー……。パンジー、ちょっといいか?」

「構わないけど、早くご飯を食べない? 私、お腹ペコペコなの」

 おうっと、そういうことですか。

 そうだよな。食事も済まないまま、いきなり着替えろなんて失礼な話だ。

 ここは図書室であり、高級料理店ではない。

 身だしなみは、制服で十分に整っていると判断されるレベルの場所だ。

 よーし! それなら早速飯を食って、それからパンジーの真の姿を堪能しよう。



 ――二十分後。

「…………なぁ、パンジー」

「なにかしら?」

 昼食を終え、スコーンをモサモサ食べながら、ワンクエスチョン。

 すでに昼休みに突入してから二十分が経過している。残り時間は二十五分だ。

 だってのに、なぜこいつは…………三つ編み眼鏡なんだ?

 もはや我慢の臨界点は突破した。直接聞くしかない。

「いつになったら、てめぇはあの姿になるんだ?」

「あの姿とはもしかして、昨日見せたあの私かしら?」

 もしかしなくても、それ以外ありえんだろうに。

 俺がなんのために今日、来たくもない図書室にわざわざ訪れたと思っている?

 巨乳美人さんとウキウキな時間を過ごすためだ。

「そうだよ。俺はてめぇとの『毎日、図書室に来る』って約束をちゃんと守ってんだから、見せてくれよ」

 好きな男の子からのお願いだよ? 普通、そういう人には優しくするものじゃないかなー?

「ふぅ……。貴方はどうしてそんなに頓馬なのかしら?」

 パンジーって、本当に俺を好きなのかな?

「約束をしたのが昨日で、今日来たから毎日? それは都合が良すぎる言い分よね?」

「うぐっ!」

「今日、あの姿を見せたら貴方は満足して、明日から来なくなるかもしれないじゃない。罰として、ちゃんと約束を守ってくれていると私が判断するまで、アレはおあずけにするわ」

 ひぎゃぁぁぁぁ! なにか大変なことになったぁぁぁ!

 お、俺が悪いのか!? 

 ちょっと本能のまま、欲望に忠実に生きたら、美女がすっげぇ勢いで遠のいたぞ!

「な、ならよ……。い、いつになったら見せてくれるんだよ?」

 だが、諦めん! たとえ今日が無理でも明日がある!

 パンジーは今、俺が約束を守ってくれていると判断したら見せると言ったのだ!

 だから、その期間を知ればいい! 目標が明確に見えれば、俺は頑張れるタイプだ!

「そうね……。最低でも三日は――」

「分かった! 三日だな! 任せろ! ちゃんと毎日、図書室に来てやるぜ!」

「…………」

 おや? パンジーの眼鏡がキュピンと輝いたぞ。この輝き方はアレだな。

 若干、不機嫌になった時の輝きだな。

 ふっ。ここまでパンジーを理解できるようになるとは、俺も成長したものだ。

 ……あれ? これ、俺がまずいやつじゃね?

「最低でも一週間に延長されたわ」

「なんでだよ!? 僅か三秒で期間が倍に膨れ上がるとか、おかしいだろ!?」

「その鴨にも劣る頭を使って、自分で考えなさいな」

 プイとそっぽを向き、ほっぺを少しだけ膨らませる仕草に、俺は喪え喪え。

 どうにか心の中で美女に変換しようとしたが、無理なものは無理だった。

「……まじでそれまで、あの格好にならないのか?」

「ええ。ならないわ」

 愛くるしい子鴨の瞳で訴えるも効果はなし。ズバッと言い切る三つ編み眼鏡。

 ……こいつの性格上、ここまで言ったら、しばらくはあの格好にならねぇだろうな。

 最低でも一週間とか、本気か? 完全に俺を殺しにきてるぞ。

 俺はどこで、美女成分を補給すればいい?

 って待てよ俺! そもそもの目的を思い出せ!

 今日はパンジーの良いところを見つけるんだろ!

 ほら、外見が地味でも性格で補えば、一週間ぐらい楽勝で過ごせるかもしれねぇじゃねぇか!

 よーし! ならば気を取り直して、早速、パンジーの良いところを探してみよう!

