美島純
みしまじゅん。警察庁所属の警視長さん。警察庁長官含めて上から三番目くらいに偉い人。独身貴族のイケメンさん。
本編主人公の一人、内幕隼刑事のために裏方から助力したり、裏社会の旧百鬼夜行リーダー、呪とも縁がある不思議な人。
本編中ではキザな人だったけど、力関係的に見た目ミニマムな菱神樒に頭が上がらなかったはず?
うん? 僕の話かい?
やだなあ、語って聞かせるほどご大層な人生を歩んできたつもりはないんだけどね。
まあ、悲願だった妖怪専門の捜査機関の設立に成功して、その舵取りを君に一任している身の上だ。ちょっとくらいは腹を割っても構わないかな。
と言っても、本当に大した事はないんだよ。
ご存知の通り、僕は警察庁のエリートだ。自分で口に出すと恥ずかしいけどね。でもって、君も警察官なら組織の仕組みは知っているね。
警察官はキャリア、準キャリア、ノンキャリアに分かれる。
正直に言うとね。
僕が警察官になったのは惰性だった。
親はどっちも官僚でね、法務省と農水省。まさに超高ブランド農産物でお馴染みインテリビレッジ政策の立役者ってヤツさ。けど僕はそういうドロドロした大人の道に進むのは気が引けた。かと言って一般企業に入るのは足元がぐらついて不安だ、なんて生意気な事を考えてさ。
結果として目指したのは警察官僚って訳。
何ともいい加減な理由だろう? 日々凶悪犯罪と立ち向かう君には頭が上がらないよ。しかも目論見も外れた。頭に警察ってついていれば多少は清廉潔白だろうと思っていたけど、別にそんな事もなかったし。
結局どこでもドロドロしているのは同じなんだねえ、あっはっは!
で、だ。
エリート街道を行くキャリアが最初にやるのは、地方に飛ばされて現場を学ぶ事だ。といっても大した仕事はさせてもらえないけどね。ド新人に任せられる仕事はないから? いやいや、万に一つも犯人と取っ組み合いになって刺されたら大問題になるからだよ。
体験教室なんだよね。
警察官としてのお仕事と、多くの人をまとめるお仕事のやり方を学んできなさいって感じ。
この辺りは一般企業と変わらない。大手家電メーカーに入ると、最初の一年は量販店で研修を受けるとかって仕組みがあるだろう?
とはいえ、肩書きだけなら入った瞬間から警部補だからさ。下の巡査部長と巡査を集めれば、ちょっとした班を率いるくらいはできるんだけどね。
僕が向かった先は九州の片田舎だった。
ははっ、東京の治安を守る警視庁にいる今の君にはダイナミックに聞こえるかな。だけど警察庁の管轄は日本全国だ。
京都や奈良みたいに地方全体がランドマークになっているような名所じゃない。ただ、のんびりした風土の街で、嫌いじゃなかったかな。
世間を賑わす大事件なんてのも起きなかったし。
まあ、新人研修先に選ばれるくらいなんだから、そんな物騒な訳もないんだけどさ。それでも勝手が分からない内は肩肘張っていたもんだよ。
で、大体二、三ヶ月経ったくらいかな。
程良く気が抜けてきた僕に、こんな話をしてくれた部下がいたんだ。
この辺りには油ずましって呼ばれる妖怪がいるんだって。
油ずまし。ちょっとピンとこないよね。聞いた事があるような、ないような。一つ目小僧とかぬりかべほどのメジャー感もない。まして、どんな事をする妖怪なのかも想像がつかない。
でも、気になったのはそこじゃなかったんだ。
そいつは、ああ、木下(きのした)って言うんだけどね、その部下は何だか秘密の話をこっそりするような感じで言うんだよ。ようやく打ち解けた仲間に、友人の輪に入れる証として秘密を共有させてやる、みたいな風にさ。
実際、僕が怪訝な顔をすると木下はすぐにこの話を引っ込めた。臆病な亀が首をしまうようにね。
この話はそれっきり。
ただ、何かが引っかかった。人を選んで警戒するような内緒話が、警察署の中で横行している。何ともキナ臭い話じゃないか。
