俺を好きなのはお前だけかよ

※本ページ内の文章は制作中のものです。実際の商品と一部異なる場合があります。
※実際の作品には挿絵イラストが入ります。


プロローグ 俺はお前と会いたくない


「今日こそは……。今日こそは……」

 時は昼休み。右手に弁当箱を持った俺は、目の前のドアに書かれている『図書室』の三文字を眺めつつ、神に祈るように左手で十字を切った。

「ねぇ、あの人って、確か二年の……絶対に関わっちゃいけないって言われてる人じゃ……」

「早く行こ! あんな人見てたら、お昼ご飯がまずくなっちゃうよ!」

 たまたま近くを通りがかった下級生の女子生徒達から、俺に辛辣な言葉が注がれる。

 学内で『ボッチ』の称号を得た者だけが味わえる特権は、今日も絶好調だ。

 しかし、こんなことはもう慣れたもの。いちいち気にするほどではない。

「よし! 行くとするか!」

 気合充電完了! 下級生の言葉は聞こえてないふりをして、俺は意気揚々とドアを開いた。

 ザン! と力強い一歩を踏み出し、図書室へと突入。

 たとえこの先にどれほどの困難が待ち受けていようとも、俺は逃げるわけにはいかない!

 その思いのままに、全力で受付へと視線を向けると、

「あれ? いねぇ……。おかしいな。いつもなら――」

「こんにちは」

「――――っ!」

 背後から声をかけられるという想定の範囲外の事態に、全身の毛が一気にスタンドアップ。

 落ち着け俺! ここで取り乱したら、この女の思うつぼだ!

「ビックリした?」

「…………っふ。想定の範囲内だよ」

 冷静に、あくまで余裕綽々に、髪をかきあげそう言ってやった。

 足は生まれたての小鹿のようにガクガク震えているが、まぁそこは見逃してもらおう。

「そんなに見られると……恥ずかしいわ」

 クルリと背後を向いた俺からの、嫌悪感たっぷりの視線はまるで逆効果。

 ポジティブガールは俺からの視線を都合よく解釈し、ポッと頬を朱色に染め、両手に持つ文庫本――芥川龍之介の『羅生門』で顔を覆い隠している。

 その上、勘違いした期待をしているようで、少しだけ本を下げ、チラリと上目遣い。

 照れアピールと図書委員アピールを同時に行う高等技術だ。

「はぁ~」

 それを見て、俺は盛大に溜息を吐いた。

 そりゃね、これをやってるのが可愛い子だったらたまらないよ。

 でもさ、この子ったら、びっくりするくらい可愛くないんだ。

 ぺったんこな胸に無感情で淡白な顔。そこに加えて三つ編み眼鏡。とんだ昭和女子ですわ。

 今は平成。俺の心は平静。ときめきなんて、マンボウの子供の生存率ほどもない。

「君、あっち。俺、こっち」

 なので俺は、自分の向かうべき場所(読書スペース)と少女の向かうべき場所(受付)を指で示し、歩を進める。ちなみに、俺が読書スペースを目指す理由は簡単だ。

 なぜかは知らんが、うちの学校の図書室は読書スペースに限り飲食を許されている。

 広く大きな机が配置され、窓から射す日の光がポカポカと気持ちのいい俺の癒しスポット。

 そこに座り、心の傷を癒しつつ、持参した弁当箱を広げた。

「あん?」

 ふと横を見ると、少女は俺の指示に従わずについてきたようで、隣にチョコンと座っている。

「一緒にお話ししましょ。今日は美味しい紅茶を用意したの」

 どうやら俺と話をしたいようだ。

 ヒラヒラと紅茶の葉らしきものが入った袋をアピールしている。

「大変恐縮ではございますが、承服いたしかねます」

 心優しき俺は、どんなにひどい相手であっても気遣いを忘れない。

 懇切丁寧な断り文句とお辞儀を少女へ。

 もし事情を知っている人間が見たら、感涙にむせぶに違いない素晴らしき態度と言えよう。

「そう……。分かったわ」

 慈愛に満ち溢れる俺の言葉を理解してくれたようで、少女は淡々と返事をすると、そのまま立ち上がり去っていった。うんうん。どんな事情があっても、やっぱ優しさって大事だよな。

 いつもは相手をするまでしつこく諦めない女が、今日はあっさりと引き下がってくれたぜ。

 さーて、レッツランチタイムだ! まずはウインナーをパクリ! うーん。ジュ~スィ~!