 まず外見だが、これはいいだろう。現在の評価は最低だが、本気になったら最高になる。

 ここに関しては、問題なし……ということにしておこう。

 今日、探すべきは外見ではなく、他の箇所だ。

 まずは性格あたりから、着目してみよう。えーっと、パンジーの性格はっと……

「もう。そんなにジッと見てくるなんて、甘えん坊さんなんだから」

 パンジーの性格その一:ポジティブシンキング。

 俺が何も言わずにジッと見つめていたら、ツンツンと俺の腕を突いてきた。

 何をどう考えたらその結論に至るかは知らんが、こいつの中で俺は、甘えん坊さんらしい。

 ポジティブシンキングはいいことではあるが、これは俺にとっては非常に迷惑だ。

 よって、減点。

「てめぇに甘えるつもりはまるでない」

「……いじわるね」

 パンジーの性格その二:すぐに拗ねる。

 腕を突いてきたのが鬱陶しかったので、椅子を動かし距離を取ったら、露骨にふてくされた。

 自分の期待していた反応と異なる反応をした俺に、苛立っているのだろう。

 しかしだ。こっちの希望を叶えないくせに、そっちの希望だけ叶えようなどという見通しは甘い。そんなワガママを許すほど、俺は優しくない。

 というか根本的に、今俺は誰かに甘えたいような気分ではないのだ。

 よって、減点。

「……なぁ、パンジー」

 いかんな。性格にばかり着目していたら、減点項目だけで埋まってしまうかもしれん。

「なにかしら?」

 ということで、もっと他の良いところを探すための調査をしてみよう。

「てめぇは普段、家で何をしてるんだ?」

 これだ。これを聞いてみよう。こんな外見をしているのだから、恐らく、住んでいる家もいい感じにレトロな雰囲気を出しているとは思うが、何をやっているかまでは分からないからな。

「あら。私に興味があるの? 仕方ないわね。特別に教えてあげるわ」

 ……釈然としないが、ポジティブシンキングの評価はもう終わっている。我慢だ。

「私は普段、お家では本を読んでいるわ。図書室で読みきれなかった本を借りて帰って、お部屋で読むの。たまにリビングでテレビも見るけど、読書が大抵ね」

「え!? だってもう、地デジしかねぇぞ?」

 おいおい。どういうことだ? まだアナログ放送をやってる地域に住んでるのか?

「……貴方は、私を一体なんだと思っているのかしら?」 

「いや……、てめぇの家には、ブラウン管しかねぇんじゃねぇのか? 白黒の」

「ちゃんと、60インチの液晶テレビがあるわよ」

「しかも結構でかい!」

「ちなみに、固定電話もちゃんと、黒電話を使っているわ」

「そこはレトロなのかよ!」

「停電しても使えるから、便利なのよ」

「その前に、携帯電話かスマホを使えよ!」

 パンジーの私生活:近代文明と昭和が入り乱れている。

 正直、どんな家なのだろうと興味を持ったが、パンジーの家に一人で行くなんて危険な真似はできない。そんなことをするぐらいなら、一人で青木ヶ原樹海に行く。

 だが、情報は手に入れたぞ。つまり、案外レトロなだけではないらしい。

 けどこれ、パンジーの評価っていうか、パンジーの実家の話だよな……。

 よって、保留。

「ところで、今日のお菓子はどう? 美味しい?」

 期待の輝きを帯びた眼鏡で、俺をジッと見つめるパンジー。

 なんでこいつは、よりにもよって、こんなレンズの分厚いデカイ眼鏡をかけてるんだろう?

 このまま、あのカードのCMに出演できそうだ。楽天カードマン女子高生だ。くぅ~!

 いや、クレジットカードは18歳以上からだから、出演は無理か。将来に期待しよう。

「……まぁ、美味いよ」

 パンジーの特技:手作り菓子が美味い。

 俺が図書室を訪れるようになってから、こいつは毎日、洋菓子を作ってくる。

 いつもなぜか巾着袋に入れているという謎はあるが、そこはいいだろう。

 そしてその洋菓子だが、今まで不味かった試しがない。やけに美味いのだ。

 ふむ。これは結構な加点対象に……

「愛情を沢山混ぜたから、それを貴方の舌が感じ取って、普段より美味しく感じているのね」

 よって、減点。

「次から、それは混ぜないでくれ」

「どうして? 私、貴方に美味しいと思ってもらいたいから、欠かせない材料よ」

「俺を喜ばせようとする行為(こうい)が、必ずしも俺の好意(こうい)につながるとは思わないほうがいいぞ」

「平気よ。私の愛には、心を高揚(こうよう)させる効用(こうよう)があるわ」

 うまいこと言ったら、うまいこと返された。

 さすが図書委員だ。言葉のボキャブラリーにおいて、こいつに勝つのは難しいだろう。

「それに、別に貴方に喜んでほしいから、混ぜているわけではないもの」

「なら、何のために混ぜてんだよ?」

「自分で考えなさいな。おバカなジョーロ君。ふふふ」

 パンジーの癖その一:上機嫌になると三つ編みをいじる。

 こいつは、感情の起伏が少ないが、決してないわけではない。

 表情にでない分、行動に移すパターンが非常に多いのだ。

 尚、上機嫌な時は今のように、クリクリと三つ編みをいじる癖が一番目立つ。

 他にも不機嫌になるとそっぽをむく。怒ると三秒ぐらい微動だにしないなどもあるが、これも評価をするには難しい内容だ。

 よって、保留。

 ふむ。案外あっさりと色々な情報を得ることができたな。

 なら、ちょいとまとめて考えてみるか。

 えーっと、今までの情報を全部総じて考えてみると、減点、減点、保留、減点、保留……

「…………」

「どうしたの? そんな難しい顔をして?」

 おい。加点が一つもねぇじゃねぇか……。こいつ、まじで良いところがねぇぞ……。

 なんで、こいつの良いところを探して、もう少し仲良くして心の距離を近づけようって思ったら、減点と保留が重なって、離れることになってんだ!?

