第五章



   1


 言われてみれば、僕は火祭阿佐美の事を良く知らなかった。初っ端から謎の多い母さんと当たり前に会話を交わし、居候している家出人。だけどそれだけだ。元々何をしている人でどこから来たのか、何もかも確かめていない。

 いいや。

 それどころか、彼女が本当に火祭阿佐美本人で合っているのかどうかさえも。

 驚愕の事実だけど、思考を止める訳にはいかない。

 水面近くで静止するセイレーンが大きく空気を吸って、そしてその唇がうっすらと開いたんだ。


 ピィーいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!! と。


 甲高い笛のような大音響が爆発した。途端に身体の動きが、指先まで止まってしまう。

 セイレーンの、歌声!?

 そのまま体を支える事ができず、しがみついていたビル壁の突起から再び濁流に呑まれていく。スマホを握り込んだまま凍りついたのはせめてもの救いだった。濁流の中で手放したら二度と拾えない。

 だけど、どうする?

 これじゃ泳げない。呼吸もままならない。おまけに先の見えない濁流の中で、何か硬いグミのようなものが手足にぶつかってくるのが分かる。

 寄生生物……レモラ!?

 まだ明確に吸着はされていないけど、時間の問題だ!!

「……ごっ、ぼ……」

 喉の自由も奪われているため、絶叫すらままならない。これでおしまいなのか。濁流に巻かれて息を失い、全身を得体の知れないヒルに蝕まれて……。

 そう思った時だった。

 突然真下から、小島のように大きな何かが突き上げてきたんだ。

 この風と濁流の中、転げ落ちるでもなく器用に支えてもらっている。

『それ見た事か。発言を許可する』

「うぶはっ!? リヴァイアサン!!」

『セイレーンは単騎で都市全域を迷いの海に落とすほどの歪みの使い手だ。私の補助なく挑めば頭の中がどうなるかなど予測して然るべきなのだがな』

 くそっ……。

 ここまで来てもまだ僕は家出気分で目上の力を借りなくちゃならないのか!

『とはいえセイレーン本体を引きずり下ろしたその功績だけは賞賛に値する。後の始末はこちらに任せろ』

「……何を、するつもりだ?」

『あれは元はと言えば私の組織だ。私が至らぬばかりにこのような混乱をもたらした。故に自らが裁く。私の歯でヤツを噛み砕いて終止符を打つ。それが私の役目なのだ』

「……、」

『気負うな、これは私の組織の決定だ。たとえどれだけ血が流れようが、君の手を汚すまでには至らない。君は今まで通りの理想を叶えるべく邁進すれば良いのだ』

 そうなのか。

 それで良いのか。

 僕は……自分の手が汚れる事が怖かったのか? だから平和主義を気取っていたのか? 違うだろう、下手人が誰かによって結果なんて変わらないだろう。人とアークエネミーが仲良くやっていくところを見たかったんだ。解決を急いでアークエネミーが血の海に沈んでしまったら、その時点で瓦解してしまうんだ! そうじゃなかったのか!?

 ギリギリで気づいた。

 踏み止まった。

 分かりやすいヒロイックな怒りは毒だ。暴力を振るえば振るうほど快楽を呼び起こし、後になってから罪悪感に追い詰められ、気持ちを誤魔化すために次の獲物を探す。こんなものに浸っていたら中毒になる。

「それじゃ、ダメだ」

『何故?』

「今のお前に任せるのは、汚れ仕事を光十字に押し付けて見て見ぬふりをするのと変わらないからだよ」

 リヴァイアサンは少しだけ黙っていた。

 それから言った。

『あれもダメこれもダメ。つくづく自縄自縛だな、君の人生は』

「……分かってる」

『だが尊重しよう。チャンスは一度だ。君が失敗したら、今度こそ私が始末をつける。だから後のことは気にするな。全力で行け』

 勇気付けられたのか脅迫されたのか判断に迷う言葉だった。

 こっちはそもそも火祭さんの目的も分からない。いいや、あれが火祭さん本人なのかさえ。火祭さんが誰かになりすましていたのか、誰かが火祭さんになりすましているのか。そんな基本中の基本もだ。

 その上で絶対に譲れないものは何だ。クソくだらない正義感と懲罰感情を履き違えたマッチョ馬鹿の欲望じゃない。本当に今必要な事は。

 レモラに感染した人を元に戻す。

 二度と人間をここに引き込ませない。

 義母さんとの対立、闘争をやめてもらう。

 ……ノーとは言わせない。何がどうなろうがこの三つだけはヤツに守らせる。そうでなければ僕の負けだ。

『サポートする。会話は途絶えるがリンクは繋がったままだ。セイレーンからの干渉をできるだけ遮断してみるが、どうなるかは分からん。気をつけろ』

 途端に痺れたように動かなかった指先に力が戻った。

「……、」

 僕はマイナスドライバーの代わりに使っていた、爪研ぎを握り込む。

 こんな濁流は怖くない。シミュレータで再現できる程度のものだ。

「聞こえているな、リヴァイアサン。このままセイレーンの所まで突っ込め」

 返事はなくても聞こえているのは分かっている。

「ヤツの凶暴さは全てその歌声に集約されている。人を光る海に突き落とすのも、人の頭をかき回すのも」

 レモラとどうやって連携を取っているかは謎だけど、ヒルがインカムを引っ掛けているとは思えない。おそらくこちらも空中のセイレーンが標的を捉えて歌声で指示を出し、水中のレモラに襲わせていたんだと思う。

 いいや、場合によっては歌声で直接操っていたのかも。

「……ならセイレーンの喉を潰して決着をつける。別に声が出なくなるまでやらなくても良い。虫歯の治療や扁桃腺の腫れで声質が変わってしまうのと同じで、小さな傷をつけて最適の声質を奪えれば」

 残酷な事を言っていると思う。

 サッカーだけが生き甲斐だった男のアキレス腱を叩き切って、でも治療すれば歩けるようになるよと言ってのけるような仕打ちだ。第一線から退かせるっていうのは、つまり人生を丸ごと奪うのと同義なんだから。

 でもここがギリギリの落とし所だった。

 命を奪わずに全てを終わらせるために。

 当然、相手が納得しない事など織り込み済みだ。

 ザザザザザ!! とリヴァイアサンの巨体が濁流を割り、この水の中でもビタリと獲物を捉えてほとんど海を引き裂くような勢いでもって、水面近くに浮かぶセイレーンに突っ込んでいく。ヤツの目線が一瞬だけ上下に揺らいだ。僕かリヴァイアサンか、どっちが攻撃の起点か迷ったんだろう。

 普通に考えれば、ちっぽけな人間なんかより三〇メートルの巨大ザメを警戒するに決まっている。

 激突の寸前、セイレーンの目線がすっと下に落ちた。

 ……今っ!!