ちなみに僕が真っ先に思いついたのは、『パッケージ』だった。そう、妖怪の特性を犯罪装置に組み込むあれさ。心を読むサトリを使えばインサイダー取引なんてやりたい放題だし、人を呪う七人ミサキを使えば密室殺人も夢じゃない。何に組み込んでどんな利益を生むものかは知らないが、そんなのが地方の所轄とはいえ警察署で蔓延しているとしたら一大事だ。
いやあ、あの頃は僕もまだ青臭い正義感が残っていたんだねえ。
……違うか。
ひょっとしたら飢えていたのかもしれないな。警察官僚なんて意外とドロドロした道が見えてきて、でも僕の道はそういうのとは違うって、ドラマや映画みたいな刑事の道があるんだって、そんな感じにさ。
ごほん。
何にしたって不謹慎だけどね。これは僕の都合であって、誰かのために体を張ろうっていうんじゃないんだからさ。
けど、しばらくこっそり調査したけど何も出てこなかった。少なくとも、『パッケージ』の部品らしきものは。
代わりに、油ずましって名前はあちこちで耳にしたんだよ。警察署だけの話じゃない、それこそ朝夕の通学路から役場や飲み屋でも。
油ずましのトコに行こう。
今月も油ずましの世話になるかあ!
大体こんなトーン。
それがさ、すれ違う小学生の集団から千鳥足の酔っ払いまでみんなそんな感じなんだ。
一体何なんだって思うよね。
君も犯罪捜査に携わっているなら、傾向ごとの心理分類ってものがあるのは知っているはずだ。例えば人を恨んだ時、お金に困った時、どんな犯罪に手を染めてどういう凶器を用意して具体的な行動に移るか。これはその人の精神構造によってガラリと変わる。そもそもお金に困って刃物を握ったからって必ず他人を襲う訳じゃない。場合によっては自傷行為で生命保険の騙し取りや、そのまんま自殺もあり得るんだしさ。
ありえないんだよ。
老若男女、職業も生活環境もここまでバリエーションに富んだ人達が一つの犯罪に関わるだなんて。
それとも僕は何か思い違いをしているのか?
まだ見えていない、騙し絵みたいなものがあるのか?
ああ。
ちなみに油ずましについて、ネットで調べても分からなかったよ。こんな時代だ、妖怪辞典なんて山のようにあるけど、かなりローカルな妖怪みたいだね。単純に載ってなかったし、掲示板やSNSでも話題になっていなかった。
雲を掴むような話さ。
犯罪装置の部品も見つからなければ、そもそも油ずましなんて妖怪が何なのかもはっきりしない。いっそ全部木下の作り話なんじゃないかと思いたいけど、でも道行く誰も彼もがこそこそ油ずましの話をして盛り上がっている。
状況はしばらく動かなかった。
変化があったのだって、たまたまだったんだ。
雨の夜だった。
地方の小さな街だからね。陽が落ちると真っ暗になる。どこにでも民家やお店がひしめいている訳でもない。お恥ずかしい事に山道の途中で車がパンクしちゃってね。携帯で業者を呼びつける段取りになったんだけど、彼らが到着するまで暇だった。
ちなみにハンドルを握っているのは木下。僕は助手席じゃなくて後部座席だった。君も大人なら、位置関係が何を示すのかは分かるよね?
とにかくやる事がなくてね。
車内はエレベーターみたいに気まずいし、かと言って傘もないから外にも出たくない。仕方がないから適当な雑談で重たい空気を払拭する事にしたんだ。
スポーツの話、お酒の話、職場の女性の話、まあ色々かな。
しばらくはさ、大人の付き合いって感じで僕も木下もスムーズだった。けど途中からヤツの様子がおかしくなってきた。
話題が尽きてきたからさ、最近の話から離れてちょっと昔の話をし始めた時だ。
だけど木下が急にそわそわする理由に心当たりがない。僕の大学時代に何があろうが地元から離れた事のない木下には関わりがあるはずがないんだから。
でもとにかく木下はこの話をやめてほしがっているようだった。ルームミラー越しにチラチラ視線を投げてきたし、露骨に話題を変えようとしてくる事もあったっけ。
いや、あるいは何かあるのか。
ずっと地元にいたという話自体が演技で、本当は僕の過去と関わっていた?