「ふぃ~……。食った食った」

 昼飯を食い終わった俺は、そのまま上半身を机に預けた。

 どうせ教室に戻っても、俺の居場所は微塵も存在しないからな。ここでゆっくり休むに限る。

 寝る子は育つ。心と体の成長のためにも、お昼寝は欠かせない。

 あー。日射しがポカポカしていて気持ちがいい。ほんと、ポカポカしていて……。

 ポカポカ……。ポカポカ……。ボカボカ……。

「いってぇぇぇ!」

 今まさに眠りに入ろうとした瞬間、俺の背中に尋常じゃない痛みが走った。

 思わず立ち上がると、先程の女が大量の本を俺に向かって、落としているではないか。

「何すんだてめぇ!」

「貴方がいじわるをするからよ」

 プイとそっぽを向き、ふてくされる女。俺が悪いと言わんばかりの態度である。

「俺はてめぇと話したくねぇ」

「私は貴方と話したいわ」

「てめぇの事情は聞いてねぇ」

「貴方の事情は聞いてないわ」

 すでに会話をするのは決定事項なのか、気付くと目の前には紅茶の入ったマグカップが二つ。

 ご丁寧に一つには俺の名が、もう一つには女の名が記されており、マグカップを合わせるとハートの形が作られるようになっていた。

 おのれ。忌々しい……。結局、今日も諦めていなかったのか。

「……わーったよ。話しゃいいんだろ話しゃ」

「嬉しいわ。じゃあ、準備を整えるわね」

 俺が観念して対話に応じる姿勢を見せると、スカートを抑え麗しき動作で俺の隣に座る女。

 マグカップを持ち、上機嫌に紅茶をコクコクと飲んでいる。

「で、何を話すんだよ?」

「…………っ!」

 紅茶を飲む動作がピタリ。その後、ツツツと女の視線が左から右へと移動していく。

「おい、てめぇ……まさか、何も考えてなかったのか?」

「私、体が先に動くタイプなの」

「アグレッシブすぎるわ! てめぇは図書委員なんだから、もっと考えて行動しろ!」

「これで私についてまた一つ、詳しくなれたわね」

「ぜんっぜん嬉しくねぇけどな!」

「私が嬉しいからいいわ」

 口調は淡々としているが、本当に上機嫌なのだろう。

 アグレッシブ図書委員は、自分のマグカップをトンと机に置くと、そのままおもむろに俺のマグカップへと近づけてハートの完成を目論んでいやがる。

「……んじゃ、何か聞け。それに答えっからよ」

 自分の分のマグカップをすぐさま手に取り、ハートの完成を阻止しつつ、紅茶をゴクリ。

 悔しいことに美味かった。

「ねぇ、最近どう?」

「焦点を絞れ。漠然としすぎだ」

 すると女の胸ポケットから、怪しげなセピア色の小瓶が現れた。

「ねぇ、細菌どう?」

「昇天するわ! てめぇはどんだけ準備がいいんだ?」

「貴方が答えてくれないからでしょ。答えるって言ったのに……嘘つき」

「……あー。最近もいつも通りだ。学校の連中からドン引きされた目で見られてるよ」

「大変ね」

「こんなことになったのは、てめぇのせいだろが」

「……それは、そうかもしれないけど……」

 俺の言葉にシュンとする女。だが、同情などせん。

 こいつはそれだけのことを俺に対してやったのだから、自業自得だ。

 たとえ落ち込んで僅かに瞳を潤ませようが、俺がこいつを許すはずがない。

「大体な、本当に反省してるんだったら、さっさと俺を喜ばせろ」

 チラリと横目で期待を促す。やけに察しのいいこいつのことだ。これで全てを悟るだろう。

 その証拠に、先程までのやや沈んだ瞳が、あっという間に活気を取り戻している。

「分かったわ」

「まじか!」

 おお! 言ってみるもんだな!

