明治あやかし新聞 怠惰な記者の裏稼業


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第一話 女の掛け軸の怪


 うららかな日差しがやさしく降りそそぐ春の午後。島田髪に、格子柄が織り込まれた飴色の着物に花模様の帯を締めた香澄は、いさましく足を踏みならすようにして銀座へ向かっていた。手には一枚、新聞紙を握っている。数年前まではよく辻で読み売りされていた瓦版程度の大きさのものだ。

 香澄の今日の予定に銀座は入っていなかった。では何故向かっているのかといえば、それは今朝、同年の幼馴染である桜野の家に行き、彼女の近況を耳にしたからだった。

 桜野の家に行ったのは、彼女に会うためではない。彼女の母親に、父の着物の仕立てをたのんであったからだ。今日が仕立てあがる日で、着物を受け取りにいくことは事前に伝えてあった。

 慶応四年――戊辰の年に始まった戦で父と兄を亡くした桜野は、二年前、一四歳になった年から呉服店へ奉公に出ている。その給金を彼女は母と幼い妹たちの生活費として仕送りしているらしい。家に残った彼女の母は、幼い娘たちを育てながら細々と仕立ての仕事をしているが、生活は楽ではないようだった。

 桜野とは子どものころのように頻繁に会うことはなくなってしまったが、彼女が香澄の大切な友人であることに変わりはない。父の着物を受け取った香澄は上がり框に腰をおろし、そんな友の近況を、忙しく仕立物を縫う彼女の母に訊ねた。

「桜野から、たよりはありましたか?」

 ――と。

 元気にしていてくれればそれでいいと思って問いかけた香澄だったが、返ってきた言葉に目を見張ることになった。

「桜野、浅田屋さんにおいとまをだされたのよ」

「おいとま!?」

 香澄は腰をあげ、彼女の言葉を繰り返し、はしたなくも叫んだ。おいとまとはつまり、辞めさせられたということだ。

 浅田屋は桜野が奉公する呉服店だ。いや、今となってはしていたと言うべきか。最近では洋服もとりあつかいはじめて繁盛しているときく。なかなかの大店で給金もよいと、仕事を斡旋する口入屋でも評判の人気店らしい。おいそれと奉公できる店ではないそうで、店主と顔見知りらしい彼女の伯父が口利きをして、なんとか雇ってもらえたのだと聞いたときには香澄も一緒に喜んだものだった。

 桜野の母は裁縫の手を止めないまま、娘の近況を話し続ける。

「それで今は不忍池の近くにある、井筒屋さんってお茶屋さんに奉公しているのよ。上野に行くときがあったら、寄ってあげてね」

 穏やかに話を終えようとする彼女に、香澄は慌てた。

「待って待って、おば様。どうしておいとまなんて? 桜野はしっかり者で下手な失敗をするような子じゃないし、だいたい伯父様のご紹介だったのでしょう? よほどのことがなければ追いだされたりだなんて……」

 彼女の身に一体何が起こったのか心配になって訊ねれば、桜野の母親は裁縫の手を止め、困ったように頬に手を当てた。

「それがねぇ、なんでも、妖怪の予言のせいだとか……」

 思いがけない理由に、香澄はぽかんとして繰り返す。

「妖怪?」

 何故そんな本当に存在するかさえわからないようなものが桜野のいとまに関わってくるのか。目をまたたかせる香澄に、桜野の母は事の次第を話し始めた。