86―エイティシックス―


   †


 九年前、共和暦三五八年。大陸暦二一三九年。

 共和国の東の隣国にして大陸北部の大国ギアーデ帝国は周辺諸国全てに宣戦を布告、世界初となる完全自律無人戦闘機械〈レギオン〉部隊による侵攻を開始した。

 軍事大国ギアーデの圧倒的武力の前に、共和国正規軍は僅か半月で壊滅。残存兵力をかき集めた軍人達が絶望的な遅滞戦術で時間を稼ぐ間に、共和国政府は二つの決断を下す。

 一つはリベルテ・エト・エガリテを中心とした八五の行政区内への、全共和国市民の避難。

 もう一つが、大統領令第六六〇九号。戦時特別治安維持法。

 共和国内に居住する帝国移民出身の有色種(コロラータ)を帝国に与する敵性市民と認定。市民権を剥奪し、監視対象者として八五区外の強制収容所に隔離する法律である。

 無論、共和国の誇る憲法にも五色旗の精神にも明確に反する法だ。また帝国移民でも白系種(アルバ)は対象外、かつ帝国出身ではない有色種(コロラータ)も収容対象という、露骨な人種差別政策でもあった。

 有色種(コロラータ)の抵抗は勿論あった。だが政府は武力を以てこれを封じた。

 反対する白系種(アルバ)市民も僅かながらいた。けれど、大半の白系種(アルバ)は容認した。全市民を受け入れるには八五区はあまりに狭く、全員に行き渡らせるには物資も土地も仕事も到底足りなかった。有色種(コロラータ)のスパイ行為が敗戦をもたらしたのだというデマは、自国の劣後という認めがたい現実を直視するより遥かに受け入れやすかった。

 何より、敵軍(レギオン)に完全包囲された逼塞した状況下で、誰もが不満の捌け口(スケープゴート)を必要としていた。

 正当化する優生思想が瞬く間に流布した。近代民主主義という先進的で人道的な、人類史上最高の政体を世界で初めて樹立した白系種(アルバ)こそが最も優秀な人種であり、前時代的で非道な帝国主義の有色種(コロラータ)はその全てが劣等種。野蛮で愚鈍な人間擬(もど)き、進化に失敗した人型の豚にすぎないのだと。

 かくて全ての有色種(コロラータ)は強制収容所に隔離され、〈レギオン〉との戦闘とグラン・ミュール建造の労役を課された。それら費用には接収された彼らの資産が充当され、市民達は戦時においてなお兵役と労役と戦時増税を回避してのけた人道的な政府を高く称賛した。

 有色種(コロラータ)を人外の下等生物(エイティシックス)と蔑称する白系種(アルバ)の差別意識は、二年後、生身の兵士――その全員がエイティシックスだった――の代わりに最前線に投入された無人機(ドローン)という形で具現化する。

 共和国の全技術を結集してなお、共和国製無人機は実戦に耐えるレベルに達しなかった。けれど劣等たる帝国が造り得た無人機(ドローン)を、優越種たる白系種(アルバ)が造れぬなどあってはならなかった。


 エイティシックスは人間ではないのだから、奴らを乗せればそれは有人機ではなく無人機だ。


 共和国工廠(RMI)自律式無人戦闘機械(ドローン)〈ジャガーノート〉。

 人的損害を完全に零(ゼロ)にする先進的かつ人道的な兵器として絶賛と共に投入された。

 情報処理ユニット(プロセッサー)と名付けたエイティシックスの操縦士を搭載した、有人搭乗式の『無人機(ドローン)』である。


 共和暦三六七年。

 戦死者のいない激戦場で、戦死者にカウントされない部品(パーツ)扱いの兵士達が、今日もひたすらに死に続けている。


   †


〈レギオン〉の赤のブリップが東――彼らの支配域の方向へと撤退していくのを確認して、レーナは少し緊張を緩める。

 一方第三戦隊の損耗数は七機で、苦いものが胸中にこみ上げる。七機の〈ジャガーノート〉全てが、その中のプロセッサーごと爆散した。生存者はいなかった。

〈ジャガーノート〉――インテリ気取りの開発者が古い神話から取ったという異邦の神の異名。

 救済を求めて集う数多の人々を、その戦車(チャリオット)の車輪にかけて轢き殺すという。

「……ハンドラー・ワンよりプレアデス。敵部隊の撤退を確認しました」

 一つ息をついて、〈プレアデス〉のプロセッサーに――自分と家族の市民権復活を見返りに五年の従軍に応じたエイティシックスの操縦士に、知覚同調(パラレイド)を介して言った。

