俺を好きなのはお前だけかよ


第二章 僕と俺のバトンタッチ


はい。やってきました土曜日です!

 長かった。本当に長かった!

 コスモス会長と約束したのが水曜日。そこから土曜日までの三日間、本当に楽しみだった。

 待ち遠しくなると、時間が経つのが長く感じるって言うけど、ほんとだよね。

 超長く感じちゃったよ。三日しか経ってないけど、体感時間は三十年くらいだったね。

 十六年しか生きてない僕が、精神的にはおよそ倍の時間を過ごしたってことになっちゃうね。

 うん。ないね。言いすぎた。

 そんな僕は今、張り切り過ぎて待ち合わせ場所に一時間前にやってきていた。

 待ち合わせの場所に選んだのは、駅の近くの交番の前。

 もしもコスモス会長が先に来ていて、ナンパな人に絡まれても、おまわりさんに助けてもらえるようにって小粋な心遣いさ。

 ま、僕が先に来ちゃったから意味はないけどね。

 待っているコスモス会長を遠くから見てみたいってのもあったけど、自分の欲望のためにコスモス会長に迷惑をかけるなんて愚の骨頂だ。

 よって、却下。

 さて、コスモス会長が来る前に自分のファッションチェックだ。

 今日の僕は完璧だ。

 完璧と言っても元があまり優秀じゃないから、大したことはないけどさ。

 でも、頑張ったんだよ?

 デートが決まった日の夜に「待ち合わせ 好印象」、「手に汗をかかない 対策」、「手を繋ぐ タイミング」、でググっちゃったよね。ついでにファッション誌を買って、読みまくったよね。

 そんな僕の今日の格好を紹介しよう! え? どうでもいい? まぁ、そう言わずに。

 えー。季節は春なので、まずは白のTシャツに茶色のチノパン。やっぱりコスモス会長は真面目だしね。シンプルなファッションの方がいいだろうと考えたのさ。そこに黒のジャケットをフワッと羽織っています。靴は今日のために新しく買った白のスニーカー!

 これなら誰でも似合うし、安心だ!

 って言うか、僕の場合、誰でも似合う格好じゃないとダメなだけなんだけどね。

 はぁ……。もうちょっとかっこよく生まれたかったなぁ。

 ダメだ僕! 落ち込んでちゃダメだぞ! 今日はコスモス会長と出かけるんだから、こんな表情をしていたら、変な誤解を生んでしまう! ちゃんといつも通りの表情でいなきゃ!

 もちろん、待っている間の行動も要注意だ。スマホなんていじっていたらいけない。

 頭のいいコスモス会長だ。スマホをいじっていたら、結構な時間待ってるって悟られちゃう。

 あ、僕のスマホは壊れているから意味ないや。

 よし、キョロキョロしていよう。「今、来ましたよー。会長は来てるかなー?」って感じでキョロキョロしていよう。



 そんな周りの人から見たら挙動不審な行動をしてから早三十分。

「やぁ。早いね」

 おっほほーい!

 振り向かなくても、その声だけで誰が来たか分かりますよ! 分かっちゃいますよ!

 待ち合わせの三十分も前に来てくれるなんて素敵!

 そんなに僕とのお出かけが楽しみだったということでしょうか?

「い、いえ! ぼきゅも今来たところでしゅ!」

 噛んだー! 噛んでしまったー!

「ふふふ。面白い言い方をするね」

 クスクスと口元に手を添えて笑うコスモス会長はもう、すごい。

 どうしてこの人は、こんなにも的確に僕のツボをついてくるのだろう?

 落ち着け。落ち着くんだぞー。落ち着いてコスモス会長を見るんだ。

 あぁ……。なんですかその可愛らしい服装は!

 コスモスの色に似た淡いピンク色のワンピースにふわっと羽織った白いカーディガン。

 ちらりと見える太ももが……はふん。

 少女らしい服装が、大人びた雰囲気のコスモス会長に絶妙に合っていてたまらない!

 美しい! 美しすぎる! こんな美しい生命が存在していいのだろうか? いいのです!

 両手で持っているバスケットが、また可愛らしい様子を醸し出していて……!

「その……。私にどこか変なところでもあるかい?」

 て、照れてる! コスモス会長が照れていらっしゃる!

