エッセイ

エッセイ「私の電撃体験」第5回

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竹宮ゆゆこ

2月24日生まれ。東京都在住。旬のおいしい食べ物を取り込んでテキストにして出力する作家。代表作に『ゴールデンタイム』『とらドラ!』。

今を去ること十数年前。いたいけな女子高生だった私は、とあるすっぱい事件(甘酸っぱい、ではない)に遭遇しました。
 当時、うちの母は専業主婦で、平日はのんきにジム通いをしていたのですが、帰宅するなり「やばい」と言う。「右手がとんでもないことになった。やばい」と。しかし見る限りケガをした様子でもなく、何事かと尋ねたら、いきなり右手だけがものすごく臭くなって理由もわからない、洗ってもとれないのだと言うのです。はあ? と思いつつ、差し出された母の右の手のひらに鼻を近づけ、
「どれどれ? なにか変なものでも触ったんじゃ……」
 ──ヅガーン! 嗅いだ瞬間。膝から力が抜けました。その、鼻から掘削機を突っ込まれて脳髄抉られたみたいな衝撃の一秒後、今度はジュンッ……! 鼻粘膜の細胞が死ぬ音を私は聞いた。細胞壁爆発、中身汁飛散。まさに、電撃的な臭さなのです。「生きてる系」でありながら、しっかりとした化学的バックボーンもあって、とにかく刺激がものっすごい。沁みるほどにスっっ……ぱい。膝、鼻、次には目にきて涙が出て、鼓膜も震えて、唾液も出ました。途方もない酸味のエネルギーが、私の五感を破壊したのです。
「一体なにを触ったの!?」「わからない」「おかーさん怖いよ!」「うん、怖い」……我々母子は泣きながら、臭いの原因を探るべく、右手で触った可能性があるものをすべて嗅いで回りました。その結果、犯人はスカッシュのラケットの握りに巻いた滑り止めのゴムだと判明。元々の素材臭からして結構きついのに、汗をかき、さらに母が当時愛用していた競走馬の筋肉痛用の薬(すごいよな)を塗った手で掴み、ケースに収納して、湿気のこもったロッカーにしまったせいで、なにか魔的な反応が起きてしまったらしいのです。
 今でも忘れられない、私にとっては超電撃的な事件だったのですが、人に話すと「それって籠手のにおいみたいなもんでしょ? 普通じゃん?」サラリ、と言われることがあります。剣道経験者の皆さん。私は皆さんを、心から尊敬いたします。

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次回は『境界線上のホライゾン』の川上稔先生が登場!!

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