第五章



   1


 いっそ白々しいほど明るい夜明けは、高級ホテルの外の道で拝む事になった。

 でも、こうして太陽を見られただけでもマシか。

 またも一夜を乗り越えた。

 第二戦も勝利。

 ただしそれは、死神の時計の針がまた一つ先に進んだ事を意味している。

 五戦の絶壁、統計の悪魔。

 こっちの猶予は三、四の残り二戦。運命の第五戦が始まる前に『何か』を見つけて全国放送の『コロシアム』を破綻させ、光十字を追い出さないといけない。

 リャナンシーの呪いを振り切ったおかげか、僕自身の体調はすこぶる良好だった。だけど憂いは取れない。

 ……井東ヘレンはどうなる。

 蛇の脱皮を利用して体の表面にある傷や失った体力をある程度回復させるのは知っている。でも、昨日のあれは下手すれば肋骨に達していた。骨に関わるほどの大ダメージを、脱皮のアクションだけでカバーできるのか。

 この蓄積が無慈悲なルールを形作る。

 反省しないといけない。『五戦の絶壁』は、五回戦まではとりあえず安全なんて意味じゃない。五回戦までのどこかで必ず死ぬ。つまりあそこで殺されていたっておかしくなかったんだ。

 だから、一刻も早く。

 井東ヘレンを助け出す方法を見つけないと。

「マクスウェル」

『シュア』

「頼んでいた、第一戦のテレビ局と第二戦の高級ホテルの共通項については?」

『いくつか見受けられます。まず、昨日の第二戦でも放送機材やスタッフは供饗第一放送と同じものでした。司会のバニーガールは言うに及ばず。また、二つの施設は同じ経済協力団体に加盟している二本柱で、同団体は見た目は財界の意見を吸い上げて政界に伝える役割を負っていますが、実際には特定の政治家が立ち上げたお飾りに過ぎません。つまり供饗市の名士にとって都合の悪い意見はあらかじめ弾いた上での報告会に過ぎない、という訳ですね』

「何のこっちゃイメージが固まらないけど、とにかく黒いんだな?」

『それはもうずぶずぶの真っ黒です。教科書に見本として掲載するべきレベルで』

 ……そんなにヤバいなら情報を握った僕も危ないかもだけど、これは今さらか。光十字と敵対を選んだ時点で平穏無事はありえない。

『それから、こちらは確定情報ではありませんが、一つ、シミュレータとしての警告を挟みたいと思います』

「?」

『当システムはユーザー様がお一人で組み立てたハンドメイドの災害環境シミュレータですが、演算能力には何ら遜色はないと自負しております。……にも拘らず、ここのところ立て続けに予想外の事態に見舞われ過ぎている。これは奇妙な結果だと断言できます』

「……そんな事言われたって、それは、流石に頭の中身が異常過ぎる光十字についてはシミュレーション材料のデータが少なすぎたんじゃないか。だから万全の演算ができなかった、とか」

『それにしても度を越していると言っているのです。そもそも、一番最初の導入がもうおかしい。我々が広大な地下に潜む光十字を壊滅すると決めたその日に彼らは施設の引き上げを完了し、そして衆人環視の「コロシアム」を大きく打ち出してきた。何故? あまりにもタイミングが良過ぎるとは思いませんか』

「……こっちの動きが読まれている?」

『シュア』

「マクスウェル、サイバー攻撃を仕掛けられた可能性は? データ転送量の確認はしているか」

『システムが問題なしと答えても信憑性は怪しいでしょうが、少なくとも攻撃の痕跡はありません。全パケットを監視していますが、システム及びユーザー様のリクエスト以外のやり取りは一バイトもありません。全て照合可能です』

 マクスウェルのシミュレーションデータは製作協力してくれた大学や研究機関……つまり光十字の息がかかった施設に転送されるようになっていたけど、そっちは対立の道を選んだ時に追加プログラムを挟んで誤魔化している、はずだ。ここまで来て単純なプログラムミスとも思えない。構文自体は簡単なものだし、仮にミスがあれば仮想領域での反復テスト中にマクスウェルからマーカー付きの警告があったと思う。

 でも、待てよ。

 だとすると、

「……それってまずくないか、マクスウェル」

『シュア。システムのスペックに問題なく、サイバー攻撃による情報盗難の線もひとまず脇に置くと、残る可能性は非常に深刻なものになります』

 つまり、光十字も同じ事をしている。

 僕達と同じく大規模な演算装置でシミュレーションを繰り返し、自分達にどんな災いが降りかかるかを事前に察知して、先回りするように対策を講じている。だから被害が出ない。

 分かりやすく言うと、

『光十字はシステム同様のシミュレータを保有している可能性が出てきました。しかも我々の先を行く以上、そのスペックは当システム以上のものだと推測されます』

「……冗談、だろ……」

『ノー。システムはそこまで柔軟な対話機能を有していません。全部ガチです』

 背中というより、胃袋に冷たいものが落ちた。

 その可能性は、あまりに致命的だ。あくまで普通の人間、高校生の僕がここまでやってこられたのは、マクスウェルっていう反則技に頼り続けた部分がかなり大きい。

 マクスウェル以上の演算機器が出てくるなら、そのアドバンテージが丸ごと消える。

 そりゃあマクスウェルは自信作だけど、所詮はハンドメイドのコンテナサイズだ。体育館より巨大な国策のスパコンなんか持ち出されたら為す術もないのは事実だけど……!

