噺家ものがたり ~浅草は今日もにぎやかです~



「師匠!  破楽師匠!」

 俺は、演芸場の裏口から出てきた男に駆け寄った。

「師匠、先ほどはお疲れ様でした。客席で観させて頂いたんですが、素晴らしかったです。素晴らしいなんて言い方じゃ足りないぐらい感動してしまって、って師匠! 師匠!」

 俺の話になんら反応することなく、師匠は待っていたタクシーにさっと乗り込んだ。後ろから小走りで追いかけたが、黒い車はスピードを速めて夜の浅草に消えていく。

 俺の瞼には、創風亭破楽の残像がこびりついていた。


「私ね、最近ちょっと、嫌なことを小耳に挟んだんです。二十年ほど前にうちの一門が落語組合を脱退したのは皆様もご存じだとは思いますが、この落語組合には頭の堅い連中が多く、あるお偉いさんが私の悪口を言ってたらしいんです。破楽は最近、寄席で落語をしないで漫談ばかりやってやがる。たまには座布団の上でしっかり噺をしやがれ。そう申していたらしいので、今日はそいつの言うことを聞いて、座布団の上に立って漫談をやろうと思っています!」

 挨拶代わりの小言に、会場が揺れた。

「最近、老体の身で落語をやるのが結構きつくなってきましてね。皆様もあまり無理しないでくださいよ。無理したら早死にするのは蝉を見てたらわかる話なんでね」

 そう言って座布団の上にさっと立つやいなや、そこからは圧巻の一言だった。繰り広げられる小噺の数々に、客席は爆笑に次ぐ爆笑。

「で、まぁ九月に入ったとはいえまだまだ暑い日が続いてるわけなんですが、昨晩行ったサウナがとんでもなく熱いもんだから私言ってやったんですよ。ここ、クーラー入れろ、って」

「そもそも夏が好きじゃないんです、私。特にさっきも言ったあの蝉ってのがうるさいでしょ。昼寝してたらいつも起こされるもんだから腹が立って一度、ヘリウムガス吸わせてやったんです。そしたら変な声で鳴きやがるもんだからそれが気になって余計に眠れなくなってしまって」

「で、こないだも暑すぎるから涼みに行こうと近所のお化け屋敷に足を運んだんですけどね。そのお化け屋敷は私の知り合いが経営してるんですが、最近客の入りが悪くて困ってるらしくせめて経費だけでも削減したいって嘆いてるもんだから私は言ってやったんですよ。だったらお前が自殺して幽霊になれって」

 夏の話に始まり、弟子との面白話、ときには昨今の世相や政治情勢を独特の着眼点で斬り込んでくる。

 話の面白さもさることながら、驚いたのはその話術だ。用意した台本を読むかのごとく、速射砲のように言葉が流れ出てくるのにセリフを噛むことが一度もない。

 気がつくと、終演時間を遥かにオーバーし、一時間近く話していた。途中で、席を立つお客さんは一人もいなかった。

 師匠の生の高座を聞き終えて、思った。やっぱりこの人しかいない、って。

 他の噺家さんには申し訳ないが、破楽師匠だけはものが違う――。