 聴覚を同調して互いの声や聞いた音を伝え合う知覚同調(パラレイド)は、距離や天候や地形の影響を受けやすく阻電攪乱型(アインタークスフリーゲ)の電磁妨害(ジャミング)にも阻害されやすい無線通信を過去のものとした、画期的な通信手段だ。理論上、五感のどれでも同調できるが基本的には聴覚が利用され、それは視覚では情報量が膨大過ぎて使用者への負荷が大きいためだ。その点、聴覚なら最小限の情報量で状況が把握できる。体感的には無線や電話と大差ない分、混乱も少ない。

 ただ、それだけではないのだろうとレーナは思う。

 視覚を同調しなければ、見なくてすむ。眼前に迫りくる敵の威容を。すぐ隣の仲間が機体ごと吹き飛ばされる無惨を。引き裂かれた自分の体から零れる、自らの血と内腑の色を。

「警戒任務は第四戦隊に引き継ぎます。第三戦隊は帰投してください」

『プレアデス了解。……今日も遠眼鏡で豚の監視ご苦労様です、ハンドラー・ワン』

 皮肉な響きは終始消えないプレアデスの応答に目を伏せた。嫌われるのは自分が白系種(アルバ)で、迫害者の一員である以上仕方ないと分かっているし、ハンドラーの役目の一つがエイティシックス達の監視であるのも、本当のことだけれど。

「お疲れ様です、プレアデス。隊の皆も、亡くなった七人も。……本当に、残念です」

『……』

 沈黙の向こうに、ぴり、と冷ややかな刃のような感情が混じった。知覚同調(パラレイド)は聴覚の共有だが、同調に際し互いの意識を経由している以上、顔を合わせて話している程度の感情は伝わる。

『……いつもいつもお優しいお言葉ありがとうございます、ハンドラー・ワン』

 それはどこか、冷たい嫌悪か侮蔑じみた感情で、迫害者には向けて当然の怒りや憎悪ともまた異なるその響きに、レーナは戸惑う。


   †


 翌朝のニュースは、またしても敵の損害多数共和国の損害軽微人的被害ゼロ敵軍の打倒は近いことでしょう、で、実は同じ放送の録画なんじゃないかと時々疑ってしまう。国営放送の、支配を断ち切る剣と抑圧の打破を表す砕けた足枷のロゴ。革命の聖女マグノリアの表徴(アトリビュート)。

『……なお、二年後の終戦に向け、政府は軍事予算の暫時縮小と〈ジャガーノート〉の配備数削減を決定しました。その先駆けとして、南部戦線第十八戦区を廃止、配備部隊の解散を――』

 南部十八戦区は失陥したらしい、とレーナは小さくため息をついた。取り繕っていい内容ではないし、仮にも国土の一部を失っていながら、奪還もしないどころか軍備縮小とは。

 接収した有色種(コロラータ)の資産はとうに使い切り、膨大な軍事予算が福祉や公共事業のそれを圧迫する中、軍備縮小を求める市民の声を、選挙を目前に政府は無視できないのだろうけれど。

「……どうしたの、レーナ。難しい顔をしていないでお食べなさいな」

 食堂のテーブルには朝食が並んで、そのほとんどが生産プラント製の合成培養品だ。

 半分以下に減った国土に、エイティシックスを除いてなお総人口の八割にのぼる人数を押し込んで、更にその全員を養うだけの農地を作る余剰は八五区のどこにもない。諸外国は〈レギオン〉の大群と電磁妨害(ジャミング)に隔てられ、貿易や国交はおろかまだ存在しているのかさえわからないまま。朧な記憶のそれとは随分風味の異なる紅茶を含んで、それらしい見た目と味を再現した小麦蛋白製の合成肉を切り分ける。

 唯一紅茶に添えたコンポートだけが庭の木苺を使った本物だが、こんなものさえ庭はおろか植木鉢一つのスペースもない共和国の平均的な住宅事情からすれば、とんでもない貴重品だ。

