この空の上で、いつまでも君を待っている


「死んででも見たい何かがあったんじゃないかって、そう思うんだ」

「つまりあんたにも『死んででも見たい何か』があるってわけ?」

 宇宙工学黎明期ならいざ知らず、人工衛星と愉快な仲間達が二十四時間体制で天体観測を行っているこの時代に、血液が沸騰して死ぬ価値のある目新しい発見が太陽系にあるとは思えない。それこそグーグルで検索すれば、いくらでもお目当ての情報や画像がヒットするだろうに。

 人はよく宇宙を無限だとか永遠だとか形容するけれど、それらの形容詞がいつもいい意味を持つとは限らない。

「宇宙なんて無限に暗くて永遠に寒いだけじゃん。行って何すんの? 『地球は青かった』とか言うつもり? 地球が丸くて青いっていう常識は全部NASAの陰謀と思ってるとか?」

 あんたの小さな一歩と分かり切った報告なんて、人類にとってもほぼ無価値どころか普通に迷惑なだけだぞ。生身で宇宙空間に飛び出す様子を実況中継でもすれば貴重な映像サンプルになるかもしれんが。実際どうなるのか私も気になる。

 私の刺々しい言葉遣いも、東屋の前には暖簾に腕押し。

「あはは、市塚さんって変なところでバ……変わってるよね」

「あんた今バカって言い掛けなかった?」

 っていうか言ったよね。咄嗟に方向転換したけど運悪く音が一致しちゃった感じだったよね。

「言ってない言ってない、場当たり的って言い掛けてやめただけ」

「『変なところで場当たり的だよね』って意味分かんないんだけど」

 変なのも場当たり的なのもバカなのも全部あんたのことだろ。張っ倒すよ。

 番犬モードに切り替わりつつある私に、東屋は女子のようにもじもじしながら答えた。

「約束だから」

「約束?」

「うん。宇宙に行くって、約束したんだ。だから行くって決めた」

 東屋の頬には朱色さえ差している。

 恋する乙女か。見ているこっちが恥ずかしくなる。

「いつ? 誰と?」

「それは秘密。購買のカツサンドを奢ってもらったって教えないよ」

「いや、奢らないしそこまで知りたくもないけど」

 どうせ近所の可愛い幼馴染との何やかんやだろう。愚にもつかないノロケ話に興味はない。つーか購買のカツサンドとか宇宙から随分とスケール下がったけど、東屋もお腹空いてるんだろうか。

 私はスマホを取り出し、ブックマークしたページを確認しながら提案した。

「そんなに宇宙に行きたいなら宇宙飛行士になればいいじゃん。ちょっと調べてみたけど、試験の倍率、高くても五百倍くらいだって。こんなアホっぽいことするより、勉強して試験受けた方が約束した人も喜ぶんじゃないの?」

 てっきり千倍くらい余裕で超えるものだと思っていたから、意外と低いというのが正直な印象だった。まぁ受験資格に厳しい制限がある上、試験そのものも不定期に行われることを考えれば、有名企業への就職等と同列に捉えるのは些か野暮だろうけれど。

「いやー、宇宙飛行士の試験は勉強だけじゃなくて社会人としての実践スキルも積む必要もあるし、合格はとても無理なんじゃないかな……」

「うん、まぁあんたの場合は性格検査と探偵調査で引っ掛かるよね」

 授業中に眠りこけるだのガラクタロケットで宇宙に行くだの、こんだけ一般常識が欠落している東屋を連れて行ったところで、エイリアン相手の生け贄くらいにしかならないだろう。宇宙飛行士候補者選抜試験がダメで、独学のロケット打ち上げなら出来るという自信の根拠がよく分からないけれども。

「えへへ、それほどでも」

「えっ、別に褒めてないんだけども」

 皮肉が通じなかった驚きのあまり、語尾がシンクロしてしまった。何で東屋はこう他人の悪意に鈍感なんだろう。ここまで手応えがないと新手の煽りかと腹立たしくなってくる。

 東屋の額を汗が伝い、ロケットに滴る。それを放っておくことなく拭き取る東屋は、ガラクタロケットを友人や家族のように心から慈しんでいるように見えた。

「それに、何だか大人になるまで待ってられなくてさ。もちろん宇宙飛行士にはなりたいし、宇宙についての勉強はしてるんだけど、居ても立ってもいられないっていうか」

「ガチャガチャ理論マジだったか……」

「ん、何の話?」

「何でもない、こっちの話」

 東屋はきっと親がとても厳しくて、子供の頃にやりたいことをやらせてもらえなかったんだろう。そして高校生になって多少自由な行動を取れるようになった結果、その反動でこんなバカげたことをおっぱじめてしまったのだろう。学会で発表すると共に日本中の子育て世帯に聞かせてやりたいケースだ。自制は大事だが、ある程度の飴を与えないとこういう輩に育ってしまう。

 そういう意味では、東屋もまた悲しい被害者と言えるのかもしれない。あまりバカにしてやるのも可哀想だったかな、と思った矢先、東屋から作業の片手間の質問が飛んできた。

「こんなことしてる僕を見て、どう思った?」

「変な形のゴミかと思った」

「あはは、いくら何でもひどくない?」

 私の即答に東屋は愉快そうに笑った。どういう答えを期待していたか知らんけど、文句があるなら最初っから訊かなきゃいいのに。

「こんなところで嘘をついても意味ないじゃん。あんたと違って、私は基本的に意味のないことはしない主義だから」

 ひどかろうが何だろうが、実際そうなのだから仕方ない。これでも大分オブラートに包んだつもりだぞ。バカって言ったら流石に傷付くと思った私の優しさを悟れ。

「ただ……昨日来た時は、ちょっと違う印象もあったけど」

「ん、どういうこと?」

 キョトンとする東屋に、私は木立の隙間から垣間見えるガラクタ山を眺めながら、先日の記憶を掘り起こす。

「私、あんたよりちょっとだけ早くここに来てたじゃん。その時、何となくだけど、あんたがいた時とはガラクタ山が違うように見えたんだ。陰気臭いっていうか、寂しそうっていうか」

