この空の上で、いつまでも君を待っている


「……あーもー、クッソ……」

 雑木林は外からの見た目以上に下草が深く生い茂っていて、もはや先行した彼がどこをどう通ったのかすら分からない。湿っぽい土でローファーは見る見るうちに汚れるし、払えど払えど顔に掛かるクモの巣も鬱陶しい。だけどここで引き返したら、平然とここに踏み入った彼に根負けするような気がした。

 何の意味もない身勝手な意地だが、知ったことか。今は意味のないことに集中したい気分なんだ。せめてあいつが誰で、こんな所で何をしているのかくらいは知って帰らないと割に合わない。だから隠れてないでさっさと出て来やがれ、この野郎。そんな男勝りの悪態を胸中で吐きながら愚直に突き進んでいると、やがて雑木林の奥から妙な物音が聞こえてきた。

 立ち止まって耳を澄ますと、固い何かがぶつかり合う音だった。ガチャン、ガチャンという音の方向に、私は早足で向かっていく。好奇心よりも、これでやっと大手を振って帰れるという安堵が私の胸を満たしていた。

 やがて視界が開け、飛び込んできたものに、

「…………」

 私は、暫し言葉を失った。

 そこは雑木林に囲まれた円形の空き地となっており、夏の陽光が何物にも遮られることなく燦々と差していた。

 しかし、その夏の太陽が照らしあげていたものは――見るも無残な、ガラクタの山。

 破砕処理もされないまま山積みにされており、不法投棄された粗大ゴミの数々であることは明らかだ。年代物の洗濯機、業務用らしき冷蔵庫、自転車やバイク、比較的新しそうな薄型テレビにDVDプレーヤーまで様々だ。積もり積もったガラクタ山は、実に標高5メートルほどもあろうか。

 その山の頂点に一際ヘンテコな形のゴミが鎮座しているかに見えたが、よく見るとそのゴミは蠢き、緩慢な動きでガラクタを掻き分けていた。ガラクタ山の一部が崩れ、ガチャンガチャンという音が鳴る。

 ガチャン、ガチャンガチャチャチャガララララ――

「……あっ」

 私は思わず声を上げた。絶妙なバランスを保っていたガラクタが不意に雪崩を起こし、彼の足下が崩れてしまったのだ。何とか一瞬は踏み止まったものの、私の上げた声に彼が反応して振り返り、それが決定打となった。

「うわぁっ!?」

 捻った体が重心を乱し、踏み台にしていた電子レンジが山の一部からすっぽ抜けてしまった。文字通り足の踏み場をなくした彼は、無様にガラクタの山に体を打ち付けながら、派手な砂埃を上げて地面に転げ落ちる。

「…………」

「…………」

 うつ伏せになった彼と、私の目が合った、次の瞬間。

「……あっ」

「……? いてっ」

 満身創痍の彼の頭に、とどめよろしくブリキ缶が落下。

 一昔前の漫画のようなその有様に、私は心配すべきか笑うべきか立ち去るべきか迷ったが、とりあえずの無難な対応として一番を選択した。

「……あの、大丈夫?」

「大丈夫……じゃないかも……死ぬかと思った……」

 立てた片膝に手をつき、彼は大袈裟な所作で立ち上がってみせた。今の言動だけ切り抜けば不屈の魂に感動するシーンたり得たが、実際の顛末はガラクタ山で足を踏み外して転んだだけだから救いようがない。

 彼はひどく顔を顰めながら全身に目を遣り、軽度であることを確認すると、大儀そうにカッターシャツとスラックスの埃を叩き落とす。

「いきなり声掛けて来るからびっくりしたよ。何してるの、こんな所で」

「えっ、それこっちの台詞なんだけど」

 他人事のような彼の質問が完全に予想外で、私は食い気味に切り返した。

 見覚えがあった気がしたのも当然と言うべきか、彼は私のクラスメイトだった。

 名前は確か東屋。下の名前は生憎知らない。

 東屋は私をまじまじと見つめたかと思うと、ガラクタの山へ無造作に顎をしゃくる。

「ガラクタを集めてるんだよ。見て分からなかった?」

「えっ、だからその行動の意味が分からないって言ってるんだけど」

 ナチュラルに見下したような言葉遣いが腹立たしく、私の言葉には若干の刺々しさが宿っていた。あのまま打ちどころ悪く気絶でもすりゃよかったのに。

 東屋はしばらく返答に悩んでいるようであったが、やがて踵を返してガラクタ山に歩み寄り、思慮深げに語り出す。

「こうして見ると汚いゴミの山だけど、意外とまだ使えるものもあるんだよ。一本数百円のヒューズや銅線が切れただけのものも沢山ある。まぁ、修理するより新品を売る方が楽で利鞘も大きいし、儲けが出なければ循環型社会なんて簡単には実現しないよね。悲しいかな、この大量消費社会」

「さり気ある感じに話逸らすのやめてくれない?」

 いい加減イライラしてきた。私はこんな所までエコロジーについてのご高説を賜りに来たわけではない。

「あんた何なの? 家が貧乏だから集めたゴミでリサイクルでもしてんの?」

「まぁ、そんなとこ」

 ガラクタ山に飛び乗った東屋は、素っ気ない一言だけを返し、黙々とガラクタ漁りを再開した。崩し、引き抜き、見定め、何らかの基準に従って地面に振り分けていく。

 私は聞こえよがしな溜息を吐いたが、それもガラクタ同士のぶつかり合う音に掻き消えてしまった。このクソ暑い中、わざわざ雑木林を掻き分けて来てみれば、そこにはガラクタの山を漁る頭のおかしいクラスメイトが一人だ。エロ本の隠し場所の方がよっぽど話の種にでもなっただろうに。

 ――けれど。

 一心不乱にガラクタを集める東屋の姿は、単なる貧乏癖や無意味な奇行とは思えないほど生き生きしているように見えた。炎天下、滴る汗を拭う彼の顔には、時折笑顔さえ窺える。

 何がそんなに楽しいのか全く分からない私は、多少の軽蔑を込めて彼に問う。

「楽しい?」

「うん、すごく」

 こちらを見向きもせず即答する東屋からは、少しの嫌みも感じられない。

 途端、私は理由のない自己嫌悪に陥り、短い一言を置き土産に背を向けた。

「そっか」

 そして、そのまま来た道を引き返し始めた。せっかくのお楽しみを邪魔するのは忍びない。

 私は何も楽しくないけれど、本人が楽しいなら何よりだ。私に理解できないからといって、東屋の趣味に私が口出しするべきじゃない。私には何の関係もないのだから、そんなにガラクタが好きなら、そのままガラクタと結婚でもしていればいい。

 ――私は、何も楽しくないけれど。

 数十分振りに戻ったコンクリートの歩道は、まるで別世界のように小奇麗で。

 そこで今更のように、帰る私を東屋が呼び留めなかったことに気付き、なぜだか私は無性に不愉快になってしまうのであった。