 っと、いかんいかん! つい惚けてしまったが、それではいかんぞ。目的を忘れるな。

 今日の目的はコスモス会長と親密に……。じゃなくて! スマホを買うことなんだから。

「大丈夫です! そ、その、行きましょう!」

「ああ。そうしようか」

 ああ。視線がすごい。周りの人が皆、コスモス会長を見てるよ。

 すっげぇ美人とか聞こえてくるよ。いや、分かりますよ。その気持ちは十分に分かりますよ。

 僕も周りのモブキャラ担当だったら、そうなっちゃいますよ。

 ま、今日は主役だけどね。コスモス会長がヒロインで僕が主人公。

 やったね!

 僕は完全に舞い上がりながら、コスモス会長と一緒に携帯ショップへ向かった。



「ジョーロ君、こちらの方がいいよ。機能性から見ても、値段から見ても断然お得さ」

「そうなんですか?」

 右手にノートを広げつつ、コスモス会長はそう言った。

「ああ。昨日、私なりに調べたんだ。恐らく、間違いないよ」

「え? わざわざ調べてくれたんですか?」

「当然だろう? 私が君に迷惑をかけたのだから、何もしないわけにはいかないさ」

 何この人? 女神? 女神なの?

「ジョーロ君に何かこだわりがあったら、それを尊重したいのだが、何かあるかい?」

 スッと僕の傍に来て、確認をとるコスモス会長。

 どんな高級なシャンプーを使っているのだろう? すごくいい匂いだ。

「い、いえ! そんなには……。あの、会長……。もうちょっと離れて……」

「ああ。すまない。私は何かに熱中すると、他が疎かになりがちでね。以後、気をつけるよ」

 少しはにかんだ笑顔とともに、僕から距離をとるコスモス会長。

 もう言葉といい、仕草といい、素晴らしすぎる!

 結局僕は、言われるがままに、コスモス会長一押しのスマートフォンを購入した。

 さらにおまけで、コスモス会長から『じゃあ、私の連絡先をまた伝えさせてくれ』と再度、電話番号やメールアドレスを教えてもらえた。

 ジョーロ史に残る新たな歴史……『僕のスマホに最初に登録されたのは貴女』が誕生した。

 ようこそ! 僕の新しいスマートフォン! 家に帰ったら、データの移行をするからね!

「それとジョーロ君、これは私からだ」

「え?」

「よければ使ってくれ」

 そう言ってコスモス会長が僕に差し出してくれたのは、スマートフォン用のケースだ。

 どうやら僕が受付の人と話している間に、こっそりと買っていたらしい。

「いいんですか?」

「いいんですよ」

 穏やかな笑みと温かい声。だからそれは反則なんだって!

 このケースを使うか使わないか、真剣に悩んだよね。

 僕の部屋にご神体として奉るべきか否か、でも使わないのは申し訳ないのでパパッと装着しましたよ。

 そしてここからが本番。今日のために探しに探した美味しくてお洒落でいい感じのカフェ!

 そこに今から、コスモス会長と行くのです!

「ジョーロ君、昼食なんだが……」

「はい! ちゃんと考えてきました! 少し歩いたところにお洒落なカフェがあるんです!」

「そうなのかい? そ、そうか……」

 あれ? なんだかコスモス会長が困った顔をしているぞ。

 何かまずいことを言ってしまっただろうか?

「いや、そのだね……」

 やや控えめな動作で、コスモス会長はソッと持っていたバスケットを掲げた。

「差し出がましいとは思ったのだが、実は昼食を作ってきていて……」

「ええ! 本当ですか?」

 手料理? 食べられちゃうの? コスモス会長が作った手料理が食べられちゃうの?

 そんな素晴らしくも煽情的な物をいただけてしまうなんて!

 すみません。ぶっちゃけるとバスケットを見た時点で凄まじく期待していました。

 そして、僕の想いが天に届いたのか、期待が叶っちゃいました。

「だから良ければ、昼食は近くの公園でとらないかい? 嫌だったら、構わないのだが……」

「全然嫌じゃありません! むしろ、ウェルカムです!」

「それを聞いて安心したよ。ありがとう。ジョーロ君」

「い、いえいえ! むしろお礼を言うのは僕の方ですよ!」

「そうかい? じゃあ、お互い様ということにしておこうか」

「はい!」

 女神の微笑に僕は全力で首を縦に振る。

 そうと決まれば公園だ。公園に行くぞぉ! ヒヤウィゴー!