「……少し……恥ずかしいわね」

 頬を朱色に染め、言葉とともに少女が立ち上がる。

 そのままジッとこちらを見つめつつ、足を徐々に上げていき、俺の眼前へ自らが履いている上履きを、スッと差し出してきた。

 さすが、スカート膝下二十センチだ。下着も太股もまるで見えない。

 で、こいつ、何やってんの?

「さ、お舐めなさいな。今日は貴方の大好物よ」

「お舐めませんよ? 俺、君の上履き、大好物じゃないよ?」

「そ、そんなっ! ……信じられないわ……」

 女の胡散臭い驚きの表情に、俺の堪忍袋の緒がプチッといった。

「ぜってぇ、わざとだろが! この腐れペッタンコ三つ編みメガネ!」

「あら? 貴方の真似をして、いじわるをしただけなのに、ひどい言われようね」

「てめぇが俺にやってることの方が、よっぽどひどいわ!」


 …………ここまでで十分に伝わっているとは思うが、俺はこの女が大嫌いだ。

 昭和臭漂う地味な容貌。無表情で何を考えているか分からない態度。

 口を開けば、俺に対する罵詈雑言ばかり。

 最低の女だ。できれば、今後一切関わりたくない。図書室にだって来たくない。

 だが、とある事情により俺は、図書室に来ざるを得なくなってしまっている。

 その理由について話せば、誰もが驚き、納得するに違いない。

 この女が、俺に対してやった最強最悪の『意地悪』についてな……。



第一章 僕ってほんと、どこにでもいる平凡なヤツなんだ


 僕の名前は如月雨露(きさらぎあまつゆ)。通称ジョーロ。

 僕の名前から「月」を取ると「如雨露(じょうろ)」になるんだ。だからジョーロ。単純な話でしょ?