 向かいに座る時代がかったドレス姿の母親が、完璧に紅を塗った唇で柔らかに微笑む。

「レーナ。そろそろ軍などやめて、相応しい家柄のご子息と結婚なさい」

 レーナは内心ため息をついた。ニュースの戦況報道は毎日同じで、母親のこれも毎日だ。

 家柄。格式。身分。血統。優良な血。

 かつてミリーゼ家が貴族だった頃に建てられたこの瀟洒(しょうしゃ)で贅沢な邸宅にはよく似合う、けれど一歩外に出れば時代遅れの、裾を引きずる絹のドレス。

 時の止まったような。小さな狭い甘い夢に閉じこもって、外の世界など見ていないような。

「〈レギオン〉やエイティシックスの相手など、本来なら栄えあるミリーゼ家の令嬢がすることではありません。亡くなったお父様は確かに、軍人であらせられたけれど。今はもう、戦争などという時代ではないのですよ」

 時代でないも何も、今はまさに〈レギオン〉との戦争の真っ最中なのだが。戦場は遥か遠く、前線に行く者も帰って来る者もいなくなり、市民にとってこの戦争は、映画の中の出来事のような、現実味も当事者意識も薄いものとなって久しい。

「祖国を守るのは共和国市民の義務であり誇りです、お母様。それから、エイティシックスではありません。彼らもわたし達と同じ、れっきとした共和国市民です」

 母親は品の良い細面の鼻面に思い切り皺を寄せる。

「汚らしい色つきの、何が共和国市民ですか。まったく、餌がなければ働かないのが家畜とはいえ、政府もあんなけだものどもに再び共和国の地を踏むのを許すなんて」

 従軍したエイティシックスとその家族には、共和国の市民権が再交付される。過激な差別主義者さえのさばる八五区の中、彼等の身の安全のためその居住先は一切非公開だが、開戦からもう九年。かつての自宅に戻り、暮らしている者は決して少なくないはずだ。

 それは彼らの文字通りの献身に対し与えられて然るべき当然の報酬であるのだが、生憎と奉仕を受ける側はそうは思わないという典型例が目の前で嘆かわしげに首を振っている。

「ああ穢らわしい穢らわしい。あんな人間擬きどもがつい十年前までリベルテ・エト・エガリテを我が物顔で跋扈していたなんて、そして再び舞い戻ってこようとしているなんて、ああ。共和国の自由と平等が、一体どれだけ穢されていることかしら」

「……自由と平等を穢しているのは、お母様の今のお言葉だと思いますけれど」

「どういうこと?」

 きょとんとなる母親に、今度こそレーナはため息をついた。

 わからないのだ。本当に。

 母に限ったことではない。今でも共和国市民は自国の共和制を、五色旗の象徴する自由と平等、博愛と正義と高潔の精神を誇っている。かつての王政や独裁制の国家の所業を歴史に学んではその圧政を憎み、搾取に憤り、差別を蔑んで、虐殺を悪魔の所業と目を覆う。

 けれど、同じことをたった今共和国が行っているのだと、彼らは理解できない。指摘すれば憐れみの目さえ向けて問い返してくる。

 君は人間と豚の区別もつかないのかね、と。

 レーナは仄かな桜色に染まる唇を嚙む。

 言葉は、便利だ。

 容易く本質を塗り潰してしまえる。名札一つ張り替えただけで、人間を豚に変えてしまえる。

 母親は困ったように眉を寄せて、やがて何かに思い至った様子でああ、と笑った。

「お父様はあんな家畜どもにも慈悲深い方だったから、同じように扱ってやろうというのね」

「いえ、それは」

 エイティシックスの強制収容に強く反対し、最後までその撤廃を求め続けた父のことは、確かに深く尊敬している。けれど、同じように振舞いたいというのは少し違う。

 今でも覚えている。


 焔に浮かび上がる、四つ足の蜘蛛のシルエット。装甲に描かれた首のない骸骨の騎士の紋章。

 助け出してくれた手。生まれながらに身にまとう、鮮やかな真紅と漆黒。

 おれ達は。この国で生まれてこの国で育った、共和国市民だから。


 追想を母親の無遠慮な声が破る。

「でもね、レーナ。家畜には家畜なりの扱いをするべきなの。野蛮で愚鈍なエイティシックスに、人間の理想や高尚さを理解させるなんてできないわ。檻に入れて、私達が管理してやるのが正しいの」