 でも、そうなると僕はただの高校生に逆戻り。裸一貫で鉄砲やアークエネミーが渦巻く裏街道へ放り込まれる羽目になる。

 そして辻褄も合うんだ。

 供饗市は災害に立ち向かう減災ビジネスで盛り上がっている地方都市で、その一環としてスパコンやシミュレータの研究にも力を注いでいる。光十字はアークエネミーという災害と戦う集団。彼らが街の隅々まで根を張っているなら、むしろこれだけ便利な大規模コンピュータを使わない方がおかしいくらいだ。

 そもそも、『五戦の絶壁』って何だ。

 その統計の悪魔はどうやって算出され、論理設計に結びついた。スパコンやシミュレータもなしに、暗算できるはずがないだろう。

『ユーザー様、これは諸刃の剣です』

 本質的にプログラムであるマクスウェルは絶望しない。たとえ劣っていると分かっていても、現状の最適解を提案してくれる。

『光十字のシミュレータは確かに目下最大の脅威ですが、逆に言えば彼らにとってもアキレス腱と言えるのです。保管場所を見つけて手を打てば、光十字は一気に目と耳を失う羽目になります。光十字側のシミュレータが停止すれば、後はこのシステムが提示する諸々の作戦が十分な効果を発揮するようになるはずです』

 かもしれない。

 だけど光十字の見えないコンピュータはどこにある?

 さっきも言ったけど供饗市は災害対策に力を入れた減災都市だ。大学にしても企業にしても研究機関にしても、スパコンやシミュレータの候補はいくらでもある。それに最悪、高速回線のみで演算装置本体は地球の裏側にある可能性だって否定はできないんだ。

 やれやれ。

 今度は地雷原の中での埋蔵金探しみたいなものか。何をしたって安全とか確実なんて言葉から遠い言葉だな。


   2


『ぴんぽんぱんぽーん! あれ? 何だか浮かない顔ですね。一体どーしましたー?』

 家に着いたのは朝の五時過ぎ。

 普段の起床時間までまだ二時間以上ある。ちょっとの仮眠でも良いから眠っておきたいけど、さてそんなスイッチを切るように眠れるか。そんな矢先の動画チャットだった。

 青いバニーガールはどこまで見越しているのやら、今日も天真爛漫だ。

『ほらほらみんなのアイドルカレンちゃんが来ましたよ? 前のめりでおっぱい寄せて谷間を強調してますよ? はいここちゅうもーく☆』

 ……見るけどさ。

 いや、一応だよ? 本気じゃないよ、でも出されたものを無下にしたってしょうがないからさ、大人気ないじゃん、だから仕方がなくなんだ。くそっ認めるよ!! あいつどこまで天津サトリという生物を精密にシミュレーションしているんだ!? まったく恐ろしい!! (じろじろ)

「何しに来たんだ……」

『がっつり血走った目で見てくるならそんな台詞は吐かないでくださいよう。あっ、ひょっとして胸よりお尻派でしたか? バニー衣装でも食い込み直しはできるの知ってます?』

 ……早く先に進めたいんだけど、ごねたらもっと色々見せてくれるんだろうか?

『じゃじゃん! ではでは早速今回のお題を発表いたします。第三戦のお相手はですね……』

「おいおいおい!」

 流石に止めた。

 画面越しの宝石飾りに彩られた谷間なんて注目している場合じゃない!

「ついさっきだろ、試合終わったの! もう次の対戦カードを組んでるのか!?」

『はにゃにゃ? 何日明けでなければならないなんてルールどこかにありましたっけえー?』

 くっ……。

 こいつら井東ヘレンが魔女としての力を使いこなすようになってきたから、これ以上成長しない内に畳みかける事にしたのか。それとも最初から光十字側のシミュレータによるシナリオの流れ通りなのか。

 何にしても、骨までダメージが入ったかもしれない井東ヘレンにとってはまずい展開だ。いよいよ傷を引きずりながらの戦いになる。

 五戦の絶壁。

 統計の悪魔が、折り返しの第三戦で露骨に牙を剥き始めていた。

 青いバニーガールは片目を瞑って八重歯をチラリ、百点満点の笑顔でこう宣言した。


『次なる第三戦のお相手は小麦色の肌が眩しい村松ユキエ選手! なんと驚きのダークエルフさんだー!!』


 ……。

 何だって、ダークエルフ?

「何だそりゃ、ほんとにそうなのか? ……ていうかRPGの種族じゃなくて、ガチのアークエネミーとして? 吸血鬼やゾンビよりファンタジー度が上がっているっていうか、浮世離れしてふわふわした印象があるんだけど、アークエネミーってそこまでありなのか?」

『やだなあセコンドさん。アークエネミーなんて等しくフィクション、架空の存在じゃないですか。あんなのが現実世界に一匹だっていて良い道理がないでしょう?』

「っ」

 笑顔の圧に押されて、スマホを取り落とすかと思った。

 光十字なんてイカれた連中の頭の中を測ろうとしたって仕方がないのは分かっている。でもこいつらの憎悪は一体何なんだ!?