 容姿並。成績並。運動並。

 何をやってもパッとしない高校二年生の男子さ。

 部活動はやっていないけど、去年の十月から生徒会で書記をやっている。

 特に立候補をしたわけではないのだけど、副会長になった人物と一年生の時にそれなりに交流をしていたら、その人に推薦された。

 曰く、「お前には単純作業がよく似合う」だそうだ。

 何か僕って、面倒なことを押しつけられやすいんだよねぇ……。

 とまぁそんな感じ。

 毎日学校で授業を受けて、放課後は生徒会の活動。

 休みの日は予定がない時は、家でボーっと過ごしている。

 ちなみに今日は平日なので、現在登校中。

 季節は春。ようやく重苦しかったコートが脱げて、清々しい気分だ。

「おっはよー! ジョーロ!」

「いっつぅ! お、おはよ……。ひまわり」

「えへへへ~。ジョーロは今日もジョーロだ!」

 何を当たり前のことを言っているのやら……。

 僕の背中を天真爛漫な笑顔で叩いてきた彼女は日向葵(ひなたあおい)。通称ひまわり。

 彼女の通称も僕と似たようなものだ。ひまわりを漢字で書いたら「向日葵」になる。

 ちょうど彼女のフルネームを並べ替えたらそうなるってわけ。

 ひまわりは、僕と幼馴染で同じ学校に通う同級生だ。

 女子テニス部のエースで、運動神経抜群。成績は下の中くらい。落第をするほどではない。

 髪型は肩ぐらいまでの長さのボブカット。クリンクリンとした目が特徴的で、犬みたいで可愛らしい。胸はそんなにあるわけでもないけど、ないわけでもないBカップ。

 だけど、スタイルはものすごくいいんだよね。

 スポーツをやっていて、キュッと引き締まったウェストがよく目立つ美少女だ。

 性格は、まぁ見ての通り。ちょっとおバカな元気キャラって感じかな。

 陰気な僕と違って明るい性格だから、学年や男女を問わず人気がある。

 もちろんそれは、友人としてだけではなく、女性としてもだ。

 噂で聞いた話だと、最低でも月に一回は、誰かから告白されているらしい。

 前に「なんで誰とも付き合わないの?」と尋ねたら、頬を朱色に染めながら「ジョーロには内緒ー」と言われてしまった。まぁ別に、そこまで興味はないからいいけどさ。

「んー! すっごい、いい天気! まさしく春だね! ジョーロ!」

「そうだね。春だね」

「む! ジョーロ、もうちょっと元気を出しなよぉ!」

「朝っぱらから、高いテンションを披露するのは、ちょっと僕には難しいかな」

「つまんなーい! でも、ジョーロだもんね! 許したげる!」

 コロコロと表情を切り替えていくひまわりは、もう長い付き合いだけど、まったく飽きない。

 それに、少し羨ましくもある。僕は彼女みたいに感情が機敏に変化しないからだ。

「じゃあ、今日も学校へダッシュだよ! ほら、行こ行こ!」

「え~……。また走るの?」

 ひまわりはギュッと僕の手を掴むと、グイグイと引っ張り始めた。

 いたい。いたいって……。君、見た目に反して力が強いんだから、もうちょっと考えてよ。

「もっちろん! ジョーロと一緒に走るのが、朝の楽しみだもん! レッツ・ダーッシュ!」

 そんな楽しみ、持たないでよ……。

 けど、こうやってひまわりと手を繋いで、朝の通学路を走れるのって、僕の特権だよね。

 そう思うと、朝の全力疾走は、不思議と辛くはなかった。

 ……最初の一分だけは。



「おっはよー! 諸君!」

 教室に入るなり、ドでかい声で挨拶をかますひまわり。

「つ、疲れた……」

 対して僕は、そんな余裕は一切なし。両手を膝の上に乗せてゼーハーゼーハー言ってるよ。

 時計を見ると八時十分。まだ朝のHRまで、三十分以上もある。

 こんなに朝早く来て、何をするんだか……。

「……ふぅ。とりあえず、休もう……」

 ふらつく足取りで、自分の席に着いてまずは一息。

 チラリとひまわりを見ると、すでに登校しているクラスメート達と楽しそうに話している。

 ま、いっか。僕はゆっくりと休ませてもらおう。

「ジョーロ、おっす!」

「あ、おはよう……。サンちゃん」

 背後からとんできた元気いっぱいの陽気な声に、僕は疲労たっぷりの陰気な声を返す。

 僕に全力熱血スマイルな挨拶を送る彼は大賀太陽(おおがたいよう)。通称サンちゃん。

 太陽だから「サン」ちゃん。

 スポーツ万能。成績微妙。スポーツ刈りのよく似合う野球部のエースだ。

 性格は明るく元気で、どんな時でも一生懸命。

 ただ、とても負けず嫌いな性格をしているので、勝負事になるとものすごく熱くなる。

 身長一八〇センチの筋肉質な体は、彼の性格を表していると言ってもいいだろう。

 性格は正反対だけど不思議と気が合う、中学時代から続く僕の大切な親友だ。

「おっと! 相変わらず、朝は疲れ果ててんな!」

