編集部ブログ

1月10日発売!『勇者のセガレ』特別掌編第一弾!

2017.01.09

『はたらく魔王さま!』コンビでお贈りする、
埼玉は所沢を舞台にした新たなる庶民派ファンタジー
『勇者のセガレ』が10日に発売です!

今回は発売記念の書き下ろし掌編をお届け!
本日3編を公開した後、明日10日(火)に、
新作紹介ページの公開に合わせて4編目をお贈りいたします!

ゆるっとつながるストーリーですので、
全部チェックしてくださいね!

 

 

☆☆☆あらすじ☆☆☆

 

所沢市の一般家庭、剣崎家に謎の金髪美少女、
ディアネイズ・クローネことディアナが現れた。

「私は、救世の勇者ヒデオ・ケンザキ召喚の使者としてやってきました」

……って言うか、ヒデオって俺の親父じゃねーか!
平凡な高校生の俺、剣崎康雄にゲームみたいな展開が
降りかかるかと思いきや、親父が勇者で、若い頃異世界を救ったって!?

異世界の平和を取り戻す前に、家族の平和が大ピンチ!?
俺の平穏な日常は、一体どうなる!

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⇒作品紹介はコチラ!
(※こちらのページは、10日に新作紹介&掌編4本目が掲載予定!
あわせてチェックしてみてくださいね!)

 

☆☆☆掌編・第一弾!☆☆☆

 時計は心を測れない

 

 朝の準備で一家全員が動き回る中、ディアナは朝食の仕込みを手伝いながら、剣崎家の一家四人のある一点を観察していた。

「ヤスオは、黒」

 ディアナは高校の制服を纏う一家の長男、剣崎康雄を見て口の中で呟く。

「ん? ディアナ、何?」

 康雄がディアナの視線に気づき首を傾げるが、

「いえ、何でもありません。失礼しました」

 不躾に見すぎたかと、ディアナは軽く詫びる。

「ディアナちゃん、冷蔵庫の上の段の引き出しに使いかけのベーコンあるから取ってくれる」

「はい、分かりました」

 すると、一家の縁の下の力持ち、主婦で母の剣崎円香に頼まれた用事をこなし、ついでに、

「マドカは……無し」

 と観察する。

 そこに、

「おかーさん私の携帯どこにあるか知らない!?」

 慌てた様子で一家のお目付け役にして康雄の妹、剣崎和香が飛び込んでくる。

「知らないわよ。あんた起きたとき持ってたじゃない! 洗面所かトイレじゃないの?」

「ええ!? 見たんだけどなぁ」

 そしてまた飛び出してゆく。

「ノドカも……無い」

 その様子を見ながらディアナは少しだけ首を傾げる。

「全く毎朝毎朝和香は……さて、行くかな。母さん、今日はちょっと遠方からお客さん来て遅くなるから」

 そのとき朝食を素早く掻き込んで口をもぐもぐさせながら、一家の大黒柱、そしてディアナにとって憧れの勇者である剣崎英雄が大儀そうに立ち上がった。

「はいはい。携帯持った? 万が一のこと考えて、可能な限り一人になれるようにしておいてね」

「分かってる」

 英雄は妻のいいつけに頷きながらディアナを見る。

「ディアナちゃん、後の事、とりあえず頼んだよ」

「はい、お任せ下さい。行ってらっしゃいませ!」

 ディアナは手の滴をタオルで拭ってから小さく礼をし、そして、

「……ヒデオは、銀」

 しっかり観察するべきところを観察していた。

 

 

