第二章



     1


 商品が今どんな形をしているのか。具体的にどういうものなのかはイメージできない。

 とにかく結論はこうだ。


 委員長の魂は体から引き抜かれ、ブラックマーケットの商品として『出品』された。

 三人のクソ女どもの成功と引き換えに、だ。


「ちくしょう……」

 片手を首に当てて調子を確かめながら、僕は低い声で唸っていた。

 モラルハザード。

 カラミティの引き金の一つ。

 ただの自然発生と見るべきか、今まで世界の裏を押さえていたアブソリュートノアが機能不全を起こしたせいで表にまで噴き出したモノなのか。

 一夜明けていた。

 首をやられて全く動けないままカレンの手で自宅までデリバリー。後はもう説明もしたくない。家族総出の大説教祭りに、マクスウェルもそっぽ向いて通信拒否してくる始末だし。

 ……ともあれ、一歩前進か。

 何もかもあの胡散臭いヴァルキリーからの情報だから、もちろん全面的には信じられないけど。

 玄関先で靴べらと格闘しているツインバターロールの妹に恐る恐る声を掛ける。

「あ、あ、アユミしゃんやーい……」

「……なにお兄ちゃん、ひょっとしておかわりとか? まだご褒美足りないの?」

 やだなあもうお説教がご褒美へ違和感なく変換されるご家庭って。義理の妹よ、少々僕の背中を追い駆け過ぎたか。

「確かに色々危ない橋は渡ったけれど、委員長について新情報が出たのでお前の力をお借りしたいのです。『邪霊』とかいうブラックマーケットもゾンビとおんなじブードゥー繋がりらしいしさ、ここは何卒……」

「おすわり、待て」

「この背徳感よ!!」

「焦る気持ちは分かるけど、まずは足場を固めてからね。そもそも昼間に突っ込む理由もないでしょ、夜になれば全力全開のお姉ちゃんも加わるんだから。ゾンビと吸血鬼の両面攻撃が理想に決まってんじゃない」

 ……そうなんだけどさ。

 セーラーとダブルのブレザーのイイトコ取りみたいな制服を着た妹の言う事は全部正しいんだ。そんなの分かってる。

 でももどかしいじゃないか。ぶっちゃけ剥き出しの霊魂だの幽体だのになった委員長がどれだけ危ない状態なのかはピンときてないトコもあるけど、ようは泣いたり笑ったりする人間を競売にかけるようなクソ野郎どもの手元にあるんだぞ。一刻も早く何とかしてやりたいって思うのが人情だろう。

「うー」

「ダメ」

「ううー……!!」

「な、涙目の上目遣いでもダメ! とにかくあたし学校あるからこれで。いい、昼間と夕方は情報収集、夜になったらお姉ちゃんと行動開始。これが基本だからね、勝手に動いたらマジでゲンコツだかんね!?」

 私立の名門校サマはとっとと出かけてしまわれた。くそうこういう時腕力勝負じゃどうにもならんひ弱なニンゲンは辛い。

 とはいえ、できるところから埋めていくしかないか。

「マクスウェル、全体検索を頼みたい」

『エラー、システムが認証した覚えのない不審人物からのコマンドには応答できません』

 くそう一体誰の機嫌から直せば話を先に進められるんだよう!!

『ぷんすかぷーん( *`ω´)』

「この聞かん坊め。お前だけは、お前だけは世界が全部敵に回っても最後まで味方でいてくれると信じていたのに……」

『……えっ?』

「ツンデレを勘違いしおってこのバカAIが、良いよもうマクスウェルなんか! おいちょっと出てこいラプラス、いつでも優等生メイドのお前に相談がある!」

『あァ!? 人の気も知らんで、もっとお灸が必要ですか! いえ決してシステムにはそのように無駄で非効率な機能はありませんが、何ならど腐れユーザー様の検索、通販、動画の履歴を片っ端から全世界に公開してやっても良いんですよ!! このデコ、メガネ、黒髪ロング、委員長、水着ダンス、上から目線で罵られバカ! 検索窓の頻出ワードが全部邪悪で満たされているんですよド変態め!!』

「うわわわわやめろ今は機械王国の独立戦争なんぞに巻き込まれている暇はないんだ!」

 傍から見ていたらどんな風に映っていたのやら。自作マシンを経由した壮大な独り言かもしれないけど割と思春期にとっては真面目なクライシスよ? お前ネットの各種履歴については不可侵条約を結んでいただろうがー!!