「まぁね。僕、走るの苦手なのに、ひまわりがさ……」

「気にすんな! ひまわりはお前の足が遅くても、これっぽっちも気にしないさ!」

 うん。そういう問題で言ってるんじゃないけどね。

「そうだ! ジョーロ、体力をつけたいってんなら、俺と朝の筋トレをすっか?」

 グイッと腕の力こぶを披露するサンちゃん。引き締まった筋肉がやけにかっこいい。

「あ! それ面白そう! わたしもやるぅ!」

「お! ひまわりか! おーっす!」

「サンちゃん、おっはよ! ジョーロもおっはよ!」

 気づけば僕らの会話に、ひまわりが参戦していた。

 って言うか、わざわざ僕にまで挨拶しなくてもいいのに。さっきも言ったじゃん。

「それにしてもお前らって、ほんとに仲がいいなぁ! 今日も一緒に来たんだろ?」

 サンちゃんが僕らを見て、笑顔で一言。

「ピンポンピンポーン! わたしとジョーロは、今日も一緒に来ましたぁ!」

 胸の辺りに手を添えながら、ふてぶてしい態度でひまわりはそう言った。

 あー……。大きな声を出すから、皆から変な注目が集まっちゃったよ。

 ま、いっか。「ああ、またいつものか」っていう冷めた視線だし。

「でさぁ、お前らって、いつから付き合うの?」

 サンちゃん、今日は随分直球で来たなぁ。

 いつもなら、「ひゅーひゅーお熱いねぇ!」とか「さっすが幼馴染!」って感じなのに。

 一応伝えておくと、僕とひまわりは付き合ってないよ。

 巷では幼馴染は付き合うものみたいに思われているが、実際のところはそうでもない。

 僕はひまわりをいい友人だと思っているし、ひまわりも同じだろう。

「ちょ、ちょっと! サンちゃん、やめてよ!」

 あれ? どうしたんだろう? ひまわりの奴、顔が真っ赤だぞ。

 うーん……。いつもだったら軽く流して終わりなのに、今日は反応が随分違うなぁ。

「はっはー! 照れることはないんだぜぇひまわり! お前ならジョーロはイ・チ・コ・ロさ!」

 親指をピッと立てて、歯がキランと輝きそうなニカッとした笑顔でそう言うサンちゃん。

 それがスイッチになったのか、ひまわりの態度がよりおかしくなった。

「あぅ……えと……えと……」

 瞳を潤ませて、叱られた後の子供のようになるひまわり。

 視線がおぼつかず、僕とサンちゃんを行ったり来たりしている。

 そんなひまわりを見ながら、僕とサンちゃんは同時にコテンと首を傾げる。

 お、さすが親友。気が合うねぇ……ってあれ? ひまわりがクルッと体を反転させたぞ。

「…………っ!」

「あ! おい、ひまわ――」

 そのまま、走り出しちゃったよ!

 サンちゃんが呼び止めようとするが、ひまわりは止まらない。

 あっという間に教室から去って、どこかへ行ってしまった。

 ……まずい。まずいぞ。ひまわり。その行動は色々とまずい。 

 さっきとはまるで違う好奇の視線が一斉に、僕らに集中してしまっているではないか。

 どうしよう……これ?

「えーっと……。俺、やっちゃった?」

「うん。多分だけど……」

 気まずそうな顔でこっちを見るサンちゃんの言葉を、僕はオドオドと肯定する。

 だけど、よく分からないなぁ。どうしたんだろう? ひまわりのやつ。

 いつも通り軽く流せばいいのに、あんなに顔を真っ赤にしてさ。

 まぁ、きっと何か事情があったのだろう。

 ひまわりって、ああ見えて意味のないことはしないしね。

 ちなみにこの後、トボトボ戻ってきたひまわりに対して、サンちゃんがペコペコ頭を下げ、それに対してひまわりもペコペコ頭を下げていた。

 君達は鹿威(ししおど)しの真似でもしているのかい?



「さぁ、今日も俺の熱き血潮を迸らせるぜ! 待ってろよグラウンド!」

「レッツゴー! ぶっかつー!」

 放課後になった瞬間、あっという間に教室からいなくなるサンちゃんとひまわり。

 さすが、野球部とテニス部のエースの二人だ。やる気が違う。

 いや、元の性格か。入部当時からやる気満々だったよね。

 ま、いっか。二人に倣うわけじゃないけど、僕も急いで生徒会室に向かおーっと。

 ひょいと鞄を肩に担ぎ、ほんの少しだけ足取りを弾ませて、僕もまた目的地を目指す。

 僕は僕で放課後は楽しみなんだよね。さぁ! 今日も書記活動、頑張るぞぉ!



 目的地である生徒会室の前に辿り着くと、コンコンとドアをノックする。

「どうぞ」

 ノックをし、「どうぞ」という声を聞いてからドアを開けるのが、ここのしきたりなんだ。

 ドアの向こうから聞こえてくる優しい声に呼応して中に入ると、綺麗な女性が僕に笑顔を向け、歓迎してくれる。

「やぁ、ジョーロ君。今日も早いね」

「HRが早く終わっただけですよ」

 いやぁー! 今日もお美しい!

 この人と毎日会えて会話できることこそが、まさに生徒会の醍醐味と言ってもいいだろう!

