エッセイ

エッセイ「私の電撃体験」第1回

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鷹見一幸

埼玉県北部に営業所を持つ、零細物語製造業者。

「うわっ! やられた! ここでこいつを持ってくるのかよ!」
 小説を読んでいて、そんな風に電撃に撃たれたような気持ちになったことはありませんか? いわゆる「伏線にやられる」というやつです。
 私が、この電撃に撃たれた最初の読書体験は中学一年の頃。その本の名前は『ファースト・レンズマン』(E・Eスミス著)というスペースオペラです。物語の冒頭で、メンターと呼ばれる指導者が主人公に銀河パトロール隊の象徴であるレンズを与えるときに「未来を洞察せよ」という言葉と共に、主人公の未来のある日常の情景を精緻に予言してみせます。しかし主人公は「それが起こるということを、こうやって教えられたのなら、それは回避できます」と答えるのです。それは実に短いやりとりで、物語の本筋とは全く関係がありません。物語はぐいぐいと進んで行きます。何万隻という大艦隊が太陽系の中でぶつかり合い、様々な超兵器が登場し、主人公が機転と英知でそれを切りぬけ……。
 その膨大で絢爛なイメージの大波に飲み込まれた私は、冒頭にあった、メンターと主人公の会話など、すっかり忘れてしまいました。そしてラスト数ページ。戦いが終わり、日常に戻って来た主人公は、ちょっとしたアクシデントに見舞われ……そこで叫ぶのです「くそ! やられた!」 そのセリフは読んでいた私と同時でした。私もそのシーンで叫んだのです「くそ! やられた!」 そのとき、私は間違いなく主人公とシンクロしたのです。読者を騙したわけではありません。冒頭に正々堂々と「こういうことがあるよ」と書いて、その上でそれを物語の力で読者に忘れさせてしまったのです。
 この時、私が感じたカルチャーショックは、一種のトラウマのように私につきまとい「俺もこういう話が書きたい」という想いは40歳にして私を作家の道に進めてしまいました。26年勤めた警察官を辞めて作家に、という電撃的な転職は、電撃的な体験によって生まれたわけです。

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次回は『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』の伏見つかさ先生が登場!!

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