「おおあっ!!」

 叫び、僕はリヴァイアサンの背中の上を走って勢いをつけ、そのまま前方へ大きく跳ぶ。マイナスドライバー代わりの爪研ぎを握り込んで。そのグリップ軸で細い喉を突き刺すために。

 直後。


 黄金が翻った。

 何が起きたか分からなかった。


 ただ全身を重たい衝撃が突き抜けた。顎だ。何かに打ち抜かれた。視界がブレて空中でバランスを崩し、そのまま水中に没する。

 ……くそ。

 ここまで来て、結局僕なんか片手間扱いか……。


   2


 頭がぐらつく。

 焦点の合わない視界と無理矢理に格闘して像を結んでいく。

 どこかの天井が見えた。

 母さんのタワーマンションの客間だ、と気づいた直後、誰かがこっちを覗き込んできた。

「おー、やっと起きた?」

「……火祭、さん……!?」

 飛び起きたかったけど身体が満足に動かなかった。

 結局あれは何だったんだ。火祭さんが黒幕のセイレーンって事で間違いないのか? それとも別の誰かがなりすましている? だとすればセイレーンと火祭さんの関係は! 伊達や酔狂であんなになる訳はないだろう!!

「どした? 今回私はいなかったけど、向こうでなんかヤバい目にでも遭ってきた? まあサメの所に行って命懸けにならなかった試しがないけど」

 ……どういう、事だ?

 彼女はすっとぼけているのか。僕の他に部屋には誰もいないのに? そうでなければ、本当に知らないのか。どういう理屈で。セイレーンとして活動している時の記憶はなくなるとかいう話か?

 こうして見る限り、火祭さんはいつもと変わらない。あんな事があったのに何の気負いもないのが逆に不自然、とでも言うべきか……?

「聞きたい、事が……あります」

「何が?」

 キョトンとしたまま、キャバ嬢金髪にシャンパン色ドレスの美女は小首を傾げていた。

「……そもそも何で僕はこっちのマンションにいるんですか? 光る海に潜ったのは向こうの家だったのに」

 それだけで微妙なニュアンスを汲み取ったのか、火祭さんはわずかに目を細めた。徹底的に母さん、禍津タオリの側に立つ彼女としては、必ずしも歓迎的な光を宿しているとも限らない。

「さあ? タオリさんが担いできたんだからその辺は何とも。てか、今回の出口はどこにあったの?」

「……、」

 義母さん、天津ユリナが自宅の中でうずくまっていたところを見るに、おそらくあの家のどこか……のはず。

 母さんが今さらあの家に近づくとは考えにくい。ましてや中に踏み込むなんて。だとすると、リヴァイアサンは街の複数箇所に出口を設けているんだろうか。

 ……当たり前、ではあるか。

 だって何人が一度にセイレーンの歌声で引きずり込まれるかは知らないけど、出口が一ヶ所しかなければ全員が殺到する羽目になる。あのコンビナートの高炉や旅館の離れに? 元々立入禁止の場所で、僕や火祭さんがこっそり出られたのはマクスウェルの補助があったからだ。現実側で考えてみれば良い、あんなトコに一〇〇人も一〇〇〇人も部外者が湧き出たらそれだけで大ニュースになってしまう。大体、セイレーンやリヴァイアサン本人はどこから出入りしているんだ。それってつまり『出口複数説』が正解なんじゃないか?

 でもって、気を失った僕が一人で出口を潜れるとは思えない。

 だとすると……リヴァイアサンにでも救われたのか。

「っ、そうだ。リヴァイアサンは!?」

「えっ、巨大ザメ?」

 火祭さんはどこか気味悪そうに繰り返した。そうか、彼女は水族館からの流れで別行動だったから、凶暴な人喰いザメの認識のままなのか。きっと人語で話ができるのも知らないはず。

 でも、あいつは僕をtoday's exitのドアに押し込んだ後、どう動いただろう。一緒に水族館辺りの大型水槽ゲートからでも現実に帰還した? まさか。ヤツの言い分が正しければ最大の敵がようやく目の前まで降りてきたのに、黙って背を向けるか?

 何かがあったんだ。

 火祭さんがここにいる、セイレーンとしての記憶を持たずに。それも含めて謎は多いけど、必ず何かが起きた。素通りでお開きはありえない。

「……火祭さん」

「さっきから神妙な顔だけど、ほんとに何があったの?」

 息を吸って、吐く。

 仮に彼女がストレートにセイレーン本人ですっとぼけているだけなら、僕はここで死ぬかもしれない。至近であの歌声を喰らったら頭を引っ掻き回されるだけだし、ストレートな爪だけで災害救助用の分厚いゴムボートを引き裂いていた。試してみれば分かるけど、人間業じゃない。僕の喉笛なんか一発だろう。


「セイレーン、って言葉に聞き覚えは?」


 でも言う。

 もう先延ばしにはできない。ヤツは僕の親に手を出した。次は誰が狙われるか分からない。これ以上あんな悲劇を起こしちゃいけない。僕は傍観者なんかじゃない。義母さんをあんなにした原因の半分以上はむしろ僕にあるはずなんだ。

 だから、今度は僕が守る。

 親を、家族を、隣人を、頭の中で思いつく限りの全ての人を。

 僕の視線に、火祭さんはわずかに沈黙して息を吐いた。マニキュアのせいか刃物のように光を照り返す奇麗な爪に彩られた指先が、動く。

 心臓が一段強く脈打つのが分かる。

 だけど僕は一度差し向けた視線を決して外さなかった。

 そしてドレスの胸元から何かを取り出した火祭さんは、それをこっちに投げた。

 スマホだった。

 あの戦場でリヴァイアサンから逃げるために破壊して濁流に投げたはずだけど、もう新調していたのか。

「?」

「画面を見て」

 火祭さんに言われるままにスマホへ目をやると、アルバム管理系のアプリが展開されていた。どうやらきちんとバックアップから復元できたらしい。画面いっぱいに一枚の写真画像が表示されている。

 自撮りらしき、やや距離の近すぎる一枚。

 限られたスペースいっぱいに写っているのは、二人の少女だった。

 ……二人?

 そう、そうだ。今より幾分若い、僕と同じかもっと下くらいの金髪の少女が二人、互いの頬を押し付け合うような格好で写真に収まっていた。

「あたしが家出してる理由よ」

 馬鹿みたいだけどね、と火祭さんは言った。

「美しく鳴いて嬉しい、で美鳴嬉(ミナキ)。親戚の子だって話でね、あたしもずっと信じてた。年に一回か二回くらいしか会えないけど、おかげでお盆とお正月は毎度楽しみにしていたっけね」

 一見しておかしなところはなさそうに思える。だけど全ての前提を突き崩しかねないフレーズが一つ混ざっていた。

 彼女はこう言っていたんだ。

 あたしもずっと信じてた、って。


「……隠し子だったらしいのよね、美鳴嬉。つまり私の妹だったのよ」


 音が。

 部屋の中からあらゆるデシベルが、死んでいく。

「分かってしまえば違和感なんて後からボロボロ出てくるものなのよ。そういえば従妹と伯母さんは出てきたけど伯父さんは見た事なかったなとか、親戚一同の集まりのはずなのに美鳴嬉達は決まって遅れてやってきて、会合には間に合わない事ばっかりだったなとか。……あと、美鳴嬉がお母さんと話をしているところは一度も見た事なかったっけ、とかね」