 まだ、始まってもいないけどね。

「それでもさ。いつも最初に生徒会に来てくれる君は、私にとって非常に貴重な存在だよ」

 僕に優しい言葉をかけてくれる彼女は秋野桜(あきのさくら)さん。通称コスモス。

 名前を見て分かる通り、コスモスは漢字で書くと「秋桜」だからだ。

 一つ上の学年で、現在高校三年生。

 はっきり言って美人。腰まであるロングヘアーが素敵すぎる。

 ついでにこの人、容姿だけでも超ハイスペックなくせに、生徒会長もやっている。

 生徒会長なんてものをやっているのだから、勿論成績もいい。ぶっちゃけ学年ナンバーワン。

「じゃあ運動は?」って質問にも答えると、もう凄まじい。万能ですよ万能。

 しかもスタイルもすごくいい。胸もどっかのひまわりとは違い、中々に立派だ。

 とある筋から入手した情報によると、Dカップらしい。

 性格もすんごい良い。クールで冷たそうな印象の鋭い目つきをしているが、本当は優しくて、校内でも皆に好かれている。

 ひまわりと人気を二分する我が校きっての美女だ。

 ひまわりが可愛い系だとすると、コスモス会長は美人系。

 高嶺の花というイメージを皆から持たれている。

 だからこそ憧れが先行してしまってか、とある筋から入手した情報によると、告白はあまりされていないらしい。

 それでも、普通の人と比べたら十分に多いだろうけど……。

 でも、彼氏はいないみたいなんだよねぇ。

 とある筋から入手した情報によると、「好きな人がいる」って話なんだけど……。

 どこのどいつだよ。羨ましいなぁ。とある筋からの新情報に期待しよう。

「しかし、他のメンバーはまだ来ないか」

「そうですねぇ。HRがまだ終わってないんじゃないですか?」

「うーん……。どうだろう? 山田は私と同じクラスなんだがね……」

 ちなみに山田っていうのは会計の人。

 大して重要でもないし、紹介は軽く済ませるよ。

 山田さん、モブキャラ。以上。

「まぁいいじゃないですか。ゆっくり待ちましょうよ」

「ははは。ジョーロ君のそういうマイペースなところ、私は好きだよ」

「ありがと、うございます」

 コスモス会長に「好き」と言われて、思わず心臓が高鳴ってしまう。

 まったく、自分の容姿をもうちょっと自覚して言葉は選んでほしいよ。

 貴方みたいな人に……っていうか今って、二人きりじゃないの?

 そう思うと、少し……いや、かなりドキドキしてきたぞ。

「あ、そうだ。ジョーロ君、君に少しお願いをしてもいいかな?」

「はい! なんでちょうか!」

「ん?」

 しまったぁ! 緊張のあまり噛んでしまった。これは恥ずかしい……。

「そ、それで、僕にお願いってなんですか?」

「あ、あぁ。そうだったな」

 どうにか話題を戻すことで、自分の異変をごまかす僕。

 平気だよね? 変に思われてないよね?

「君に図書室へ行って取ってきてほしい本があるんだ。ほら、五月に我が校伝統の百花祭(ひゃっかさい)があるだろう? そのために過去の資料を参考にしたくてね。今ならまだ取って戻ってきても、時間に余裕はあるし、お願いしてもいいかな?」

「は、はい! 畏まりましたぁ!」

「はい。畏まれました」

 穏やかな笑みとともに放たれる温かい声色にズキュン!

 ダメだって! これ以上僕の心をかき乱さないで!

 これが心臓を撃ち抜かれるって感覚なんだろうね。すんごい分かる。

 僕はコスモス会長から優しく手渡されたメモを慎重に受け取り、急いでドアを開けると、猛然と図書室へ向かった。

 あ、もちろん走ってないよ。廊下は走っちゃいけないからね。競歩ってやつです。

 両手をブンブン振りながら、ズンズン図書室へと向かったよね。



「ふぅ……」

 まずは息を一つ。さっきまで荒々しい鼓動を奏でていた心臓も、図書室まで歩く間におさまって、今は大分落ち着いている。

 って言うか図書室か……。

 できれば、あまりここには来たくないんだよなぁ。

 別にうちの学校の図書室が、特殊とかそういうわけじゃないよ。

 まぁ強いて言えば、なぜか飲食可能なスペースがあるところは特殊だとは思うけど、本当にそれ以外は全部普通。問題は中にいる奴にあるんだ。

 僕はゴクリと唾を飲み込み、ソッと図書室のドアを開ける。

 開けたドアからヒョッコリと顔を出し、恐る恐る受付の方を確認した。

 いませんように!

「あら、ジョーロ君?」

 ほら、いたよ! やっぱりこいつが受付にいたよ! だから図書室には来たくないんだ!

