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1月10日発売!『東京ダンジョンスフィア』特別掌編その2!

2017.01.08

10日発売の新作『東京ダンジョンスフィア』の
特別掌編第②弾をお贈りいたします!

 

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⇒作品紹介はコチラ!
(※こちらのページは、10日に新作紹介&掌編が掲載予定!
あわせてチェックしてみてくださいね!)

 

☆☆☆特別掌編・その②☆☆☆

【あなたにとってどういう存在ですか?
 ~緑と名乗る少女の場合~】

 

 五年前のある日、緑は仲の良かったはずの友達にこう言われた。
「話しかけないでよ! 悪党菌がうつるでしょ!」
 緑は初め、「悪党菌? 何のこと?」と困惑した。数日前、その友人の家で遊んでいたこともあり、彼女が自分に悪態を吐く理由が分からず、きっと何かの間違いだろうと思った。
 彼女の嫌悪の眼差しは、真っ直ぐ自分に向けられていた。
 その日から会話してくれる者はいなくなり、持ち物が紛失するようになる。唐突な変化だったために緑は状況が理解出来ず、戸惑うだけだった。
 それがイジメであることに気づいたのは、一週間後のこと。
 悲しみに暮れた緑は母親に打ち明けた。
「お母さん……わたし、何か悪いことしたのかな……何で……うぅ……誰も話しかけてくれなくて……美穂ちゃんもわたしのこと無視するの……」
 その日は久しぶりの外食の日で、母親と並んで歩んでいた。緑は泣きじゃくりながら母の袖を握り締め、何度も目元を拭い、慰めてくれることを期待していた。
 だが、母は頭を撫でてくれることも、優しい言葉をかけてくれることもなく、立ち止まって暗澹たる目を近くのマンションに向けていた。
 そのマンションの前には大勢が集まっており、「中に私の家族が!」「家を、返してくれ!」「一体……一体俺たちはどこに住めばいいんだ!?」と周囲を憚らず叫んでいる。
 母親はその光景をしばらく眺めた後、突然しゃがみ込んで抱きしめてきた。
「大丈夫……大丈夫よ。私があなたを守ってあげるからね……今は辛いかもしれないけど、きっと理解してくれる人が現れるから……」
 緑はその時、大きな違和感を覚えた。
 呼ばれなかった。名前を。大好きな自分の名前を。
 母親は、「あなた」と自分のことを呼んだのだ。
 後に、名前を隠すことが身を守るために必要なことだったと知る。
 しかし、母に名前を呼んでもらうことが大好きだった十歳の少女には、それは友に裏切られたことよりも辛いことだった。
 
「むっ……んん……んあ!? やっちゃった……」
 突っ伏していた机から顔を上げると、口の端から垂れていた唾が糸を引いた。
 今は賃貸アパートで一人暮らしのため人に見られる心配はないが、「さすがに女の子としていかんでしょ」と思い、慌てて拭う。机に出来た水溜りもティッシュで拭き取った。
「さてと……どうしようかな……」
 机に視線を戻すとタリスマンが置かれており、メール画面が開かれている。母親から様子を窺うメールが来たので返信しようと文章を打っていたのだが、途中でどう書けばいいか迷い、気づいたら眠ってしまっていた。
 迷っているのは、パーティメンバーのことについてだ。
 名前を呼ばれなくなった五年前のあの日から、緑は孤独で空しい人生を歩んできた。
 そんな人生から脱するために、冒険者になった。冒険者は継続勤務の年数で様々な特典を得られるが、ギルドと交渉して別の報酬を得ることが出来る。その制度を利用すれば人生をやり直せると知り、縋りつくような思いで札幌から故郷である東京へと戻ってきた。
 そういった事情のため、母親には緊張と恐怖の入り混じった様子で別れることになった。そのせいだろう、『最近、仲間のおかげですっごく楽しいよ! 人生で一番充実してる!』と大げさに伝えたら逆に不安を煽ってしまったらしく、
『一体何があったの?』『その仲間ってどんな人たちなの?』『辛かったら帰ってきてもいいのよ。無理して気を遣わないでね。お母さん、嘘で元気づけて欲しいなんて思わないからね』
 と怒涛の勢いでメールが返ってきた。
(嘘じゃないんだけどなぁ……うーん、どんな人たち……どんな人、か……)
 『いい人たちだよ』と書いてしまえばそれで終わりだが、その一言だけで終わらせたくない気持ちがある。
 初めは愛想笑いだった。上手くやっていくため、そして自分の正体を隠すための笑顔だった。
 だが今は、彼らといると本当の笑顔を浮かべるようになっていた。
(下手な言葉じゃ、きっと無理して言ってるって勘違いするだろうし……何て言ったら上手く伝わるかな……)
 迷っているとインターホンが鳴った。
 この前買ったテレビがやっと届いたのかな? ようやくまともな暮らしが出来る――などと考えながらドアを開くと、そこにいたのは所属するパーティのメンバー、赤峰だった。
「よお、緑。お前、結構いいアパート住んでんだな」
「あれ、赤峰? 何してんの? てか、住所教えたっけ?」
「桜白から聞いて来たんだ。それより、飯行こうぜ、飯」
「は? 急に何なのさ」
「腹減ったからダンジョン行く前に飯食いに行こうかと思って、せっかくだからみんなを誘って回ってんだよ。で、どうだ? 一緒に行かないか? ちなみに桜白は来るってよ」
「へえ、みんなでご飯か。いいね、行く行く! 何食べるか決まってるの?」
「いや、まだだけど、何か希望あるか?」
「焼肉は? もう何年もやってないから、久しぶりに炭で焼きたい!」
「くぅ、焼肉もいいなぁ……でも俺、ちょっとお好み焼きの気分かもしんない」
「お好み焼きも捨てがたいなぁ。もんじゃもいいよね。あとあと、ラーメンとかもさ――」
 緑は気兼ねなく赤峰と会話し、無邪気に笑う。
 心の底から楽しい瞬間。まさか東京に戻ってきて得られるとは思わなかった幸福な時間だ。
(この姿を見せてあげられたら、お母さん、きっと安心するだろうなぁ……)
 意識が遥か遠くの母親へ向かっていたが、ふと目の前の存在を思い出す。
 腕を組み、「あれも食いたいし……いやでもあれもいいなぁ」と難しい表情でぶつぶつ呟く彼がいなかったら、今の自分はいない。他の二人の仲間とも、本当の意味で仲間になることなかった。
 そうか、と緑は思った。
 自分を含めて仲間たちは彼に感化され、そして変わっていった。
 なら、仲間とはどういう人たちかを語るなら、彼を語ればいい。
「ねえ、赤峰。わたしがどういう立場の人間か、覚えてる?」
 訊ねると、赤峰はきょとんとした表情を向けてきて、
「ん? ああ、あの話か。そりゃ覚えてるよ。結構衝撃的な話だったからな」
 すぐに笑顔を浮かべた。
 自分の正体を知ってなお、彼はその表情を自分に向けてくれた。
「それがどうしたんだ?」
「……何でもない。ちょっと待ってて。わたしも支度してくる」
 緑は部屋に引き返し、すぐにタリスマンを手に取った。
 そして、今度は迷いなく文字を打っていく。
 母親に、今の自分を知ってもらうために。

『久しぶりに出来た友達だよ。わたしの本当の名前を知っても受け入れてくれる、本当の意味での友達』


次回更新もお見逃し無く!

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