エッセイ

エッセイ「私の電撃体験」第12回

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時雨沢恵一

2000年『キノの旅-the Beautiful World-』にて電撃文庫よりデビュー。以降、電撃文庫にて『アリソン』『リリアとトレイズ』『メグとセロン』『学園キノ』等のシリーズを手がける。またメディアワークス文庫にて黒星紅白と組み、オールカラーの文庫『お茶が運ばれてくるまでに』『夜が運ばれてくるまでに』『答えが運ばれてくるまでに』も執筆。

私の電撃体験ですか。
 そう、あれはまだ私が高校生だった頃……。自宅の居間でのんびりくつろいでいたら、ふと肌が触れたガラス窓枠から蜂に刺されたような痛みが! 調べてみたらあらびっくり。隣の部屋(増築)に向けて伸びていた電気コードが、窓を何度も開閉するうちに被覆が破れ、窓枠に100Vが。恐ろしいですねえ。家庭に潜む危険ですねえ。窓枠を舐めていたらどうなっていたか。まあ普通はそんなことしませんけどね。
 え? 電撃体験はそういう話じゃない? すみません本当は、心のどこかで分かっていました。
 とはいえ、人生の中で電気に打たれた程の経験はそうそうなく、そのうちの一つは、まあ電撃作家なら誰もが持っているだろう「デビュー(受賞)が決まった瞬間」なわけです。そしてそれは、既に書かれているわけです。でも、二番煎じを覚悟でそのことを書きます。うわ前置き超長い。
 私が一番衝撃的だったのは、デビューが決まったときのことではなく、“二次選考を通過して、最終選考候補作に残っているのを見たとき”でした。
 それは、1999年の第六回電撃ゲーム小説大賞。応募総数1300強から、一次選考で60数作品、二次選考で6作品が選ばれました。
 初めて書き上げた小説『キノの旅』で、まずは一次選考を突破(もちろんその時も嬉しかったです)。そしてネットでの発表を待ちに待った二次選考発表──。当時は毎日毎日、朝起きたら電撃文庫のウェブページを調べていました。
 そして発表された6作品。その中に『キノの旅』という文字を見つけた瞬間──、今でも思い出せます。それまでの人生で一番、嬉しかったです。
 もし受賞しなくても、“これは最終選考候補作でした”と別会社に持っていけば、ひょっとしたらデビューできるんじゃないだろうか? なんて生臭い事は考えていませんでしたよ? ええ、本当に考えていませんでしたよ? 
 その後、本当に受賞しなくて、“どこに持っていこうか”と考えている時に、最終選考の拾い上げデビューとして、担当さんから電話があったのでした。今でこそ珍しくないですが、私の世代がその最初だったんですよ。二次選考通過で喜んだ私は、あながち間違ってなかった。

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