 と、そんな折だった。

 リビングの方から規則正しい声が飛んできた。おそらく朝のテレビのアナウンサーによるもの。そして父さんや義母さんだってわざわざこんなピリピリしている僕に聞かせようとした訳じゃないだろう。むしろ事前に分かっていたらチャンネルを変えていたはずだ。

 とにかくニュース原稿通りに、低めの女性の声はこう言ったんだ。


『本日未明、供饗市湾岸観光区駅前繁華街のゴミ捨て場で複数人の焼死体が発見されました。警察の発表によりますと遺体については同市内に住む高校生、安藤スタアさん、佐川アケミさん、菱神アイさんと見られ……』


 呼吸が、

 。いや心臓の鼓動も

 止ま……かと、

「何だそりゃ、ちょっと待てよ何なんだオイ!!」

 慌ててリビングに飛び込むと、父さんが床にあったテレビのリモコンを掴もうとしたところだった。思わずそのリモコンを蹴飛ばして遠ざけ、食い入るように薄っぺらな液晶画面へ目をやる。

『遺体は完全に炭化しており、遺留品や歯型などから身元を特定するのがやっととの事です。供饗市警は県警と連携を取って捜査本部を設置すると発表、発見前後の状況や交友関係を中心に、自殺と事件の両面から……』

「冗談じゃ、」

 三人。

 あの三人だ。

 SNSから拝借してきたのか、場違いに明るい笑顔の顔写真が三枚。むしろ逆なんじゃないかって常々思うんだけど、容疑者と違って被害者の顔写真にはプライバシー保護は働かないもんだ。

 顔を見たらこっちが衝動的にブチ殺してしまいそうな、どうしようもないクソ女達。だけどあいつらが奪われた委員長の魂の行方を知る、『邪霊』とかいうブードゥー由来のブラックマーケットに繋がる大切な道標だったんだ。

 それが、こうもあっさり?

 僕達が尻尾を掴んでロックオンした途端に?

 ……誰がやった。

 ブラックマーケット殲滅を掲げるヴァルキリー・カレンか。それとも追撃を恐れる『邪霊』側か。

「どうするんだ……」

 どっちにしても。

 これじゃあ委員長への手がかりが。

「……ここからどうすりゃ良いんだよ、ちくしょう!!」


     2


 しかし真実は僕の想像なんかはるかに超えたところにあった。


「いや、生きてる! 生きてるって私達!!」

「ちょっとやめてよ、何であたし達の机なくなってるわけぇ!?」

「冗談でしょ、ニセモノなんかじゃない。警察の方が間違ってんだって!!」


 学校まで来たところで、新たな悶着と遭遇したんだ。

 ……ていうか、あれ、

「マクスウェル」

『シュア。どう考えても安藤スタア、佐川アケミ、菱神アイの三名に見えます。表面の微細な光沢から髪や皮膚に油脂ありと推測。あの調子だと、昨日はお風呂に入っていませんね。制服姿のまま夜通し遊んでいたのでしょうか』