『ともあれ伝えるべき事はお伝えしました。例によって両選手の情報はお邪魔にならない範囲に限定しての公開となります。……とはいえすでに二戦している井東ヘレン選手は録画映像だけでかなりのデータが蓄積されているはずですけどね。くすくす、例えば悲鳴を上げるカワイイお胸の肋骨とか』

「お前……っ!!」

『私は何もしていませんよ。そして直接教える事もありません。まあでもお互い命のかかった真剣勝負、殺し合いなんです。よっぽどの馬鹿でもなければ何度も何度も録画映像を研究し尽くして、やがて気づくでしょうね。とりあえずこの庇っている脇腹をつついて反応を窺おうって。あっはは!!』

 一方的に動画チャットが閉じた。

 ……そう、事はもう直接的な怪我や疲労に留まらない。井東ヘレンの情報はかなりの勢いで外に出ている。常に万全で情報も隠された初陣組と比べると、どんどん有利不利の差は広がっていくばかり。

 これもまた、『五戦の絶壁』の一部なのか。

 だとしたら、

「……頑張らないと」

 改めて、思う。互いのハンディキャップ、情報量の格差を埋められるか否かは僕にかかっている。

 今度こそ。

 そう、今度こそ。セコンドとしてあの子を支えられる人間にならないと。


   3


 詳しい調べ物は放課後。妖精・羽裂ミノリの時もお世話になった(あるいはしてやられた?)市民図書館や古本屋でやるとして、でも学校にいる時もじりじりと焦りに襲われていた。とにかく時計の針が遅い。さっさと放課後になってほしいのに、ちっとも退屈な授業から解放してくれない。

 お昼休みに図書室に立ち寄ったのは、実用や効率よりも胸の内圧や緊張を少しでも和らげたかったって方が近かったかもしれない。

 図書室なんて言っても生徒からのリクエストや寄贈も受け入れているせいか、並んでいるのは百科事典や医学書ばかりじゃない。おそらく誰かがナントカ賞を獲ったお堅いハードカバーの小説を投げ込んだのがきっかけになったんだろう。流石に漫画のコミックスはないが、今では結構軽い感じの小説くらいなら普通にポンポン本棚へ差し込んである。

 次の対戦相手。

 ダークエルフ。

 ……はっきり言って全く現実感がない。吸血鬼やゾンビだって大概とは思うんだけど、さらに一個レベルが違う気がする。なんていうか、地球にいる内は絶対会えない存在に思えるのだ。ダークエルフに会いたかったらまず魔法ゲートを作って異世界までやってこい、とでもいうか。

 えっ、会えるの!? という気持ちさえある。

 実際、本棚に並ぶものからそれらしい本を手に取っても、ダークエルフなんて単語をこれ見よがしに使っているのは、表に漫画みたいなイラストのついた小説の文庫くらいのものだ。

 だけど。

 現実感が希薄って事は、それだけアークエネミーとしての『質』みたいなものが高いのかもしれない。より現実離れして、より浮世離れして。簡単に言えば吸血鬼の姉さんやゾンビのアユミより、さらにバケモノ度が進んでいるっていうか。

「サトリ君、難しい顔で何してるの? ……ん? 小説探してる???」

 突然の委員長であった。

 この人はまあ毎日クリーニング出してるのかってくらいピシッと折り目正しく制服を着こなし、

「デジタル人間サトリ君がこっち来るなんて珍しいわね。でもそれあんまり面白くないわよ。アニメ化決定とか勲章みたいにデカデカと書かれているけど、私そもそも深夜番組に興味がないし」

 そして本の内容になるとカラクチになるのは文学少女のサガなのかもしれなかった。

 ……深夜アニメ、あれはあれで夜の作業のお供には悪くないんだけどな。ほら、主婦が昼ドラ流し観しながら洗濯物のアイロン掛けをするっていうかさ、ああいう感覚で。

 電子基板の細かいハンダ付けとか大型機材のケーブル結線とかしている時に無音だと頭が煮詰まらない? 僕だけかな。うおー、こんな時間にも起きて作業してるの僕だけじゃなかったんだー! っていうかさ。

「委員長こそこういうの読むの?」

「本の形をしてれば何でも読む」

 やばい、想像以上だ。

 こりゃあオススメの一冊とか頼んだら延々と話が続く校長先生級と見た。

「サトリ君は何探してるの」

「ん。エルフが出てくる本。ああ違う、ダークエルフじゃないとダメか」

「……サトリ君も業が深いゾーンに立ち入っているようね」

 呆れたように言われたが、委員長はひょいひょい適当な感じで本棚から何冊か文庫を引っこ抜いてこっちに押し付けてきた。

 しかし改めて意外だな。真面目でお堅い委員長がファンタジーもいけるだなんて。……いや、そもそも論だとそんなに軽いもんでもないのか?