 僕の嫌悪感をあっという間に満タンにした女は三色院菫子(さんしょくいんすみれこ)。通称パンジー。

 こいつの名前を省略すると「三色菫」で、パンジーになるからだ。

 今までの流れからすると、こいつもひまわりやコスモス会長と同じように、魅力的な女の子に思えるかもしれないから、先に言っておくね。

 こいつに魅力なんて、微塵もない。

 まぁ、なんで僕がそう言うかは、この後にする説明で分かってもらえたら嬉しいかな。

 こいつは、僕と同学年で別のクラスの生徒。

 三色院菫子とかいう気品のある名前をしているのに、普通の一般家庭で育ったというんだから詐欺としか言えない。

 しかも、眼鏡をかけて三つ編みだよ?

 今時ありえるのかよその格好? と思わずツッコみたくなってしまう容姿だ。

 お前はアレだ。巻いとかなきゃダメだろ。ねじの如きロールヘアーでいるべき名前だ。

 顔も並だし、胸はペチャパイって言うかない。

 成績に関してだが、悔しいことに容姿に見合った上位ランカーだ。

 特に現国と古典、それに漢文がやばい。

 こいつが入学してから、誰一人として国語系科目でこいつの上に立てた奴はいないのだ。

 つまりソレに関しては、常時学年ナンバー1。さすが三つ編み眼鏡だ。

 性格は、はっきり言って最悪だね。

 淡々としていて何を考えているか分かんないし、何より超毒舌だ。

 しかも、その毒舌の的になっているのは、なぜか僕だけというのが納得いかない。

 他の人は、全然言われてないんだよ?

 いつもこいつは、僕の顔を見る度に罵詈雑言を吐き、嫌がらせをしてくるんだ。

 そんな性格だから学校に友達がまともにいないんだって、ちゃんと理解してほしいよ。

 ……さて、ここまで言って十分伝わったかな?

 つまり僕は、こいつが大嫌いなんだ。

「や、やぁ」

 それでも何とか笑顔を作り出し、受付に座るパンジーに挨拶をする。

 たとえ嫌いな相手でも、戦いの火種を作る必要はない。僕は平和主義なのだ。

「何を死に来たの?」

 ん? おかしいな?

 ただの質問のはずなのに、ものすごい悪意を感じる言い回しをされた気がするぞ?

 いや、気にしちゃダメだ。

 パンジーにちょっとでも噛みつこうもんなら、あっという間に攻撃されてお陀仏だ。

 今までもちょっとした言葉を拾われて、徹底的にそれをいじれらたり、様々な小説の一文を引用しては、人が気にしていることをズバズバ言ってくる。

 存在感がない、足が短い、幸薄そうなど、今までに吐かれた毒は数知れず。

 しかも、それで僕がうろたえる様子を楽しげに見てるんだから、より性質が悪い。

 これから生徒会があるのに、無駄に体力を消耗している場合ではない。

 だけど無視するのもアレだし、パンジーは図書室の主でもある。

 この学校の図書委員は複数人で放課後の図書室の管理を任されているんだけど、パンジーが入学してからは、ほとんど彼女一人でやっている。

 その見た目の通り、本好きなパンジーは、自分で買っているとお金が追いつかなくなるため、図書室の主として君臨しているわけだ。

 ほんの少しの好奇心からこれを尋ねたら、聞き出すまでに僕の精神に多大な被害があったのはいい思い出だ。好奇心は身を滅ぼすと、体感した瞬間だったよね。

 ……とまぁ、そろそろ思い出には蓋をしておこう。二度と開かないよう厳重に。

「ちょっと、資料(しりょう)を探しにね。去年までの百花祭の資料なんだけど、どこにあるか分かる?」

「そう。死霊(しりょう)ね。私の目の前にちょうどいるわ」

 はい、早速来ました! 聞きましたこれ? ひどいと思いませんかね?