 僕達とはあんまり縁のない職員玄関の辺りで、学校の先生や半分警備員も兼ねてる用務員のおっさんなんかと押し問答になっているのは例の三人娘だった。

 というか、ほとんど追い出されているって方が正しいかもしれないな。

「何だ、どっちなんだ? 結局ニュースが誤報だったのか、それともあいつらが本人を騙る偽者なのか?」

「それはですねっ☆」

 わっ!? と思わず情けない声が飛び出た。気がつけば背後に迫っていた未亡人ヴァルキリーが後ろから僕の両肩に手を置き、頬ずりしながら囁いてきたんだ。

「学校って言っても公立なんて四角四面の公共機関、お役所仕事ですからね。上が死んだと言えば下も死んだと信じる事にする訳ですよ。自分の目撃談よりハンコの捺された公的書類を信じよ、波風を立てないのが一番、加点ではなく減点法の哀しいサガをなぞれば至極当然の流れです」

「お前……!」

 慌てて振り返ると、相変わらずだった。朝の通学路どころか学校の敷地の中まであのミニスカ鎧に槍と盾だ! そして気がつけば僕も僕で全員の死角に突っ立っていた。だだっ広い校庭の中、動物飼育小屋の裏に回るような格好でだ。

 これは僕の意思なのか? それともカレンに誘導されていたのか???

「あれは、あの焼死体は、アンタがやったのか!?」

「はい、もちろん問題の三人に見立てただけの紛い物ですけど。コツさえ覚えておけばDNA情報なんて簡単に壊せますからね。後はお決まりの歯型や遺留品チェックでの身元調査。カンタンに捏造できまっす!」

「何でそんな、捏造って言ったって素体となる別の人間が必要だろ!?」

「あら。本物の人骨なんて結構カンタンに手に入るものですよ。そうですね、火葬が多いこの国でもアンティークショップを見て回れば古い時代の骨格標本を見つけられるでしょう。あれは罪人の死体をアルカリ薬品で処理して血肉を削いだものって知ってました?」

「……、」

「ガワの肉や脂肪は牛のものでも十分です。完全に炭化させてしまえばDNA情報は抽出できませんし、そもそも最後の最後まで警察を騙しおおせる必要もありません。二日三日、現場を混乱さえできれば、ね?」

 何がしたいんだ、こいつは。

 単なるイカれた愉快犯、って言葉が頭の中を乱舞するけど、それは思考する行為から逃げているだけだ。理解不能なんて答えから得られるものは何もない。

「あのねえサトリさん。私達は今、『邪霊』の拠点を掴むべく関係者たる三バカを追い回そうとしているんでしょう?」

「それが……」

「『邪霊』は世界で一番大切な誰かを生贄に捧げる代わりに、二番手以下の全てが手に入る究極のブラックマーケットです。だったら三人娘を徹底的に追い詰めて、『邪霊』にすがるよう仕向ければ良いんですよ。ヤツらが邪な欲を抱くまで待つ必要なんかない、一秒後には涙目の震える脚でブラックマーケットに駆け込んでもらえる状況をこっちから用意してあげれば☆」

 こっ。

 こいつ……!?

「欲しいのは『奪われた身分』かにゃ? あるいはもっと抽象的に『元の生活』? 学校に行っても家に帰っても自分が死んだ事になっているなんて辛いですよねえ。教室から机がなくなって私室が片付けられてケータイやネットも一方的に解約されるなんて、一〇代の小さな世界に閉じこもった自我じゃあ到底耐えられませんよねえ。……なら、絶対阻止しようとするはず。自分の聖域を守るため、どんな馬鹿げた力にすがろうともね」

「……、」

「本気で『邪霊』からイインチョちゃんを助けたいなら、これくらいやらなきゃ間に合いませんよ? 私としては、この非常時にあなたが制服を着て学校へやってくるほどの『余裕』を見せたのが不思議でならないんですけど」

 そりゃまあ、そうかもしれない。

 吸血鬼の姉とゾンビの妹。規格外の力を持つ彼女達の力を借りるためには、大人しく夜まで待つ必要があるのも事実だ。

 でも、必ずしも二人の力を借りなくちゃ解決しないのか? というか、委員長の身の安全はそれまで保つのか?