「ヤスオ、そのままで結構ですから、一つお伺いしたいことがあるのですが」

「な、何……? そ、そのままって、と、止まってからじゃ、駄目?」

 その夜、予備校から帰ってきた康雄は、この数日ディアナから受けているトレーニングの最中、突然質問を受ける。

「できれば、このままでお願いします」

 激しい運動の最中でもディアナは涼しい顔なのに、康雄は顔も真っ赤で息も絶え絶え。

「こ、このまま、そ、その、ひつもろ、質問の、にゃいよう【内容】にもよる……」

 舌が上手く回らない。

 ディアナは涼しい顔とリズミカルな動きで全くペースが乱れないのに、康雄は喋り始めた途端に、もはや自分の体がどう動いているのか分からなくなるレベルだ。

「駄目ですか……?」

 日頃、何も無いところで躓いたり、とんでもない間の抜けた発言をすることが多々あるディアナなのに、いざトレーニングとなると、人が変わったようになる。

 そしてそれは、この日課となった夜間町内ランニングの最中も同様であった。

 異世界アンテ・ランデからやってきた、魔導機士。

 レスティリア王国の、本職の軍人。

 そんな彼女に、十把一絡げレベルの高校三年生である康雄が、運動能力で敵うはずがない。

 だが、康雄は家族を守り戦うための基礎的なトレーニングをディアナから教わっている最中だ。

 そしてそれ以前に、ディアナのような、それこそ異世界レベルの美少女に、

「駄目ですか……?」

 と尋ねられて、駄目です、と言える男がいるだろうか。

「……駄目です、無理です。せめて、歩きでお願い……」

 普通にいるし、物事には限界というものがある。

 本職の軍人に、半年以上前に活動を終えた文化部の部長が太刀打ちできるはずがない。

 極めて悔しいが、康雄は伏して休憩を願い出た。

「そ、それで、な、何?」

 走るのをやめて歩き始めると、一気に汗が吹き出る。

 息も鼓動も上がり切った康雄に、やはり変わらぬ様子のディアナは尋ねた。

「実は、ヤスオとヒデオが普段身に着けていらっしゃるものについて、伺いたいんです」

「俺と親父が、身に着けてるもの? 何だろ。ネクタイ?」

 父と自分で共通するものと言えば、ネクタイか革靴くらいしか思い当たらないが……。

「いえ、ネクタイではありません」

「あ、ネクタイは分かるんだ」

「形状が違うものが、アンテ・ランデにもありますから。私の魔導機士兵装も、タイを身に着けていますよ?」

「ああ、そう言えば。じゃあ何だろう」

 最近はディアナの魔導機士兵装を見ることはなくなっていた。

 今はゆったりとした上下揃いのジャージを着ているが、不思議なもので異世界の美少女が着ていると上下で1280円のしまむろジャージでも特別な仕立てに見えるから不思議である。

「はい。実は、恐らくアンテ・ランデには無いものなので、何と呼べば良いのか分からないのですが……失礼しますね」

 と言って、ディアナはふと並んで歩く康雄の左手を無造作に取った。

「ぅ」

 康雄の感覚では学齢前の幼い時代でしか許されない、女子に手を取られる、という大事件が起こって思わず悲鳴を上げそうになった。だが、過剰に反応すればディアナの性格では自分に失礼を働いたと勘違いして落ち込んでしまいそうなので、必死の胆力で耐える。

 ランニングの途中で良かった。緊張で顔が赤くても、心臓の鼓動や呼吸が速くても全く不自然に思われない。

「ど、どうした?」

「あ、無い」

 ディアナは康雄の左手首を凝視していた。

 その視線を見て康雄も、緊張しながらもディアナが何について尋ねたいのか気づく。

 だが、ある意味それは意外なものでもあった。

 異世界からの来訪者であるディアナだが、彼女はやって来た当初から完璧な日本語を操り、最低限の家電製品も存在だけは知っていた。

 だが、今彼女が求めているものは、異世界アンテ・ランデにあって当然のものではないのだろうか。

「その、お二人とも手首に巻いていらっしゃるので、最初はブレスレットのようなものかと思ったのです。でも朝、ヒデオは何度か眺めていらっしゃったんですよね。男の方があんなに頻繁にアクセサリーを眺めて喜ぶとも思えませんし、マドカとノドカは着けていらっしゃらなかったので、何なのかな、と思いまして」

「ああ……」

「ヤスオは、黒い革のようなもので、ヒデオは銀色の金属製でした」

 随分持って回った言い方だが、そこまで疑問に思うものだろうという感覚が無かったため、康雄は何でもないことのように言った。

「えっとそれ、多分、時計のことだよな」

「…………はい?」

 だが何故か、ディアナは足すら止めて大きく目を見開いた。

「ヤスオ……今なんと?」

「え? だから、時計……腕時計」

 ディアナが言っているのは、どう考えても腕時計のことだ。

 だがディアナはしばし呆気にとられた後、すぐに笑顔になった。

「またまた、ヤスオ、いくら私でも騙されませんよ?」

「は?」

「そんな、腕に巻きつけられるような小さな時計があるはずないじゃないですか」

「……は?」

「それはもちろん、こちらの世界には信じがたい技術が沢山あるのは知っていますし、皆さんお持ちのすりむふぉんって板状の機械に時を測る機能が搭載されていることも知っていますよ?」

