小手蜜惑歌
こてみつまどか。自前の投資プログラムを用いて、一万分の一秒で億単位の株売買を繰り返す話題のスーパー女子高生。極度の健康マニアでもある。本編舞台であるインテリビレッジ納骨村に来る前は都内在住。また後述の菱神艶美は数少ない友人でもある。
今回の過去編では一年前なので、スーパー女子中学三年生という事になる。
菱神艶美
ひしがみえんび。もっと謎なスーパー女子中学生。不可解な殺人事件の現場にふらりと現れる推理マニアとして知られる。裏社会では『菱神の女』という不思議な枠で語られる事も。舞という姉がいる。
都内の刑事さんとはらぶらぶらしい(あくまで本人談、物的証拠なし)。
今回の過去編では一年前なので、スーパー女子中学一年生という事になる。
小手蜜聖歌
こてみつせいか。旧財閥時代から続く金融筋、小手蜜本家のエリート投資家で、こちらはスーパー女子大生。メガネで融通の利かない理系お姉さん。本家ではトラブルシューターの一番機だとか。
今回の過去編では一年前なので、スーパー女子高三年生という事になる。
『ネットニュースのトップ記事』
今月四日より始まった世界二二ヶ国による中央アフリカ農地開発支援会議は大詰めを迎えた。ここで注目されているのは日本製農業用水情報管理システム、クラウドアクア。
政府主導の超高級ブランド田舎地帯インテリビレッジで培った日本の優れた農業技術は、新幹線や発送電などと並ぶ戦略輸出技術として台頭しており、今回の大規模受注にも大きな期待が込められている。一方で専門家の間では……(続きを読む)
惑歌
「で、艶美。正直どうだったの?」
艶美
「いやーひどかったひどかった。死因、考えられる? 塩だって、塩。過剰摂取したら何だって毒になるけどさ、元から人間の体内にあるもの使ったらまず分かんないよ。
死因不明、日々激務と聞きますし過労と生活習慣じゃないですか、でハイおしまい。
今回はたまたま胃の中に溶け残りのカプセルがいくつか残っていたから良かったけどさあ」
惑歌
「喉元を過ぎれば味は分かんないのか。カプセル自体も豚の脂肪でも固めたとかかね。でもカプセル一個分の塊じゃ命に別状はないんじゃない?」
艶美
「じゃあ一つでなければ良い。気絶した人に呑ませるのはコツがいるけどね。単に口を開けると気管に入っちゃうんだ。針の痕を誤魔化せれば、点滴とかもっとお手軽で確実なやり方もあるんだけど。最近はニコチンパッチみたいなのも流行っているんだよ。むしろ『お姉ちゃん』側の業界の話だけどさ」
惑歌
「だとすると……」
艶美
「悪い予感的中」
『朝のニュース番組』
……などのメリットから、韓国やインドなどのインフラ系ハイテク企業も参入を望んでいるようです。
では続いてのニュースです。
本日未明、日本スポーツ新聞の記者、初沢理恵(はつさわ りえ)さんが終電後のZR新橋駅喫煙室内で意識を失った状態で発見されました。
搬送された病院で死亡を確認。
持病などがなかったか過去の医療記録等を調査すると同時に、警察では労働基準監督署と共に新聞社が労働基準法等を遵守していたかも含めて捜査を始めており……。
惑歌
「……、」
艶美
「でも惑歌、アンタが責任を感じる事じゃない。新聞記者ってそういうものでしょ、自分が掴んだ真実は命を懸けてでも世に広める。何しろ記者クラブの意向に逆らって大手新聞社をクビにされて、それでも場末のスポーツ新聞にぶら下がったくらいだもん。
あの人は、アンタと接触しなくたっていつか同じ結論に辿り着いて、そして消されていたと思う。多少の遠回りはあってもね」
惑歌
「でも、それで全部納得できる訳じゃない」
*獅童精密工業、二〇〇円。
二二〇円、一万株(占有率三四%)。小手蜜惑歌が二二〇万円で購入。
惑歌
「金さえあれば、こんな指先一つで企業の内部資料覗き放題になるんだからおっかないよね。零細町工場だと目先の自転車操業が優先で長期的な情報の価値まで手が届かないから資料請求イコール即開示って感じだし、いちいち議決権を振りかざすまでもなかったか。……なるほど、やっぱり廃品家電からレアメタルを取り出す政府補助の都市鉱山プロジェクトは大コケ、ね。これなら始められそうだ」
艶美
「アンタの正義感は尊敬するよ。実際、大使館とか面倒な案件では金の力で協力してもらった事もある。
けどさ、今回は毛色が違うよ。踏み込みすぎる。
