明治あやかし新聞 怠惰な記者の裏稼業


 昼時をすぎた定食屋に移動した香澄は、衝立で仕切られた座敷席の向かいに座る艶煙と、彼と待ち合わせをしていたらしい久馬を交互ににらみつけた。

「どういうことなんですか?」

 香澄の問いかけに、艶煙がのんびりと煙管を吸ってから答える。

「どうもこうもありません。新聞記事は桜野さんの奉公先を変えるために我々がでっちあげたものだったってことですよ」

「俺たちはあんたの友人である桜野さんと吉蔵さんに依頼されて、後腐れなく彼女の奉公先を変えてやったのさ」

 こちらは仏頂面で、久馬が続けた。どうやらこの場に香澄がいることが――いや、艶煙が吉蔵と会うのに香澄を連れていったことも気に入らないようだった。

 むっつりとして煙草を呑む久馬の代わりに、艶煙が説明する。

「浅田屋さんへの奉公は、伯父上の口利きだったそうで、なかなか辞めたいとも言いだせず、かといってそのまま留まっていれば貞操の危機。おかしな噂でも流されたら次の仕事も見つけられない。どうにかして穏便に奉公先を変えたい――と、お願いされたのです。それで、いもしない《件》に悪者になってもらったというわけですよ」

 簡単に言えば、新聞を読んだ多くの人たちと同じように、香澄も騙されたのだ。つまり彼らは嘘をついて人を騙す――詐欺師だ。

「どうして教えてくれなかったんですか!?」

 桜野の事情はさきほど吉蔵との会話から察していたが、それならばそれで、新聞社のサロンでの久馬の態度がより腹立たしく思える。

 身を乗りだして訴えれば、久馬は目をすがめて鼻先で笑った。

「裏稼業についてぺらぺら話すわけないだろ。馬鹿か?」

「馬鹿はないでしょ!」

「じゃあ阿呆か?」

「そういう意味じゃありません!」

 久馬がうるさそうに耳を押さえて顔をそらした。彼の一体どこに紳士らしさがあるのかと、艶煙を揺さぶって問いただしたい。それとも彼に紳士的になることを放棄させるほど、自分は女性らしくないということなのか。

 そうかもしれない。

 香澄が口をつぐむと、久馬は煙草の灰を落としてから、改めて口を開く。

「とにかく、あんたが俺に怒るのはお門違いというわけだ。これは桜野さんも納得ずくのことなんだからな。ちょうど井筒屋は看板娘を欲しがっていた。桜野さんは嫁入りまでという約束で雇ってもらえるように頼んである。そのころには小さい妹とやらも働ける年齢になるだろう? 井筒屋はいい働き口さ。子を亡くしてるってんで、桜野さんの家族みんなで越してきてくれてもかまわないと言ってくれているくらいのな。これだけ知って、それでも怒りが収まらないというなら、おまえに黙っていた桜野さんを責めることだ」

「さ、詐欺師のくせに……」

「それがどうした。残念ながら俺は、罪悪感などこれっぽっちも感じていないぜ」

 きゅっと唇を噛んだ香澄のことなど気にもかけず、久馬と艶煙は彼女の向かいで言い合いを始める。

「で、艶煙。どうしてこの小娘を関わらせた?」

「協力者に若い娘さんがいると、華やかでいいかと思って」

 艶煙の言葉に香澄ははっとして顔をあげた。

「俺を怒らせたいんだな?」

「違いますよぅ」

 不満そうな久馬に襟をつかまれた艶煙が、唇を尖らせて身をくねらせる。香澄はまたたき、彼の言葉を繰り返した。

「――協力者?」

「ほら、香澄さんは、友人思いの優しいお嬢さんですし、若いお嬢さんにしては行動力がおありですから、きっと役立ってくれますよ」

 艶煙は両手を挙げて久馬をなだめようとしているようだが、彼の表情は変わらない。

「無鉄砲の間違いじゃないのか? 迷惑をかけられるのはごめんだぞ」

 久馬に疑いの眼差しを向けられ、香澄は彼の小馬鹿にした笑みを思いだした。あのときの怒りが腹の底から湧きあがってくる。

 これは、この男を見返す絶好の機会ではないだろうか。

「なんだかよくわかりませんけど! そんなに言うなら役に立ってみせます!」

 それが詐欺の片棒を担ぐことだとわかっていたのに、香澄は何をしなければいけないのか訊きもせず、身を乗りだして宣言した。久馬はあきれたように艶煙を見る。

「やっぱりただの無鉄砲じゃないか」

「若いうちはこれくらいじゃないといけませんよ」

 年寄りじみたことを言った艶煙は、久馬が放した襟を直しながら香澄に向き直る。

「それでは香澄さん。さっそく次の仕掛けからお願いします」

「はい!」

 艶煙の言葉に、香澄は力一杯うなずいた。