「ああ……うん」

「でも腕に巻く時計だなんてそんな無茶なものは流石に信じられませんよ」

 どう聞いても本気で言っている。

 だが、康雄こそ何故ディアナがそこまで腕時計を『有り得ないこと』だと大言して憚らないのか理解できない。

 なので、これは言葉を尽くしても駄目なのではないかとすぐに勘付き、

「これだろ? ディアナが言ってたの」

「…………へ?」

 ポケットから、自分の腕時計を出して見せた。

 黒い革バンドの、アナログクォーツ時計。

普段は運動するときにつけることは無いのだが、今日はうっかり着用したままランニングに出てしまったため、ポケットにねじ込んだのだ。

 父が、高校入学の祝いにと買ってくれたもので、シンプルなデザインの生活防水付き。

 学校の試験はもちろん、予備校のテストや模試などで卓上に置いておくのに重宝している。

 しかし、贈り物の値段を云々言うのは良くないことだが、一本何十万もするような高級な品ではない。

 もちろん康雄が小遣いで買おうとするとそれなりの準備が必要だが、逆に言えば康雄でも覚悟を決めれば購入できるくらいの品である。

 なのに、ディアナはまるで異世界のオーパーツでも見たかのように目を見開き呆気にとられている。

「こ、これが、時計?」

「そう……だけど」

「こ、この小さい丸いものが、時計なのですか!?」

「そうだよ。そんなに驚くことか?」

 あまりにしつこいので、康雄も少し強引に、ディアナの手に時計を渡してみる。

「あ、あっ!」

 するとディアナは、慌てて両手でそれを受け止めた。

 まるで歴史的遺物でも扱うかのような手つきになり、その場で立ち止まってしまう。

「……針が、動いてる。この一番速い針は、秒を表しているのですよね?」

「そうだよ。っていうか、普通にうちにある時計見て時間も読んでるのに、何でそんなに腕時計に驚くんだ?」

「だ、だって、こんなに小さいなんて……」

 どうやらディアナにとっては、サイズが一番問題のようだ。

「アンテ・ランデの時計はもっと大きいのか?」

「もっと大きいと言うか……そうですね、私が知る限り、携帯できる時計と言えば、私の掌で握れるくらいのものが一番小さいかと……」

「懐中時計みたいの? でもディアナの手で握れるかどうかって、結構デカいな」

「いいえ!? 小さいんですよ!? しかもそんな時計、市井ではまず一生目にする機会すらありません。家名の自慢をするようで恐縮ですが、私の家だから持っていられるんです!」

 ディアナの両親は、康雄の両親と同じく三十年前にアンテ・ランデを襲った危機を救った英雄であり、元から国の重鎮である。

「へぇ、意外だな。魔法とか魔導の力で、そういうの解決できるんだと思ってた」

『異世界の魔力』と聞くと、例えば街灯の灯りが魔法の光であったり、こちらでは電池を入れて動くようなものが魔力で動くような勝手なイメージを描いていた。

「時計みたいな複雑な機構を魔力なんかで動かしたら大変なことになりますよ。それがまさか、こんな小さいなんて……」

 ところ変われば、ということなのだろうか。

「そ、そう言えばヤスオ!? これをポケットに入れて走っていましたよね!?」

「あ、ああ……」

「だ、大丈夫なんですかそんなことして!? 壊れてませんか!? とんでもなく狂ってしまってませんか!?」

「え、えええ?」

 たかが腕時計一本で何をそこまで心配することがあるのか分からないが、結局その後、いくら大丈夫だと話をしてもディアナは信じてくれず、二人はそのまま歩いて家まで帰ったのだった。

 

 

「……ってことがあってさ」

 帰宅して後、ディアナが風呂に入っている間に、父と母にランニング中の話をすると、二人とも顔を見合わせながら納得したように頷いた。

「まぁ、仕方ないな。腕時計なんて、きっとアンテ・ランデの水準じゃスリムフォンばりのオーパーツだろうから」

「そこまでなのか? ただ時間見るだけのものが?」

「その『時間を見る』ってことの重みが、向こうとこっちじゃ全然違うのよ」

 そこまで言われても康雄はまだピンとこないのに気づいたのか、父が自分の腕時計を外してテーブルの上に置く。

「地球で腕時計が庶民にもなんとか買えるようになったのは、十九世紀の後半だ。第一時大戦前後に普及した、という説が一般的だな」

「へ?」

 突然父から世界史の講義が始まり、康雄は驚く。

「それ以前の時計は、どんな部品も工場で生産できる今とは違って全てが職人による手作りだ。大量生産とは、大量の職人を使うということだ。組立だけでなく部品の一つ一つの生産も人の手による。その全員がそれなりに腕のある職人なんだから、今とは人件費が比べ物にならん。そしてその当時の時計は、基本的に簡単にズレるんだ。まぁ、世の中がそれでいい時代だったというのもあるが」