 ……僕の家とはまた違った歪みだ。

 僕達のどっちの何を比べても意味のない……。

「大人は汚いとか何とか口に出すのは結構だけどさ、現実にそのものを見ちゃうと厳しいよね、実際」

 火祭さんは自分の額に手をやって、

「……父は仕事人間だった。上り詰めた地位で社会と、稼いだ金で家族と戦ってるような人。あたし達なんて顧みない、自分が一番。そんな父がよそではいっぱしの愛情を注いでいたっていうのもショックだったけどさ、正直そんなの些末だった。だってその間違いがなければ美鳴嬉は生まれなかったんだから。複雑だったけど、それだけならまだ何とか腹に収められたんだ」

「……、」

「何より許せなかったのは、美鳴嬉もその母親も、お金をもらっていたんだよ。あたしが毎度楽しみにしていたあの席には、札束を受け取るためにやってきていたんだ。……それで丸く収まっていたんだ。その気になれば裁判沙汰なり何なりであたしの家をズタズタにできただろうに、父が面倒臭そうな顔してテーブルに放り投げた札束で丸く収まっていたんだ。愛情なんかじゃなかった。理解なんてできていなかった。きっとあいつにとっては人間なんて外車とかバッグとかとおんなじ、どれだけ持てるかのステータスでしかなかったんだ! あたしや美鳴嬉の枠はたまたま大きく膨らみ過ぎたからお母さん達は本妻宅とか愛人宅とかに収まっているだけで、ほんとは他にだっていくらでもいたんだ。買うだけ買って箱も開けずにクローゼットへ投げ込まれたバッグみたいな人達だって!」

 そんな事、誰かが口にするはずない。火祭さんの家族はもちろん、美鳴嬉さんの側だって。

 だとすれば、火祭さんはいつどこで知った?

 ……決まってる、直接見たんだ。

 夏と冬、年に二回しか会えない友人以上に大切だった誰か。今年も思い切り遊ぶぞと意気揚々としていたところで、見てしまったんだ。

 うっすらと開いたドアの向こうで。

 見知った人が交わす最低な会話と、唇を噛んで呑み込むしかなかった大切な人達を。そして乱暴に叩きつけられる札束へ震える指先が伸びていくところを。

 対岸の火事なんかじゃない。

 まるで捨て置かれたカバンや靴のような人達の中から、たまたま何かの順番で家庭や愛人の枠ができて、それぞれの母親の下で余計な事をしないよう頭を押さえつけられる姉妹がいるだけなんだって。

「その」

 なんて言えば良いのかは僕には分からなかった。こればっかりは、僕にとっての委員長のような人が火祭さんの前に現れるのを祈るしかない。あるいはそれが僕の母さんなのかな。

 できる事と言えば、

「……火祭さん自身は、アークエネミーじゃないんですか?」

「見りゃ分かるでしょ、ただの人間よ。そんな力があったらとっくにあいつをぶっ殺してる。みんなで自由を手に入れてる」

 お母さんと比べて、もう片方は父と呼んでいた。それが今ではあいつだ。

「……きっと美鳴嬉の母親よ。だから、美鳴嬉にもその力が宿っている。あれだけの力があって、それでも爪や牙を立てなかったんだから、やっぱり彼女達はすごいわよね」

 ……あ。

 ようやく、僕はようやく、事件の核心を得たような気がした。

 実際には火祭さんの考えるような事態にはなっていない。美鳴嬉さんは街の人間を光る海に突き落とし、火祭さん自身まで巻き込んでいる。

 だけど、リヴァイアサンは言っていたじゃないか。

 セイレーンは海の所属だけど空を飛ぶ。だから地上の生物とも関係があるかもしれない。リヴァイアサン達は地表がカラミティでどうなろうが知った事じゃない。だけどセイレーンは許せなかった。だからアブソリュートノアを組んだ義母さんに戦いを挑み、それ以外の方法でカラミティを乗り越えられないか直談判しようとしている可能性がある、って。

 なんて事だ。

 それじゃあ、セイレーンが、美鳴嬉さんが古巣だった海の組織を裏切ってアブソリュートノアに挑み、リリスやリヴァイアサンなんて本物の魔王を敵に回してでも守りたかったのは……。


 どれだけ羽ばたく自由を奪われ、頭を押さえつけられて。

 鳥かごの中で雁字搦めにされても。

 それでも火祭さんの家族を守りたかったっていうのか!?


 ……一体。

 一体どれだけ相手を想えば、そこまでの決断に踏み切れるんだ? ほんのちょっとでも黒い感情があれば、復讐心が根付いていれば、放っておいただろうに。別に自分が滅ぼす訳じゃない、カラミティが勝手に火祭の家ごと世界を叩き潰すだけ。そんな言い訳をしていれば、それで最初の一歩は封じられて何も起こらなかったはずなのに。

 だけどセイレーンは許さなかった。

 誰の手であろうが、火祭の家が、そこで暮らす人達がもがき苦しみ血の海へ沈んでしまう結末を、決して容認しなかった。そいつを覆すためなら世界の裏側を牛耳る巨大組織に真っ向から挑むほどに。

「……楽しみにしていたんだ」

「?」

「たとえどんな理由があって出かけていたとしても、それでも美鳴嬉さんは楽しみにしていたんだ。火祭さんと会える事を。今年も笑顔で遊べる事を。そうじゃないと説明がつかない!!」

「ちょ、いきなり何言ってんの!?」

 ……だって写真の中の美鳴嬉さんの顔にはちっとも曇りがない。嫌々の演技だとしたら少しはブレみたいなものがあるはずだ。互いの顔を寄せて一枚の写真に収まる美鳴嬉さんにはそんなもの欠片もなかったんだ。

 正しいのは誰だ?

 間違っているのは誰だ?

 火祭さんはセイレーンじゃなかった。だとすると本物の美鳴嬉さんはまだ青い戦場か。リヴァイアサンだって僕を現世に押し返した後は再び濁流に身を投じただろう。

 あれからどれだけ経った?

 セイレーンは水中呼吸はできず、黒煙に支配された大空は炎の上昇気流で巻き上げられた一酸化炭素で以下略。中途半端な水面に留まるしかない美鳴嬉さんはリヴァイアサンの格好の的だ。ヤツだってこの好機は見逃さない。確実に仕留めるはず。

「マクスウェル、このままじゃ美鳴嬉さんが危ない。助けに行く方法は!?」

『ノー。未確認座標へ行けるのは一日一度です。ユーザー様には資格がありません』

 くそっ!!

 だけど美鳴嬉さんだって自分の不利は理解しているはずだ。だからこそ今まで雲の上で、リヴァイアサンの攻撃が届かない安全地帯に隠れ続けてきたんだから。

 だとすれば、

「美鳴嬉さんは絶対に光る海から現実に帰る。リヴァイアサンの歯から逃れる方法はそれしかない」

 当然の帰結だった。

 侵入先では無敵のリヴァイアサンも、現実では水族館の水槽の中だ。海側に出られる危険はあるけど、逆に内陸には手を出せない。身の安全を守り、傷を癒すためなら絶対に現実の方が好条件なんだ。

「……現実の美鳴嬉さんはどこにいる? 二つのエリアを交互に行き来しているなら、絶対に隠れ家のホームがある。それもこの供饗市に。そこに彼女はいる」

 当然、美鳴嬉さんも放っておけない。どんな目的があろうが彼女の歌声が決して少なくない人を光る海に落とし、寄生生物レモラの餌食にしてきた。それとは別に義母さんだって傷つけられている。

 美鳴嬉さんの動きをリヴァイアサンより先に封じ、そして示す必要がある。

 必ず罪は償わせる、だけど殺さなくても道は開けるって!!