「教頭先生に感謝なさい」

「?」

「あの人ガチガチの文系らしくて、この図書室とか肝煎りらしいのよ。部活の顧問ができたら文芸部か演劇部をやりたかったって嘆いているくらいだし。結構私財から寄贈もしてくれているみたいよ?」

 ……あれ? となると、もしやこの『うちの姫がグレてダークエルフになりました、その2』とか、『大戦術を極めたオレが異世界で無双17』とかも教頭の……? ていうかふざけたタイトルの割に息が長いな!

「そういや委員長はダークエルフとか言われてスラスラ答えられちゃう訳?」

「エルフの定義による」

 委員長は即答だった。

「そもそも北欧神話の人間大のエルフと、イングランド辺りの掌サイズのエルフで全然別物なのよ。イングランド版の方は妖精全般を指す単語に変わっているみたいだけど」

 妖精は第二戦で戦った。

 だとすると今回は違う気がする。

「ひとまず北欧神話の方で」

「北欧神話のエルフは人間そっくりの見た目よ。耳がとんがっているかどうかは定かじゃないけど、美男美女っていうのは大体どんな文献でも一緒。で、一口にエルフって言ってもリョスアルブとデックアルブの二種類がいるんですって。名前の意味はまんま光のエルフと闇のエルフ。ザッツファンタジーって感じよね」

「それって何が違うの?」

「それが何とも。デックアルブは肌が浅黒くて邪悪な心の持ち主なんて言われる事もあるけど、ほとんど創作物の都合よね。実際、肌の色と住んでいる場所が違うってくらいしかはっきりしていないのよ」

「じゃあ根本的にエルフって何をするの? その、剣とか槍とか持っているの?」

 前のリャナンシーでは二本の棍棒が出てきた。

 井東ヘレンがガラスの杖を使うのを盾にされたら、今後も武器ありのアークエネミーとかち合う可能性は否定できない。それが剣の達人とかだったら十分に脅威だ。

 ところが委員長は肩をすくめた。

「分からないわ」

「うん?」

「創作物の中じゃ結構好き勝手に剣を振り回したり弓を射ったりしているけど、じゃあエルフ剣はどんな材質でどんな製法でどんな形状か説明できる人はいないと思う。同じように、エルフ剣術が人とどう違うのかもね。つまり、人と似た体なんだから人と似た動きをするんだろう、くらいのものなのよ」

 ……逆に広過ぎるな。柳生新陰流の達人だって可能性もある訳だし。的の絞り込みには使えない。

「じゃあ、エルフにしかできない事は何かないの?」

「うーん……」

 委員長はちょっと考えて、そこで固まってしまった。

「ない、かなあ?」

「はい?」

「というより、エルフって本当に奇麗な顔をした森に住んでいる人、って感じだから。ファンタジー作品じゃ魔法が得意とか弓が得意とかって描かれる事も多いけど、きっと人間が練習すれば上達できるくらいのものなんじゃないかしら」

 仮にまったく人と同じで寿命だけが長い存在だとしたら。確かに剣や槍の達人も十分怖いけど、『アークエネミー+1』じゃなくて、『それだけしかない』のなら、柳生新陰流のエルフでも絶望的と言えるほどじゃないと思う。確かに脅威は脅威なんだけど、超常現象使い放題の井東ヘレンなら何とかなってしまいそうな。

 となると、他に聞いておきたいのは、

「さっきなんかイングランド辺りの話もあるとか言っていたよね。そっちのエルフは?」

「あんまり知識をごっちゃにするのはオススメしないけど」

 委員長は苦笑しながらも、

「そうなると、エルフロックとエルフショットかなあ」

「何それ?」

 ゲームの魔法にしてももうちょいひねると思うんだけど。

 リョス何とかとかデック何とかに比べると明らかに英語っぽいから、まあ、イングランド育ちなんだろうなあというのだけは窺える。

「エルフロックは髪の毛とか馬のたてがみなんかを絡めたり縛ったりするイタズラの事ね」

「……一見ショボいけど、地味に辛いな」

「ロープなんかが勝手に絡まって鳥の巣みたいになっちゃうのがエルフロックって事みたい」

 たこ足配線のあれか。

 だとすると我が家にも見えないエルフがいるのかもしれない。

「で、エルフショットっていうのは人が感じる突然の激痛の事を言うんだって。効果は色々。かまいたちみたいに肌が切れたり、全身が痺れたり、知らない内にアザになってるなんてのもあったかな。確か、見えない火打石の矢を射られたとか、見えない火かき棒で突かれたとかっていうものらしいけど」

「……うん?」

 しれっとした顔で出てきたな。

 見えない矢や火かき棒による一撃。そんなの本当に使えたとしたら命に関わる。

「でも信憑性は怪しいわよ? ドイツなんかじゃぎっくり腰を魔女の一撃って呼ぶらしいし、そういう隠語に過ぎないかもしれないんだから」

 なるほど。

 ことわざみたいな感覚だとしたら、実際の生態とは関係ないかもしれない。夫婦ゲンカは犬も食わないとか、猫に小判とか、そういうのを真に受けて猛獣対策をしたって意味がないんだ。