「ズレるって?」

「時代にもよるが、例えば貴族用に特注された懐中時計でも一日何分もずれたと言われるな。携帯する時計は歩くと揺れるだろ? そのせいで、内部の機械の稼働に影響したらしい。貴族用ですらそうだったんだから、それ以下のものなんかどれほどだったか」

 そんな時計の歴史をすっと語れるのは、父が測量機器を扱う会社に勤めているからだろうか。

「振動に弱い、という弱点は特に船で移動するときに致命的になる。船は水の上で常に揺れているだろう? 外洋を走る船の上で一分時間がずれるどういうことになるか考えてみろ」

「一分くらいで、なんかなるか?」

「小学生レベルの算数の話だぞこれは……」

 息子の答えに、父は渋い顔。

「康雄、時速百キロで走る車が一分走ったら、どれくらい位置が動く?」

 困惑する康雄に、母が助け舟を出す。

「……ああ、そうか」

 康雄はようやく理解した。

 舗装された高速道路なら、一定の速さで走る車の走行時間が一分違うと、速さの分だけ移動距離が変わる。

 だがそれが何の目印も無い海の上で起こると、どういうことになるのか。

「正確に時間を測れないと、移動した距離と自分の現在位置が分からなくなるのか」

「そういうことだ。磁石で方角が分かっても、現在位置がズレると大変なことになる」

 父は大きく頷いた。

「父さんも母さんも、そのせいで座礁した船から逃げたことあるからな」

「ラカーン島へ行くのに往路も復路も座礁したときには本当に死ぬかと思ったわねー」

 夫婦の共通の思い出が船の座礁からの脱出、しかもそれが複数回あるとかどういうことだ。

 あと昔旅行に行った京都くらいの軽さでラカーン島とかいう異世界の地名を上げないでほしい。

 これだから勇者と魔導士が夫婦になると面倒なのだ。

「地球の時計には、航海中に正確な時間を測るためのマリンクロノメーターというジャンルがあるくらいだ。それくらい、小型でズレない時計、というのは難しい技術だったんだ。今俺達が普通に使ってるクォーツの時計に至っては、普及したのはここ五、六十年程度の話だ。ディアナちゃんが腕時計に驚いても無理はない。魔導と魔法や、武機の技術があるから、地球よりは技術の進歩は速いとは思うがな」

「……変な感じだな」

 康雄はテーブルの上の父の腕時計を眺める。

 今自分が当たり前すぎて意識すらしないものに、それだけの歴史や意味がある。

 そして異世界から来たディアナは、まだその歴史に触れたことが無い。

「でも、そういうの話すの大事よね。ディアナちゃんにもある程度はこっちの常識に慣れてもらわなきゃならないし……そろそろディアナちゃんの服とか、日用品も揃えなきゃいけないでしょ? 折角だから、腕時計もプレゼントしたら?」

「…………え? 俺が?」

 母の提案が自分に向けられたものだとは思わず、康雄は返事が遅れた。

「世話になってる自覚無いの? 毎日あんたのダラけた体、鍛えてもらってるのに」

「い、いやあるけど、え? 俺が? 女の子にプレゼントなんてしたことねぇよ?」

「無いのか!? 康雄、俺だってお前くらいの年にはそれくらいしたことあったぞ」

「うるせぇよ」

 母からは呆れの、父からは憐憫の目を向けられ、康雄は牙を剥く。

「別に凝ったものとか、高いものじゃなくていいのよ。ディアナちゃんが最低限日常生活に困らないようなものでいいの。……あなたが選んであげたら、ポイント高いんじゃない?」

「だからポイントって何だよっ!?」

 母は一体何を唆したいのか。

 少なくともからかいたい意志だけは伝わってくるので、康雄は荒々しく立ち上がって話を打ち切ろうとする。

「でも、センスは大事よ。最低限みっともなくないものにしなさいね」

「だから俺が何かするなんて言ってねぇだろうが!」

「女子の友達とか、どんな時計してるのかとかリサーチしてみたら?」

「だからいいって!」

 洗面所の方で、浴室のドアが開いた音がして、康雄はディアナに話を聞かれまいと逃げるように部屋に退避した。

「お風呂いただきましたー……あれ? ヤスオはもうお休みですか?」

 ディアナがリビングに入ってきたときには、円香はにやにやと笑うだけ、英雄は息子のその後を憂いつつもただ小さく溜め息をつくことしかできなかったのだった。

 

