エッセイ

エッセイ「電撃的 春夏秋冬」第1回

『迷子』
 入間人間

【プロフィール】『嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん 幸せの背景は不幸』で2007年にデビュー。最新刊『ふわふわさんがふる』は今月発売!

4月とはとかく、道に迷いやすいものである。花や草が芽吹き、冬を耐え抜いた肌を潤すような陽気に包まれて、それこそ草木の妖精にでも化かされているのではと思うほどだ。
 小生は既に三度ほど迷子となった経験がある。一度目は高校への初登校。ものの見事に道を間違えて遠回りしたことで、不合格だった第一志望の高校に着くということをやらかした。その上、這々の体で辿り着いた高校では初日にして自転車のペダルを盗まれる悪戯に遭い、帰り道にいたっては来たときに見覚えのない商店街を通って遠回りする始末である。
 二度目は大学への初登校。地下鉄の名前は覚えていったが、そもそも地下鉄の乗り場を探すために駅構内を迷いに迷った。小生は岐阜育ちの田舎者であり、人混みを歩くなどとてもとてもなので、人の波に揉まれることで方向感覚を失念してしまったのだ。あまりに挙動不審でさまよっていたせいか、警察に家出少年と間違えられて質問される始末である。
 かように4月というものは新しい環境を受けて戸惑い、迷うものである。
 単に小生が方向音痴なわけではない。ないったらない。
 しかし迷うことで見つけたものもある。高校の迷子のときは商店街の空にかかる、賑やかな赤い飾りを見上げることでめでたい気分を味わえた。大学の迷子のときはそれのお陰で名古屋駅の構造を把握することができた。その構造の知識は後年、小説を書く際に役立っている。
 つまりあれは迷子ではなく散歩だったのである。そうに違いない。
 人が真に迷うのは、道を選んでからこそであると思う。その道が正しいのか、行く先に自らの思い描くものはあるのか。存分に迷えば良いと思う。頭とめんたまぐるんぐるん回って吐き気を催すほどに悩めばいいと思う。迷子となってさまようことはときに、その人の視野を広げてくれるものだ。そして迷うなら特に4月がいい。なにしろ、色々なものが新しいのだから。
 なお、三度目は現在進行中である。今回のエッセイの依頼にどう応えるか、迷いながら書き上げている。目を通すに値するものが書けているかどうか、戦々恐々である。

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