「ど、どういう事? 美鳴嬉が危ないって!? あの子も水の中に引きずり込まれたの!? ねえどうなのよッ!!」

 火祭さんは血相を変えて掴みかかってきた。

 丸っ切り見当違いだったけど、でもどうして美鳴嬉さんが命を賭して火祭さんのために戦いを挑んだのか、それが理解できた気がした。こんな人だったから。だからこそ、美鳴嬉さんも応えようとしたんだ。腹違いだろうが何だろうが、血の繋がった姉を守るために。

 真実を伝えるのは辛い。

 美鳴嬉さんが黒幕で、しかも火祭さんのために凶行に走っている。一番大切な火祭さん自身が巻き込まれているところを見ると、もう美鳴嬉さんも制御を失っているかもしれない。

 だけど、

『警告』

 マクスウェルがそっと、無音のメッセージを投げ込んできた。

『阿佐美嬢がユリナ夫人の言う「片道切符」をまだ消化していない場合、美鳴嬉を捜しに一人で未確認座標に出かけてしまうかもしれません。それはユーザー様を見つけるため無理な探索を続けたユリナ夫人と同じ末路をなぞるだけです』

「っ」

 アークエネミー・リリスでもああなったんだ。しかもリヴァイアサンとセイレーンが本格的に激突している今この瞬間は、戦場の危険度も段違いかもしれない。あんな所にただの人間である火祭さんを一人きりで放り出したら最悪の事態だって考えられる。

 しかも火祭さんが自分から水たまりにでも潜ってしまったら、片道切符を使い切った今の僕じゃあ助けにも行けない。

 ……ここまでか。

 いかに残酷であっても、流石に火祭さんを見殺しにはできない。彼女には僕と行動を共にしてもらう。

「火祭さん、良く聞いてください」

「な、何よ……?」

「この事件の全貌を話します。必ずしも、あなたにとって優しい結論じゃありませんけど」


   3


「う、そ……?」

 火祭さんは話を聞くにつれ、震える手で口元を押さえるようになっていった。

 信じがたい話なのだろう。

 だけど両目を見開いた彼女は僕の話を遮ったりはしなかった。

「嘘よ。だって美鳴嬉はあんなに優しくて、自分を邪険に扱う父親にだって手を上げなかったのに……」

「優しいという事と、力を振るう振るわないはまた別の問題なんでしょう。むしろ美鳴嬉さんは誰よりも人間らしかったから、あなた達を見捨てられなかったんです」

「でも、そうよ、あの寄生虫みたいなのは? 美鳴嬉があんな風に他人を巻き込んでいくはずがない!」

「それは分かりません。何か理由があって選抜しているのか、あるいは美鳴嬉さん本人も制御を失っているのか」

 何にしても、だ。

「リヴァイアサンの手でケリがついてしまえば、寄生生物レモラを引き剥がす方法があるのかどうかも闇に葬られてしまいます。つまり彼らを助けるためには僕達が確実にセイレーンと接触する必要があるんです。もちろん生きたまま」

「当たり前でしょ、そんな事!!」

 真っ当に怒ってくれる火祭さん。父にも母にも頭を押さえつけられ、生まれてきた事情によって羽ばたく事ができなかった美鳴嬉さんにとって、それはどれだけ眩しく映っていたんだろう。

「分かったわ、あたしが潜って美鳴嬉を捕まえてくれば良いのね」

「それじゃリヴァイアサンを追っ払えません。ヤツにとっては現実より地獄の戦場の方が居心地が良い。セイレーンだって、わざわざリヴァイアサンの届く場所に拠点は設けないでしょう。じっくり話すなら、現実にある美鳴嬉さんの隠れ家で待ち伏せして、出てきたところを捕まえた方が確実です」

「そんなの待ってられない!! こうしている今も美鳴嬉は……!!」

「あなたが人質になるかもしれないんです!!」

 口から出まかせだった。

 とにかく火祭さんが感情的に支配されて光る海に飛び込むのを防げれば。

 でも何故か、パズルのピースがかっちりハマっていくような気がした。

「美鳴嬉さんにとって一番のウィークポイントは火祭さん、あなたのはずでしょう! あの光る海はゲームマスターの美鳴嬉さんが作って、ハッカーのリヴァイアサンが横槍を入れて侵入している状態なんです。あなたが思うように全力を振るえないリヴァイアサンの手の届く場所に飛び込む事は、それだけでセイレーンの首を絞める事になるんですよ!!」

 ……つまり、まさにそういう事なんじゃないのか?

 確かにあれを作ったのはセイレーンだ。だけど美鳴嬉さんには火祭さんを巻き込む理由はなかった。たったの一%もだ。一方でリヴァイアサンは横から光る海に割り込んで出口を作っている。その干渉能力で火祭さんを巻き込み、自由に戦場へ引きずり込めるとしたら? ヤツにとってのメリットしかないじゃないか!!

 合理的かもしれない。

 正しい事なのかもしれない。

 だけど、僕はこう言いたい。

 クソったれのサメ野郎が!! それで人の情を理解した気になって、僕の家庭に首を突っ込んで偉そうに説教垂れてやがったのか!?

「分かってください。美鳴嬉さんと確実にコンタクトを取って助け出すには、リヴァイアサンからの干渉の危険がない現実が一番なんです。そして敵対している僕の言葉じゃ美鳴嬉さんには多分届かない。あなたの言葉がいるんです。絶対に!!」

「……でも、どうするのよ?」

 火祭さんは意図して深呼吸し、自分でも気を落ち着けてくれているようだった。

「美鳴嬉が歌声をばら撒くためにこの街にいるのは分かった。だけど、あたしにはその隠れ家なんてさっぱり分からないわ。心当たりはあるの?」

「美鳴嬉さんとの話で何かありませんでしたか。昔秘密基地を作ったとか、思い出の場所があるとか」

「……うーん……」

 こういう時は論理より感情が優先される事もある。僕だって光十字とかアークエネミーとかの関係で何度か経験がある。人間は死の淵ギリギリまで論理立てて行動できる生き物じゃないんだ。死に近づけば近づくほど、人はその魂と向き合っていく。

「火祭さん、このスマホの写真を全部コピーさせてもらって構いませんか。必要な作業が終わればきちんと消去しますから」

「えっ? ええ、ちょっと恥ずかしいけど、そんな事言っている場合じゃないものね」

「マクスウェル」

『シュア』

 火祭さんのモバイルにあった写真画像を全て僕のスマホの方にコピーしていく。二万三〇〇〇枚前後。おそらく何度も機種変していく中でも手放す事なく引き継いでいった彼女の人生そのものだ。