それはこの奇妙な油ずましとも繋がっているのか?
そんな風に思ってね。頭の中は疑惑だらけで、正直上の空だった。自分の口で何を言っているのかも分からない状態っていうか。
つい、さ。
ポロっと言ってしまった訳だよ。
何をって?
特別な事じゃないよ。
あーあ、あの妖怪みたいな名物教授、今頃何やっているのかなあって。
いま、も。
そんな声が聞こえた気がした。
車の外からだ。
木下は露骨に舌打ちしているようだった。
いまも。
雨の夜、ガラス越しだ。よっぽど大きな声じゃないと車内まで届かないはず。
不思議に思って窓に目をやった時だった。
今も!!
べたっ! と窓に大きな手形が二つ。
そしてガラスいっぱいに張り付くような白髪の老人の顔。
最初はびっくりした。
けど、すぐに気づいたんだ。
……教授?
さっき話題に出していた名物教授だった。ガラスにべったり顔を押し付けて不細工になっていたから、すぐには分からなかったんだけどね。
ただ、冷静に考えるとおかしい。
何で都内の大学に勤めているあの教授が、九州の片田舎にいるんだ。それもこんな雨の夜の山道で、傘もライトも持たずに、徒歩で。
今も、今も。教授はしばらくそんな風に連呼していたけど、よそからやってきた車のヘッドライトを嫌うように走り去っていった。
パンク修理を頼んだ業者のものだった。
状況説明の途中でさりげなく話を聞いてみると、やっぱり予想通りだった。
……ああ、アンタも油ずましに出会ったのか、おめでとう。
……油ずましってのはさ、形のない妖怪なんだ。
……山の坂道で昔こんな妖怪がいたんだけどさって話をすると、『今も』って叫びながら、説明通りの格好で出てくるヤツなんだよ。今もいるぞってね。
なるほど。
聞いてしまえばどうって事はない。タヌキやキツネのように、人を化かして驚かせる妖怪なんだろう。
でもね、気になったんだ。
本当にそれだけ?
なら何で、さっきから木下のヤツがルームミラー越しに僕を睨みつけているんだろう、ってね。
ちなみに後日。
改めて条件を整えてみれば、結構簡単に油ずましとは接触できた。
山の坂道で、昔こんな妖怪がいたぞという世間話をする。
分かってしまえばシンプルだからね。
今も、今もしか言わないならコンタクトは取れないかなとも思ったけど、意外と普通に話せたな。まあ、どんな姿形にもなるって言うんだから、雪女(ゆきおんな)とか絡新婦(じょろうぐも)とか、美人妖怪にだってなれるんだろうしね。
ちなみに僕は油ずましには一つ目小僧そっくりになってもらっていた。理由はない。強いてあげるなら、わざわざおっかない妖怪を真似てもらう必要はないかなってだけ。
単刀直入に『パッケージ』について尋ねてみたけど、心当たりはないって。
まあ、犯罪装置に組み込まれた妖怪自体に自覚がないケースもあるから、一概に判断はできないけどさ。
木下の話もしてみたけど、ここで油ずましは意外なリアクションをした。
覚えていたんだ。
木下だけじゃない。小さな街で暮らす色んな人を。それこそ老若男女、見境なしにね。
油ずましは嬉しそうに言っていたよ。
ここは良い街だ。みんな自分の事を覚えてくれている。妖怪にとってこんなに幸せな事はないんだ、って。
今も、って叫ぶ妖怪なんだから当然、なのかな。言い方を変えれば、居場所を失って忘れられた妖怪達に代わって、そっくりな姿形で人間を驚かせるんだから、その気持ちも大きいんだろう。
ほっこりしたかい?
けど、気を抜くのは早いよ。
じゃあ木下や街のみんながこそこそしているのは何なんだ。ただのほっこり話であそこまで団結できるものなのかな。
そもそも最初からサインはあったんだ。
初めて油ずましと遭遇した時、彼は大学時代の名物教授そっくりだった。
でも待ってくれ。教授は妖怪じゃない。人間だ。
気づいてからは、何か嫌な感じがした。だからテストした。何をって? 適当なデタラメを言っても、油ずましはそっくりその形で現れるのかって実験さ。
結果は、成功した。
成功してしまった。
油ずましは危機感に気づいている様子はなくて、相変わらずのほほんとしていた。だけどこっちはそれどころじゃない。ようやく事態の核が見えてきた。
油ずましのトコに行こう。
今月も油ずましの世話になるかあ!
