第一章



     1


 実を言うと、アウトブレイクの瞬間を僕は見ていない。

 数日前。

 いつもと同じように学校の授業を終えて家に帰って、自室でのんびりくつろいでいた時だった。何だかお隣さんがバタバタ騒がしいなと思ったら、今度は玄関のインターフォンのピンポン連打。バタバタがうちの一階、リビングの辺りまで侵食してきたんだ。


 うちの娘が……。

 ああ、どうしたら良いのか。

 普通の病院は門前払いで。

 ……超常やアークエネミーって言ったら……。

 お願いします、お願い……。


 床を突き抜けて聞こえてくる断片的な親御さん達の言葉を耳にした段階で、僕の放課後も終わりを告げた。

 スマホを掴んで階段を駆け下りて、詳しい話を聞く事になった。


 委員長が倒れた。

 しかもどうやら『呪い』によるものらしい。


 全身には得体の知れない幾何学模様のアザ。明らかに普通じゃない超常絡み。医者はお手上げどころか、最初から相手にしたくないといったような門前払い。

 ……これは後で義母さん、天津ユリナから聞いた話なんだけど、アークエネミー絡みの問題、症例まで網羅した医療機関はそんなに多い訳じゃないらしい。呪いやたたりに一般の医療保険は効かない事も多いし、どんな奇怪な病状であっても受け持った患者が死ねば所属病院内で『助けられなかった死者』として、悪い意味でカウントされる。そうなると触らぬ神にたたりなし、タクシーの乗車拒否みたいに門前払いを喰らってしまう事例もあるんだとか。

『これでもマシな方よ。とりあえず入院させてビタミン剤と鎮痛剤のカクテルだけ延々点滴されるのに比べたらね。アークエネミー関連は医療保険が効かない場合が多いんだから、医者から治療費欲しさにそういう「とりあえず対応」で一年も二年も引っ張られたらどれだけ請求される事やら』

 義母さんはそんな風に言っていた。

 もちろん納得なんてしてない口振りだったけど。

『それに、餅は餅屋とかでどこの馬の骨かも分からない拝み屋なんかを紹介されたら最悪だった。除霊行為と称して殴る蹴るなんて当たり前の変態集団と意識混濁で無抵抗な年頃の女の子を一つの密室に詰め込んでご覧なさい、待っているのはまさに悪夢そのものよ』

 ……おかげで委員長は『自宅療養』、ようは放ったらかしだ。

 意識が戻らないって事は、頭蓋骨の中じゃ相当まずい話になっているはずなのに!!

「マクスウェル」

『シュア』

「……もしかしたら連日成果のないタスクにうんざりしてるかもだけど、今日も力を貸してくれ。今すぐ委員長を助けたい、一秒でも早く」

『ノー。システムには飽きるといった非効率な機能は実装されていません。それから、犯人のクソ野郎に地獄見せるから力貸せ、くらい男気溢れる事を言っても責めはしませんよ。ご自分の心に正直になりましょう』

「……誰だか知らんが犯人見つけたらほんとにその場でぶち殺してしまいそうで怖いんだよ」

『そうなってから止めますのでご心配なく。今から力をセーブする必要はございません』

 委員長が倒れてから、今日で五日目。

 その午後七時半。

 晩ご飯を食べてお風呂前といった感じの、貴重な自由時間。平日も休日もこればっかりなので、もう奇妙なサイクルが出来上がっていた。

「外に出るぞ」

『シュア』

 僕は警官でもなければ探偵でも興信所の人間でもない。プロの技術や組織力なんかあてはない。闇雲に表を歩いたってできる事は限られるけど、何もしないなんて選択肢はなかった。

 できる事をやる。

 こっちにはマクスウェル、ラプラス、ゴーストキャットの三基があるんだ。どこの馬鹿のせいかは知らないが、委員長は必ず助ける。誰を敵に回したか思い知らせてやるぞ、絶対にな。

 そんな風に考えながら部屋を出て階段を降りると、夜間学校へ向かうところだったのか、制服姿の姉さんと玄関でバッタリ遭遇した。

「あら。今日も夜のお勉強ですか?」

「……ごめん」

「謝る必要がどこにあるんですか。むしろ、あれだけやられて泣き寝入りなんて話になったらお尻を蹴飛ばしていましたよ」

 靴べらをローファーのかかとに差し込みながら姉さんはくすりと笑って、

「サトリ君も男の子ですもんね。大切なものを傷つけられて、黙っていられないのは分かります」

「……、」

「ただし、サトリ君。領分だけは間違えないでください。あなたの専門は頭脳労働の犯人当てまで、その時点で十分に成功です。人間には人間を、超常には超常を。最後の始末は私達、アークエネミーでつけますから」

 答えられなかった。

 委員長をあんな目に遭わせた犯人を前にして、自分が冷静でいられるか。約束なんかできる訳ない。僕だって僕自身がどうなるかは分からないんだから。

「行ってきます」

「お供しますよ。なんと言っても夜は私の時間ですし☆」

 アユミは今まさにお風呂タイムみたいだったので、姉さんと二人で家を出た。

 小さな頃には一日の半分は地球のスイッチが切れているものだと信じていた。夜になったら後はベッドに入って目を瞑り、陽が昇る朝まで時間を早送りするんだって。だけど現実は違う、良くも悪くも世界は平等で、昼だろうが夜だろうが繁華街の勢いは変わらないように見えた。とにかく人がすごい。

 道端のギターの弾き語り、得体の知れない宗教の勧誘、酔っ払いらしき大学生の一団に、帰巣本能さえぶっ壊れたのか橋の真ん中で潰れている背広姿のサラリーマン。昼の学校とは違う、みんな揃って右向け右じゃなくて誰も彼もが自分の世界を隠そうともしないカオスな光景が広がっていた。そしてその全員が大なり小なり闇を抱えているようにも見える。そう、心の底から満足しきっている人は温かい家にいれば普通に幸せなんだ。わざわざ夜の街に繰り出したり留まったりはしないんじゃないだろうか。それこそ姉さんみたいな生粋の夜の住人、光より闇の方が肌に馴染む人種でもない限り。

 光だの闇だのと言葉だけなら簡単なようだけど、生態的にはありえない事。その辺の虫だって飛んで火に入るんだ。普通の人なら普通に光を好む。

「……確認しよう」

 ズボンのポケットからスマホを取り出しつつ、僕はそんな風に呟いた。

「委員長が倒れたのは今からおよそ四日前。月曜日の放課後だ。授業が終わるまでは同じクラスの僕も一緒だったけど、委員長が放課後からどう動いていたかは不明。そして自宅にも帰っていない。倒れていたのは湾岸観光区駅前繁華街の、駅近くの大通り。交番の真ん前だったからすぐに保護されたようだけど」

 騒ぎに乗じて後先を考えない変態どもが群がらなかったのは本当に不幸中の幸いだった。そうなっていたら多分相手が誰であれ殺している。人間かアークエネミーかなんてどうでも良い。

「お巡りさんの記録は正確ですから、発見時の状況ははっきりしていたんですよね」

「うん。委員長が倒れる前後で不審者が物理接触した様子はなかったし、何より倒れた直後には幾何学模様のアザもなかったらしい。おそらく遅効性で、実際に倒れるより前に『何か』が起きていたんだ」