「……にしても委員長、やけに詳しいんだなそういうの」

「(……というか、あなたの家族に合わせて勉強しているだけなんだけどね)」


   4


 ようやくの放課後。

 今の僕には調べるべき事が二つある。

 一つ目は言うに及ばず、次の第三戦の相手、ダークエルフの村松ユキエについて。

 そして二つ目は『コロシアム』を運営する光十字。特に、マクスウェルが示唆した『それ以上のスペックを持つシミュレータの存在』について。

 ……どっちも大切だけど、一番まずいのはシミュレータじゃないだろうか。あれがある限り、僕達は何を計画しても必ず先回りされて封殺されてしまう気がする。そもそもマクスウェルよりスペックが上だった場合、力任せのマシンパワーで強引に防壁を貫かれるリスクさえある。

 逆に言えば、正体不明のシミュレータさえ先に潰せたら、後は随分楽になるはずなんだけど。

『ユーザー様、いかがいたしましょう』

「……まずは条件を絞り込みたいな。ヤツらのシミュレータが街の中にあるのか、外にあるのか。そこから確かめていこう」

 実は、外にあるなら話は簡単なんだ。

 一見すると地球の裏側に演算装置本体がある方が厄介に聞こえるかもしれない。でも、ここは供饗市。海と山に囲まれた風光明媚な立地だけど、実際は大昔に流刑地として使われていて、今もいくつかの橋やトンネルを塞げば簡単に陸の孤島にできるらしい。ここがアークエネミーの実験、あるいは処分場として選ばれたのにもそういう経緯がある。

 つまり、ネット回線も同じなんだ。

 敵のスパコンが世界のどこにあろうが、街の外と繋がっている太いラインは限られている。その線を切ってしまえば光十字はシミュレータからデータを受け取れなくなる。サポート終了、お疲れ様です。大体そんな感じ。

 衛星回線とか無線系に気を配る必要も当然あるけど、でも、それだっていくつかの手順を踏めば封殺できる。

 警備厳重な得体のしれない施設に踏み込んで体育館より巨大なスパコンを爆破するくらいなら、ワイヤーカッター片手に誰もいない山に入る方が簡単だろう。

 逆に、これが街の内部だと面倒になってくる。市外と繋がる太い線は限られているけど、市内だと細い線なり弱い無線LANなりがそれこそ蜘蛛の巣みたいにびっしり張り巡らされているからだ。こうなると、一本二本切ったくらいじゃデータは簡単に迂回される。スパコン本体を破壊しないと止められないだろう。

『では最初は』

「ああ」

 僕は簡単に頷いて、


「市外に繋がる太い線を全部切って、向こうの出方を窺ってみよう」


   5


 家に帰ると、妹のアユミがぷりぷりしていた。

「お兄ちゃん遅い! ご飯遅れるならメールくらい入れてよねー。料理の前で待ってる側はお腹ぺこぺこだよー」

「悪い悪い」

「あとお姉ちゃんが渾身のロールキャベツを電子レンジで温め直している最中だけど、にこにこ笑顔でめっちゃキレてるから素直に土下座した方が良いよ。下手に言い訳すると火に油だから」

「マジかよ今日姉さんがご飯当番だった訳!?」

 見た目は女王様だけど実は家族の団欒をとっても大切にしている姉さんはこういうのにうるさい。昼夜が逆転しているせいで家族揃って何かできる時間が少ないから、その分濃密な時間を求めているんだ。

 そして渾身のロールキャベツに会心の土下座で応えると、姉さんは息を吐いて痛恨のおみ脚で優しく僕の頭を踏んづけてくれた。同じ制服姿でも全然委員長と違う。なんかむせ返る!!

 ……ロングスカートのゴスロリドレスじゃなくて夜間部の制服姿だとアダルティ一二〇%な下着が見えてしまう、というのはもちろん伏せておいた。くっ、血のような赤!でもアユミは言ったじゃないか、下手な言い訳は火に油だって!

 そんなこんなでみんな揃っていただきます。

 吸血鬼で夜間部の姉さんにとってはこれが朝食みたいなものだ。

「でも何でまた得意技のロールキャベツな訳? なんかの記念日じゃあるまいし」

「……ああ、なんかネットの調子が悪くてレシピサイトを観られなかったんですよ。それで手先の感覚で作れるロールキャベツをと思いまして」

 ご飯タイムにスマホをいじると姉さんのほっぺたが膨らむのを止められなくなるため、ひとまず小休止。ちなみに姉さんの夢は素敵なお嫁さんなので、おかわりをお願いすると嬉しそうにしゃもじを握ってくれる。

 せめて食器洗いは任せてもらおうか、と水場に立ってスポンジを掴みながら、ステンレスの調理台に置いたスマホに話しかけた。

「マクスウェル」

『シュア』

「テレビ局と高級ホテルに投げ込んだテストウィルスはどうなった?」

『第一戦、第二戦の会場には双方合わせて四九種の無害化マルウェアを一五九八の経路から送り込みましたが、一つとして成果は見られません。おそらくシステムを上回る精度で光十字の情報が保護されていると思われます。手作業のエンジニアだけで迎撃できる速度ではありません』

