【Support by】ウロボロスの如き円環【DELTA brain】



 ……そのアークエネミーは、地の底を這っていた。

 そんな彼女の周囲で、弱々しく壁や天井が蠢く。枯草めいた色の鱗が浮かんだり引っ込んだりを繰り返していた。

 表向きは不死者に対する差別的な言動は慎むべしとされているが、実際の水面下の意識ではどうなっているかは一般大衆化したかつての『コロシアム』を見れば一目瞭然だ。エルフやドワーフのような人と変わらない見た目ならともかく、下半身が丸ごと大蛇となっている彼女は大手を振って外を出歩く事はない。いいや、敢えて正確に記すならば、『弱っている時は』人間達にその様子をさらけ出そうとは考えないのだ。

 この広い世界の中で、安心して弱みを見せられる相手がいない。

 それこそが彼女の歩んできた道のりを象徴しているようでもあった。


 アークエネミー・エキドナ。

 シャルロッテ=フレグラ。


 混乱下にあったアブソリュートノアから脱出し、山を這いずり、そして今は蜘蛛の巣のように街の地下を走る広大なトンネル網を進んでいる。光十字も善し悪しだ。この通路を通れば、自分の弱いところを誰にも見せずに供饗市からの脱出を図れる。山とは反対側の海まで出て、港湾ブロックに停泊している貨物船まで乗り込んでしまえば、仕切り直せる。

『組織』と合流する事で。

 今回は失敗だったが、その詳細を報告して次に活かすための膨大な資料を抱えていると考えれば、そう悪い事ではない。それにアブソリュートノアを手放す事にはなったが、人類が方舟を失った事で大きな衝撃を受けているのも事実なのだ。この揺さぶりから回復する前に、二の矢三の矢を立て続けに放つ事ができれば人間社会のストレス値は爆発的に上昇する。ワイルド@ハント倒壊からの世界恐慌なんて次元ではなく、完全確実に極限モラルハザードのカラミティを破裂させられるはずなのだ。

 エキドナの頭もまた、ラボの一部。人工生命進化実験のためのそれは、もはや巨大な惑星シミュレータに匹敵する。その脳は蠱毒の壺のように、早くも人類を破滅にもたらす猛毒を精製しつつある。

(必ず……)

 エキドナは大蛇どころか甘ったるいミルクティーに似た色の長い髪に彩られた美しい上半身さえ床に押し付け両手の指で床の突起を掴み、前へ前へと進んでいた。

 退廃を極めて地を這う羽目になっても、その全身を彩る七色の光も、両目に宿る意志の力にも翳りはない。

(必ず一泡吹かせる。私の可愛い子供達、彼らを試練だの腕試しだので英雄達に殺させた、あの神様連中に……)

 後は『組織』に届けるだけで良い。

 頭の中のアイデアに形を与えてもらえば目的は達成する。


 そんな矢先だった。

 それは来た。


「ふんふふんふふんふーん☆」

 暗闇の奥からだった。

 あまりにも場違いな鼻歌。だが命の取り合いの場において、自らの居場所を伝えてくる事が何を意味しているか、甘ったるいミルクティーに似た色の長い髪を白い頬に貼り付け、虹の輝きを纏うエキドナはすぐに理解した。

 そう。

 圧倒的な力量差による死刑宣告だ。

「……、」

 あまりにも唐突に、くさむらを跳ぶカエルが蛇と遭遇したように、その蛇が頭上から猛禽に狙われるように、どうしようもない終わりはやってきた。

 纏う鎧は青。

 手にした槍と盾は黄金の輝き。

 地に潜る大蛇の都合など考えない。天の支配者はホームもアウェイもお構いなしに、我が物顔で闊歩する。

 アークエネミー、同格の不死者。

 だがこれは一体何だ?

「あなた、は?」

「おいおいおい。あれだけド派手に玄関の呼び出しベルを鳴らしておいて、まさか私のご登場で驚かれるとは思っていなかったんですけど」

 抱えた破滅の卵を『組織』に送り届けるだけで手一杯だったエキドナに、サブマシンガンなどの武装はない。いいやラボの備品を撒き散らし、必要なモノを必要なだけ広げたところで、果たして青い鎧の持ち主に勝つ事はできたのか。

 何故ならば。

 災厄の時代に呼応するように、今一度乾き切った地表へ降り立ってきたその存在は……。


「お久しぶりのヴァルキリー・カレンちゃんでーす!! ま、あなたみたいなのを仕留めるカミサマ側の専門家ってポジションなんで、そこんとこよろしくう☆」