 レーナは無言で朝食を食べきって、ナプキンで口を拭いて席を立った。

「行ってまいります、お母様」


   †


「担当部隊の変更……ですか?」

 鈍い金と臙脂の縞の壁紙の重厚な師団長のオフィス。アンティークのデスクについた師団長のカールシュタール准将から告げられた辞令に、レーナは白銀色の双眸を瞬かせた。

 部隊の再編に伴うハンドラー変更は、実のところよくある話だ。激戦の続く前線では損害はしばしば部隊を維持できない域に達し、ほとんど日常的に部隊の統合や再編、廃止と新設が行われている。レーナは体験したことはないしこれからもさせるつもりはないが、担当する部隊の全滅さえ、よくある話だ。

 それほど、〈レギオン〉は強い。

 軍事大国であり技術大国であったギアーデ帝国の獰猛さと技術力を惜しみなくつぎ込んで開発されたそれらは破格の兵装と驚異的な運動性能、同時代の産物とはとても信じられぬ高度な自律判断能力を有し、また真実無人機であるが故に疲れず、厭わず、恐れない。これも完全自動制御の生産・修復工場が〈レギオン〉支配域の奥深くに点在するらしく、壊しても壊しても黒雲の湧くように新たな大軍が攻めてくる。

 市民の認識とは裏腹に性能において劣る〈ジャガーノート〉では、とてもではないが損害軽微などありえない。実際には出撃の度に大量の損害を出して、その都度同じ数を補充して戦線を維持しているだけだ。

 けれど、今レーナが担当している隊にそこまでの損害は出ていない。

 カールシュタールは傷跡の残る頬を緩める。穏やかな威厳を滲ませる顎鬚。長身に広い肩。

「君の担当する部隊が再編・統合されるというのではないよ。実は、ある部隊のハンドラーが退役することになってね。急遽別の隊のハンドラーから代わりの者を選出した、というわけだ」

「重要拠点の防衛部隊なのですか?」

 後任決定まで待機させておくことができない部隊、ということは。

「ああ。東部戦線第一戦区第一防衛戦隊、通称スピアヘッド戦隊。東部方面軍全体から古参兵(ベテラン)を集めた、……まぁ、いわゆる精鋭部隊だよ」

 レーナはいよいよ怪訝にその可憐な眉を寄せる。

 第一戦区は重要も重要、〈レギオン〉の侵攻が最も激しい最重要の防衛拠点だ。そして第一戦隊はその戦区における作戦行動を一手に引き受ける主要部隊。夜間警戒任務と支援任務、第一戦隊が出動できない場合の代行出撃を担当する第二から第四戦隊とは課せられた責務の重さが全く異なる。

「新米少佐のわたしなどに、務められる大任とは思えませんが……」

 カールシュタールは苦笑する。

「九一期生最年少にして最初に少佐昇進を果たした才媛がそれを言うのかね? 謙遜も過ぎるといらぬ反感を買うぞ、レーナ」

「すみません、ジェローム小父様」

 レーナ、とファーストネームで呼んだカールシュタールに、レーナも部下としてではなく頭を下げた。カールシュタールは亡くなったレーナの父の親友で、共に九年前に壊滅した共和国正規軍のごくわずかな生き残りだ。小さい頃は家に来た彼に遊んでもらったこともあるし、父の死後も葬儀の手配から今に至るまで、何くれとなく世話を焼いてくれている。

「実を言うと、……成り手がいないのだよ、スピアヘッド戦隊のハンドラーの」

「精鋭部隊、なのでしょう? その指揮を任されるは共和国軍人として、またとない名誉なのではありませんか?」

 ハンドラーとて真面目に職務を果たす者ばかりではなく、管制室でテレビを見たりビデオゲームをしたりそもそも管制室にいなかったり、酷い者では指示も情報も与えずプロセッサー達が死んでいく様を刺激的な映画のように楽しんだり、自隊の全滅までの日数を同僚と競ったりしている者もいるのは知っているが。というか真面目に指揮など執っている方が少数派という有様なのだが、それはそれとして。

「うむ、部隊についてはまあそうなのだがね……」

 カールシュタールは言い淀んだ。何だか言い辛そうだ。自分でも信じがたい話を他人に説明する者のような、よくないものをそうと知りながら他人に渡そうとしている人のような。

「……スピアヘッド戦隊長機、パーソナルネーム〈アンダーテイカー〉には、ちょっとしたいわくがあってね」

 葬儀屋(アンダーテイカー)。奇妙な名前だ。

「それを知るハンドラーからは“死神”と呼ばれて恐れられているのだが、……担当するハンドラーを、壊してしまうのだそうだ」

「え?」

 思わずレーナは聞き返してしまった。逆ならともかく。

 プロセッサーが、ハンドラーを壊す?