「だとすると」

『シュア。街の外へ繋がる太い線を切っても、シミュレータの効力は維持されています。おそらく本体は市内のどこかにあるものかと』

「……、」

 やれやれ。

 流石は光十字。とことん最悪な方ばかりに状況が進んで、ちっとも楽をさせてくれない。

「マクスウェル。光十字が市内のどこかにスパコンを持っているとして、公的機関の可能性はあるか?」

『ノー。公的機関のスパコンは公共事業に分類されるため、常に市民団体やオンブズマンに監視され、プロジェクト全体を公開する必要があります。光十字のようにイリーガルな演算には向かないでしょう』

「となると、国立大学や研究機関のスパコンを間借りしている訳じゃない、か」

『一般企業、私立大学、または当システムのように私有で未登録の演算装置があれば問題ありません。スパコンの保有そのものは法に縛られる訳ではありませんので』

 電気事業法とか、周りは色々あるんだけどね。

 ふむ。

「スパコン級の大規模マシンに必要なものは?」

『シュア。多岐に渡ります。まず本体はかなりの重量がありますので、一般のマンションくらいなら床が抜けてしまいます。家庭用電源で電力を賄えるものではありませんし、関連して、冷凍倉庫級の冷却装置も必要になるはずです。塵や埃の入らない清浄な大気環境、静電気などの除去、落雷やサージ電流の防止、振動や傾きもNGです。これは外からの振動や衝撃はもちろん、本体が発する音や揺れへの対策も必要になります。何しろ数十数百の大型演算装置を並列に接続するため、塵も積もれば山となる他、下手すると固有振動数に基づく共振の発生すらもありえます。後は大量のデータを送受信するため、ネット接続業者にも話を通さなければすぐさま容量制限に足止めされます。コンテナサイズのハンドメイドとはいえ、実際に組み上げたユーザー様の方がお詳しいのでは?』

「自分の匂いみたいなものさ。自分だと分からない事もある」

 だとすると、そういう条件を満たす場所を探すところから始めないとな。

 いくつか怪しいスパコンをピックアップしたら、再び光十字の関連施設をサイバー攻撃。タイミングに合わせて大量のデータがやり取りされるマシンが、防衛に回った光十字のスパコンって事になる。

『市外の太い線はいかがいたしましょう』

「できれば切ったままで。おそらく本体は市内にあるけど、陽動だの何だので外から引っかき回されると面倒だ。居場所が確定するまでは切断状況を維持したい」

『確約は致しかねます』

「できればで良いよ」

 どっちみち、こっちには時間がない。

 五戦の絶壁。統計の悪魔。残る猶予の三、四の内、もう第三戦の相手は発表された。ここから半年も一年も向こうが引っ張るとは思えない。井東ヘレンがダメージを引きずっている間に優位に立ちたいだろうし、何より光十字も光十字で、何度もアークエネミーを仕損じてイライラしている。実質的に、地下を引き払ってからの新体制では一人も処刑できていないんだから、ある意味では当然だ。だからこそ短期決戦で結果を作りたがっているんだ。井東ヘレンにすがれば『コロシアム』でも生き残れるかもしれない。そんな希望が生まれるのを嫌っている。

『忙しくなりますね』

「ああ、夏休みの宿題と同じだな。いつも最後は時間を買えないかって話になってくる。現実はソシャゲの課金アイテムみたいにはいかないのにさ」


   6


 大量の電気、冷却装置、通信の容量制限、本体の重さを支える土台、塵や埃、静電気、落雷や停電対策、揺れや振動の除去……。

 スパコンの設置条件は色々あるけど、とりあえず分かりやすいところから攻めていこう。

 お風呂上がりにマクスウェルへ指示を出す。

「電力会社と通信会社。データに記録が残る方から潰していこう」

『シュア』

「どうせ馬鹿正直に秘密のスパコンですなんて説明はしていないだろうけど、規模や容量から似たような怪しいペーパープロジェクトを見つけたらピックアップして」

『了解しました』

 ここ最近は発送電分離だの何だので電気ビジネスも多様化してきた。潜るべき場所も色々あって大変だろうけど、こういう時は疲れ知らずのマクスウェルが役に立つ。

 ……結果を待っている間に、僕も僕でやるべき事を頭の中でまとめていく。

 一番分かりやすいのはデータに記録が残る電力と通信量だ。

 でも最も大切なのはそこじゃない。

「冷却装置、かな……」

 大量のコンピュータを持ち寄って並列に繋ぐだけなら、そう難しい事じゃないんだ。ようは学校の情報実習室とか、駅前の雑居ビルに入っているパソコン教室なんかと同じ。たこ足ケーブルで電源を確保して、LAN回線をハブでまとめて、いくつかの共有設定を変更すれば良い。あとはそれをどれだけ膨大にできるかってだけで。

 だけど冷却装置は違う。

 一般のパソコンなら空冷、つまり小さな扇風機みたいなものだ。最近だと液冷、チューブの中に水を通す方法もあるけど、大体この二つくらいだろう。

 大規模なスパコンの場合、これの他に業務用エアコンを使ったり、液体窒素やヘリウムなんかを使ったりする。ようは、化学冷媒を使って港の冷凍倉庫みたいに馬鹿デカい建物全体を氷点下まで冷やしてしまうって訳。

 うちのマクスウェルの場合はコンテナ一個分って事もあって何とか液冷で賄っているけど、それでも長大なチューブを大蛇のようにのたくらせ、大量の水を循環させるために、かなり強力なポンプを使っている。

 あれ以上のサイズになると液冷でも駄目だろう。光十字のシミュレータはマクスウェルを凌駕するから、おそらく冷凍倉庫化している。そうでなければ水族館クラスの水量とポンプが必要になるはずだ。

 他はどう偽装しても、この冷却装置だけは騙せない。

 光十字は絶対に膨大な冷媒の傍に本体を設置しているはずだ。でもそれは具体的に何だ? やっぱり港の冷凍倉庫か、あるいは果物用の貨物船とか。体育館クラスの容積を丸ごと氷点下まで冷やせるとなると、場所はまさに限られてくるはずなんだけど、なのにどうしてそれが見えてこない……?

