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1月10日発売!『勇者のセガレ』特別掌編第四弾!

2017.01.10

『勇者のセガレ』特別掌編、最終第四弾の公開です!

 

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⇒作品紹介はコチラ!
(※ページの一番下には試し読みもありますよ!)

 

☆☆☆掌編・第四弾!☆☆☆

 自然はどこでも美しい

 

「ああっ!?」

「んん?」

 間もなく和香が通う中学校、北平中学に到着しようとした頃。

 少し開けた場所でディアナが大きな声を上げて立ち止まった。

「ノドカ! あれ! あれ!」

 興奮した様子のディアナは、慌ててサングラスを外して遥か遠くを指差した。

 和香はディアナが指さす先よりも、ディアナの目の周りが若干赤くなってしまっていることが気になった。

だが、それを指摘するとディアナは顔中真っ赤にしてしまいそうなので言わないでおく。

 仕方なくディアナが指さす先を見るが、

「……ん? 何?」

 家、町並み、少し茶畑。ビル。

「何?」

 ディアナが何を指差しているのか本当に分からず、ディアナが興味を覚えそうなものを必死に探すが、それでも全く分からない。

「あれ! あれってフジサンですよね!?」

「え!? 富士山!? どこに見えるの!?」

 二人がいるのは思い切り街中、しかも特に高台というわけではない。

 冬、晴天に恵まれると、学校の上階から富士山が見えることは知っていた。

 だが、通学路の途中でしかもこんな街中から富士山が見えるポイントがあったのだろうか。

「あれ、あれそうですよね!」

「えぇ…………え、ええええ!?」

 ディアナと顔を寄せて、指差す先を必死で眺めて驚いた。

 低層のビルとビルの隙間。

 本当にたまたまそこだけのぞき穴のように開いたところから、確かに冠雪した富士山の山頂が覗いていた。

「よ、よく気づいたねあんなの」

「私、日本に来たら一度は見てみたいなって思ってたんです! とても美しい山だと伺っていましたから!」

 典型的な外国人観光客のようなことを流暢な日本語で言いながら、光線で少し灼けた目の周りも気にせずにはしゃぐディアナ。

 その明るい顔と声に、和香は少しだけほっとする。

 先日の戦いで、ディアナは心に大きな傷を負っている。

 だが少なくとも、ふとした瞬間に見せる明るい表情に、あの戦いや異世界の化け物が影を落とした気配は見られない。

 どこまでも、前向きなのだ。

 こんな姿を見ていると、本当にお兄ちゃん特にいらないよなーと思ってしまうが、それを今口に出しても脈絡のない悪口でしかないのでぐっとこらえる。

「来る前から、富士山知ってたんだ」

 今のディアナの言い方は『フジサン』という名の山について、日本に来てから情報を仕入れたのではなく、ずっと以前から知っている者の言い方だった。

「勿論です! フジサンは、アンテ・ランデの人々にとっては神の山なんです!」

「そうなん…………ん?」

 そうなんだー、と何気なく返事をしようとして、和香はあることに気づき背筋が寒くなる。

「待って、まさかディアナさん、それって」

「はい! もちろんヒデオとマドカの故郷にある山、という意味で!」

「……」

 富士山は静岡県と山梨県にまたがる活火山であり、父も母もその親戚も、静岡にも山梨にも全く縁が無いから『ヒデオとマドカの故郷にある山』という表現には違和感を覚える。

「今ではアンテ・ランデの多くの山に『フジ』や『フジサン』の名がつけられています」

「……やっぱり」

「前にもお話した、ヒデオとマドカの旅を描いた絵画『霊峰に暁を臨む勇者ヒデオ』に描かれた山は、今やヒデオ・フジと別称されているほどです!」

 

 