「美鳴嬉さんの映っている写真画像をピックアップし、顔周辺走査。表情のパレットを構築して好悪を段階評価しろ。特に水辺が怪しい」

『シュア』

「さ、最近の顔認識って感情まで読み取るの!?」

「今じゃもうカメラをつけて目線や表情から注目商品を判断するプログラムを積んだ自販機くらい珍しいものでもありませんよ。マクスウェル」

『シュア、タスク完了しました。対象、美鳴嬉が最も好感情を抱いているロケーションは火祭邸となりますが、こちらは今回の案件とは関わりがないでしょう』

「……美鳴嬉、あのバカ……!!」

 火祭さんが感極まったように言葉を詰まらせた。本線とは外れたが、でも必要な事だったのかもしれない。

『さらに条件を絞り込み、供饗市内、水辺という条件を加味しますと、第二候補はこちらとなります』

「具体的に」

『シュア』

 SNSのふきだしにはこうあった。


『山間部に位置する供饗ダムです。おそらくセイレーン・美鳴嬉の潜伏先はここでしょう』


   4


 時間がない。

 僕と火祭さんは母さん、禍津タオリのタワーマンションを出ると、その足で山間部に向かった。外は完全な夜。こんな騒ぎなんて気づかない方が得だと言わんばかりに大学生やサラリーマンの集団が盛り場に繰り出している。

「タクシーでも呼び止めましょう。歩いて行っていたら間に合わないわ」

「何とも豪勢な話ですけど、山の麓が限界ですよ。こんな夜遅くにダムまで一直線なんて頼み方したら心中目的かと疑われて通報されちゃうかもしれませんし」

 火祭さんは手を挙げるんじゃなくてスマホから配車送迎サービスのアプリを立ち上げたようだった。GPS信号を利用しているのか、あっという間に黒塗りの車が滑らかに停車してきた。

「タクシーっていうか……これハイヤーじゃないですか!? 何倍料金違うと思ってんですか!!」

「あらそう。どっちも似たようなもんでしょ。生憎、違いなんて分からないわ」

 ……やっぱりイイトコのお嬢様みたいだな、火祭さん。こっちは生まれて初めてだぞ、こんなの乗るの。ていうかハイヤーってタクシーと違ってあらかじめ契約しないと乗れなかったような。

 男らしく全額出すかせめて割り勘……なんて前のめりだった心があっという間に折れてしまう。冷静に考えてみれば、伊東ヘレンと一緒に光十字と戦っていた間もほとんど自転車か徒歩だったよな。どうやら僕って生き物は命懸けの場面でもとことん小市民にできているらしい。

 さっさと後部座席に乗り込んだ火祭さんの後に続いておっかなびっくりドアを潜り、車は再び滑らかに移動を始める。

 と、僕のスマホがぶーぶー振動した。

『供饗大学病院よりメールが着信しました。天津ユリナ夫人の処置を完了、容態の安定を確認。命に別状はないそうです』

「そうか、良かった……。待てよ、姉さんとアユミはどうなってる?」

『特に負傷したとの報告はありませんが』

「そうじゃなくて傷だらけの義母さんを何の説明もなく目の当たりにしてそのまま放ったらかしだろ。マクスウェル、あの二人にメールを送信。義母さんの件はちゃんとこっちで把握しているから暴走すんなって大至急!!」

『シュア。……逆効果になっても責任は負いかねますが』

 僕が怒られるくらいならこの際どうでも良い。孤立無援な美鳴嬉さんにこれ以上敵を増やしてほしくない。僕だって純粋な味方とは言いがたい。特に、義母さんを傷つけられた件は絶対に無視できない。

 でも、だけど。

 世界はもう少しだけ、あのセイレーンに優しくしてあげたって良いんじゃないか。僕はそんな風に思うようになっていた。

 僕達を乗せたハイヤーが山の麓まで到着した。特に有名店や観光名所でもないから、多少は不自然だけど仕方がない。それに、腐っても高級ハイヤーだからか、運転手さんも余計な詮索はしてこなかった。

 車を降りてしばし。

 ハイヤーが立ち去ってから、火祭さんがこんな風に尋ねてきた。

「乗り心地、何か違いが分かった?」

「正直に言って、全然」

 二人で笑い合ってから、改めて真っ黒に沈む山へ目をやる。自分の命でいっぱいいっぱいだった、前の旅館の時とも大分イメージが違う。普通に暮らしていればまず縁のない異形の景色だった。廃校や廃病院に挑むのとはまた別種の、それでいて深夜の闇を吸った海とも似て非なる、人知を超えた大自然の脅威に背筋がビリビリと震える。これから僕達はあそこに入っていくんだ。爪も牙も毛皮も全部捨ててしまった、こんなにもちっぽけな僕達が。

「行きましょう」

「ええ」

 頷き合って、僕達は峠道へと踏み出した。必要に迫られての事とはいえ、山の斜面を削ってコンクリートやアスファルトで塗り固めた当時の人達は何を思っていたんだろうか。道を繋ぐ事で大自然を克服したかったのか。何だかこうして道を歩いているだけで深刻な禁忌を踏みつけているような、そんな気分にさせられる。

 確かに、外海から区切られた人造のダム湖ならリヴァイアサンから狙われにくいのかもしれない。だけどこんな暗闇に一人ぼっちでうずくまり続けたら、それだけで心をやられてしまいそうだ。

 隣の火祭さんをちらりと見る。

 彼女がいてくれて良かった。僕だって一人きりなら自分の内面にずぶずぶのめり込んで、ダム湖に辿り着く前に壊れていたかもしれない。

 不吉で邪悪な負の峠を歩く。

 不遜にも人の手で造られた最大の巨大構造物へ辿り着くために。

「見えてきたわ……」

 流石の火祭さんもちょっと疲労の色を漂わせながら、そんな風に言った。

 大自然の曲線でできた影の中に、明らかに人工物の直線が混じっていた。これだけで何か言いようのない冒涜を感じる。ここまでの事を貫ける人間はある意味で鉄の意志を持っている。どうして途中で折れてしまわなかったのか、僕には理解できなかった。

「……でも、美鳴嬉さんはこのダム湖のどこにいるんだろう」

 一口にダム湖と言ってもかなり広い。一周ぐるりと回っただけで軽めのジョギングになってしまいそうだ。

「マクスウェル、ダムそのものは?」

『可能性自体は否定しませんが、あまり現実的とは言えません。ダムは空港や放送局などと同クラスの重要テロ想定目標であるため、警備レベルは高く設定されているはずです。わざわざ外からやってきて潜伏するような場所ではありません』

「ダム湖周辺の構造物。無人の山小屋やキャンプ場も込みで検索」

『シュア。炭焼き小屋や農業用水のポンプ小屋なども含めて合計四三件。居住可能な生活水準を満たすのは内一九件となります』

「いや、セイレーンは光る海から自由に物資食糧を持ち出せるはずだ。水や食べ物、風呂トイレなんかの問題はひとまず無視。純粋に寝泊まりの可否だけ想定して再検索」

『シュア。二五件になりました』

「二五引く一九。こっちの裏をかいているつもりなら新たに追加された六件のどこかだ。でもって逃亡者は情報に飢えているはず。向こうの戦場は総停電だし、そもそもあそこだと現実のニュースは手に入らない。しかも山の中じゃ電波状況は良いとも限らない。サポート状況の確認」

