この空の上で、いつまでも君を待っている



 家に帰った私は、自室の押入れを漁り、幼稚園の時のアルバムを引っ張り出した。東屋との会話で触発されたのか、かつての自分がどんな夢を持った子供だったのか、何となく思い出してみたくなったからだ。

 被った埃を軽く叩いて落とし、色褪せたページを捲ってみる。

 目的のページはすぐに見つかった。どこか見覚えのある幼いタッチのイラストの横に、拙い文字が綴られている。

 私に限ってそんな大それたことは書いたりしないだろう……という私の希望的観測を、過去の私はものの見事に打ち砕いた。

『わたしのしょうらいのゆめは、おいしいケーキになることです。いちごののったショートケーキがいいです。だいすきなおともだちとおとうさんとおかあさんとおねえちゃんにたべてもらっておいし』

「ほおぉぉ」

 そこまで読んだところで私は空気が抜けるような声を発し、アルバムをバシンと閉じた。

 閉じた後も、しばらく指先が小刻みに震えていた。思った以上にダメージがデカい。卒園生全員の家を回ってアルバムを燃やしたいレベルだ。

 読み返したアルバムが引き金となり、芋づる式に幼少期の記憶が蘇る。

 壁にもたれかかり、私は片手で頭を抱えた。

 子供の頃、私はお菓子になりたかった。

 一応誤解なきよう補足すると、パティシエじゃなくてスイーツそのものの方。理由はよく分からないけど、なぜか私は昔から『人間ではない何か』になりたがっていた。花屋ではなく花。パイロットではなく飛行機。デザイナーではなく服。いつぞやの『蚊取り線香になりたい』などという交換日記を発見した時には我ながら目を疑った。ぶっちゃけこの件に限ってはバカと言われても仕方ないと思う。

 私は再度の勇気を振り絞り、決して自分のページを見ないようにして、他の子供達の『将来の夢』を読みふけった。花屋、ケーキ屋、漫画家、科学者、野球選手、大工、医者、教師、ゲームクリエイター、アイドル、運転手、飼育員、警察官、消防士、社長、総理大臣、大金持ち等々、まぁ子供が抱くであろう夢は大体網羅されている。それにしても、何で女の子って花屋とかケーキ屋に憧れるんだろう。……ケーキになりたがってた私が言うのもアレだけど。

 ただ一つ言えるのは、ここに書いた夢を実際に叶える者は、限りなく少ないだろうということだけだ。

 私はアルバムを閉じ、短い息を吐き出す。

 子供が夢を見るのは、それが素晴らしいことであると無条件に信じているからだ。そして、大人になるということは、その〝夢〟の負の側面を見るようになるということだ。叶える過程は言うまでもなく、叶えた後もひっくるめて。

 夢は消耗品だ。最初は楽しいオモチャでも、やがて時間と共に飽きて要らなくなる。

 無邪気に抱いた空想。無責任に見せた幻想。要らなくなったそれらが無秩序に棄てられた夢の上に、夢を叶えた彼らは立っている。

 そういう意味では、彼らもまたガラクタの王様に過ぎないのかもしれない。今になって考えてみると、子供の頃の私が職業に魅かれなかったのは多分そのせいだ。抱いた夢を全員が叶えられるわけではない。少ない席を奪い合えば、誰かが必ず下敷きになってしまう。子供心にそのことを知っていたから、私は敢えて誰もなりたがらないモノになりたかったんじゃないか、と。……純粋にバカだったという可能性を認めるのは少し癪だ。

 とにかく、自分が踏み台になるのも、他人を踏み台にするのも、私は今も気が乗らない。そこまでして叶える価値がある夢は、少なくとも私にはない。華やかなステージで踊るアイドルだって、当然いつも笑っているわけではないのだ。自分を追い込み他人を蹴落とし、裏で心身共に摩耗している事実を想像するだけで、私の胃はもたれそうになる。

 だけど……考えたことはなかった。或いは、これまで意図的に考えることを避けてきた。

 東屋の台詞が、脳裏に浮かぶ。

 ――死んででも見たい何かがあったんじゃないかって、そう思うんだ。

 ――彼らはきっと、その夢を目指す以外の生き方を想像できなかっただけなんだよ。

 彼らはそうまでして、一体何が見たかったんだろう。

 そして今、彼らが辿り着いた境地からは、一体どんな光景が見えているんだろう。

 ――こんなことをしている僕を見て、どう思った?

 積み上げられたガラクタ、その高さ僅か4、5メートル。

 それでも、その時の東屋は間違いなく、私より宇宙に近い所に立っていた。