 そして委員長は倒れる前後で極端に興奮したり何かに怯えるような仕草もしていなかったという。

 まるで電池が切れたように、突然ばたり。

 脳梗塞やくも膜下出血だって激痛でのたうち回るくらいの自由はあるはずなのに、だ。

「……きっと委員長は自分が何に巻き込まれたのかも自覚していなかったんだと思う」

「でも、何もしなかった、とも言い切れませんよね?」

「ああ。効果を信じないままおまじないをやったり、罰当たりなタブーを踏んづけていた可能性までは否定できないんだよね」

 この事から言えるのは以下の通り。

 仮に超常現象が絡んでいたとしても、それは目に見える脅威じゃなかった。少なくとも、あからさまにグログロなアークエネミーから直接毒の爪なんかで襲われたとかいう話じゃないはずだ。だったらもっと怯えていないとおかしい。

 となると、

「目には見えない、手でも触れない。だから信じる事もできなかった、そんな脅威」

「放射能も細菌兵器も同じ引き出しなのに、実感がないから『呪い』は大丈夫っていうのは不用心すぎますよね」

 そう。

 呪い。

 この現代に馬鹿馬鹿しいと思うだろうか。アークエネミーが超常の部類に入るのはあくまでも人類の生物学が未熟なだけで、本当は吸血鬼やゾンビも全て科学的な図鑑に載せて分類できる程度の存在でしかないって。

 ……だけど実はそうじゃない。

「埋葬の手順を間違えれば死者は吸血鬼となり、彼らは寂れて放棄された教会を根城とする」

 美しい姉さんは月明かりの下でそんな風に謳っていた。

 口の端で、いやに長い牙を見せつけるように微笑みながら。

「アークエネミーの成り立ちには不浄やタブーの蓄積も珍しくありません。まあ、禁忌を犯した罰としての吸血鬼化だとしたら、私達はある意味において神様が決めた世界のルールに則って特別な力を授かった事になってしまうんですけどね」

「……、」

「そういう意味ではアユミちゃんみたいなゾンビなんかはその極地です。何しろ、無秩序なハリウッド映画と違って本場ハイチのゾンビは地域を束ねるれっきとした神官が罪人を裁いて強制労働させるために人体改造していたんですから」

 不死者。

 アークエネミー。

 もしも見せしめとして呪われた存在が生み出されるなら、彼らを呪う事で一番の利益を得るのは誰か。

 言うまでもない、『畏れ(おそれ)』の感情を広く蔓延させて民衆にルールの遵守を徹底させようとする、神様や神官達だ。

 闇を何より嫌う聖なる存在こそが、枠からはみ出た少数を憎んで呪いをばら撒く。強大な敵を作って被害を拡大させてから、意気揚々と退治に乗り出す。そうやって一層の支持を獲得していく。本当だとしたら、なんて出来レースなんだろう。

 ……とはいえ、上から目線で何を語ろうが僕だって素人同然だ。実際問題『呪い』の正体が何なのかなんて分かりっこない。まさに雲を掴むような話。せいぜい、虚数みたいに指折りで数えられないんだけど存在しないと世界の仕組みを説明できないエネルギー的なモノ、とでも仮置きするので精一杯。

「さて……」

 現場までやってきた僕は、姉さんと一緒に辺りを見回した。

 駅ビル近くにある大きな交差点だ。交番があるのもそのため。こうして見る限り得体の知れない魔法陣がデカデカと描き殴ってある事もなければ一面血の海なんて事もない。

 倒れた委員長を最初に保護してくれた交番はコンビニの半分くらいの大きさしかない。チラリと中へ視線を投げると、青年から中年に移行中って感じのお巡りさんがまたあんた達かという目を投げ返してきていた。不思議なもので、連日連夜押しかけるといちいち職質したり補導したりっていうのも面倒臭くなるものらしい。

「マクスウェル、すでに済ませたタスクを確認」

『シュア。

 交番の軒下にあるカメラから交差点全景を映した映像記録を入手、委員長が正確に倒れた位置をマーク。

 後は基本的にスマホに別途装着した外付けのセンサー類によるものです。

 *路面状況。残留物、付着物、傷の有無。委員長が落とした遺留品についても一応の調査。

 *生態調査。雑草の分布、繁茂に偏りはないか、昆虫、ネズミ、カラスなど小動物の動きについても。また水道水調査レベルの微生物検査による分布調査も含みます。

 *電磁波探知。目に見えない電磁波や静電気などの分布調査。

 *反射波探査。音響及び電波による路面内部の非破壊検査を含みます。

 *人工嗅覚調査。湿式イオン粒子吸着フィルターを利用した匂い探査です。

 ・

 ・

 ・』

 ずらずらずらずら、と次々出てくるリストに、横から画面を覗き込んでいた姉さんがわずかに呻いたようだった。

「……これはまた、調べましたねえ」

「ジャンク通販とハンドメイドの手作り検査キットじゃいくらあっても足りないよ」

 吸血鬼の姉さんに引かれてしまうとは心外だ。

 大体、こっちにだって節度っていうか線引きくらいは考えている。委員長の携帯やタブレットの中身には触れていないし、一番の情報の宝庫である、家で意識不明のままになっている委員長の体は手つかずだ。

 そんなデジタル探偵(笑、ともちろんつけてくれ)が連日連夜自宅と現場を行き来してスマホの尻にいくつもいくつもセンサーを付け替えて、ようやく分かってきた事はと言えば、

「マクスウェル、昨日バーチャルで精査したデータ分析を実地で証明しよう」

『シュア。単一トーンを鳴らします。モバイルの位置座標はそちらで調整お願いします』

「? つまりどういう事ですか???」

 ……こういう事だ。

 僕は電話のツー音や心電図の反応なしのような均一な音を鳴らすスマホを、胸板くらいの高さまでゆっくりと持ち上げていった。単一音は心をざわつかせるのか、あれだけ無関心だった道行く人達が気持ち悪そうな目でこっちを見るけど完全に無視。

 ピタリとスマホを止める。

 そこには何もない。

 グラマラスな姉さんが大変お上品に首を傾げた直後だった。


 ゅわぃん!! と。


「っ?」

 そんな音のひずみに、エリカ姉さんの肩がびくりと震えた。

「これ、は? ケータイの電波にノイズでも走ったんですか?」

「単一トーンはスマホ単体で出せるから電波状況は関係ないよ」

 まあこういう機械音痴なトコも隙があって好感が持てるし、真夜中にすけすけネグリジェ一丁の姉さんから動画の調子がタブレットの設定がと泣きつかれるのはドンとこいですご馳走様だけど、さておき。

「もっとシンプルに、音がひずんでいるんだよ。むしろここだけ、極めて細いラインを引くように、全く音を通さない『何か』が走っているみたいなんだ」

「音を、通さない……?」

 エリカ姉さんはいまいちピンときていない調子だった。

「ああもちろん、普通にしていても分からないよ。医者の使う聴診器ってチューブの内外で音をシャットアウトしているけど、あのチューブを目の前でピンと張っても医者の声が患者に聞こえなくなる訳じゃないでしょ。周りを迂回して音波は伝わるから困らないんだ」