 何にもしてないんですよ? ただ図書室に来て質問をしただけでこの対応。

 言っておくが、過去に僕がパンジーに何かしたなんてことは一切ない。

 去年の二学期ぐらいから、それまで一度も関わったことがなかったのに、いきなり僕のところにやってきて、ずっとこんな感じだ。

 お、落ち着け僕……。こめかみがピクピク言うが落ち着け。

 これ以上余計なことを言われないためにも、できる限りいつも通りの態度で……。

「今日もいつも通り、傷んだミカンの皮みたいな顔をしているわね」

 いつも通りの態度すらアウトだった……。

 って、こんな会話をしていたら、いつまで経っても資料を手に入れることはできない。

 パンジーはほっといて、自分で探そう。

 何より、こいつとこれ以上会話をしていたら、僕の胃が炸裂する。

「じゃ、じゃあ僕、資料を探しに行くから、これで!」

 敵意のない笑顔をパンジーへと示し、僕は逃げるようにその場を離れ、資料探しを始めた。

 まぁ、実際、逃げたんだけどね。

 えーっと……。うーん……。どこだろう?

 本棚をくまなく探したが、どうにも見つからない。誰かが持ってっちゃったのかな?

「ねぇ、ジョーロ君?」

「ほぎゃぁぁぁぁぁ!」

 いつの間に背後にやってきた?

 アレか? 背後霊なのか? 憑りついて僕を呪い殺すつもりなのか?

「四六時中私と一緒にいたいからっておばけにしないでちょうだい。迷惑な人ね」

 うん。君はナチュラルに、僕の心の声に反応しないでもらえるかな?

 はぁ……。どうして僕ばかり、パンジーからこんな目にあわされないといけないんだろう?

 他の人に聞いても、別に何もされたことはないって言ってたし……、おかしいよ。

 ……ダメだ。内心でグチをこぼしている場合じゃない!

 早く返事をしないと、もっと大変なことになっちゃう!

「な、何かな?」

 ギギギと首を後ろに曲げて、何とか笑顔を作る。よく頑張ったぞ僕。

「貴方の探している資料は、ここにはないわよ」

「え? なんで?」

「私の鞄の中に隠してある可能性が高いわ」

「は?」

 クスリと嘲笑を漏らすパンジー。ポカンとする僕。

 えーっと……。今、何て言った?

「貴方が見当違いのところを無様に探している間に、とある本を私名義で借りてそのまま鞄にしまったの。だから、ここにはないのではないかしら?」

 こいつ、なに余計なことしてくれちゃってんの?

「えっとぉ、三色院さん……」

「菫子でいいわ」

「それじゃあ、菫子さん」

「どうしてかしら? 脳裏に辞世の句が浮かんだわ。保健室で休んでくるわね」

 君が呼ばせたんでしょ! 僕のせいじゃないでしょ!

「ま、待って! その、菫……三色院さん」

 テクテクと去ろうとするパンジーを慌てて呼び止める僕。

「何かしら。ジョーロ君?」

 クルリと振り向いて、どこか楽しげな表情を浮かべるパンジー。

 凄まじく嫌な予感しかしない。

「あ、あのさ、その本って、今日貸してもらえたりしない?」

「いいわよ」

 お、意外とあっさりと許可が出たぞ。言ってみるもんだな。なーんだ。僕の勘違――

「三回まわってワンと言った後に『バ〇ルドーム! ボールを相手のゴールにシュート! 超・エキサイティング!』って叫んだら貸してあげるわ」

 前言撤回。難易度が跳ね上がりました。なんでそんな昔のCMの内容を知ってるんですかね?

「どうする? 私はどちらでも構わないけど」

 時計をちらりと確認すると、結構な時間が経っている。

 目の前のパンジーは無表情で人形のような目でじっとこちらを見ている。

 恐らくだが、先程言ったことをやらない限り資料を貸してくれないだろう。

「…………」

 僕は無言でくるくると回り、

「ワン!」

 そして、

「バ〇ルドォォォム! ボールを相手のゴールにシュゥゥゥト! 超・エキサイティング!」

「はい。よくできました」

 僕の渾身の叫びの甲斐があってか、パンジーは鞄から袋に入った資料を取り出すと、それをヒョイと渡してくれた。

「う、うん……ありがとう」

「どういたしまして。今日はとても満足したわ」

 それだけ言うと、僅かに足を弾ませて、テクテクと受付に戻っていくパンジー。

 できることなら怒りに身を任せて、仕返しをしてやりたいがそれはやらない。

 だって僕、パンジーに勝てる気がしないし、戦略的撤退って大事だよね。

 さ、急いで逃げよう。