『シュア。各メーカーのサービスエリアマップによりますと、該当する六件の内、二件は高圧電線の鉄塔のせいでテレビやラジオも入りません。三件は地形的条件でネット未接続。通信塔を利用した携帯電波も届きません』

「じゃあテレビもネットも入る残り一件だ」

 マクスウェルの案内によると、狩猟趣味の金持ちが建てた別荘らしい。わざわざ別荘地として確保されたエリアの外に建てているのは、やはり本物の猟銃を使った趣味に対する周囲の理解を期待していないからだろう。とはいえ年に何度か立ち寄るだけの場所だから、普段は全くの無人になるのだとか。ホームセキュリティのセンサーと月に一度掃除にやってくる管理人さえかわせればやりたい放題だ。

「年に何回かしか使ってないなら、そりゃ食糧の備蓄なんてやってないか。最初の検索からあぶれる訳だ」

「それにしたって不用心な立地だわ。別荘地にまとめて建てるのは共同出資の警備員を常駐させる意味合いもあるのに。きっと元の持ち主はわざと誘っているのね」

「?」

「正当防衛なら撃てるでしょ、同じ人間相手でも。『いつか来る日』を夢想して人生のスパイスにしているんだわ」

 背筋の寒くなる話だった。こういう悪趣味は、光十字で極まったと思っていたんだけど。

 それにこれから行くのはそういう場所なんだ。人里離れてマクスウェルとの通信もいつまで保つか分からない山奥。叫んでも誰も様子を見に来てくれないし、警察に通報したってすぐにサイレン鳴らして飛んできてくれる訳じゃない。

「……火祭さん……」

「見知らぬあなた一人じゃかえって危ないでしょ。あたしがいないと多分鉢合わせても会話にならない」

 それに、と火祭さんは月夜の湖畔でこう続けた。

「大丈夫。彼女があたしの知る美鳴嬉なら」

 そう、行くしかないのだ。

 ここで終わらせる。セイレーンの美鳴嬉さんを捕まえてこれ以上の悪行を食い止め、寄生生物レモラにやられた感染者を元に戻してもらう。そうする事で、リヴァイアサンからの攻撃にも歯止めをかける。

 何もかも御都合主義だ。

 こんな大盤振る舞いの理想を叶えるために、実際問題どれだけの壁がそびえていると思っている。それでもやると決めたんだろう。なら危険に飛び込むしかない。

 これみよがしに、湖のほとりに丸太を組み合わせたログハウス調の別荘が見えてきた。まるで絵本のような景色で、でも、だからこそ不自然だ。夜中に爆音を鳴らしてやってくるヤカラとか怖くはないのか。これでは確かに火祭さんの言う通り、悪党の魔がさすのを待ち構えているかのようだ。

 そしておかしなものが見えた。

 二階の窓で、ぼんやりとした光が移動したのだ。部屋の明かりではないだろう。もっと小さい。多分手持ちのライトかキャンプ用のランプなんかだ。

「誰かいるわね」

「行ってみましょう」

 もしも僕達の予測が外れてセイレーンがここにいなくて、代わりに猟銃片手に刺激に飢えたセレブが待ち構えているとしたら、侵入した途端に散弾銃でズドンだ。当たりだろうが外れだろうが死地をかい潜るのは間違いないとしても、やはり余計なリスクに心臓が暴れる。

「マクスウェル、ホームセキュリティの稼働状況をチェック。必要なら無効化。もちろんコールセンターには異常を知らせずに、だ」

『ノー。裏口のドアのセンサーはすでにバイパス、無効化を終えています。そちらから普通に侵入可能です』

 別荘の持ち主ならそんな小細工はしない……と思いたい。僕達は顔を見合わせてから、ゆっくりと裏手に回る。

「マクスウェル、これ以上は危険だ。バックライトが目立つから消すぞ」

『シュア。危険を察知した場合はマナーモードの振動でお知らせします。モールス信号のように、何回の振動でどんな危機が迫っているかの符丁だけ決めておきましょう』

 スマホをポケットに突っ込んで、僕と火祭さんは裏口のドアの表面に触れる。できるだけ音を鳴らさないよう、ゆっくりとノブを回し、ドアを奥へ押した。

 隙間から滑り込む。

 しまったな、設計士か建設会社のサーバーから内部の構造をマクスウェルに調べさせるべきだった。外からの月光を頼りに壁を指でなぞりながら進む。正体不明の光は二階からだった。まずは階段だ。

「っ」

 上着をくいくいと引っ張られた。何か身振りでコンタクトを取ってきているようだが、この距離でも火祭さんの表情さえ見えない。何とか目をすがめて読み取ろうとしていると、暗闇に目が慣れてきたのか、ぼんやりと周囲のシルエットが浮かんできた。

 壁の一部が四角く縦長に切り抜かれている。

 向こうが階段か?

 火祭さんと二人でそちらに向かう。予想通り上に続く階段があった。指でなぞるとこれもやっぱり木製で、普通の床より音が鳴りそうだ。なりふり構っている暇はなかった。両足だけでなく両手も使って段を踏み、体重を分散させながら少しずつ上を目指す。

 上の階を覗くと、狭い廊下の両サイドにいくつかのドアがあるようだった。構造上先ほどまでと違って窓がなく、つまり月明かりの補助がない。濃密な闇にたじろぐ。正確にいくつドアがあるかも分からない。一瞬、危険を承知でスマホのバックライトに頼ろうかという誘惑が頭を侵食してきた。

 だけど、だからこそだ。

 どこかの部屋に佇むセイレーンの美鳴嬉さんだってこの暗闇には敵わなかった。だから外から見て分かるような明かりに思わずすがってしまったんだ。

 この闇は恐ろしいものじゃない。

 僕達を導いてくれる、立派な武器だ。

「……、」

 闇を利用しようと考えると、視界がガラリと変わった。いくつも並ぶドアの中で一つだけ、下にある隙間からうっすらとした光が漏れているのが分かる。本当にわずかなものだったけど、暗闇に慣れた僕達には方位を知らせる北極星のように輝いていた。

 ゆっくりと。

 ゆっくりとだ。僕と火祭さんはそのドアの前まで向かう。ドアの両サイドに張り付いた。この闇の中なのに、言葉はいらなかった。僕は頷く。きっと火祭さんも同じように首肯しただろう。

 ここから先は彼女の出番だ。

 僕の知らない時間を共有した彼女だけにしかできない仕事がある。

 息を吸って吐く、それだけの音があった。

 そして火祭さんは言った。

「み、美鳴嬉……?」

 ノックすらなく、か細い声で一言。

 わずかな沈黙があった。

 直後。


 ズボアッッッ!!!!!! と。

 ドアのど真ん中、顔の高さを五指が真っ直ぐぶち抜いてきた。


   5


 正直に言って、いきなりの事で何もできなかった。尻餅をついて、ポケットからスマホを取り出す。

「火祭さん、下がって!!」

「嫌よ!! 美鳴嬉!!」

 一度は引っ込んだ細腕が、今度こそドア全体を叩き割った。バラバラになって砕け散ったそれを見て、頭というより腹の奥で猛烈な緊張が渦を巻く。やっぱり考えが甘かったか。あれだけの規模の事件を起こした凶悪なアークエネミー。そう見るしかなかったのか!?