『絶対音感の持ち主か、あるいは機械的なサラウンドマイクで録音分析すれば、このラインを回り込んで変質する音の波形に気づけるでしょう。その程度の微細な変化しかもたらしません』

 ちょうど音源のスマホと呪いのラインがぴったり重なるとさっきみたいな歪みが起きるんだけど、普通に街を行き交うくらいじゃ滅多に起こらない。

 ただし当然、どんなに小さかろうがただの物理法則じゃありえない現象なのは事実だ。

「別に音『だけ』を遮断している訳じゃないんだろうね。呪いは物理法則とは違うルールで『結果』を押し付けるもの。多分僕達の目や耳では分からない何かをまとめてぐいっと引っ張っているんだ」

『ブラックホールが周囲の光さえ飲み込んで見た目の風景を歪めてしまうのと同じかもしれません。音に変化はありますが、音に本質がある訳ではないのでは?』

 委員長が倒れた現場でようやく見つけた、超常の残留物。

 呪いの物的証拠になるかもしれない何か。

「昨日までに片っ端からかき集めたデータをマクスウェルに解析させ続けてきたんだ。こうして机上の空論だけじゃなくて、実地でも尻尾を掴めた。つまり」

 僕はスマホのカメラを起動し、周囲へぐるりとレンズを向ける。

 記念撮影がしたい訳じゃない。

 音の波を不自然に回り込ませる細いラインを逆算し、ビジュアル化。今ある風景の中に重ねて表示する。

 そうやって浮かび上がるのは、現実にはありえない、赤いモヤで描いた不安定な細い糸。


「目に見えない呪いを視覚化できるって訳だ」


 ヴン!! と。

 つまびらかにされた『それ』を画面越しに確認してみれば、恐怖も薄らぐってものだ。

 突然得体の知れない幻に襲われたら誰だって驚く。でもその背後に光の屈折や低周波が見つかれば『納得』できる。

 いきなり胸の真ん中に赤黒い風穴が空いたら誰だって脅える。でも向かいのビルからライフルのスコープを覗いている誰かがいるなら、弾丸を避けるための『努力』もできる。

 もう怖くない。

 お前はただのテクノロジーだ、ここに神秘のレアリティは存在しない!

「そうなると気になるのは、この赤いラインがどこから来てどこへ向かっているのかだな」

 そう、ビジュアル化した呪いの終着点はここじゃなかった。くの字に折れ曲がるように、どこかから来てどこかへ伸びている。

「マクスウェル、方角は南南西と北東だ。地図アプリと連動して何か分からないか?」

『途中で何回折れ曲がっているかはまだ断言できませんので振り幅の大きい予測になりますが』

 音が実際にひずむかどうかは、つまり呪いをARでビジュアル化できる範囲は、スマホのマイクで拾える距離に限る。原理は分かってもいきなり街の全域を洗える訳じゃないって事。

『二方向の内、南南西には委員長が搬送された内、最初に来院拒否したたらい回し病院第一号があります』

「……なるほど」

 いわゆる『チェックポイント』が何基準で設置されるかは知らないけど、そうなると南南西の病院はゴール方向か。その後もあちこちたらい回しの軌跡をなぞった挙げ句、最後には委員長宅に繋がるのかな。

 だとするともう片方、呪いのスタート地点が引っかかる。

 そもそも呪いである以上は、委員長を呪った人なり器物なりがあるはずだ。そいつを締め上げて解除方法を聞き出すなり、源泉をぶっ壊して蛇口を閉めるなり、取るべき手は色々ある。犯人捜しの意味も込めて、スタート地点を洗う意義は大きいはずだ。

「マクスウェル。残る北東で、委員長の生活圏に重なる施設、設備、人物は?」

『あくまで表面上分かる範囲の生活サイクルを基準にしますが』

「頼む」

『公立供饗第一高等学校。つまりユーザー様が在籍する高校があるはずです』


     2


 さて、さて、さて。

 ……これまた厄介と言うべきか、元凶がホームグラウンドにあればそれだけ調査するための侵入の手間も省けると言うべきか。

 ちなみに夜の学校なんてオバケがどうの七不思議がこうのなんて話じゃなくて、普通にホームセキュリティと警備員さんが怖くて近づけなさそうなものだけど、うちは事情が違う。そもそも夜間部があるから夜中に生徒がいても何の不思議もない訳だ。

 僕は普通科だけど、時間外に敷地へ入ってはならないなんて校則はない。子供の自主的な勉強の機会を奪ってはならないんだとか。

 ……それに、公営ギャンブル化された『コロシアム』やラプラスの時にも忍び込んでいるしな。

「ではサトリ君、私は授業がありますので」

「うん」

「……あんまり無茶はしないでくださいね。何かあったら授業中でも関係ありません、すぐ大きな声を出してくださいね」

 何とも過保護で心配性な姉さんに手を振って見送り、僕はそっと息を吐く。

 直後、


「はぁーい、迷える子羊さん。御守り代わりにガチの女神様(戦闘用)はいらんかねー?」


 ブワッ!! と。

 冗談みたいな甘い声に、いきなり全身から汗の珠が噴き出した。

 いきなりか。

 吸血鬼の姉さんがいなくなって五秒でこれか!?

「ヴァルキリー・カレン……!?」

「あり? そういやファミリーネーム込みでの紹介していませんでしたっけ?」

 夜の学校、なんて非現実なムードをぶっ壊す特大の反則が突っ立っていた。

 まるで南国の蝶のように青い光沢に輝く長い髪。今日びハメを外しすぎた文化祭の出し物だってここまでやらないだろうってくらいの蒼の装甲とミニスカート。そもそも左右の手にあるのは黄金、比重一九・三の二四金でできた槍と盾だ。コスプレどうのこうの以前に銃刀法を軽々と踏んづけているし、あんなもん担いで夜の街を歩くなんて全裸に札束貼り付けてスラムを徘徊するのと変わらない。

 こいつと夜の学校で会うなんてろくなイメージがない。

 全国放送で大々的に行われた『コロシアム』や、イベントを補佐していたスパコンの存在が脳裏にちらつく。

「……どうやって、どこから、なんて馬鹿げてるんだ!?」

「んふ☆ でも現実として、尾行の可能性は全く頭にありませんでしたよね?」

 神様。

 ヴァルキリーっていうのは、ここまでなのか? アークエネミーだの魔王だの、それなり以上に接して理解してきたつもりなのに、本物の奇跡や超常を扱う存在はこんなにも違って見えるものなのか!?