 違うだろ! もっと頑張れ俺! 悪いところばかりじゃないはずだ!

「パンジー、てめぇに話してほしいことがある」

「今日の貴方は本当に積極的ね。いいわ。お話できることならちゃんとするわよ」

「自己PRをしてもらってもいいか?」

 こうなったら、本人に直接聞いてしまえ。

 良いところを自分で語ってもらって、それに同意できるかできないか……、これでいく。

「なぜかしら?」

「それを聞いたら、てめぇが好きになれ……あ、やべ!」

 いっかーん! ついうっかり流れのままに言葉を漏らしたが、今の発言はまずい!

 勘違いされる可能性が高い発言だ!

「そ、そ、そんなこと、突然言うのは…………ずるいわ」

 ほらぁ! やっぱり勘違いしてんじゃん!

 やけに取り乱して、めちゃくちゃ顔が赤くなってるじゃんこいつ!

「ち、違うぞ! その……恋愛とかそういうのじゃなくて、人間的に好きになるって意味だ!」

「分かってい、るわよ。ちょ、ちょっと驚いただ、けなんだから」

 なんで普段から、あんだけこっぱずかしいことをやってる奴が、俺のちょいとした発言でここまで照れるんだよ!? 別にこんぐらい、いいじゃねぇか!

 ど、どうにか勢いでごまかさなくては!

「んなことより、ほら! さっさと自己PRをしてくれよ! な?」

「わ、分かったわ。貴方から人間的に好かれるために、が、頑張るわ!」

 珍しく語尾を強調する発言から、結構うろたえてるのが分かるが、気にしないでおこう。

 今のは確実に俺が悪い。……猛省。

「じゃあ、いくわね」

 ちょいちょいと前髪を手でいじり、身だしなみでも整えている様子からやる気が感じられる。

「おう」

「私は努力を地道に積み上げるタイプの人間よ。その最たる例が、如月雨露君の一件。彼が大好きな私は、彼に好きになってもらうために、まず彼を知ろうと努力したわ」

 滑り出しから、不穏な空気しか感じられないのだが、これいかに?

「彼を知るために、最初にやったことは身辺調査。彼が学校にいる間は気づかれないように尾行をして、帰り道も家に入るまでそれを続けたわ。一生懸命、色々なことを調べて、今では如月雨露君のことなら大抵は分かるようになったの。例えば昨日だと、お父さんのアカウントを無断で使って、巨乳図書委員シリーズのブルーレイを購入していたわね。これは彼が、私に近づいてきてくれたという大きな一歩だと確信して――」

「ちょっと待てぇい!」

 想像以上にとんでもない発言が飛び出してきたじゃねぇか!

「何かしら?」

「なんでてめぇがそれを知ってんだよ! 俺、誰にも言ってねぇぞ!?」

「言わなければ知られないと思うのはよくないことよ。ジョーロ君、私は比較的ハッキングなども得意としているわ」

 近代文明がここにもあった! まさかワープロではなく、パソコンを所持しているとは!

 しかも俺のパソコン、ハッキングされてるのぉ!?

 じゃあ、今までの俺が、両親にすら知られずに密かに行っている行為も……

「ジョーロ君。『あなたは18歳以上ですか?』と密林さんに聞かれる度に、迷いなく『はい』をクリックするのは、どうかと思うわ」

 バッチリばれている模様です!

 今後、パソコンでの買い物は控えることを余儀なくされました!

「じゃあ、続きを言うわね」

「いや、もう十分だ……」

 これ以上聞くと、こいつの良いところを知る前に、俺の精神が崩壊する。

「そう? それでどうだったかしら? 貴方のことをいつも考えていることが伝わったと自負しているのだけど」

 パンジーの自己PR:本格的に俺のストーキングを行っている。

 以前から、ストーキングしていると明言しているパンジーだったが、どうやらその規模は、俺が想像していた十倍以上の規模で行われているようだ。

 スマホの電話番号とメアドを抑えられていた時点で恐れを抱いたというのに、まさかパソコンの履歴まで把握されているとは……。

 しかもこいつの性格上、やめろといってもやめないだろうう。

 よって、悲劇。

「そうだな……。今日知った全ての出来事を忘れ去りたい気持ちでいっぱいだ」

「楽しかったからって、もう一度楽しむために忘れようとするなんて、欲張りな人ね」

 パンジーの脳回路:とち狂ってる。

 なぜ、今日の会話を、俺が楽しんでいると思えるのだろう?