こんな大規模な『攻撃』を仕掛けたら、そっちの『本家』だって黙っていない。
来るよ、小手蜜お抱えのトラブルシューター達が」
『写真週刊誌のゴシップ記事』
金曜日の夕暮れに絶望して月曜日の夜明けに首を吊りたくなければ、小手蜜本家には近づくな。
日本橋を行き交う証券マン達の間ではそんな格言が広まっているらしい。
彼ら小手蜜の人間は、あらゆる問題を金で解決する、仕手戦の絨毯爆撃部隊などとも呼ばれている。
記憶に新しいのは、軍事転用可能なオートドライブ技術を海外へ売却しようとした新興のクラウド自動車を締め上げるため、周辺町工場を片っ端から敵対的買収で買い占めて特許問題で雁字搦めにした『楔の七分間』か。
極端な乱高下を生み出す小手蜜本家の動きに乗じて一攫千金を狙う投資家をゴールドサーファーなどと揶揄するようだが、小誌では絶対にオススメしない。
特大のハリケーンに舞い上げられて雲の上までぶっ飛びたいなら止めはしないが。
惑歌
「……望むところだっての。私はね、艶美。あれに関わったのが赤の他人だったら、ここまで頭に血が上る事もなかったんだ」
艶美
「小手蜜本家、か」
惑歌
「剣の代わりに金塊で殴りつけ、盾の代わりに札束で防ぐ。ろくでもない連中よ。……私も含めてね」
*中継製薬、一三〇〇円。
一四〇〇円、五万株(占有率八%)。小手蜜惑歌が七〇〇〇万円で購入。
艶美
「スマホに指一本で今いくら動かしたの?」
惑歌
「しっ。お馬鹿さんから連絡があった」
???
『自分が何を始めようとしているか分かっているのですか、四番機』
惑歌
「自分が何を終わらせたのかも理解していないアンタに言われる筋合いはないよ、おねえちゃん?」
艶美
「うへえ。それにしてもやっぱり反応早っ!」
惑歌
「私は投資会社と契約結んで自動売買プログラムを回しているからね、どこからでも情報は洩れるよ。でも逆に、細かく棚に分けて洩らしてほしい情報をあらかじめ切り取っておけば、自分から洩らすと怒られる情報だけを勝手にばらまいてくれる」
聖歌
『最初で最後の警告です。あなたが半年かけて買収を進めた北米油田の蛇口を締めて、値が高騰するのを待っているのは分かっています。我々は代替エネルギーに注力して原油安を長期化できる。相当無理して実行した油田計画は尻すぼみに終わり、莫大な負債だけが残りますよ」
惑歌
「うるせえ死ね」
*中継製薬、一三〇〇円。
一二〇〇円、五万株(占有率八%)。
*長命薬品、八〇〇円。
六五〇円、四万株(占有率一二%)。
*安泰医療工業、一〇五〇円。
九〇〇円、六万株(占有率一〇%)。
一億四〇〇〇万円で小手蜜惑歌が売却。
聖歌
『四番機……!』
惑歌
「やるならやれ、ボーナス狙いの油田なんかいくらでもくれてやる」
聖歌
『我々小手蜜の力は私欲のために使ってはならない。円や国債の安定に努め、日本の価値を高める事により、もって国家への奉仕とする。だというのにあなたという人は!』
惑歌
「で、そのご自慢の『本家』としては良いのかな。そっちにとっては寄り道のボーナスステージどころかド本命、ここ折れたらおしまいだったはずよねえ!」
*中継製薬、一〇〇〇円。
一一〇〇円、二万株(占有率二%)。小手蜜聖歌が二二〇〇万円で購入。
*八宝医術株式会社、八〇〇円。
六五〇円、四万株(占有率四%)。小手蜜惑歌が二六〇〇万円で売却。
*八宝医術株式会社、七〇〇円。
九五〇円、八〇〇〇株(占有率一・五%)。小手蜜聖歌が七六〇万円で購入。
*中継製薬、一〇五〇円。
一〇〇〇円、一〇万株(占有率一〇%)。小手蜜惑歌が一億円で売却。
聖歌
『そんなに後悔したいのですか、四番機。元々溜め込んでいた株式まで売り払って……。我々はどんな手を使ってでもあなたを潰しますよ!』
惑歌
「証券取引法? 相場操縦? 難癖つけるなら勝手にしろ。うちの弁護士は優秀だよ」
聖歌
『この会話は録音されているとしてもですか』
惑歌
「あらあら、自分の首を絞める真似してくれちゃって。
大体、こんなデジタルデータに証拠能力があるとでも? 何なら法廷にエンジニア呼んでオンタイムで捏造パフォーマンスしてあげようか。
でもって、スマホ取引なんてカーシェアリングで轢き逃げと同じ。端末情報までは掴んでも、ちょっと化粧室に出かけた隙にテーブルのスマホを誰かがいじったって言い張ればいくらでも引っ繰り返せるし。あるいはもっとプログラム的な腹芸にしようか?