「なに、しに……?」

「だーかーらー最初から言っていると思いますけど。今回は損得抜きで、悩める少年に神の側から手を貸してあげましょうってだけですよ?」

「信じられるかッ! お前はあの『コロシアム』を主導した側なんだぞ。だったらいっそ……」

「私の手でお隣の委員長に呪いをかけたと?」

「……、」

 吸血鬼やゾンビの成り立ちには呪いが絡んでいる。タブーを犯した少数の変わり果てた姿を広く世に知らしめ、散々被害が拡大してから意気揚々と退治に乗り出し、こうなりたくなければルールに従えと民衆に迫る訳だ。

 つまり、呪いで苦しむ人が出て一番得をするのは神や神官の側。

 これで突然押しかけてきたカレンを信じろっていう方が無理な相談じゃないか。広い世界を見渡したって、その手の裏工作が死ぬほど似合いそうな女神様なんか他にいないくらいなんだし……、

「……でも、私が犯人ならもっとクレバーに片付けますけどね?」

「ッ、こいつ!!」

「どーどー、否定材料を提示しろと迫ったのはそっちでしょうに」

 カレンは冗談みたいに(武器持ちの)両手をこちらへ軽く見せつけつつ、

「そもそも、曲がりなりにも神に属するこのカレンちゃんがいきなり自分の手を汚すって発想がもうナンセンスなんです。私が闇に紛れて誰かを襲うなら、まず他の人の手を借ります。拠り所は信仰心でも良いし、これ、このっ、純金の槍や盾を質屋に投げ込んで札束を作っても構いません。人間なんて理想か現実か、大抵どっちかに転がるもんでしょ?」

 ……悪辣だが、的は射ている。

 大々的にテレビで流れた『コロシアム』の時だって、アークエネミーを殺すのは同じアークエネミーで、司会進行のカレンは表向き自分の手を血で汚す事はなかった。

 ただし、

「委員長はまだ死んでいない。使えない部下の失敗をアンタが拭いに来たって線は?」

「疑うだけなら濃厚ですが、冷酷非情なカレンちゃんがそこまでして部下を庇う理由については? フツーにトカゲの尻尾を切ってしまえばよろしいのではないでしょうか」

「ッ、だから! さっさとケリをつけないと自分の所まで辿られるかもしれないから……!!」

「辿られて、全ての黒幕がカレンちゃんとバレたとして」

 くすりと笑って。

 ヤツは、変わらない笑みと共に即答した。

「だから、それで、私が少しでも困ると?」

「……、」

「オカルトに警察は介入できません。彼らが逮捕状を持ってヴァルハラまでやってこられる訳じゃありませんし。先生に言いつけられても以下略。オトナのルールでバケモノ退治はできないんですよ。では公権力を頼らないとすると、あなたがハンターの真似事にでも挑戦なさるおつもりで? 美人の姉に可愛い妹、頼りになる仲間達。みんなみんな引き連れて、力を合わせて妄想全開ハーレムパワーを集めてカレンちゃんを打ち倒そう!! ……とか? ぷっくく」

 くっ……。

 この野郎!!

「その程度で折れるカレンちゃんじゃありませんって。何しろこっちは神の側で、しかもバケモノ退治専門のヴァルキリー、ああっヴァああルキぃリーさんなのですよう!!」

 完全にふざけているのか、向こうは何だか歌舞伎調で叫んでいる。

「吸血鬼だのゾンビだの、そこらの小者が出張ったところでコンボの繋ぎ役、無敵モードの彩りにしかなりません。忘れたんですかー前回はラプラスの裏切りがあったからかろうじて退けられたって話。身内に背中さえ刺されなければ、カレンちゃんは今でも普通にケタ違いの最強ですってば」

 至近五センチにヤツの小さな顔がある。

 軽く腰を折って下からすり寄るような上目遣い。うなじの辺りから漂う甘い匂いがここまで伝わる接近戦。

 でも、何もできない。

 こんなのマクスウェルにシミュレーションさせるまでもない。現実として僕には掴み合いで勝てるビジョンが浮かばない!

「さあさ、汚染耐性を全く持たない素人高校生が呪詛の源泉になんて丸腰で踏み込むもんじゃありません。最初に言いましたよね、邪気払いに女神様はいらんかねー?」

「……お前なんか連れて行っても、現場を荒らされるだけなんじゃあ」

「殺人現場と違って見張りを立てている訳でもあるまいに、誰でも自由に出入りできる空間ならわざわざあなたに同行する理由はありませんよ。適当な人材を見繕ってさっさと大掃除させています。何なら札束ビンタで本物の生徒や教師を使っても構わない」

 これもまた道理か。

 無理して作り笑いで身の潔白を証明しようとするんじゃない。カレンはドロドロで真っ黒なところを思う存分見せつけて、逆の意味で信頼を獲得しようとしている。

 ……嘘をつかない分だけ、ある意味では正直で誠実でもある。もちろん呆れの色が強いけど。

 結局、こう言い捨てるしかなかった。

 どっちみちヴァルキリーが本気を出せば、僕は何もできず挽肉にされるだけなんだし。

「勝手にしろ……」

「あいさー☆ 夜の学校が怖くなったら腕にひっつくかもしれないけど許してね?」

 スマホの画面には風景に重ねる形で、赤いモヤで作った頼りないラインのようなものが走っている。

 これが呪詛。

 物理法則の歪み。

 そしてこうして見る限り、きちんと廊下や階段をなぞっているのが分かる。いきなり壁を突き抜けたり、夜空からまっすぐ屋上に落ちたりはしない。

 ここから察するに、

「……あの日、委員長が通った道順をなぞっているのか?」

「ふーふふーん、どうなんでしょね」

 ……情けない。わざわざ口に出している辺り、何だかんだでこいつを無視しきれていないのか。まるでエレベーターの気まずい沈黙に押し潰されていくようだ。

 とりあえず画面に重なる赤いもやのラインをなぞって先に進む。全部が全部じゃないけど、所々歯抜け状態で教室に蛍光灯の光が点いていた。

『今日は三六ページから始めるぞー。日直は木村か、まずは前回の復習だ。重力加速度はgだから……』

 薄い扉の向こうには少なくない人の気配があり、聞こえてくる声もいつもの学校と大差ない。悪い事はしていないはずなのに、何だか廊下にいるだけで引け目さえ感じてしまう。とりあえず、幽霊よりおっかない女神様が隣を歩いている事を除けば、七不思議だの何だのの超常系に怯える必要はなさそうだ。

「……、」

 階段を上って目的地の前までやってくると、流石にそんな気分も吹き飛ぶけど。

「空き教室、ですかね?」

「さあ」

 自分の学校の話とはいえ、いちいちどこが空き教室かまで覚えちゃいない。基本的に保守点検の手間も考えて、夜間部の人達は僕達普通科が使っている教室を利用しているみたいだけど(……なので机やロッカーの中に辞書や参考書を突っ込んでいられないのがウチの学校のメンドくさいところでもあるんだけど)。

 ただ、きちんと観察すれば違いが分かってくる。

 まず、この教室には鍵がかかっていない。そしてうっすら開いたドアから中を覗いてみれば、机や椅子もなかった。盗まれるものがないので放ったらかし、ってトコか。これだけで慣れ親しんだ教室が意外と広いスペースなんだと気づかされる。掃除不足でうっすらと埃の舞う空間は、疑うまでもなく空き教室のようだった。

 例の赤黒いモヤはここで行き止まり。地下駐車場の前にあるターンテーブルみたいに、この空き教室でぐるりと大きな円を描いてループしている。

 ……やっぱり、ここが呪いのスタート地点、源泉、か。

『ただの空き教室にしては、若干の生活感が感じられますね』

「具体的に」

『シュア。床の埃の状況からすると一応「利用者」が掃除をしている痕跡はありますが、スナック菓子の破片やジュースと思しき染みがある他、壁際のコンセントにいくつか傷があります。おそらく頻繁に携帯電話の充電などを行っていたのでしょう』