 どうやって?

「怪談の類ではないのですか?」

「勤務中に部下を呼びつけて与太話をするほど暇ではないよ。……事実として、アンダーテイカーの所属部隊のハンドラーには担当部隊変更や退役の申請をする者が異常に多い。最初の出撃の直後に部隊変更を申請した者もいるし、因果関係は不明だが退役後自殺した者までいる」

「……自殺、ですか?」

「信じがたい話だがね。……『死霊の声』とやらに、退役してなお付きまとわれたのだそうだ」

「……」

 それはやはり、まるきり怪談の類に聞こえるのだけれど。

 沈黙するレーナを何と思ったか、カールシュタールは気遣わしげに首を傾げる。

「君も嫌ならそうと言って構わんよ、レーナ。今の部隊に残りたければそれでいいし、スピアヘッド戦隊は先刻も言ったがベテランの集まりだ。話を聞く分では出撃時に同調するのがいけないらしいから、最低限の監視だけ行って、指揮は現場に任せても何の問題も……」

 きっとレーナは唇を引き結ぶ。

「やります。スピアヘッド戦隊の管理も、指揮管制も、全霊を以て」

 祖国を守るは共和国市民の義務であり誇り。その最先鋒の部隊を任されるならこれ以上のことはないし、投げ出すなんてもっての外だ。

 カールシュタールは目を細める。まったく。本当に、この子は。

「最低限、で良いのだよ。必要以上のことはしなくていいんだ。……指揮下のプロセッサー達と交流など持とうとするのも、もう控えなさい」

「部下について知るのは、指揮官の務めです。拒まれない限り交流を持つのは当然のことです」

「まったく……」

 柔らかな苦笑で嘆息した。デスクの引き出しから書類束を取り出して、おどけた様子でひらひらと振る。

「お小言ついでにもう一つ言うがね。いい加減、報告書に戦死者数を記載するのはやめたまえ。公的に前線に人間はいないことになっている以上、存在しない項目を記載した書類など受理できないし、……こんな抗議をしても、気にする者はもういないのだよ」

「だからと言って。黙認はできません。……そもそも有色種(コロラータ)の強制収容には、もう根拠も無いというのに」

〈レギオン〉という強大な軍事力を以て瞬く間に大陸を席巻したギアーデ帝国は、しかし、どうやら四年ほど前に滅んでしまったらしいのだ。

 阻電攪乱型(アインタークスフリーゲ)の強烈な電磁妨害(ジャミング)の合間に僅かに傍受できていた帝国の管制無線がその頃にぷっつり途絶えて、それきり二度と捕捉できない。〈レギオン〉の暴走かその他の理由か、とにかく、滅びたことだけは確実だろう。

『敵国の系譜』であることを建前としたエイティシックスの強制収容は、だから、その敵国が無くなった以上続ける根拠も正当性ももう存在しない。

 それなのに、一度手にした差別という娯楽を市民達は手放そうとしない。踏みつけている間は己の優越を錯覚できて、虐げている間は自らを勝者と思いこめる。帝国とその兵器に閉じ込められ続けている現状と敗北感を打破するのではなく欺瞞するための、その手軽な快楽を。

「誤ちを黙認するのは、それに加担することです。こんなことは本来、赦されることでは……」

「レーナ」

 穏やかに呼ばれてレーナは口を噤む。

「君は少し、理想を求めすぎる。他人にも、自分にも。理想というのはね、手が届かないほど高いから理想というのだよ」

「……ですが」

 カールシュタールの白銀の双眸が懐かしくそしてほろ苦く緩む。

「君は本当にヴァーツラフに似たな。……では、ヴラディレーナ・ミリーゼ少佐を、本日付で第一戦区第一防衛戦隊付指揮管制官(ハンドラー)に任命する。頑張りたまえ」

「ありがとうございます」