「ここにしようか」

 公園に着き、手頃な場所を確保すると、コスモス会長は用意していた可愛らしいピンク色のシートをひいた。

 そこにスッと足を斜めにたたんで座るコスモス会長。僕も慌てて正面に座った。

 うわぁ……。何だか僕達、本当にカップルみたいだよ。

 あぁ、周りでは家族連れの子供達がワアキャアワアキャアと騒いでいるのに、全然気にならないや。普段なら絶対やかましいと感じてるのに。

 これがコスモス会長の力か。

「それじゃあ、これを」

 スッと僕におしぼりを手渡してくるコスモス会長の美しい仕草ときたらたまらない!

 男なら片手でヒョイと渡すけど、この人両手で、ソッと渡してくるんだもの。

 もう、どこまで反則を積み重ねるのさ! この反則女王様め!

「じゃあ、食べようか」

 コスモス会長が作ってきてくれたのは、サンドイッチだった。

 バスケットの中には、色々な種類のサンドイッチが綺麗に並んでいて、どれもこれも輝いて見えた。味はもちろん最高! と言いたいところだけど、舞い上がりすぎてよく覚えていない。

 ああ、幸せ……。

 こんなに幸せでいいのだろうか? この後に大どんでん返しとかありそうで少し怖いや。

「ご馳走様でした! すごく美味しかったです!」

「そう言ってくれて嬉しいよ。ありがとう」

 ニコリと微笑むコスモス会長。ダメだって! そんな顔しちゃダメだって!

 僕のときめきゲージはすでに満タンなのに、それを超えちゃうってぇ!

「じゃ、じゃあ、片付けは僕がやりますんで!」

 暴走しそうな自分を抑え込むために、互いにシートから立ち上がったところで、僕はクルクルとシートを丸めていった。

「はい。これでいいですか?」

「はい。これでいいですよ」

 穏やかな笑顔で僕からシートを受け取るコスモス会長に、再度暴走の危機、到来。

 ダメだぞぉ僕。我慢だ我慢…………というか、この後どうしよう?

 一応、プランは考えてきているが、スマホを買い換えるという当初の目的は達成してしまったし、ここで終了ってこともあり得る。

 コスモス会長からのお詫びも、もう十分すぎる程受け取ってしまったしな。

 ここで終了でも僕は満足だ。

 だってすっごく楽しかったもん! 欲張っちゃダメだよね。

「あ、あの! ジョーロ君!」

「はい?」

 僕が幸せに浸っていると、コスモス会長から声をかけられた。

 その声はいつもより、少しだけ緊張を含んでいるような気がした。

 それは勘違いだと思ったけども、コスモス会長の顔を見ると、ほんのりと朱色に染まっているから気のせいではないだろう。

「そ、そのな……。いや、何と言っていいのやら」

「どうしました?」

 コスモス会長は、そっとスカートの裾を抑え、近くにあったベンチに座る。

「じ、実は今日一緒に来たのは、私からも言いたいことがあったからなんだ!」

「言いたいこと?」

「そ、そうなんだ! 君にとっては迷惑かもしれないし、嫌な話かもしれないのだが……」

 えっと? 僕にとって迷惑で嫌な話? 何だろう?

 そんなにモジモジしちゃって、どうしたのかな?