「……こういう秘密基地は、委員長の趣味じゃないな」

 どっちかというと僕の方が『らしい』くらいだけど、

「多分ここの主は男子じゃない」

『根拠の提示をお願いします』

「外付けのセンサーをつけていない今の状態じゃ分からないか。一面にうっすらとだけど残っているんだよ。こいつは制汗スプレーの人工香料だ、ほら、真夏の女子更衣室とかに蔓延しているアレ」

『ユーザー様がどうしてそこまで真夏の女子更衣室にお詳しいのかはさておいて、だとするとどのような結論に繋がるのでしょう』

「そうだな……」

 ……もちろんここが『女の子の部屋』だったからといって、男子が一人も入っていないとは言い切れない。けどまあ、グループの主導権は女子が握っていた、って線は濃厚だと思う。

「委員長は他の誰かに頼まれて、普段立ち寄る事のない空き教室を訪れた。おそらくさほどネガティブな理由じゃない」

「はにゃ? なぜでしょう、防犯カメラもない密室空間に放課後呼び出しイベントですよ。男子諸君には想像もつかないグログロドロドロな事が起きていた可能性は?」

「……なんか試しているのか? 倒れた委員長は病院をたらい回しにされたとはいえ、救急車の中で一通り怪我がないか確かめてもらっているはずだぞ。衣類の乱れについても以下略だ。例のオカルトなアザ以外何もなかった。ほんの少しでも事件性があれば救急隊員は見逃さない、彼らだって第一線のプロなんだ」

『ですが、ネガティブでない呼び出し理由とすれば何が当てはまるのでしょう?』

 ……うーん。

 大体の目星はついているんだけど、確かに具体的な根拠はないな。

「マクスウェル、床の埃の状況から過去ここに何人いてどういう風に動いたかまでシミュレーションできるか?」

『ノー。やや情報が足りません』

 ……まぁ、そうトントン拍子にはいかないか。

「なら学校裏サイトや大手SNSの学校単位のグループ登録フォーラムを内部検索。単語を明確に絞れないけど、ひとまず未来、占い、おまじない……後は恋で頼む」

『シュア』

 馬鹿馬鹿しいと思うだろうか?

 最低でも一五、六歳の、そろそろ反抗期も終わりそうな高校生達がそんな事、って。

 常識で考えれば分かる。アークエネミーみたいな反則が人権や住民票を手に入れている時代であったとしたって、そんな都合の良いモノがほいほい転がってなんかいないって。

 でも、だからこそなんだ。

 大っぴらに『やる』とは言えないからこそ、秘密を守れる人間だけに声をかける。その内緒話が仮初めの神秘性を形作り、真偽の確かめようのないリアリティを積み上げてしまう。

 もしかしたら、ひょっとしたら。

 噂話なんてそんなもんだ。

 逆に、大々的に効果を証明できてしまったジンクスなんてもはや単なる消費物、すぐ忘れられる流行の美容やダイエットと変わらない。真偽不明で半端な位置に引っかかりつつも、無視のできない存在感を放つ。そんな落ち着かない立ち位置だからこそ、噂は人の心を揺さぶるんだ。

 つまりは、

「多分、委員長は頭数を揃えるために呼び出されたんだ」

「何のですか?」

「恋のおまじない」

 自分で言っていて顔がやや火照る。実際にすがりたかった人にとっては、絶対に周りに洩れては困る情報だったはずだ。効果の有無はもちろん、下手を打てば単純に片想いの相手に関するデータが学校中に流出しかねない案件なんだから。でも、その秘めたる素振りこそが周囲に特別な何かを錯覚させるんだ。あそこまで徹底するからには、本当に何かがあるんじゃないかって。

『検索結果一二万九〇〇二件。内、有効ソースは推定で三八〇件』

「ほへー、大当たりですか。それとも事前に心当たりがあったのかな?」

「……あの決まり事にうるさい委員長が、普段から空き教室を占拠してスナック菓子食べてるような輩の頼みを無条件で聞くとは思えない。ましてそこにオカルトな呪いまで関わるんじゃ、これくらいしか候補が思い浮かばなかったってだけだよ」

『複数のバリエーションが存在しますが、「せいれいさま」と呼ばれる恋占いの登場頻度が突出しています』

「ひとまず一番スタンダードなものを」

『シュア。携帯電話を使った占いのようです。推奨参加人数は四人。分厚いカーテンなどで外部の光を遮断した部屋を確保した上で全ての出入り口を施錠し、参加者全員のモバイルを部屋の中央に集めて、参加者は各々部屋の角に立ちます。特定の手順を踏みながら一人一人リレーするように角から角へ移動していくと、中央のモバイルに非通知の着信が入り、バックライトの光の中に「せいれいさま」が浮かび上がるそうです』

 マクスウェルの説明だと、儀式の手順は吹雪の山小屋を舞台にした『スクエア』って怪談に似ている。複数人の遭難者達が眠って凍死するのを防ぐためにルールを決めてぐるぐる歩き回るアレだ。

 ただそうなると、

「……怪談ベースって事は、当然ノーリスクじゃないんだろ。ぶっちゃけこの手の噂は危険であった方が広まりやすい。他人の不幸は蜜の味だからね」

『シュア。事前段階のリレーについては、具体的に何周回れば良いのか記載されていません。そして、一度始めたら何があっても「せいれいさま」が出てくるまで儀式を投げてはならない、ともあります』

 ……ようやく呪いっぽい話になってきた。

 でもって、本当に『せいれいさま』なんて出てくるのか? 千でも万でも回ったって何にも起こらないのが前提で、最初から参加者に約束を破らせて呪いをぶつけるための作り話なんじゃあないだろうな。

「当然、同席していた他の三人が気になるけど……」

「にひ、災害環境シミュレータの力じゃあ割り出せないんですよね?」

『ノー。ちょっと待ってください、回答を導く情報が不足していると言っただけです。どこの誰ができないなどと断定しましたか』

「マクスウェル、いちいちこんなのに噛み付くな」

 こっちの目的は犯人捜しや復讐感情を満たす事じゃなくて、倒れた委員長を助ける事だ。そのためには『呪い』の正確なメカニズムを知りたい。それはどんなものなのか、予定通りなのか手順にミスがあったのか、そして付け入る隙があって解除できるものなのか。ただそれも、事情を知る人を特定できなければ立ち往生、か。

 そんな風に思っていた。

 ところがコスプレ鎧女がなんか教室の隅でうずくまってこそこそ始めていた。

「……何してる?」

「ふんふふーん。指紋なんて結構簡単に採取できるものですよ? アルミや炭素の粉末があればね。つまり空き缶とシャーペンの芯でオッケーです。後は透明なテープでぺたりと保存して、と」

 カレンはニコニコ微笑みながら、

「所詮は空き教室ですから、出入りしている人間は限られます。室内全ての指紋を採取して数を数えれば、普段から入り浸っている人間のものだけ突出しているのが分かるはずですよ?」