「お兄ちゃーん」

 と、リビングでテレビを観ながらだらだらしていたアユミから間延びした声が飛んできた。

「なんかお姉ちゃんが忘れ物だって。お兄ちゃんもうお風呂入っちゃった? じゃあ湯冷めしちゃうからあたしが行くしかないかなー」

「いや、僕が行くよ」

 頭が煮詰まっていたのも事実だ。気分転換なら夜の散歩も悪くない。……それにアユミは昼だろうが夜だろうが水着と大して変わらないジョギングウェアで外をうろつくから、正直お兄ちゃんはちょっと心配なのだ。頑丈なアークエネミーって事が逆に油断を生んでいるんじゃないか。

「なに持っていくの。教科書、参考書?」

「月に一回女の子が使う必需品」

「ぶふっ!?」

 ぜ、前言を撤回したいけどもうどうにもならない。でもこれ男の家族が学校まで持っていくのって、留守中にベッドの下とかネットの履歴とかを漁られるのと同じくらいのダメージないかなー?

「……まあ顔を赤らめた姉さんの困り顔を見られるなら良しとするか。レアだし!」

「お兄ちゃん時々最低だよね?」

「では行ってきます!」

 アユミから可愛らしいポーチを受け取って出発進行。

 いつもと空気の違う夜の道。

 姉さんの生きる世界。

 折り畳み自転車を漕ぎながら、カーナビ用のホルダーに突き刺したスマホと世間話を進めていく。

『速報が出ました。接続業者は芳しくありません。数十数百のコンピュータを抱え込む施設ならどこでも当てはまるため、学校、病院、企業ビルなどかなりの箇所が当てはまります』

「病院も? ケータイパソコンはご遠慮願いますってイメージだけど」

『今時の医療機器は大抵イントラネットで院内接続され、患者の検査結果などはデータで共有されます。だからこそ誤作動が怖いので、一般機器の使用を排除する必要があるのでしょう』

 何だか分かったような分からないような話だ。そんなに院内コンピュータの数が多いなら、医療機器同士で誤作動は起こさないんだろうか?

『電力会社の方はいくつか怪しいプロジェクト申請をピックアップしました。詳細はこちらになります』

 流石にただでさえ視界の悪い夜に自転車に乗りながらスマホを長時間じっと眺めるほど命知らずじゃない。信号待ちのタイミングでハンドルに固定したスマホを指先ですいすい。

「これか? スキー場に、工業地帯に、動物園……」

『シュア』

 確かにここ最近で不自然に電力消費量が増えている。スパコンを丸々一台賄えるくらい。そもそもスキー場なんてオフシーズンだから稼働もしていないはずなのに。

 しかし僕は息を吐いた。

 この分だと、信号が変わる前に話を切り上げられそうだ。

「おそらく白だな。工業地帯は単純に製造ラインの増設だろう。工場見学マニアのブログに、改装で幕が張られていて残念だって嘆く記事があったのを覚えている」

『調べてみたところ、生産数に変化はありませんが』

「じゃあ試験稼働中なんだろう」

 次は動物園。

「こっちは暖房のせいだろうな。寒さに弱い動物を飼う場合、一晩中檻を温めないといけない。ここのところ寒さがぶり返しているのもあるし、気象データと電力消費量を照らし合わせてぴったり合っているなら白だろう」

『ではスキー場でしょうか。オフシーズンなら電気を使う必要はありません』

「……それなら簡単だけど」

『けど?』

 さっきも話にあった冷却装置の問題が浮上する。雪のないスキー場ではスパコンの熱に対処できない。まさか人工降雪装置をフル稼働させている訳でもあるまいし。というかそんなレベルじゃ全然ダメだ。

「……だとすると、ここ、オフシーズンに秘密のカジノでも開いているんじゃないだろうな。スキーリゾートはどこも不況だって言うし」

 信号の色が変わる。

 横断歩道を渡りながら、どうやら夜中になると信号のメロディは止まるらしい、と今さら気づく。そりゃご近所対策なんだろうけど、でも目が悪い人はどうするんだろう。

『だとすると光十字のシミュレータはどこにあるんでしょう』

「一切痕跡を残さずにあれだけ大規模なスパコンを設置するのは不可能だ。街の中にあるなら、必ず手の届く場所にヒントがあるはずなんだけど」

 答えが出ないまま、僕は夜の学校までやってきた。一般的に夜の学校は怖いもの、と思われているけど、うちは夜間部があるので普通に人の気配に包まれている。大体、校舎の半分くらいの窓に明かりが点いていた。あれだけビッカビカなら幽霊も顔を出しにくいだろう。……あと、この学校では吸血鬼が真夜中に勉強しているんです、って言うと途端にオカルトの恐怖が薄らぐ。