 

「は? 腕時計? しないよ。周りもしてない。いきなり何」

「い、いや、深い意味は無いんだけど」

「まさか魔導機士のトレーニングしてくれてるディアナさんへのお礼? やめといたら? 時計とかお兄ちゃんのセンスじゃハードル高いよ」

 母にはああ言ったものの、日頃ディアナの世話になっていながら何ら返せるものが無い康雄は、身近な『女子』の意見を聞くため、一縷の望みを賭けて妹にそれとなく相談してみた。

結果、和香は兄の浅はかな思考を一発で見破り、正面から一刀両断した。

「可愛いのとか普通に高いし、安いのは好みすごく分かれるし、男子が入るようなお店に無いし。それに万が一のことがあったら、腕時計とか戦うのに邪魔じゃない?」

 両断したものを更に横薙ぎに断ち割られ、康雄の心は完全に粉砕される。

「大体さー普通そういうの妹に相談する? 私が素直にお兄ちゃんはいこれとか言うと思ったわけ? 私とディアナさんって年少し離れてるし、せめて同い年の女子じゃないのこういうとき相談するのはさ? 例の予備校の人とか駄目なの?」

 和香が言うのは、帯刀翔子のことだろう。

 だが、身近か、と言われるとそこまでの手応えを康雄は感じていないし、そもそも翔子が腕時計をしていたかどうか、全く記憶にない。

 それにもし翔子に相談できたとしても『違う女の子にプレゼントする品を相談』というのは色々と邪推されてしまうだろう。

 邪推されるだけならまだしも、

『あーあー、やっぱり高校生活充実してるヤス君は違うなー。腕時計あげたい女の子とかいるんだー。そりゃー私のことなんかすぐに思い出せないはずよねー』

 とか言われかねない。ただでさえ先日は翔子の前で色々とやらかしているのだ。

「いないんだー。まぁやめといた方がいいかもね。お兄ちゃんみたいのが女の子にそんな相談できるはずないし、したら絶対キモがられるだろうし」

「お前な……」

 そこまで罵詈雑言を浴びせられる謂れはどこにもないのだが、和香が言うことを全く否定できないので、怒ることもできない。

 そんな兄の葛藤を見抜いたのかどうかは分からないが、

「ま、お礼をしたいって心がけは褒めてあげるよ。焦ったって仕方ないから、時計なんか気持ち的に重いものじゃなくて、簡単なものでいいじゃん。ディアナさんだったら、大体のものは喜んでくれるよ」

「……うーん、そうか……まぁ、分かった。ありがとな」

「うん。で、相談料は?」

「ねぇよ」

「使えない」

「お前本当最悪だな!」

 何故口を開けばこうも罵詈雑言なのか。

 言い返してやろうとした瞬間、和香の姿は消え、そこには和香の部屋のドアがあるばかり。

「あー、もう、余計なことを……」

 これは、自分に対しての言葉だ。

 ディアナが日本のあれこれにカルチャーショックを受けるのは、別にこれが初めてではない。

 だが、母が余計なことを言うものだから、自分も余計なことを考えてしまった。

 自分一人で選定或いは作成したものを、女子にプレゼントする。

 最古にして最新の記憶は、幼稚園時代にクラスの女子に、お気に入りの金色の折り紙で折った紙飛行機を手渡したときのものだ。酷い有様である。

「……そもそも母さんが言いだしただけで、別にまだ急いでお礼する必要無いし」

 考えれば考えるほどみじめになってしまうので、康雄は強引に思考を打ち切った。

 打ち切ろうとした。

 それでも、つい想像してしまう。

 ディアナに腕時計を手渡したら、喜んでくれるだろうか。

 自分は、ディアナに喜んでほしいのだろうか。

「もう、訳分からん!」

 別に自分は、ディアナの歓心を買いたいわけではないのだ。

 それなのにどうしても、プレゼントをしたときのディアナの顔を想像してしまう。

 そんな想像をしている自分があまりに恥ずかしくて康雄は部屋で頭を抱えるが、そんな康雄を追い詰めあざ笑うように、ベッドの枕元にある目覚まし時計の秒針が、喧しく音を立てるのだった。

 


次回更新もお楽しみに!

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