 合理的だ。

 正しい意見なんだろうけど……。

「プライバシーって言葉を知らんのか!? 一番良く使う生体認証材料だぞ!」

「ですよねえ。こんなもんに頼って安心とか言ってる連中は一日に一五〇〇枚以上のパスワード付きシールを街中にベタベタ貼って回ってるのと同じなんだっていい加減気づかなくちゃあ」

 全く悪びれる様子もない。

 プロの駅員さんがホームの床にへばりついたガムを剥がすくらい簡単に、あっという間にカレンは空き教室中の指紋を集めてしまう。

「ほいほいほいと。ひとまず床と高さ二メートル以内の壁を調べれば十分かな。さーマクスウェルちゃんご所望の追加データが集まりましたよー?」

『……、』

 わざわざテンテンを返す意味はないけど、この場合は沈黙を貫くのが正しい。

 が、人間のルールを知らない人妻ヴァルキリーは堪えてもいなかった。

「はいそこまで時間切れでーす。正解の指紋数上位ランカーは安藤スタア、佐川アケミ、菱神アイちゃんの三名でしたー☆」

「っ!? ちょっと待った!」

「あー、一人キラキラ系だな。強く生きろ、大人になれば自力で改名チャンスもありますぞー」

「そうじゃなくて、今どうやって照合した!? 現場のサンプルがあったって前科者でもない限り大元のデータベースはないはずだろ!」

「あらやだ、本気で言ってます? こんだけ無邪気に生体認証が氾濫してる世の中なのに」

 ……否定できない自分が情けない。

 もしもケータイやスマホの認証に自分の指紋を使っていて、そのモバイルのバックアップを企業直轄のクラウドサーバーにそのまま投げ込んでいるとしたら……残念だけど、技術的には蒐集できる。何しろアパートやマンションの管理人と同じで、整備担当はマスターキーとなるサーバー管理者権限を持っているんだから、個人に『貸した』ストレージなんて覗き放題だ。銀行のATMやクレジットの決済なんてもっとダイレクトだろう。一回使えば永遠に企業のサーバーに指紋のデータが残る。照合して正しいか否かを判定しなくちゃならないんだから元データの保存はマストだ。そしてそれは膨大な個人情報バンクに化けていく。

 指紋なんて一〇〇年以上前の技術でも採取できるんだ。そして今は3Dプリンタだの何だの危ないオモチャも色々ある。こんなのをあてにしちゃいけないって訳。

 ただそれにしたって、モラルの問題はどこ行った?

「一体どこから引っこ抜いてきたんだ……」

「心外な。まるで今盗んできたような言い方ですね」

 ……何かしらの正規サービスの主なのか、こいつが。

「確かに光十字はバラバラになりましたけど、慈善と節税の名目で実質資本注入していた大企業が一つ残らず倒れたって訳じゃありませんからねえ。まあこの場合は、外郭の手足やトカゲの尻尾を残して胴体が勝手にくたばったって感じなんでしょうが」

「……、」

「そんなに睨まなくても、だ・い・じょ・う・ぶ。今さらあんなずぶずぶな光十字の再建なんて考えませんよ、めんどくさーい。それならゼロから新しい組織を作った方がまだしも早いですし」

 くすくすとカレンは笑みの吐息を口の中で転がしながら、

「それより今は委員長ちゃんの回復と原因究明ではなくて? 暴かれてしまったプライバシーをわざわざ埋め直しても、見たという事実は変わりませんよ。それでもわざわざ迂回して、時間をかけて、徒労を重ねて、全く同じ回答を自力で手に入れると?」

「……くそっ。マクスウェル」

『ノー。非推奨の対応です』

「なりふり構っていられないのも事実だろ。今は落ち着いているけど倒れた委員長の容態が急変しない保証はないんだ、明日まで待っていられない。ひとまず安藤スタア、佐川アケミ、菱神アイで情報検索」

『シュアシュアシュア。ぷんすかぷーん』

 こいつヤケクソ機能まで勝手に組み上げて実装していたのか。

『匿名性解除のためSNSの全体公開テキストから各人の書き込み癖をラーニングし、特徴と一致するものを掲示板や他者アカウントページコメント欄などから抽出。最初に動いているのは佐川アケミですね。不特定多数から噂の真偽を確かめ、参加者を募り、芳しくないと分かった後は自前のアカウントページ内保護領域に引っ込んだ模様です』

「後の二人、安藤スタアと菱神アイは?」

『匿名掲示板での参加者募集の辺りから追従するような書き込みに参加しています。タイミングや合いの手が行き過ぎているので、おそらくケータイなど別メディアで連絡を取りながら連携して書き込んだものでしょう。ただし佐川アケミが会の主催とは限りません。単に友人の恋を友人以上に応援していた可能性もあります』

 ……それか、恋占いの手順を正確に聞き出した上で、わざと禁を破る方向に舵を切りたがっていたか、だ。

 友人同士で同じ人を好きになっていた、とかいうドロドロの展開も完全には否定できないんだし。

 でもまあ、オカルトはあるんだかないんだかのボヤッとした『ハズレでも損はないんだしとりあえずやってみよう』の空気が一番の原動力なんだから、そこまではっきりと『失敗を信じて破滅を願う』のも不自然か。

『後は内々の、リアルにも通じる友人知人を頼る方向に切り替えたと推測されますが、保護ページのSSL秘密鍵へアタックを仕掛けますか?』

 せいれいさまに必要なのは四人。

 サクラも含めて同時に動いていたのは三人。

 後の一人をどうやって調達するかで綱引きしていたのかな。

「いや良い。あれこれ悩んで委員長にメッセージを投げたんだろ」

 最後までお呼ばれしなかったのは、おそらく普段からあまり仲が良い訳ではないから。それでいて真面目で口が硬そうなのもあるかな。恋占いって事は、誰かさんの片想いの相手の名前がどうしても出てくる案件だし。でもこれ、仮にそいつの名前が外に洩れたら大して調べもせずに感情論の魔女裁判になっていたかもしれないぞ。元の確執も分かんないってのにほいほいついて行って、危ないなあ委員長め。そんなんだから他人の呪いに巻き込まれるんだ。変に真面目なのに脇が甘いっていうかイロイロ無防備なトコはそそるけど!

「……あれ?」

『音声入力コマンドは的確にお願いします』

「巻き込まれる、そう委員長は巻き込まれただけで倒れたんだ。なら他の三人はどうなった? そっちは儀式の主催者だろ!」

『職員室への伝達ログを見る限り、特に倒れて搬送された旨の記録はありませんが』

「……四人の内で、委員長だけが倒れた?」

 何だかおかしい。

 キナ臭い。

 この空き教室に四人が集まってせいれいさまの儀式をした。成功した場合、得をするのは三人の内の誰か。なのに実際に呪いのしっぺ返しを食らって倒れたのは、最後に人数合わせで集められた、ほとんど部外者の委員長だけだって?

 変だよ、変だって。

 考えられる可能性は何だ。

 例えば、安藤、佐川、菱神の三人は前々から何度も儀式の練習をしてきたけど、急遽呼び出された委員長はぶっつけ本番だった。だから儀式の最中にヘマして呪いを受ける羽目になった、とか?