「マクスウェル、セイレーンの次の手を可能な限りシミュレーション。ベクトル単位で予想ルートを全て風景に重ねて表示!」

『ノー。シミュレーションに必要な情報が少なすぎます』

 ちくしょうっ!?

 マクスウェルの頭が止まってしまえば僕はただの高校生だ。直接戦闘を得意としない個体とはいえ相手は不死者、アークエネミー。戦って勝てるだなんて考えない。火祭さんだけでも逃がせるか……!?

 こっちの恐怖も覚悟もお構いなしだった。

 ぬっ……と。

 キャンプ用のランプか。揺らめく光源を片手でぶら下げた影が躊躇なくぬめるように廊下へ出てくる。光を手にしているはずなのに、かえって陰影が強調されていて化け物らしく見えた。

 これが写真の人物なのか?

 火祭さんと瓜二つに見えたあの人なのか?

「美鳴嬉……」

 よせば良いのに、まだ火祭さんは人影に語りかけている。ぎょろりと、首ではなく眼球が回って彼女の視線が獲物の優先順位を決めていく。

 僕は尻餅からゆっくりと身を起こし、できるだけ音を立てないように砕けた木板を拾い上げる。スマホのカメラアプリを起動し、フラッシュの準備も忘れずに。

 もちろん不意をついたってアークエネミーは倒せない。

 だけど彼女が手にしているのは懐中電灯じゃなくて火を使ったランプだ。手首を打ってあれを叩き落とすくらいなら。足元で火が広がった瞬間の混乱を狙えば、火祭さんを逃がす事にも繋げられるかもしれない。

「こんな所で何やってんのよ、美鳴嬉!!」

 タイミングを計る。猿の浅知恵なんて背中越しでもとっくにバレているかもしれない。さらに一歩、影が火祭さんに近づいたところで、


「阿佐美……ちゃん……?」


 錆びたような声だった。

 でもそれを耳にして、土壇場で僕の手は止まった。

「ほん、とうに……? 刺客の変化(へんげ)とかじゃなくて……?」

「ばかっ、美鳴嬉!!」

 火祭さんから躊躇なく抱き着いた。真正面から、アークエネミーの爪と牙の致死圏内に。小刻みに震える美鳴嬉さんの顔は、こっちからは見えない。だけどゆっくりと、非常にゆっくりと抱き締め返したその両の手に、人を害する力が宿っているとは思えなかった。

 ……間に合った。

 それだけ思った。傍から見ればちっぽけだったかもしれないけど、でも僕達は自分の手で起こしたんだ。奇跡を。


 彼女はバケモノなんかじゃなかった。

 それを火祭さんが証明してくれたんだ。


   6


 手に負えないのはセイレーンの美鳴嬉さんよりも、感極まった人間の火祭さんの方だった。何というか、美鳴嬉さんは色々と反応が鈍い。極限環境での緊張の連続がそうさせたのか、あるいは元からおっとりした人だったのか。そこまでは分からなかったけど。

「阿佐美ちゃん、あの、そろそろ……」

「まだダメ! 絶対に許さない、人にこんな心配かけさせて!! まだまだ正座! こっちがこんなにわんわん泣いてんのに何であなたはケロリとしてんのよおっ!!」

「あうあう、あうう……」

 困ったような美鳴嬉さんだったけど、アークエネミーの腕力にものを言わせようとする気配はなかった。それどころか、すっかり取り乱している火祭さんを見て優しい目をしているのが分かる。

 家族なんだ、と僕は思った。

 どれだけ複雑な事情があっても、やっぱりこの二人は血の繋がった仲の良い姉妹なんだ。ステータスだの枠組みだの大人達の世間体なんかにねじ曲げられる事もなく、しっかりと真っ直ぐに貫いた姉と妹であり続けたんだ。

「何がおかしいっ! 二人して何で笑ってんの!? タオリさんの坊やも正座する!?」

「うわあー!?」

 矛先が僕に向いた事で美鳴嬉さんの頭を押さえていた圧力がほんの少しだけ弱まった。ようやっと、そろそろと調子を見るように、美鳴嬉さんは本題に入ってくれる。

「レモラの話なんだけど」

「うん」

「いつの間に以心伝心してんの!? どしてあたしだけ仲間はずれ!?」

 ……この人僕達の見てないところでビール瓶とかラッパ飲みしてないよな!? ありえないはずの疑惑まで脳裏に浮かぶ。逆にシラフでこんな絡み方できるのも一つの才能だ!!

「私がみんなにお願いしたのは、アブソリュートノア関係者を率先して検索排除すべし、って項目だけ。実際に手に入れた名簿はかなり歯抜けだったし、今にして思えばデコイを掴まされていただけだったのかもしれないけど」

「判断が難しいですね。街にどれだけ義母さんの部下が潜伏しているかは僕も分からないですし」

「あ、敬語じゃなくても大丈夫だよ?」

「顔がそっくりだと距離感が掴みにくくて。こっちの方が楽だったりします」

 火祭さんの話だと妹らしいけど、どっちみち僕より年上みたいだしな。

「それで、排除、ってのは? ……その、殺せって意味で?」

「シビアな話になるけど?」

「はい」

「ストレートに殺してしまうより、生かして組織の中に潜り込ませた方がパニックのダメージは大きいの。聞いた話じゃアブソリュートノアはアットホームな感じじゃなさそうだし、内部で亀裂が入れば案外脆いんじゃないかなって思ってる。極秘資料を持ち出せれば完璧だけど、途中でバレたとしても身内同士で疑心暗鬼になるだろうしね」

 一方、当の火祭さんはほっぺたを分かりやすく子供みたいに膨らませて、

「……さっきからあたし一言もしゃべってない」

「話すも話さないもあなたの基本的人権でしょうよ何ですか?」

「美鳴嬉と坊やばっかり! 一目惚れなんて安易な恋愛絶対失敗するわ。そんなのお姉ちゃんは認めませんからね!!」

「アンタそんなに可愛い人でしたっけ!? 一体いつから幼児退行が始まってた!?」

「あはは。お姉ちゃんは、その、私と一緒にいると思い切り寄りかかってくる人だから」

 常時これならさぞかし心労も溜まるだろう。色々あったんだろうけど、この姉妹は年二回くらいで正解なのかもしれない。

 で、だ。

「絡み姉はもう好きなだけヤキモチ妬かせておくとして……。本題はここからなんですけど、レモラを感染者から引き剥がす方法に心当たりは?」

 イエスかノーかで、この後の道のりは相当変わってくる。仮にノーなら僕だって無条件でこの人を許せなくなってしまう。

「それなんだけど……」

 ところが、美鳴嬉さんは困った顔になった。

「そもそもみんな……レモラは船底に張り付いて、その船を動けなくするアークエネミーなんだけどね」

「それが何か?」

「いつまでもそのまんまなら、レモラだって空腹で倒れて共倒れしちゃうでしょう。レモラはいつでも自由に、オンオフするようにくっついたり離れたりできるの」

 これを手ぬるいと考えるか、利便性の極めて高い生物兵器と見るかは人それぞれだ。

 僕としては、とりあえず世界中にばら撒いてから考える、ミスって予測を超える勢いで感染拡大させてもすぐに軌道修正できる生物兵器なんて有史以来最悪の出来だと思うけど。しかも予防接種や抗体なんて存在しない。ただ体内に潜り込み、吸盤で張り付いて宿主を操るだけなんだから、一度解放した生体への再感染も思いのままだ。