 汎心論みたいなオカルトを信奉しているわけじゃないんだけど、私は確かにそう感じた。実際、ガラクタに心が宿っているわけではないのだろう。楽しそうにガラクタ集めをする東屋のイメージが、集められるガラクタにまで波及してしまったというだけの話で。

「不思議だね。あんたがいると、ガラクタ達が生き生きしてるように見えるんだ。『早く俺を拾ってくれ』って言ってるみたいに」

 私は子供じみた感想に気恥ずかしさを覚えつつ、苦笑交じりに言った。

「あんた、まるでガラクタの王様だね」

 そんな間の抜けた称号を与えられた東屋は、意外そうに目をぱちくりさせた。

 広げた自分の手をじっと見つめ、やがて照れたように顔を綻ばせる。

「えへへ、僕が王様か……」

「えっ、別に褒めてないんだけど。皮肉のつもりだったんだけど」

 都合よく後半だけ切り取るなよ。ガラクタだぞガラクタ。廃棄物の王様なんてムシキング未満だからね。

 しかし、私の付けた渾名がよっぽど気に入ったらしい東屋は、すっかり浮き足立った様子でふんぞり返ってみせる。

「ふふふ、愛い奴め、くるしゅうないぞ。なんちって」

「調子に乗んな、バカッ!」

 ガラクタの王位なんか興味もないけど、あんまり図に乗ると革命起こすぞ、このバカ殿。

 全く、こんな奴に好き放題されるガラクタが不憫でならない。呆れ返った私は、首を振ってぼやく。

「……呑気なもんだよね。私はあんたが将来ゴミ屋敷の主人か何かにならないか心配してるってのに」

「あはは、そんなのなるわけないじゃん」

「どーだか。少なくともこのポンコツロケットが発射に成功する可能性よりは、よっぽど高いと思うけどね」

 ガラクタの王呼ばわりで喜んでた奴の断言なんて説得力も何もあったもんじゃないけど、言った以上は絶対なるなよ。

 スマホを確認すると、時刻は五時を回ろうとしていた。何だかんだでそれなりに暇を潰すことは出来たようだ。

 夏の太陽はまだ高みから私を見下ろしているけど、立っているだけでも汗は掻くし喉も乾く。そろそろクーラーの効いた部屋でのんびりコーラでも飲みたい。

「じゃあ、私もう帰るけど、あんたもさっさと帰りなよ。熱中症になったって、こんな所じゃ誰も助けに来ないでしょ」

 一応忠告だけしてから、私は足元の鞄を拾い上げ、木陰の下から歩み出た。直射日光に炙られ、紫外線が肌に突き刺さる感覚がした。

 散々無駄話している間に日焼け止め塗っとけばよかった、と後悔する私の背中に、東屋の言葉が投げ掛けられる。

「ねぇ、さっき市塚さんが言ったことだけど」

「私が?」

 言いながら振り返ると、いつの間にか東屋は立ち上がっていた。

 首を傾げる私に対し、東屋は淡々と言葉を紡ぐ。

「うん、無限に暗くて永遠に寒いっていう」

「それがどうかした?」

 大した意味もなかったので、言ったことさえ忘れていた。宇宙のことを悪く言われたのが気に食わなかったんだろうか。これに関しては本当に悪気があったわけじゃないんだけど。

 私の催促に、東屋は私の目を見据え、言った。

「無限も永遠も、本来は存在しない。それは僕達が、単に終わりと果てを知らないだけだよ」

 セミの声が遠のき、ざわ、と周囲の木々が騒いだような気がした。

 東屋の表情は穏やかながらも強い意志に満ちており、口調にも一切の揺らぎがない。つい先程まで王様呼ばわりで浮かれていた奴とは思えないくらいに。こんな雰囲気も出せるのか、と私は内心で驚かされてしまう。

 私としては東屋の見解なんかどうだっていいんだけど、言われっぱなしは癪だった。

「たかだか十六年の人生で『存在しない』って断言すること自体、欺瞞なんじゃないの?」

 人間はいずれ死ぬ。人間にとってはそれが終わりであり、そういう意味では全てのものに終わりがあると言えるかもしれないけど、その認識自体がそもそも人間の勝手な尺度だ。人類が滅亡しようが、東屋の愛する宇宙はそんなことにも気付かず膨らみ続ける。

 問い返す私に答える代わりに、東屋は愉快そうに含み笑いした。

「……ふふっ、市塚さんって頭いいよね」

 東屋の反論がなかったことに、私は安堵と不満が入り混じった思いを抱え、その両方を言葉に変えて吐き出した。

「別によくもない。私以外が全員バカなだけ」

 それは事実上の会話の打ち切り宣告だった。私はそれ以上何も言うことなく、また東屋も私に何か言うこともなかったので、私は遠慮なくその場を足早に立ち去った。意味も理由もないけど、とにかく一刻も早くここから離れたい気分だった。

 いや……理由は多分気付いてる。私はきっと羨ましかったんだ。見たことのない景色が素晴らしいものであると夢想し、能天気に冒険心を躍らせる東屋の無邪気さは、今の私にはどう頑張っても得られないものだから。

 ――死んででも見たい何かがあったんじゃないかって、そう思うんだ。

 脳裏で目を輝かせる東屋を、私は極めて邪険に突っぱねてやった。

 ――知らない方がいいこともあるって、知ってる癖に。