「……ってことらしいんだけど」

「嘘だろ……」

「嘘でしょ……」

 その夜、ディアナからの衝撃の告白を何気なく教えると、父も母も頭を抱えて食卓に突っ伏してしまった。

「なんだヒデオ・フジって……」

「知らないわよ。そんな四股名の力士でもいたんじゃないの」

 現実逃避する両親を、頼りなげに見る中三の娘。

「あれだよな。その絵って、もしかしなくてもガザディの北壁の……」

「多分そうよ。尾根を下ってるときに、トルジェーソの生き残りだって画家さんと会ったじゃない」

「あの野郎余計なことを」

「なんかレスティリアの国宝なんだってさー」

「別に絵がどう扱われてても構わんが、何でそれでガザディの北壁がフデオ・フジになるんだよ。あれ山脈じゃないか」

「というかあなた、どこかで富士山の話なんか人にしたの?」

「覚えてないよそんなの。お前こそ誰かに話したんじゃないのか?」

 勇者と大魔導士の白熱する責任の押し付け合いに、和香も苦笑するしかない。

「どうせどこか旅先で見た山が富士山に似てるとかそういう話したんじゃないの? ディアナさんのお父さんとかお母さんあたりにさ」

 世間話の範疇として、有り得ない話ではない。

 和香には海外旅行の経験は無いが、もし将来海外留学でもして日本の光景と似た風景を発見したら、きっとそういう話を現地の人にするだろう。

 父と母の場合、相手が国の重鎮であったため、彼らが迂闊に何かを語ればその情報は瞬く間に巷間に流布してしまうだろう。

「いいじゃん別に。どうせアンテ・ランデの話なんでしょ? 向こうの人が勝手にやったことなんだしさ」

「和香、お前な、考えてみろ。お前が何か凄いことして功績が認められたとして、お前の出身地だからこの辺りの住所地を『所沢市和香町』にするとか言われたら困るだろ?」

「……う、それは」

「お前の功績を讃えて所沢駅を和香駅にしようとか言われたら、勘弁してくれって思うだろ」

「絶対やめてほしいわそんなの」

「康雄がもし本当にアンテ・ランデで勇者になったとしたら和香も他人事じゃないぞ。自分が全く知らない国で、康雄の勇者としての功績を讃える流れでお前の名前が川とか建物とかにつけられたりとか、可能性十分にあり得るぞ」

「……お兄ちゃんが勇者になれるとか私全く思ってないけど、今初めて本気でやめて欲しいって思った」

 やや古びた蛍光灯が黄色い灯りを落とすリビングの中で、かつての勇者と大魔導士とその娘が、今まさにトレーニングに出ている勇者候補の少年を思い、重いため息を漏らしたのだった。

 

 

「そういうわけで、私ノドカを学校にお送りした後、少しだけ散歩して富士山が見える場所を探したんです」

「あ、そ、そー……」

 その日夜の、ランニング中、ティアナは朝の出来事を嬉々として語るが、今日も康雄は、相槌を打つのすら苦労するほどに息が絶え絶えである。

 先日の腕時計騒ぎのときもそうだったが、ディアナはランニング中にもよく喋る。

 康雄にとっては走っている最中に呼吸を乱すように喋るなどあり得ない事態だ。

 しかしよく考えれば、戦闘行動は運動である。

 運動中に冷静な意志疎通ができなければ、それだけで命が危険に陥る可能性がある。

 そう言われてはいるのだが、大体はまともな会話にならずに最後にはただ無言で走るだけで終わる。

 まだトレーニングを始めて一週間であるということを考えればやむを得ないところはあるが、これでは勇者どころか一兵卒になれるかどうかすら怪しいものだ。

ちなみにディアナは、魔法か何かで既に目の周りの治療は終えたらしく、康雄が学校から帰宅した頃にはもうサングラスをしていなかった。

「そん……なに……富士山……みたがっ……」

「もちろんです!」

 息一つ乱さず力強く拳を握るディアナ。

「ふ、ふーん…………ふーん……」

 アンテ・ランデの多くの山に『フジサン』と名付けられてしまっている、という話に、何か聞き覚えがある気がして、言葉少なに走る間、康雄はずっと考えていた。

「……あ……はあ、はあ……おぼい……思い出した……富士山……」

「はい?」

 ランニングを終えた玄関で吐き気すら覚えながら、康雄はようやく思い出した。

「近くに…………ふ、富士山、あ、ある……」

「えっ!?」

 ディアナの大きな瞳が、より一層大きく見開いた。

 

 

 それはどう見ても単なる築山だった。

 普段滅多に使うことのない家のパソコンを起動し、康雄は『所沢』『富士山』で検索する。

 すると狭山丘陵にある富士山を模した富士塚、『荒幡富士』がヒットした。

「昔、学校の校外学習かなんかで行ったんだけどさ。こういうの、富士塚っていうんだ」

「フジヅカ?」

「ああ。昔は富士山の麓に行くことだって難しいだろ? でも日本中あちこちから富士山は見えたし、あの印象的な山の形は絵とかでも簡単に伝わる。だからまぁ、親父や母さんもアンテ・ランデでそういう話をして、雪被った山とか、高い山とか、似たような形とか、そういうのが今、そっちでなんとか富士って呼ばれてるんだろ。こっちも一緒」