だけどアンタは大丈夫かな。さんざっぱら判決引き伸ばされている余裕があるのかなって話なんだけど」
艶美
「(……うわすっごい、正直おっかなくてついていけない。でも流石の小手蜜本家でも自由市場に流れた目的株を一〇〇・〇%回収するのは無理か。惑歌の狙い通り、と)。
おっと、出た出た」
『全国金融情報新聞、電子版。有料定期購読者様向けの緊急アラート』
警戒レベル、赤。
当紙ライター陣が危険な兆候をキャッチしました。
ビッグデータ分析の結果、製薬業界、皮膚系アレルギー治療薬分野の揺らぎと推測。
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見た目は小幅ですが、水面下では国内投資家による大規模な綱引きが行われている可能性が高いと判断しました。
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今後の混乱の度合いによっては、業務計画に影響が生じるリスクがあります。
関係銘柄の売買を計画している場合は留意してください。
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聖歌
『くっ……!』
惑歌
「今から丸ごと独占スポンサーとして抱え込んでいるシンクタンクを動かしたってもう遅い。イマドキのウワサってのはね、一万分の一秒で世界を駆け巡るんだから!」
『短文系SNS「四行ねっと」のホット議論検索結果』
あがぺー
『やばいって。今こんなの届いたんだけど』
(クリックで添付を開く)
金の亡者
『つっても市場に流れた切れ端の売買でしょ? 何でまたみんなビクビクモードなわけ?』
恐怖の源ちゃん
『ばか! このつんつんって小幅に売買してからゴッソリ買い占めるのって小手蜜さん家の特徴だろ。大物釣りとか呼ばれてる傾向グラフそっくりだ!!』
恐怖の源ちゃん
『連投すまん。「あの」小手蜜が売りと買いの両方やってんだ。つまり統制が取れてない、内輪揉め、御家騒動か? とにかく巻き込まれるのはヤバい!』
びんご
『しかもプログラム売買で有名なお嬢さん、どう考えても手打ちでじかに介入している件。よっぽどご執心だぞ』
つまり姉
『地震のP波みたいなものよ。馬鹿デカい揺れで家具が倒れる前に、テーブルの下に隠れた方が良いんじゃない?』
もしや妹
『つか恐怖の源ちゃんやけに詳しいな。もしやマジで小手蜜関係の投資会社の中の人?』
恐怖の源ちゃん
『(この発言は閲覧者の精神衛生や公正な取引に抵触する恐れがあるため一時凍結されました。審議の結果問題ないと判断されれば後日閲覧可能になります)』
あがぺー
『おいおい誰か上の方が火消ししてるぞ。だとすると本物かなーこれはー!?』
もしや妹
『つかオメーちょっと煽ったくらいでナニ書き込んだこのー!? 後味悪いでしょう!!』
金の亡者
『やべえ、そういう意味かよ。ほんとに亡者になるとこだった、やべえ! 絨毯爆撃で焼け野原にされる前に製薬関係の株は手放して別んとこに突っ込まなきゃな!!』
つまり姉
『乱高下が怖いなら鉄鋼関係に預けておく事ね、菱神重工業まわりとか。定期預金みたいで面白味はないけれど』
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惑歌
「これは小さな雪玉よ。所詮市場に流れている株を買い占めた程度じゃ企業株は独占できない。誰だって乗っ取りは怖いからね。過半数は身内や社員で固めてる。
でも額や占有率なんて関係ない。
私『達』には仕手戦の絨毯爆撃部隊、って畏れがあるもの。
ムキになって回収に走ったのは裏目に出たね、一番機。
不自然に見える取り引きは、それだけで勝手な思惑を期待させる。
私達『小手蜜』の人間が統一感なく製薬業界の複数社株を同時に売ったり買ったり繰り返せば、周りは何事かって動転する。危険な兆候、ド派手な乱高下、草木一本残らない爆撃前夜をイメージする。そうなったら大勢が動く。今まで取引に応じなかった大口の株主だって、企業と一緒に心中までは望んでいない。だから、企業が立ち行かなくなるくらい売りが殺到する」
艶美
「でも惑歌の狙いは製薬関係じゃない」
『午前一〇時一五分、刑事ドラマ再放送中の臨時テロップ』
富士源保険が一般の損害・生命部門の一時支払凍結を発表。大口の顧客である製薬関係の合併計画解消に伴う企業損失に対応するため、大量の資本注入か。
艶美