 表情はうんざりのゲッソリだぞ? もはや絶望以外の表現が見当たらない。

 今後は、コンビニエンスストアで本を購入するようにしよう。

 あ、ストーキングされてるからそれもバレる。じゃあ、どうすればいいんだ!?

 よって、絶望。

「はぁ~」

 もはや、溜息しかでない状況だ。やっぱり約束をしたのは大失敗だった。

 いくら外見が良くたって、中身がこれじゃあな……。さすがにしんどい。

 こいつと関っていくのは今日までにして、明日からは来るのはやめておこう。

 さらば俺の理想の美女よ……。

 もう会えないと思うと寂しいが、これ以上は俺の精神が保てそうにない。

「……もう、こんな時間か」

 ふと、時計を見ると昼休みの残り時間は五分。

 そろそろ、居心地の悪い教室に戻る時間だ。

「パンジー、俺はそろそろ教室に戻るぞ」

 力なく椅子から立ち上がり、トボトボと図書室を出ようとするとパンジーが一声。

「ええ。分かったわ。今日はありがとう。とても楽しかったわ」

 こいつ、こんだけ俺を苛立たせておいて、よくもそんなことが……いや、やめよう。

 どうせこいつと関わるのは今日までなんだ。余計な波風を立てる必要はない。

「それじゃあ、また明日ね」

「は? てめぇは何を言ってんだ?」

「あら? 何か間違えていたかしら?」

 パンジーが意味不明な発言をするので、俺がキョトンとすると、向こうも予想外だったのか、同じようにキョトンとしている。

 だが、これに関して、俺は間違えているはずがない。間違えているのは、パンジーだ。

「次に会うのは、明日じゃなくて、今日の放課後だろが」

「……え?」

「それともてめぇ、放課後は何か用事でもあるのか? だったら先に言えよな」

「…………」

 なぜここでいきなり、静かになる?

 自分が予定を言ってなかったことを失念して、その言い訳でも考えてんのか?

「……そうね。……そうだったわね」

 沈黙のち、やけに幸せそうな声。こっちは最悪な気分なのと比例して、余計にむかついた。

「ごめんなさい。放課後に用は何もないから、私は図書室にいるわ。だからまた放課後に、図書室で一緒にお話をしましょうね」

「へいへい」

 はぁ……。別に図書室にいたいわけじゃねぇけど、教室に戻るのは嫌だな……。

 クラスメートからの誤解は解けたけど、若干気まずい雰囲気を醸し出されるし、サンちゃんやひまわりとはまともに口も聞けない。

 情けないが、誰か一人ぐらい、味方がほしい……。

「それと、ジョーロ君、忘れないでね」

「まだ何かあんのかよ? そろそろ時間がまずいから、手短に済ませろよ」

「私は貴方にどれだけ嫌われても貴方が大好きよ。もうそれは、絶対に揺るがないわ」

 ……俺は『絶対』という言葉があまり好きではない。

 状況に応じるが、この場合だと、これほどまでに胡散臭い言葉は、そうはないだろう。

 今までだって、色々な奴に『絶対』と言われて、裏切られた経験なんて何度もある。

 絶対にやらない。絶対に言わない。こんな信じられない言葉はないだろう。

 相手の信用を得るために使う最低の嘘。それが『絶対』だとすら俺は思っている。

 だが、パンジーに関して言えば……、その例から漏れる。

 こいつと本格的に関わるようになってから、およそ一ヶ月。

 徹底して、一つのことをこいつが守っているからだ。

「勝手にしろ」

 パンジーの良いところその一:俺に絶対、嘘をつかない。

 言葉にするのは簡単なくせに、実行するとなると最上級の難易度を誇る行為。

 それをこいつは、平然とやり遂げているのだ。

 今の言葉もきっと、パンジーなりに俺を励ましてくれたのだろう。

 自分は味方だと、俺に対して言ってくれているのだろう。

 ……まぁ、一日でダメだと決めるのは早計だよな。

 もう少し、最低でも一週間は関わってから、こいつとの交流を続けるか断つかを決めよう。

「じゃあ、また後でな。パンジー」

「ええ。また後で。ジョーロ君」

 しばらくあの姿のパンジーを見れないことに覚悟を決めつつ、図書室を後にする俺。

 くそ……。普段から無表情なくせに、こんな時だけやけに綺麗な笑顔を見せやがって。

 三つ編み眼鏡のくせに、ちょっと可愛いじゃねぇか。

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