噺家ものがたり ~浅草は今日もにぎやかです~



「――というわけで、若獅子ブラザーズの音曲漫談でした! さようなら~!」

 アコーディオンを腕で担いだ二人組が、軽快なメロディを奏でながら舞台を去っていく。

 初めて生の落語を観たが、臨場感があって引き込まれた。舞台と客席の距離が近く、演者の細かい動きまできちんと視認できる。壁や天井には紅と白の提灯が交互に吊り下げられ、華やかな提灯の灯りが浅草の情緒を感じさせる。

 二百席ほどある場内は、ほとんど埋め尽くされていた。俺は真ん中辺りに陣取り、現在、三人の噺家が出番を終えたところ。プログラムの箸休め的に先ほどの音曲漫談を挟んでいるようで、結論から言うと、三人ともものすごかった。

 トップバッターの前座として登場したのは、先ほど茶屋で餅を喉に詰めていたあの老人だ。その名も、創風亭糞爺。さっき「ジジイ」と呼ばれていたのは暴言でも何でもなく、単に噺家名で呼んでいただけだったのだ。

 ネタもまた個性的で、座布団に座るやいなや「どうも。女子高生です」ととんでもないこと言うもんだから、笑わずにはいられない。しかもネタ中にもの忘れはするわ、入れ歯もしょっちゅうはずれるわで、その都度場内に爆笑が巻き起こる。

 続いて登場したのがこれまたすごく、創風亭元傭兵、という鋭い目つきの大男だ。その名の通り本物の元傭兵だそうで、シリアの内戦では二十人以上殺ったらしい。そんなおっかない人なのに、甲高いソプラノ声で「ピーちゃん、ご飯食べたぁ?」「ピーちゃん、お風呂入ろっかぁ?」と、家で飼ってるヒヨコのピーちゃんとのやり取りを十分間延々とやるもんだから笑わずにはいられない。

 ネットで調べたところによると、落語には、古典落語と創作落語というものがあるらしい。古典落語が江戸時代から伝わる噺を披露するのに対し、創作落語は噺をゼロから創り上げる。俺もあまり詳しくないけど、いま目にしたのは、イメージしていた落語とは違った。話の筋もあってなかったようなもんだし、ハチャメチャすぎる。これも落語なのか。

 そして三番目に高座に上がったのは、創風亭和楽師匠。小夜さんの父親で、いままでの二人とは打って変わって、古典落語『時そば』をしっとりと披露した。手にした扇子を箸に見立て、流暢に蕎麦を啜る。俺が知ってる数少ない噺だけど、前にテレビで観た誰かのものとは、明らかにレベルが違っていた。表情、テンポ、言葉の間合い――。素人目にもこれは名人芸だと認識できるほどの代物だった。

 ホールの掛け時計が七時を告げようとした頃、舞台の端から糞爺さんが手を伸ばした。出演者の名前が書かれた紙をめくると、出囃子としてマドンナのライクアバージンが響き渡る。

「裸楽ちゃーん!」

 裸楽ラブ、と書かれたうちわを持った集団が、手でメガホンを作って叫んだ。真っ赤な着物を召した裸楽さんがとことこと現れ、紫色の座布団のそばで立ち止まり――。

 一瞬、何が起きたのかわからなかった。着物の裾を両手でたくし上げた裸楽さんが、右足を高々と掲げてパンツを客席に見せつけたのだ。

「お暑い中ありがとうございます。創風亭裸楽でございます」

 座布団の上でカチューシャの位置を直しながら、茶色い髪の女性は平然と話し始めた。

「わたしは現在も浅草でストリッパーをやっておりまして、ご存じでない方は先ほどさぞや面食らったでしょうが、どうか警察のほうにはご通報なきようよろしくお願い申し上げます」

 客席がどっと沸く。知らなかった、裸楽さんがストリッパーだったなんて。それで「裸楽」という名前なのか。

「とは申し上げましても、それは今週いっぱいの話でございます。近々結婚することになりまして、現在わたしのお腹の中には赤ん坊がいます。これを機に、噺家ストリッパーともども引退することになりまして。前座名である『創風亭裸裸裸』の頃から皆様にはかわいがって頂きまして、心から感謝を申し上げます」

 客席から「寂しい!」と声が上がる。その声に高座の上から「大丈夫です、毎晩あなたの夢に出て行きますんで」と返す裸楽さん。うまい!

「で、わたしのお相手というのが、ここから北に少し行ったところにある浅草下平神社の跡取り息子でございまして――」

 裸楽さんが太一郎さんとの馴れ初めを語り始めた。年齢は二人して三十二歳らしい。

「真打ちに昇進することなく、二つ目で噺家を引退するのに悔しい思いもあるのですが、まぁでも悲しいかな、落語をがんばったときよりも下着の見せっぷりがよかったときのほうがお客様の機嫌がよろしいみたいで」

 滔々とした語り口で、裸楽さんの話が続く。

 本ネタで演じた『裸警察』という噺も爆笑だった。元ストリッパーの女刑事が豊満な裸を見せつけて被疑者に罪を白状させるが、自身もやりすぎて猥褻罪に問われ、オチが「お互い塀の向こうで会いましょう」。いったい、どうやったらこんな面白い噺が創れるのだろうか。

 裸楽さんと入れ替わるように、軽快な三味線の囃子に乗って、猫太郎さんが高座に上がった。

「お忙しい中、足をお運び頂きまして、誠にありがとうございます。あれまぁ、今日も素敵な殿方ばかりで。あたし、興奮しすぎてまともに話ができそうにありませんわ!」

 長い髪を揺らしながら、座布団の上で小躍りする猫太郎さん。

「まぁでも四十も半ばを過ぎますと、こんなあたしとて、人生について色々と考えることがございましてね。あたしは以前、肺を患ったことがあってそれを機に煙草をやめたんですが、世の中にはいつまでたっても禁煙できない人がいるみたいでして。ホント、情けないったらありゃしないですよ。あたしなんてもう、五回も禁煙に成功してますよ」

 語り口は艶やかで、飄々としている分だけ、余計におかしさが込み上げてくる。端整な顔立ちゆえに、羽織をさっと脱ぐ仕草も美しく感じられる。

 このあと演じた、『光』という演目も最高だった。病気で目が見えなくなった女性が、踊りを通じて生きる力を取り戻していく噺で、座布団の上で軽やかに舞う姿は女性そのもの。細身なのも相まって、仕草のひとつひとつが華麗に映る。変な人だと思っていたけど、素晴らしいの一言に尽きる。

 時刻が八時を迎えようとした頃、舞台上の紙がはらりとめくられた。「創風亭破楽」の文字が現れると、客席の至るところから「よっ、待ってました!」と掛け声が飛び交う。

 重なり合うような拍手を浴びて、小柄な男が現れた。そのまま座布団に移動するかと思いきや、座布団の前にあるマイクのそばで足を止めた。

「私ね、最近ちょっと、嫌なことを小耳に挟んだんです――」