この空の上で、いつまでも君を待っている



2 ガラクタの王様



 小中高一貫の憩いとも言える、貴重な休み時間。

「……むーん……」

 私は友人らの会話もそっちのけで、東屋智弘の動向に注視していた。

 何か異常な行動を認めたらすぐにでも担任に報告してやろうと思っているのだが、今のところ――というより、東屋は学校では至って普通の態度で過ごしている。せいぜい休み時間(たまに授業中にも)死んだように眠るくらいだ。寝る子は育つというが、どれだけ寝ても心身共に育たない残念な子がいるという現実を、まざまざと見せ付けられただけだった。

 しかし、他の誰を欺こうとも、私だけは知っている。東屋が常軌を逸した異常者であるという揺るぎない事実を。

 ――それで上手いこと猫被ったつもりかよ、生憎私は犬派なんだよ。

 自然、目に力が入り、無意識的に親指の爪を噛む。

「……あの、美鈴、どうかした?」

 ココアから遠慮がちに声を掛けられたことで、私はようやく我に返った。

「えっ、私またどうかしてた?」

 身に覚えのあるやり取りで、遂にタイムリープでもしたのかと思ったが、別にそういうわけではなかったようだ。

「めっちゃしてたよ。確実に人三人くらい殺ってる目ぇしてたもん」

「マジか……」

 犠牲者が二人増えてしまった。グイグイと眉根の皺を伸ばしながら、私は殺人鬼の目にやたら詳しいココアに警戒心を募らせる。

 それもこれも、机に突っ伏して眠りこける東屋のせいだ。私の心労などいざ知らず、幸せそうにすやすやと。

 ――おう、そのままちょっと永眠してみるか?

 軽く拳を握った私は、せめてもの腹いせにそんな邪念を東屋の夢に送り付けてやった。



 異常な行動を認め次第担任に報告――とはいうものの、それもどれだけ効果があるかは甚だ疑問だ。なぜなら担任への報告は、実は既に済ませているのだから。

 時は一日ほど遡る。

 予想の斜め下らへんを行く東屋智弘の告白を聞いた私は、あの後早足で学校に戻り、職員室に残る担任の元まで直行した。

「先生、話があるんです。緊急です」

「市塚、いきなりどうした」

 菓子パンを頬張る笠本先生は、口元にパン屑を付けたまま神妙な面持ちで訊き返してきた。

 私は声を潜め、ハンドサインを交えて先生を急かす。

「いいから来てください、ここだと人が多いです」

 ただならぬ気配を察してくれたのか、先生は食べ掛けの菓子パンを放って私についてきてくれた。口元にはまだパン屑が付いていたが、今はそんなことはどうでもいい。

 職員室前の薄暗い階段まで来た私は、周囲に人の気配がないことを確かめてから、単刀直入に用件を述べた。

「東屋は精神的な病気です。すぐにでも措置入院させるべきです」

「……俺のクラスの東屋だよな? 精神的な病気って、一体何があったんだ?」

 釣られて声を低める先生の表情は、真剣そのものだ。

 話が早くて助かると、私は何度も頷きながら詳細を伝える。

「頭おかしいんですよ、あいつ。雑木林のゴミを集めてロケット作ってるんですよ。あれはどう考えても精神から来るタイプの異常行動です。もしくは暑さに頭をやられたか」

 正直、ここまで言えば事の深刻さを理解してくれると思っていた。自分の受け持つクラスから問題行動を起こす生徒が出るなんて、先生としては憂慮すべき事態のはずだから。

 だが……先生の反応は、無情にも私の予想を裏切るものだった。

「何を言い出すかと思えば、大袈裟だなぁ……」

 先生は拍子抜けした風に肩の力を抜くと、言葉尻に笑みの気配さえ漂わせて続ける。

「あいつなりの思い出作りだろ。ゴミを使っているなんて、エコロジーでいい廃材アートじゃないか。それに、別に珍しい話でもない。俺も昔はダチと林の中に秘密基地を作ったりしてな、男子はみんなそういうのが好きなんだ」

 楽観極まる先生の答えに、私は唖然とさせられた。言葉として伝えるだけで、こうも認識にズレが生じてしまうとは。

 っていうか、あんた、高校生にもなって秘密基地作ってたのか。それはそれで問題だぞ。

「そんな呑気なこと言ってる場合ですか! あいつ、それで宇宙に行くとか舐め腐ったことぬかしてやがるんですよ!? あのバカが万が一事故とか起こしたらどうするつもり――」

「市塚、それ以上は先生も怒るぞ」

 早口で捲し立てる私を遮り、先生は厳しい口調で凄んだ。

 その目に先程までの柔和さはなく、私は思わず口を噤んだ。口元のパン屑は、いつの間にかなくなっている。

「お前なりに東屋を気遣ってくれていることは嬉しい。けどな、東屋だってバカじゃないんだ。煙草や薬物に走ってるわけでもないんだし、しばらく見守ってやればそれでいいだろ」

「だけど……!」

 尚も食って掛かろうとする私であったが、先生はもはや聞く耳を持とうとしなかった。

「もちろん、先生からもあまり無茶はしないように言っておく。何事も安全第一だからな。他に何かおかしな兆候があったら、先生に教えてくれると助かる。報告ありがとうな、市塚」

 片手で私を制しながら一方的に話をまとめると、さっさと職員室に引き返してしまった。

 一人残された私は、しばらく何も考えられずカカシのように立ち尽くしていたが、やがて腹の底から沸々と怒りが込み上げてくるのを感じた。

 『おかしな兆候を教えてくれたら助かる』だって? たった今教えたばっかりだろ。予防線か何か知ったところではないが、よく言ったものだ。どうせその報告だって適当に聞き流して握り潰すつもりの癖に。

 年齢と権力に頼りやがって。あんたなんか先生じゃないわ。笠本だ笠本。

「……事なかれ主義のクズ教師めぇ……」

 押し殺した声で毒づくと、私は可能な限り大きく鼻を鳴らして立ち去った。

 ――どいつもこいつも、バカばっかりだ。