 解説を読んでいくと、所沢市内にある『荒幡富士』は明治期に合祀された神社にあった富士塚が移転されたもので、元々のものより大きくなっているらしい。

「まぁ、今はもうそんな役割は負ってないけど、昔からみんな富士山って山には、特別な思いを抱いていたんだ……って、まぁ昔学校の先生に聞いた話の受け売りだけど」

 言いながら康雄は、ブラウザを閉じて電源も落とす。

「だから何だって話じゃないけどさ、なんだろう、未だに全然ディアナの足元に及ぶ気もしないけど、勇者の偉業にかこつけて富士山の名前つけちゃうような、そういう根っこの精神性が似てるって話を聞けただけでも、ちょっとやる気出て来た。別にこれに限らず、なんとか富士って日本中にあるから」

「今見せてくださったアラハタフジには、登れるんですか?」

「いや、確かダメだったと思う。一応神社の御神体的な扱いだった気がするし、登るのは罰当たりなんじゃないかな。それくらい神聖視されてたってことなんだろうけど」

「……でも、分かります。憧れる気持ち。遠くから見ただけでも、美しい山だと私も思いましたから」

 そう言うと、ディアナは小さく微笑む。

「私も、ヤスオに見て頂きたいレスティリアの自然が沢山あるんです。ヒデオもマドカもきっとご覧になった、美しい風景を」

「……自分が言ったことだし、頑張るよ」

 康雄がアンテ・ランデに行くことがあったら、それは決して物見遊山ではない。

 かの地に赴くということは、父の名代として勇者を名乗り、これまで全く縁の無かった戦いの世界に身を投じるということだ。

「でも、予防線張るようで格好悪いけど、本当期待はしないでくれな。俺自身、自分がそこまで出来るのか全く分からないんだから」

「はい。でも、もしヤスオが勇者でなくても、是非一度、レスティリアには来てもらいたいと思います。そのときは勿論、私が案内しますから」

「お、おう……」

 衒いの無い美しい笑顔でそんなことを言われたら、頑張るしかないではないか。

 康雄は急に気恥ずかしくなり、シャワーを浴びると告げてさっさとその場を逃げ出してしまった。

「富士山、か」

 ディアナは日本最大の霊峰の名を、もう一度口の中で転がす。

「トレーニングに使うには、ちょっと遠いかな」

 そして悪戯っぽい笑顔で、康雄が逃げ出したリビングの扉を振り返ったのだった。

 

 

 翌朝、昨夜のこともあり、また連日のトレーニングの成果か、ほんの少しだけ疲れの残り方が少なくなったような気がした康雄は、いつもよりすっきりとした目覚めを迎え意気揚々と部屋を出たが、

「お兄ちゃん」

 何故か外で和香が待ち構えていて、

「お兄ちゃん、やっぱ向いてないって。勇者なんかガラじゃないよ」

 開口一番そんなことを言い出し、

「康雄、あんたそろそろ限界見えてるんじゃない? ギブアップするなら今の内よ?」

 と洗面所で顔を合わせた母が意気を挫くようなことを言い、あまつさえ、

「康雄。本当に勇者になることを後悔しないのか?」

 と食卓で父が真剣な顔で意思確認をしてくる。

「な、な、何なんだよみんな! 人がやる気になってる時に何言い出すんだよ!」

 自分が勇者に立候補したことを家族がもろ手を挙げて賛成したわけではないのは分かっていた。

 だがこんな表だって、しかも徒党を組んで翻意を促してきたのは初めてだったため、康雄としても怒るより先に混乱してしまう。

「やれる所まではやるって言ったろ? どうしたんだよ一体!」

「いや本当やめといた方が」「だってねぇ」「まぁ、決心が固いならいいが、うむ」

 煮え切らない態度には取り合わず、康雄は、

「それじゃあ行ってきます!! 親父、極力携帯離すなよ!」

 肩をいからせながら家を出てしまう。

「いってらっしゃいませー」

 未だ壊れたままの玄関先を掃除していたディアナがそんな康雄の背に明るい声を掛け、康雄はその声に押されて新たな朝に踏み出す。

「あーぁ、駄目だあれ、めっちゃやる気。ディアナさんも無意識に焚きつけるタイプだし」

「思い出したわー。そう言えばお父さんもアレックスも、結構エリーゼのそういう天然っぽいところにノせられてたわー。ねぇ?」

「な、何でそこで俺に振るんだ!」

 明るい未来を目指し走る勇者候補の背に、残る家族たちのささやき声は、幸か不幸か全く届かなかったのだった。


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