下校中の小学生から千鳥足の酔っ払いまで。その言葉の意味が少しずつ分かってくる。
本当はさ、こんな事しちゃいけないんだ。
でも僕は張った。
油ずましのすぐ近くで、誰かが来るのを。
まるで囮捜査さ。
そして予想通りの展開になった。
彼らは言ったよ。
……昔々、ここには最新のスマートフォンを持ったスマホ女がいてさあ。
無邪気なものだった。
罪悪感ゼロの子供の声って、怖いよね。ギラギラと欲望剥き出しでさ。
……あー、借金の連帯保証人になってくれる借金小僧ってのがいてだな、クソ面倒くせえ。
酔っ払いなんか完全に演技も捨てていたっけね。
……すごくお高い毛皮が取れるタヌキが
……首を絞めると鳴き声で埋蔵金を見つけてくれる小鳥が
……どうでも良いよ。純金でできたお宝妖怪とかじゃダメなわけえ?
……出せよ
……良いからさっさと出せ!
……クソ馬鹿妖怪! 足りねえよ!! 財宝でも埋蔵金でも良いから持って来いっつってんだろ!!
・
・
・
頭がぐらぐらした。
限度ってものがなかった。しかも頭の悪い連中ばかりって感じでもない。学校の先生とか、お医者さんとか、果ては警察官までギラギラしていたっけ。
そう、あの木下もいたよ。
でもすぐには飛び出せなかった。
全体図を知るためだったとか、格好良い事は言わないよ。怖かったんだ。物騒な凶器を持った犯罪集団って訳じゃなかったけどさ、そのギラギラした目が。ねっとりとした空気が。人間の本性っていうのかな、見たくもないものが分厚い壁みたいに迫ってどうにもならなかった。足が震えたんだ。ああ、官僚一族の道を捨ててでも飲み込まれたくなかったものに丸呑みされかかっているっていうかさ。
全部終わった後で、僕は油ずましを呼んでみた。
そして尋ねた。
絶望しないのかって。
一つ目小僧の格好をした油ずましは笑っていたよ。それでも、人と接点を持てるのは嬉しいって。
何だそれ。
まるで、虐待される子供や老人が、家族から無視されないから嬉しいって言っているような矛盾だらけの『しあわせ』な答え。
こんなの許せるのか。
許して良いのか。
ダメに決まっているだろう。
僕はさ。
お恥ずかしい事に、初めて知ったんだよ。
警察官って生き方を、油ずましに教えてもらったんだ。
馬鹿馬鹿しいと思うかい?