「にひ。あるいは三人は結託して部外者のイインチョちゃん一人に全部リスクを押し付けたか、じゃないですか?」


 それは、決して大きな声じゃなかった。

 だけど耳の穴へ滑り込むように入ってきたその甘ったるい囁きに、背筋が震える。

「っ」

「何かしらのアクシデントがあったのか、最初からしわ寄せを背負ってもらう係を調達する腹積もりだったのかは知りませんけど」

『ノー。落ち着いてください。具体的な根拠は何もありません、全てはカレンが意図をもって悪意的に偏らせた憶測に過ぎません』

「んー。まあ仲良し三人組としては、いつも一緒の身内から犠牲を出すよりも頭数を揃えるための部外者を差し出した方が都合は良いですよねえ?」

『ユーザー様、ヴァルキリー側には正直に回答する事で得る利益はありません。カレンは極めて高確率でこちらの混乱を誘発し楽しんでいるだけです!』

 ……分かってる。

 ヴァルキリー・カレンの最悪な性質なんて言われなくても分かってる。だけど、こと人の悪意に関してはこいつより詳しい人間を僕は他に知らない! だって辻褄が合うじゃないか。勝手に呼び出して勝手に巻き込んで勝手に切り捨てて。ありありと光景が目に浮かぶじゃないか、いったんそう考えたら他の可能性なんか見えなくなったじゃないかッ!! 目に浮かぶ、ああ目に浮かぶ! 委員長が倒れて病院をたらい回しにされたって風の噂で耳にして、三人揃ってほっと胸を撫で下ろす光景が!! 私達じゃなくて良かったねー次は誰にしよっかーなんてバーガーショップでフライドポテトでも咥えて呑気に話し合ってやがるビジョンがだ!!!!!!

「……マクスウェル。念のためだ」

『ノー』

「SSL秘密鍵で守られた個人ページを解錠。いいやどうせメッセージログなんか消してる。ローカルマシンのシステム領域にある一時キャッシュが良い、過去の会話の残滓を拾えるだけ全部抽出」

『ノーです、ユーザー様の不利益に繋がる行動は拒否させていただきます!』

「うるせえよお前がやらないなら僕が一人一人自宅の窓でも割って押し入って直接聞き出してやるよどうせ全部施錠して引きこもったって薄っぺらなガラス一枚だろ」

『……、』

 災害環境シミュレータはどれだけ頭が良くても手足がある訳じゃない。そして言葉で僕は止められないって事が分からないほどこいつは馬鹿じゃない。

 すぐに答えは来た。

 僕が自分で望んだはずの答えだった。


『あけ/てかやっぱ知ってんだって、みんな知ってんだよ借金係のコト。だって暇人どもの方が噂に強そうじゃん』


『いちばんぼし/もー、テキトーに騙して会員証欲しいだけなのに何でこんな面倒なワケぇ? 参加者の内一人が生贄になるとかさあ。知らねーんだよそんなこたあ』


『ひっしー/ネットは忘れてトロそうなヤツ捜した方が早くない? あなただけが頼りなのぉーんとか言ったらまんま信じそうなアタマの硬いバカ。全身の毛穴から処女臭滲んでるようなヤツ適当に選んで墓場にゴーしちゃえよ』


 …………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………。

 ああそうだ。

 自分で望んだんだ。

 誰に当たり散らすまでもない、コマンドした通りの結果が表示された。ただそれだけの事じゃないか。コンピュータは間違えない。あっはっは、そうだそうだ。やっぱり今は便利な世の中だなあ、何でもかんでも欲しい情報がすぐに手に入るだなんて。恵まれた時代に生まれて本当に良かった、父さん母さんありがとう。僕はこんなに幸せだよ、あっはっはっはっは。

「あのクソ女どもそんなに仲良しなら全員バラバラにして同じゴミ袋にでも詰め込んでやろうか!!」

「あっはっはっは! ウケるうー」

『ノー! ノーです!! あなたはユーザー様から平静さを失わせて何をさせようとしているのですか!?』

「マクスウェルちゃんさあ、本気でご主人様止めたいなら完全自動運転車でもハックして夜道で軽めに撥ね飛ばした方が良いかもですよ?」

『っ!?』

「おっと驚愕機能までついてんのか最近のシミュレータは。そして私は私の目的を果たすのみです。ちなみに天津サトリさーん?」

「なん、だ……ァっっっ!?」

「できもしねー事喚きなさんな思春期ちゃんよう、みっともねえ」


 ベギリ、と。


 何の音か分からなかった。

 でもとにかく僕の視界は横倒しになっていて、そして何故だかそれっきり起き上がる事もできなくなっていた。手足っていうか、首から下に力が入らない……?

 なんか、ゼンマイ人形の歯車が外れたような、そんな感じ。

 転がってる僕の顔のすぐ近くで、愛用のスマホがパカパカ点滅していた。

『ユーザー様!』

「ちょいと首の骨をズラしただけだから気にしなさんな。用が済んだら奇麗に戻してあげますよ。モチ後遺症もなしにね☆」

 痛みなんかなかった。

 この場合、それすら許してもらえない、って方が正しいのかもしれないが。

 カレンはミニスカ鎧も気にせずすぐ近くに屈み込み、面白そうなオモチャを見つけた顔で床のスマホへ目をやっている。

『システムに恩を売り、ユーザー様を人質に取って……。最初からこれが狙いという訳ですか』

「事件解決に協力してほしいんですよ。天津サトリ少年の方針にもイインチョちゃんの身命保護にも合致しているはずですけど」

『……、』

「選択の余地があるかどうかは、お得意の演算力(笑)で計算してみろよ」

『具体的に何をすれば?』

「簡単です☆」

 目玉くらいしか動かないのでギョロギョロ動かして観察すると、やっぱりカレンは笑っているらしい。

「この恋占い、せいれいさま。三人のクソ女がイインチョちゃんを巻き込んだ生贄込みのふざけた儀式。では問題です、実際にお相手のオトコノコは誰だったのか。調べる事ってできますか?」

『その程度、ですか? 暴走したユーザー様を焚きつけるだけで答えは出たと思いますが』

「推測は良い、今は客観的なデータが欲しいんです。答えが出たらすぐに愛しのご主人様は解放しますよ。ああいや、今解放しちゃまずいのか。じゃあこうしましょう。アークエネミーだらけの自宅まで運んで、こわーいママさんにでもお説教してもらうっていうのは?」

『……シュア』

「渋々機能までついてるなんてメチャクチャ高性能じゃないですか、すごーい!」

 ……こいつ、何を?