 ちなみに電話で呼び出した姉さんは廊下でわたわたしていた。顔がまっかっかなのも含めて大変珍しい。

「あ、あ、アユミちゃんのヤツ~~~ッッッ!!」

「でも姉さん、一回分くらいなら深夜もやってるコンビニとかディスカウントストアとかで買い足せば良かったんじゃあ……?」

「そして私も大バカーッ!!」

 わああ!! と本格的に両手で顔を覆ってうずくまってしまった。

 率直に言おう、かわいい。

 上から見下ろすとブレザーの胸元、ブラウスの内側から赤い下着が透けて見えるけど。

「ぐすん。ではサトリ君、帰りも気をつけてくださいね……」

「うす」

 そんな風に言い合って姉さんとは別れる。あっちもあっちで授業中だ。あんまり長居はできない。

 そして昇降口へ向かう途中で、ふと廊下の窓から外へ目をやった。

 見えるのは黒々とした水を湛えた大きなプール。夜の学校は怖くないとは言ったけど、流石にあの辺りは印象が全く違う。夜の色を吸ったせいで底が見えないのが怖いのか。とにかく昼間のプールとは別の顔だ。

 何気なく視線を前に戻し……だが、立ち止まる。もう一度プールへ目をやる。

 何かが引っかかる。

 そう、そうだ。

 マクスウェルは言っていた。スパコン設置条件の内、通信量については絞り込めない、と。学校、病院、企業ビル。数十数百のコンピュータをサーバーに集めてから外部と接続する大きな建物ならどこでも当てはまると。

「あ」

 そして僕自身が断言したじゃないか。一定以上の演算装置になると空冷も液冷も通用しない。業務用エアコンや液体窒素・ヘリウムを使った化学冷媒で体育館クラスの空間をまとめて冷凍倉庫化しなくてはならない。

 それができなければ、もう水族館級の膨大な水とポンプが必要になってくる。

 水族館。

 巨大なプール。

「ああっ!?」

 思わず叫んでしまう。

 当てはまるじゃないか。僕は普段から見ていたじゃないか! こんなにもすぐ近くに答えがあるのを!!

「マクスウェル! 供饗市全体の学校、小中高大学どこでも良い、とにかく通信容量をクリアした教育機関の中で、スパコンを置ける膨大な電気使用量のある場所を全てピックアップ! おそらくこの高校はクリアしているはずだ。書類上では昼の普通科と夜の夜間部で二倍の電気を使っているように見えているはずだし、昼夜問わず授業をしているなら電気使用量は常に均一だ。誰もいない夜の学校なのに不自然に使用量が伸びている、なんて事にもならない。休日だって部活なんかで学校は動かせる。だから……!!」

 その時だった。

 スマホから別の電子音が響いてきた。

 動画チャットの相手は……青いバニーガール・カレン!?

『ぴんぽんぱんぽーん! もうお分かりですね? 「コロシアム」第三戦のお知らせでっす! 関係各位は添付の地図にある特設会場に向かってください。生放送ですので時間厳守でござる。一秒でも遅刻された場合は会場入りできませんのであしからず。ではー!!』

「くそっ!」

 このタイミングでか。やっぱり、まるで測ったように……!?

『いかがいたしましょう。光十字側のシミュレータを破壊しない限り、セコンドに就いても有用な助言を与えられない可能性があります。このままシミュレータ捜索に専念するという選択肢もありますが』

「……、」

 ダークエルフの村松ユキエか。

 光十字のシミュレータか。

 どうする。

 僕はどっちに専念すれば良い!?

「……『コロシアム』に行こう」

『ユーザー様』

「見失うなよ、マクスウェル。僕達の目的は井東ヘレンの救出だ。光十字の壊滅はその手段でしかない。この二つは取り違えられないんだ」

 そう、井東ヘレンの尊い犠牲と引き換えに光十字を壊滅しました、じゃ意味がない。

 そうと決まれば特設会場に向かおう。

 おそらく光十字は井東ヘレンがいつまでも勝ち続ける展開を嫌う。今までの『どっちが死のうが数が減れば良し』から、そろそろ本格的に井東ヘレン潰しに専念するだろう。

 つまり、僕達以上の演算能力を持ったシミュレータが、ダークエルフ側を丸ごと支援する。

 今回は魔女とダークエルフ、アークエネミー同士の戦いだけでは終わらない。背後にあるシミュレータ同士の対決にもなってくる。

 正直、真正面からやり合っても勝てる気はしない。だけど井東ヘレンを一人にはできない。ただでさえダメージを引きずっている中、ほとんど情報のないアークエネミー相手に、しかも敵は人知れず得体のしれないシミュレータの支援まで受けている。彼女だけで乗り越えられる局面とは思えない。

「行くぞマクスウェル」

『シュア』

「ダークエルフを倒して、彼女も救ってやるんだ。くそったれの『コロシアム』から!」