エリート候補のお坊ちゃんとはいえ、警察官が血税を払っている人間を放り出して得体の知れない妖怪の世話なんて。
だけど本気だ。あの出会いがなかったら、僕はきっとヘドロみたいに形を失っていた。ドロドロした警察官僚になってさ、目的も持たずに革張りの椅子にべったり癒着してさ、定年まで他人の税金でご飯を食べる悠々自適の生活を送っていただろうね。何の疑問も持たずに。
でも、ここで変わった。
本当に、生まれて初めて、だったと思う。
何ができるかなんて分からなかったけど。
勝算なんて何にも見えなかったけど。
安定も利益も一切全く関係のない話だったけど。
ここでだけは。
僕は君に負けない瞳をしていたと断言できる。
まずは警察署にとんぼ返りした。木下のヤツをぶん殴ってやろうと本気で思った。
だけどヤツは悪びれもしないで笑っていやがった。
……別に『パッケージ』を組んだ訳じゃありません、あれは元々油ずましの特性なんです。俺達は油ずましを受け入れて、共に生きている。何の罪で裁くって言うんですか。
ニタニタと、ニヤニヤと。
何が受け入れているだ、明らかに同じ仲間について語る感じじゃなかったな。聖域に守られたイジメの首謀者っていうのは、あんな顔をするのかもしれない。
そして署内では僕が異端だった。
確かに妖怪には法に従う義務はない。つまり逆に言えば妖怪には保護してもらう権利もない。そして警察は法を破る者を捕まえるために存在する。
つまりどれだけの暴虐があっても、それを定義する仕組みがなければ意味がない。
憤って殴り掛かれば、ただ僕だけの傷害罪が記録に残る。
最初から分かっていたんだ。
分かっていて木下達は組み込んだ。
なんて茶番だろうね。みんなを守る警察署がこの体たらくだ。みんなに入れてもらえなかった命があるなんて記録にも残らないんだ。そしておそらくここだけじゃない、日本中がこうなっているんだ。見えないだけで、表面化していないだけで。妖怪は不老不死だからって、それだけで寄りかかっている連中がたくさん。
油ずましは嬉しいって言っていたんだ。
人間に覚えてもらえるのは幸せだって。
何も求めていなかった。ただ距離を縮めたかった。誰にも忘れてほしくなかった。
それだけだったのに。
後日。
油ずましと話をしたよ。
僕の憤りに、油ずましは笑ってこう言った。
仕方ないよ。
だって妖怪には人権がないんだから。
……。
何だ。
分かっていたんじゃないか。
本当は苦しくて苦しくて、わずかな好意や善意をドロドロの金で踏みにじられて、やっぱり泣きたかったんじゃないか。
どうして妖怪にはそれが許されないんだ。
泣いて、叫んで、辛いからもう嫌だと言ってはいけないんだ。
人間じゃないってだけで、こんなに縛られ続けなくちゃならないんだ。
妖怪は不老不死だ。懲役に意味はないし、死刑にしようにも殺す方法に心当たりはない。死や寿命を軸とした現行刑法に組み込むとシステムが破綻するから、妖怪には法律を適用しない方が得策だ。
分かってる。
そんな話は分かってる。
でも今はそんな事を言いたいんじゃないんだよ! 疲れ果てた妖怪がすぐそこにいるんだ! 温かい心をズタズタにされているのに、泣けるに泣けない妖怪がいるんだ! それでもダメなのか。国益だのシステムの矛盾だのじゃない。ただ救いを求める一個の魂に手を差し伸べるのは、そんなに難しい事なのか!?
だったら僕には何ができる。
口先だけじゃない、現実に何ができる。
決まっている、僕はキャリアで警察官僚の最有力候補だぞ。
妖怪を裁く仕組みを作れば良い。それはつまり、義務とセットで権利を与え、妖怪を法律で守ってもらえる、僕達の内側に入れてあげる世界を作るって事なんだから!
そのためなら偉くなるさ。
警察庁のレールに乗って、法令案作りに手を出せるようになって、本当に必要とされている事をやってみせるさ。
それが僕なりの警察官の道だ。
ドラマや映画みたいに清廉潔白にはいかないけど、撃ち合いや逮捕術で華麗に犯人を捕まえる訳じゃないけれど。
ドロドロした警察官僚の泥道をかき分けて進むしかできない僕だけど、いずれ革張りの椅子にへばりついて離れなくなるだろう醜い醜い僕だけど。
それでも油ずまし、君に教えてもらった警察官の心には嘘をつかない。
そう決めた。
待っていろ。
だからそれまで待っていろ、約束だ。
……とまあ。
こういう経緯があったのさ。
実際にはこれがとことん難儀してね。百鬼夜行の呪(まじな)さんや菱神系の樒(しきみ)さんとも出会ったけど、彼らと手を結んでなお、今日まで辿り着けたのは奇跡に近かったと思う。
うん?
その後、油ずましはどうなったのかって?
おいおい、他人事みたいに言わないでくれよ。油ずましみたいな妖怪をどれだけ拾い上げられるかは、実際に妖怪専門の部署を率いる君の手腕にかかっているんだからね。
今は警視庁の出島みたいな部署だが、効果が認められれば全国の地方警察にも波及するだろう。君の働きは、今後の警察全体のあり方すら決定づけるかもしれないんだよ。
だから前々から言っているじゃないか。
君には期待しているんだよ、ってね。