「あ、えっと……。まずは、隣に座ってくれないか?」

「は、はい。分かりました」

 僕はコスモス会長の指示に従い、ベンチに腰を下ろす彼女の右側に座る。

 だが、指示に従ってもコスモス会長の言葉が続くことはなかった。

 何かが始まる。何となくだけど僕はそう思った。そして、それは気のせいではないのだろう。

 あのクールでいつも冷静なコスモス会長が、視線を泳がせて、自分の髪の毛をクリクリといじっているのだから。

 かわえぇのぅ。っとダメだ! 僕に何か言いたいことがあるんだろう。

 それをちゃんと聞かなくてはならない。見惚れるのはその後だ。

「あのっ……! うぅ……!」

 何度か口を開こうとしては、また沈黙。

 さっさと言えばいいのにって思ったけど、僕は何も言わない。

 だって、あのコスモス会長がこんな風になるんだ。きっと、余程のことなのだ。

 僕は男として、静かに彼女が話し出すのを待つのだ。

「じ、実はね……。その……。私には、好きな人がいてだね……」

 ドッキーン! その言葉を聞いた瞬間、僕の心臓が飛び出しそうな鼓動を奏でた。

「は、はい!」

「その人のことを考えると、胸が苦しくなって、毎日会えるだけで本当に幸せになるんだ。だから、自分勝手だとは思うが、口実を無理やり作って会っているのだが……」

 なんでそんな話を僕に?

 心臓の音が脳にまで強く響いてくる。まるで体全体がドクンドクンと震動しているみたいだ。

「わ、私は……」

 そして、コスモス会長の顔が近づいてくる。ゆっくりと、それでいて確実に。

 まさに恋する乙女の表情だ。まるで絵画のように綺麗で、魅入ってしまう。

 そして、互いの吐息がかかる距離まで近づくと、コスモス会長はグッと瞼を閉じた。

 もしかして……もしかしてこれって……!


「君の親友の大賀太陽君が、好きなんだ!」


 …………ホワッツ?

「きっかけは去年、野球部が挑んだ地区大会の決勝だ!」

 え? ほ? きょ、去年の地区大会?

「あの時、惜しくも負けてしまい悔しがるメンバー達を、満面の笑みで励まし続けていた大賀君。最後の最後に逆転されて、ピッチャーである彼が一番悔しかったに決まっているのに、『皆、気にするな! 俺が悪いんだからさ!』と自分を犠牲にして、笑い続け、チームメイトを鼓舞していたよ。今でもその姿が、私の目と心に焼き付いているんだ」

 その時の光景を思い出すように、空を見上げながらコスモス会長は言葉を紡ぐ。

「だけど、私だけは知っていたんだ! あの後、少し気になって、球場の東口から選手控え室に向かったのさ。そしたら、ちょうど大賀君が控え室から出てきていてね。自分の頭を壁にゴツンと打ちつけ、泣いていたんだよ!」

 そうだね。サンちゃんはそういう奴だよね。本当はすごく負けず嫌いだもんね。

「あの時、どれだけ私の心臓が昂ぶったか! 君は悪くない。力の限り奮闘していたと、抱きしめたくなったよ。それで気づいたんだ。私が……彼に対して恋心を持ってしまっているとね」

 あ、さいでっか。

「ただ、私と彼では学年も違うし、ほとんど交流もない! だから生徒会という名目で、たまに会いには行っていたのだが……。その……。関係の進展とまでは行かず……」

 コスモス会長は顔を真っ赤にしてノートを開き、凄まじい勢いで語り出した。

 サンちゃんの好きなところ、かっこいいところ、エトセトラエトセトラ……。

「そ、それで! 情けないとは思ったのだが、君に彼との仲を取り持ってほしいんだ!」

 目を見開いて、必死にこっちを見てくるコスモス会長。

 それを見ているだけで、彼女がどれだけ本気なのかは十分に伝わってきた。

 あー……。えっと? もしかして今日、コスモス会長が僕と一緒に出かけたいって言った真の目的ってこれ? うん。これだね。

 さっきまでアレ程までに、荒ぶっていた僕の心臓も、今では意気消沈している。

 大どんでん返しってのは、本当にあるんだね。

「だ、ダメかな?」

 コスモス会長は瞳を潤ませて上目遣いで僕を見ている。

 そんな不安そうなコスモス会長を見ていると、心がキュンとなって、

「いいですよ。任せてください!」

 胸にドンと手を当てて、僕は強くそう言い放った。

「ありがとう! 本当にありがとう!」

 相当嬉しいのだろう。コスモス会長は年下の僕にペコペコ頭を下げている。

「そ、それじゃあ、また月曜日に!」

 そこでコスモス会長は羞恥の限界が来たのだろう。

小走りで公園を去っていき、そこには僕だけが取り残された。

 その瞬間、一筋の風が公園内を突き抜ける。

 ……オーウ。ノーウ。

 その時の僕は、それを考えるのが精一杯でした。