 いい加減に煮えた頭も冷めてきた。僕からマクスウェルの権限を奪う、それだけのためにあんな茶番を続けてきたんだろうか。

『検索中……』

「いちいち表示しなくて良いですよ。即答できないって事は、結果は芳しくなかったんでしょ? いや逆に、ビッチどもが誰彼構わずアプローチをかけまくっているから候補を絞りきれないって感じですかねえ」

『いいえ待ってください、まだタスク作業中です!』

「そして答えが出ないからってサトリ少年を殺すなんて言ってないんだからそう慌てなさんな。ん? プログラムなのに慌てる機能まであるのか!? 気になるー」

『つまりどういう事ですか凸( ´Д`)』

「イライラ機能も確認、と。ああ、ようは予想通りって話ですよ」

 気軽な調子でカレンは答えたものだった。


「結論、気になるオトコノコなんて最初からいなかったんじゃないかなーって」


 意味が。

 流石に、僕の思考も空白になる。

 ……それだと最初の前提が。

『辻褄が合いません。委員長を巻き込んだ三人は恋占いをしていたはずです。それなら少なくとも、その中の誰かに意中の人がいなければモチベーションは発生しないはず』

「ええ、だから何なんです?」

『だからって……』

「おっ、言い淀み機能発見。いや戸惑い機能かにゃ?」

『……まさか、三人の間で同性愛感情があったとか? あるいは全く架空のイマジナリーフレンドの可能性を示唆しているのですか?』

「もっと単純ですにゃん」

 カレンはしゃがんだまま両手を頭の上に当てて猫っぽいポーズを決めつつ、

「恋のお相手なんかいなかった。にも拘わらず恋占いを実行した。それだけでは?」

『意味が、』

「逆に聞きますけど、あのチーズ臭のすんごい腐れ×××女どもがメルヘン満載な恋占いなんぞ信じるとでも?」

 ……言われてみれば、まあ、そうだ。

 あそこまで頭が軽いんだ。そんな不確かなものに頼るくらいなら、略奪愛でも気取ってさっさと黒ずみだらけの股でも開いて男からドン引きされている方がらしい気もする。

「恋占いの理由なんて単純です。既成事実が欲しかった。私は誰々くんが好きです、この恋は叶いますか? そう宣告すれば『好きだった事になる』。通過儀礼に過ぎないんですよ。ああ、別に架空のお相手は男女どっちでも良いんだから、ひょっとしたらイインチョちゃんにとっては衝撃の展開だっかもですね。そう、例えば……あたしはイインチョちゃんが好きです、この恋は叶いますか? とかね」

「な……っ」

 それは。

 つまり、何なんだ……!?

「おやサトリ少年、まだしゃべる元気が残っていましたか。やっぱり若いってすごいなあ、うりうり」

『その既成事実があると、どんな利益が発生するというのですか。所詮は単なる一方的な宣言、言いがかりに過ぎないでしょう?』

「ええもちろん。でも現にイインチョちゃんは倒れてる。ガチの呪いにやられてね?」

「っ、お前、何をどこまで知って……!?」

「簡単な話ですよ」

 カレンは妖艶に口元の笑みをさらに広げて、

「せいれいさま。簡単に言ってくれますけど、具体的にどんな神話宗教を下地にした儀式かは分かっていませんよね? そこらの与太ではなく、きちんと実害を出すレベルの呪いの源なのに」

「それは……」

「元ネタである都市伝説のスクエアをなぞっているから? そもそも噂なんて分かりやすく感情を揺さぶるため、人の口から口へ伝わる間にありふれた民話や伝承のフォーマットへ箱詰めされていくもんでしょ。実は昔そこは合戦場だったのですう、とかね。つまり、ごった煮だった。元の味が分からなくなるくらい混ぜまくった、もはや別物のミックスジュース。ならこう考えを改めるべきです。そんなメチャクチャな混淆状態でも正常に稼働するほどの、タフな神話宗教とは何かと」

 混淆宗教だの何だの、さぞかし特殊に聞こえるかもしれないけど、僕達日本人だって笑っていられない。言葉も文字も学問もルーツを辿れば大体海の向こうからって話が出てくるし、仏教やヒンドゥーの神様を日本の名前で言い換えたりするのも珍しくないんだから。

『……つまり、結論は?』

「巨大宗教から都市伝説まで何でもかんでも取り込んで融合させる万能ツール。あなた達にとってはすんごく身近だと思いますけどねえ」

『結論』

 はいはい、とカレンは軽く両手を上げてから、


「ブードゥー教。ハイチを中心に、かつてアフリカから連れてこられた強制労働者達が興したごった煮宗教。ユーロの十字教もアフリカの精霊信仰も、インドのヒンドゥーも日本の神道も、何もかもを呑み込んで『自分達のモノにする』自由極まりない大鍋ですよ」


 ハイチ?

 ブードゥー???

 その単語が最も引っかかるのは、はるか遠くの地に根付く専門的な神話宗教の話じゃない。

 もっと身近な、僕の妹の……、

「そう、ゾンビで有名なあのブードゥー教ですよ?」

「それが……」

「もはやゾンビだけ独り歩きしているような状況ですが、元々のブードゥー教はそれだけじゃありません。ライムの毒とか母なる女神の加護とか。そんな中にあるんですよ。恋人や愛人が多ければ多いほど得をする儀式が」

 カレンはそう言った。

「こいつは同じブードゥー社会の中でも発覚すれば処罰の対象となる、邪法や外道の類なんですけどね。邪悪な精霊と書いて邪霊なんてのと契約して成功を収めるため、年に一人生贄を捧げる儀式があります。それは赤の他人じゃなくて、親兄弟とか恋人奥さん、とにかく自分の魂が引き裂かれるような相手でなければならない。そして人材のストックがなくなれば契約者自身の命を奪われてジ・エンドです」

 ……。

 だから?

「そう、この儀式って普通の感性の持ち主には絶望的に割りに合わないんですけど、実はモラルハザード万歳の腐れビッチ、惚れっぽくて移り気な人ほど有利なんですよね。インスタントに惚れてインスタントに捨てられれば、一瞬一瞬でもその気持ちが『本物』なら、毎年の犠牲にも困らない。常に命の残機をキープしながら邪霊の力でのし上がれる。……ただ当然、その大切な相手がどれだけ大切かは、客観的に説明できた方がより安全……というか、好きって気持ちの自己暗示補強に繋がるはずですけど。例えば結婚指輪を交換したからこれは私の大切な妻だ、とかね?」

『そのために、だから、自分の気持ちを盛り上げて邪霊とやらを騙す、既成事実を作るために!?』

「誰にも言えない、オトメの秘密の恋占い。そこでそっと打ち明けられた、絶対ナイショの口に出すのも気恥ずかしいお名前。……世間知らずな邪霊ならコロッと騙されそうですよねえ。想像妊娠って言葉が示す通り、普段は隠れがちですけど女の子の妄想力だってとんでもないんですから。嘘発見器くらいどうとでもできます」

 冗談じゃない。

 その話が本当なら、委員長はまんまスケープゴートの生贄じゃないか! ダイレクトに命や魂を邪霊に捧げる、一番ヤバい儀式に巻き込まれているって事だろ!? それじゃ今倒れている委員長の肉体には魂がないっていうのか!!

「天から遣わされた私が潰したかったのは、人類滅亡カラミティの引き金にもなりかねない極限モラルハザードの一つ」

 ヴァルキリー・カレンかく語りき。


「『邪霊』の名を冠し、全世界に根を張るブードゥー由来のブラックマーケット。会員条件は一つ、親兄弟恋人親友伴侶子息恩師愛弟子、とにかく年に一人、自分の人生で一番大切な誰かを商品として『出品』する事。代わりに二番手以下の世界の全てを望むだけ手に取る事ができる、真っ黒極まるクソ溜め市場。何だか勝手に梱包されてお届けされちゃった間抜けで可愛いイインチョちゃんの魂を起点に、その取引現場まで潜れたらにゃーと思ったまでです☆」