「怖い怖い……。こーんな根も葉もない言いがかりから、ほんとに企業が隠していた焦げつきが表沙汰になって取引相手が逃げちゃうだなんて。しかもこれ、富士源をぐらつかせるための一手なんでしょ。製薬業界は踏み台っていうか、完全にとばっちりじゃない」
惑歌
「過去の売買記録を当たれば分かる。小手蜜本家は先月末から富士源グループ傘下の株を次々と摘み食いしてるのが。でも富士源だって腐っても旧財閥系国際企業。普通に考えたら金の力で干上がらせるのは不可能なはずなのに」
艶美
「つまり、無理をしなくちゃならない理由がある、と」
惑歌
「アンタら『本家』は永遠に終わらない泥沼の買収工作なんて興味はなかった。中途半端な手打ちで良い。富士源グループを適当に傾かせて、大量のリストラを招く。傘下二〇社の中で利益の少ない部署を丸ごと切り離して売却するように仕向けられれば大成功だった。何故ならば」
『死亡した新聞記者のノートパソコンに遺されていた下書き記事』
中央アフリカ農地開発支援会議に暗雲? 鍵は知的財産か。
新幹線や発送電と並んで政府肝煎りの戦略輸出技術であったインテリビレッジ系の農業技術だが、大規模受注決定を前に足踏みしている。
今回の商材の名はクラウドアクアというものだが、この名称はすでに中央アフリカ地域で富裕層向け浄水器のフィルターに使われているらしいのだ。
(日本ではネットアクアという名前で販売。海外展開に合わせて名称のみを現地でマイナーチェンジしたため、日本国内の特許庁では掴み損ねた模様)
クラウドアクアを現地で売り込むためにはこの問題をクリアしなくてはならないが、浄水器の開発・輸出元である富士源グループもまた、商標の価値に気づいたらしい。
何しろ国境をまたいで複数の国家が使用する大規模インフラだ。その利益は慈善費用として国連各国が積み立てた国際基金から搾り取る格好で、最終的には数十兆円規模となるはずである。つまりたった一つの名前のために、いくらでも吹っかけられる。
政府は表から裏からクラウドアクアの使用権の譲渡を迫っているようだが、小紙記者はここに疑問を投げかけたい。
問題発生から短期間で富士源グループ周辺株の動きが不安定化している。人事部は大規模なリストラ計画を立てているとも。
この動きは誰にとっての正義だ。
意地を張る企業に力技の政府。だが実際に大規模なリストラが実行されれば、苦しむのは一生懸命働いてきた数千人、あるいは数万人の罪なき従業員だ。
彼らは誰の踏み台にされた。
クラウドアクアで一番儲けるのはどこの誰だ。
小紙はこれからも彼らの動きに注視し、真実を突き止めたいと思う。
惑歌
「アンタ達は富士源傘下の中で、クラウドアクアの商標を握る一社だけを切り離して抱きかかえれば良かった。
そうすれば会社ごとその知財の権利も手に入るからね。足踏みのプロジェクトも再び動かせる。まさに国家のために札束を振りかざす、小手蜜向けのオーダーだよね」
艶美
「そして話が済むまで、できるだけクラウドアクアに注目を集めたくなかった訳だ。周りの投資家達も狙いに来るから。まして新聞なんかに書き立てられたら国際会議閉幕までの短期間で目標達成なんて絶望的だね。何しろリミットまでもう三日ないんだし」
惑歌
「だったら私がやるのはシンプルだ。アンタ達『本家』が十中八九締め上げていたグループに横槍を入れて、最後のトドメだけ最小コストで叩きつける。富士源保険を軸にグループ全体をバタバタ倒すと脅しをかける。ま、相手の本社株は純金よりも安全なんて呼ばれている超優良配当企業だ、落とすには搦め手が必要だったけど」
艶美
「まったくおっかない。合併話で揺れる顧客を連チャンで叩いて保険会社のお財布をすっからかんにするなんて前代未聞の恫喝だよ」
惑歌
「でも、こうすれば保険事業からのドミノ倒しを恐れる富士源はギブアップして、しかも勘違いしてくれる。だって」
聖歌
『四番機……』
惑歌
「私もまた、書類だけなら小手蜜の姓を持つ人間なんだから。実は『本家』から追放寸前の身の上だなんて、外から見ているパンピーには区別がつかないんだからね」
艶美
「平たく言えば」
惑歌
「私が小手蜜代表を勝手に名乗れば、手の中にお宝が転がり込んでくるって訳」
聖歌
『四番機ィ!!』
*富士源浄水器、一円。
一円、五〇万株(占有率一〇〇%)。小手蜜惑歌が五〇万円で購入(非公開場外取引)。
艶美
「……惑歌。一〇〇%独占ってアンタ水面下でどんだけ脅したの?」
惑歌
「これでクラウドアクアは私のもの。私が首を縦に振らなければ中央アフリカの例の儲け話は吹っ飛ぶよ。
水源の情報制御は韓国やインドの理系女子なんかも力を入れている。もたもたしているとよそに受注を持っていかれるんじゃない?
