この空の上で、いつまでも君を待っている



 思い返すも昨日は散々な一日だった。

 いいことだけ来いとか思ったから、悪いことが拗ねて押しかけてきたんだろうか。そういうことやってるから嫌われるんだと早く気付いてほしいものだ。

 そんなアホなことを考えている内、あっという間に放課後がやって来る。

 全部夢であればという願いも虚しく、東屋は当たり前のようにガラクタ弄りに励んでいた。

 どうやら今日はガラクタ集めではなく、集めた材料でロケットを組み立てる日らしい。通学鞄の中から取り出した工具を器用に操り、分解と再構築を黙々と繰り返す。

 組み立てに用いているのは、ネジやボルトではなく瞬間接着剤だ。炎天下でガラクタとの終わらない格闘を繰り広げる東屋に、私は比較的涼しい木陰から訝しげに問う。

「……接着剤とか頼りなくない?」

「そんなこともないよ。接着剤は本物の飛行機やロケットの組み立てにも使われているんだ。乾けば隙間を埋められるし、全部ボルトで留めたら飛べなくなるくらい重くなっちゃうから」

「へ、へぇー……」

 いや、理屈としては分かるけど、それ多分航空機専用の超強力な奴だよね。ホームセンターのセメダインとかアロンアルファがロケット発射のGと温度変化に耐えられるとか思ってないよね。まぁ私も姉の陰謀でオーケーサインのまま指がくっ付いた時は、想像以上の強度に軽く絶望したけど。

 ちなみにその時の私は姉に散々笑われた後、必殺オーケーサインパンチを姉にお見舞いしてから恥を忍んで剥がし液を買いに行ったが、帰宅直後に除光液で剥がせることを母から教わった。ファッキンマイシスター。

 今度私のベッドに寝転がってたらお望み通りくっ付けてやろうか、などと悪巧みに逸れかかった私の思考は、東屋の一言によって引き戻された。

「市塚さん、ロケットのこと先生に話したんだね」

「え? ……あっ、」

 一瞬何のことだか本気で分からなかった。完全に失念していた。あんだけ偉そうなこと言っておきながらこの体たらくでは、言い訳のしようがない。

 東屋に問い詰められている現実を認めたくない一心で、私は一思いに開き直ってやった。

「だっ、だってしょうがないじゃん! あんなこといきなり言い出して、あんたがまともだと思うわけ……」

「ううん、いいんだよ。笠本先生はいい先生だから」

 私の必死の弁明を遮り、東屋は緩やかに首を横に振った。

 東屋の意外な一言に、私は安堵も忘れて渋面を作る。

「……そうかぁー?」

 東屋の表情にお世辞の色はなく、本気でいい先生だと思っているようだ。あんたからすれば無関心ないい先生かもしれないけど、あいつ高校生にもなって秘密基地作ってたんだぞ。

 まぁ……頭ごなしに非難できる立場でないのは、その通りかもしれない。当事者と伝聞で同じ印象を抱けという方が無理な話だ。私だって友人からいきなりそんな話を聞かされても、適当に放っておけくらいにしか思わなかっただろうし。

 東屋は作業の手を止め、私の方を振り返って汗まみれの相貌を崩してみせた。

「それに市塚さんは、僕のために言ってくれたんでしょ? その優しさが僕には嬉しいから」

 いえ、打算です。あなたが奇行や事故死でニュースになったら、同じ高校に属している私の名誉にも関わるんです。

 そんな本音は当然口にするわけもなく、とは言え東屋の素朴な笑顔を直視する勇気もなく、私はさり気なく目を背けてボソボソ呟くのが精一杯だった。

「……とにかく、偉そうなこと言っておきながら話したのは謝る。他の人にはちゃんと秘密にするから」

「ありがとう。そうしてくれるともっと嬉しい」

 一日で約束を反故にされた東屋は、あっさりと私の口約束を受け入れた。

 破った私が言うのも難だけど、フリでもいいからもっと勘繰れよ。いつか痛い目見ても知らないぞ。

 まぁ東屋が納得してくれるならそれが一番なので、私は罪悪感から逃れるべく話を切り替えることにした。

「それはそれとしてさ、あんた」

 継ぎ接ぎだらけのロケットは六割ほど形にはなっているものの、正直な話、これが空を飛ぶ光景は想像できない。敢えて例えるなら、幼稚園児がクレヨンで描いた落書きが実体化したみたいだ。あり合わせで作っているせいで左右のバランスも歪だし、じっと見ていると騙し絵じみた違和感さえ生まれてくるように思える。

「毎日よく頑張るよね。本気でそんなポンコツロケットで宇宙行けると思うの?」

 否定の誘導尋問に等しい私の質問に対し、東屋は顎に指を当てて唸る。

「んー……分かんない。行ったことがないから」

「いや、そういう話してるんじゃないんだけど」

 真剣に考え込んでいるところに悪いけど、打ち上げの最高高度、一メートルも行けば御の字だと思うよ。こんな無駄な努力しないでスカイツリーの展望台とプラネタリウム行った方がいいよ。ついでにソラマチの美味しいお店も教えてあげるよ。

 私の突っ込みに答える代わりに、東屋は空を見上げ、脈絡のない質問を返す。

「初めて宇宙に行った人ってさ、すごく勇気があると思わない?」

 釣られて見上げた空は、まだ青色に塗り潰されたままだ。その有様はドーム状の箱庭に閉じ込められているみたいで、その先に無限と永遠の宇宙が広がっているようにはとても見えない。

 東屋の横顔を見遣ると、幼子の如く目をキラキラさせていた。まるでその先に明るい希望が待っていると確信しているかのように。

「昔はさ、宇宙に人が行くと『体が爆発する』とか『氷漬けになる』とか『血液が沸騰する』とか色々言われてたんだよ。もちろん調べられる限りのことを調べた上で万全を期して行ったんだろうけど、実際に行って何が起こるかなんて分かんないじゃん。エイリアンの襲撃は極端にしても、エンジントラブルが起きて燃料が全部流出したって誰も助けに来られないんだし」

「あー、うーん……まぁ……」

 新境地へ向かう勇気のほどは別に宇宙に限った話でもないと思うけど、私的には初めてウニを食べた人の方がよっぽど勇気があるし、成果も有益だと思うよ。あんだけ全身で『食うな』って主張してるトゲトゲ、普通はそっと海に還すよ。どんだけお腹空いてたんだよ。

 ロマンもへったくれもない私の思考などどこ吹く風、東屋は私に視線を戻して声を弾ませた。