「でも、レモラが私の言う事を聞いてくれないの」

「何ですって?」

「供饗市で秘密裏に足場を固めるためには邪魔な人がいたのは事実だし、襲えと命じたのも私だよ。それは誤魔化さない。だけど無事に潜伏を終えたら解放する予定だったのに、誰もオフってくれなくて……」

 この話の真偽は今すぐ確かめようがない。でも冷静になれば、セイレーンはこの街の住人をレモラに感染させて何をしたがっていたのか、いまいち分かっていなかったのも事実だった。

「リヴァイアサン、セイレーンときて、今度はレモラの反乱だって言うんですか?」

「うーん、どうなんだろ」

 美鳴嬉さんは細い顎に人差し指を当て、暗い天井を見上げながら、

「……そのリヴァイアサン様がやってきちゃったから、事態がややこしくなっているような気もするんだけど」

「?」

「命令系統が重複しているの。私達は本隊から離反しているけど、やっぱり海の王と言えばリヴァイアサン様だから。そうなると、あの方が近くにいる事でレモラのみんなはどっちの指示に従えば良いか分からずに立ち往生しちゃっている可能性が高いんだよね」

「……冗談だろ」

 でも、考えてみれば反逆者セイレーン死すべしが最優先だったリヴァイアサンって、レモラ感染者についてケアするつもりはあったか?

 確かにレモラはリヴァイアサンの胴体に張り付いていた寄生生物じゃなかった。それはヤツの口からも直接聞いている。

 だけど、そこにあるものを利用する事くらいは可能なんじゃないか?

 まして義母さんの組織にダメージを与え続ければ、自然とアブソリュートノアは自衛や報復のために戦力増強してセイレーンを叩こうとするような。

 水没した戦場では最強のリヴァイアサンも、内陸部、特にこの山間部にまでは手を伸ばしにくいはず。それはマーメイドなりローレライなり、部下の海産物系だって似たり寄ったりだ。

 つまり、陸上戦を得意とする現地戦力を欲していたのはリヴァイアサン側だったんだ。

 あの野郎、冤罪を着せられたふりをしながら、しっかり火に油を注いで利用してやがったのか……!?

「ふざけやがって!!」

「あ、待って。予測、あくまで根拠のない予測だから。リヴァイアサン様には悪気はないかもしれないし、そもそも他に理由があるかもしれないよ。単純にレモラのみんなの反乱って線も捨てきれないし」

「じゃあはっきりしておきましょう」

 僕は遮るように言った。

「……義母さん、天津ユリナ、アンタ達の言うアークエネミー・リリスは怪我をして光る海から帰ってきました。あの時何が起きたのか僕は見ていません。だから教えてください。……義母さんを傷つけたのは誰だ?」

「レモラの、感染者」

「ならそれは、あなたがそうしろと命令したんですか。自分の目的のために義母さんを殺せと」

「ううん。そもそも私がここに来たのは、アブソリュートノアをある程度叩いてカラミティの情報開示を迫り、方舟以外の回避方法がないか探りを入れるためだった。一番情報を持っている人を殺しちゃったら本末転倒だし、恨みを買いすぎたら落としどころがなくなっちゃう。あんな大物絶対に狙わないよ。誘拐して吐かせるのだって危険過ぎる」

 だとすれば答えは一つだ。

 誰がレモラの命令系統に割り込み、味方のふりして義母さんを襲えとひっそり命じたか。水没した戦場では旧知の、それも滅法水に強い魔王はさぞかし義母さんの頼りになっただろう。人知れず何度も僕を助けている事実も信頼を得る一助になったはずだ。

 つまり。

 あいつは僕まで利用して義母さんから隙を作り、そして安心して背中を預けた彼女に……。

「あのサメ皮野郎の腹をかっさばいてキャビアをしこたま引きずり出してやる……!!」

「落ち着いて! あと古い文献によるとリヴァイアサン様はほんとにメスらしいからその話ちょっと笑えない!!」

「じゃあフカヒレだ! あのでっけえ背びれを切り落としてコラーゲンたっぷりのスープにしてくれる!!」

「それは豪勢な話だけどちょっと待って!!」

 わたわたと両手を振り回して美鳴嬉さんがクールダウンを要求してきた。

「そっ、そもそもリヴァイアサン様がリリス……ううん、アブソリュートノアと敵対して何を得るの?」

「少なくともレモラ単体にも得はないでしょ」

「うっ……」

「そしてリヴァイアサンとリリスが対立する理由は最初から義母さんが口にしていたんです」

 別に自慢できる事じゃない。

 むしろ何でもっと真剣に考えなかったんだ、僕ってヤツは!?

「義母さん自身僕を騙すためのブラフとして使っていたから、すっかり風化して無害化しているもんだと思っていたようですけど。でも相手は忘れていなかったんです」

「それって?」

「七つの大罪にどんな悪魔を据え置くかは学派学説で違うみたいなんですけど、リリスとリヴァイアサンは同格の七つの大罪を担っているんです。確か義母さんが『怠惰』でリヴァイアサンが『嫉妬』だったかな。でも七つの席が用意されてダブリも入れれば一〇体以上いるって事は、逆に雌雄を決する事ができずに全員横並び。リヴァイアサンがそこにプライドを持って燻っているなら、隙を突いて義母さんを下したいと考えても、いいや全力で戦いたいと願ってもおかしくないはずです」

 おあつらえ向きに、リリスもリヴァイアサンも自前の組織を引き連れている。しかもリヴァイアサンの設立目的は暴走した光十字、義母さんの下部組織に対抗するためらしい。

「……最初から対抗意識バリバリだったんじゃないか。僕がやらなければあいつが戦争でも起こしていたかもしれない。わざわざ義母さんのフォーマットに合わせて戦力構成まで整えて、最後は大将戦で騎士道精神の一騎打ちでも気取るつもりだった? 暴走した末端の光十字に噛み付かれて、宣戦布告されたとでも勘違いしたのか……?」

 確かに義母さんはアブソリュートノアの幹部に収まって世界を敵に回している。だけどその根底にあるのは大事な家族を確実に方舟に乗せる、それだけだった。今さら悪魔としての権威や名声に興味はなかったっていうのに、勝手なライバル心に燃えやがって。

 リヴァイアサンは『嫉妬』の主。

 ……馬鹿馬鹿しい話だけど、それもまた当然の帰結だっていうのか。

「ようやっと全体像が見えてきた」

 散々ぐるぐる回ってふりだしに戻った気がする顛末だけど、おかげで相関図はかなりシンプルになってきた。


 敵はリヴァイアサン。

 ここだけ押さえておけば、全部丸く収まる。