そうなったらアフリカお得意の鉱物資源はどうなるのかな。
確か日本は強気の都市鉱山プロジェクトがコケたせいで、レアメタルは軒並み干上がりそうだったよねえ?」
聖歌
『あなたは……自分が何をしているか分かっているのですか』
惑歌
「そっちこそ」
聖歌
『東南アジアのビジネスラッシュも終わった今、アフリカは最後のフロンティアになりつつある。ここで出遅れる事は五〇年の停滞を意味します!
かつて敗れた精密機械工業の返り咲きに、鉱物資源の件もある。何より国際社会における日本の地位も!
あなた一人のわがままで全てご破算になる。
この意味が理解できているのですか!?』
惑歌
「やっぱり分かっていなかった、か。
もう良いよ。どこまでいっても優等生、便利なトラブルシューターの一番機でしかないアンタと話しても無駄だ。もっと上を連れてこい」
聖歌
『な』
艶美
「仕方ないよ、惑歌。電話の相手は『本家』にどっぷり。つまり呪縛が解けなくて、疑問を持たないように調整されているんだもん。一〇〇年の伝統とか何とか言ってさ」
惑歌
「私はね、艶美。そういうのを許してこいつを可哀想な被害者枠に収めるほど優しくないよ。
だって、日本の価値を高めるために相場介入する一族って何? そもそも何でプロが手を加えなくちゃならないくらい日本が揺らいでんの?
結局、インテリビレッジみたいなド派手な政策かませばどこかに歪みが生じて誰かが不満を抱える。人気取りの政治家としては民衆のストレスが爆発する前に放出したいけど、でも国が直接介入すればデノミだの金利引き下げだの言われて海外投資家の信用を失う。
結局、ただの複アカじゃない。
自演上等。
政府がはしゃいでその不手際を民衆に紛れた『本家』が収拾する。でもって、政府は関係ありません、この乱高下は民衆の皆様が行った総意でしょう、って口笛吹ける立場をキープ。
笑わせんな、痛み止めを与えたって怪我が消えてなくなる訳じゃないんだよ。流れた血の責任は誰が取るっていうの」
聖歌
『何を、一体何を言っているのですか!?』
惑歌
「例えば、何で私がこんな事したか分かっている?
そもそものきっかけは?
知り合いの新聞記者については?
彼女が母子家庭で、たった一人で小さな息子さんを守り続けていた話は?
お金なんかに振り回される人生を抜け出すって、自分の子供にはそんな目に遭わせないって、社会を変えようって、お金よりも大事なものが見える世界にしようって。
そう頑張ってきた新聞記者に誰が何を差し向けたのか、その外道はどこの馬鹿が稼いだ金を掴んで依頼に応じたのか、本当に理解している? 稼ぎ頭の優等生さん」
聖歌
『う、そ』
惑歌
「私が望むのはただ一つ。
どうせこんな会話にも耳をそばだてているんでしょう、メインフレームのばあさん。
黒幕の、名前を出せ。
私は善悪なんてどうでも良い。何を敵に回しても構わない。この東京からどこに追い出されたって。恋も愛も独占できるこのくそったれな世界の中で、お金よりも大切なものがあるとこのモンスターに断言した、まさしく尊敬に値する大人を殺すよう指示を出した、政府の中に混ざった大馬鹿野郎の名前を。
全部秘書がやりました、私は関係ありません。そんなふざけた腹芸したら、クラウドアクアの使用権を中国辺りのハゲタカファンドに売り渡す。政府丸ごと引きずり倒せば『そいつ』も地獄を見るでしょうしね。日本の安定のためにそろばん勘定するって謳うばあさんとしては、どっちが良い? 猶予は一〇秒」
聖歌
『……、』
惑歌
「さあ、どうする?」
・
・
・
*富士源浄水器、一円。
一円、五〇万株(占有率一〇〇%)。小手蜜惑歌が五〇万円で売却(非公開場外取引)。