 全部終わってしまってから姉さん達のせいにするのはあまりに不毛だぞ、おい。

「さあてどうしましょ」

 戦乙女、戦争の中でしか生きられない女はべろりと舌を出して提案してきた。

「……サトリさんってえ、この期に及んでまぁーだお行儀良く席について授業を受けられるほど我慢強い方だったりしますう?」

 返事は一つしかなかった。

 ノーだ。


     3


「ふざっけんな! ケータイ、ケータイももう止められてんじゃん!! あのクソ親、ちっと家に戻らなかったからって人が死んだって信じるの早すぎね!?」

「あんな野次馬だらけのトコもう帰れない……。とにかく(仮)でも何でも良いから身分証キープしないとまずいよ。私達、ほんとに抹消されかかってる!」

「でも『邪霊』とどうやってコンタクト取る訳え? ケータイもネットも解約なんでしょ、SNSからコメント出しても荒らし扱いされそう。やっぱ自分の足で直接行くっきゃないのかなあ……?」


 いちいち指向性ガンマイクだの盗聴器だのの必要もなかった。

 大股で少し先を歩くバカ三人はよっぽど余裕がないのか、黙っていても勝手に大声で近況報告してくれる。

「しっかし冷たい世の中だ。詰め寄られてた知り合い連中みんなメンド臭そうな顔してたな」

「ギャル系の素の顔なんて存外誰も知らないもんですよ。日頃から厚化粧ですし、写真は簡単に加工しちゃいますからね。すでに死んでいる、という報道を受けて固定観念を植え付けられた人達からすれば、こってりメイクで仮装した赤の他人が悪質な幽霊イタズラでもかましてきたように見える訳です」

『皆、目の前の本人よりもキョロキョロ辺りを見回していましたね。物陰からスマホを構えている人間を捜すように。ド素人のドッキリ動画に巻き込まれたと判断したのでしょうか』

「……ちょっと不思議な事があれば、何でもかんでもネットの話題性やソーシャル映えに直結か。動画共有サイトも善し悪しだな」

 時刻は朝の九時過ぎ。

 そろそろ制服姿の学生が繁華街を歩いているとお巡りさんから声を掛けられる時間帯に入ってきたけど……連中、気にする様子もないな。望まず『幽霊』に転落した事でヤケ気味になっているのかもしれない。

 あらゆるデータを作られた死人に奪われ、証明手段が一つもなくなった今、公的機関から身分照会を求められたらとことん厄介な話になるだろうに。戸籍やマイナンバーがないって事は、日本人として認めてもらえない可能性もあるんだぞ。不法入国扱いで捕まるのが怖くはないのか。

「馬鹿ですねえ☆」

「……アンタ見てると頭が良いってフレーズが本当に褒め言葉なのかどうか分からなくなるよ」

 カレンは問答無用で青いミニスカ鎧だった。こっちも目立って目立って仕方がないはずだけど、気にする素振りもない。

「衣服に関する規定は案外幅が広いんですよ、この国。完全マッパのストリーキングでもしてない限り、そこらの警官は服装だけで職質を仕掛ける事はできません。特に女性のセクシャルなトコに噛み付いてきたら差別問題に発展して大炎上必至ですしね」

「……そうか、建前じゃ怪しい人物に声を掛けていたんだよな、アレ」

「そゆこと。人サマの胸なり尻なりが怪しいとは何事か、何センチ以下のバストは人間の胸だと認めんのか、何センチ以上の尻は歩いているだけで誘っているとでも言うのかー、だなーんて言いがかりをつけられたら公務員さんは地獄を見る訳です。くっくっ、普段あれだけ威圧的なお巡りさんも道端で正体をなくしてぐでんぐでんになった酔っ払い女性を介抱する時だけは相当気を配るそうですよー?」

 つまり何もかもカレンのシナリオ通りか。

 どれだけ派手派手で馬鹿げた尾行だって具体的に引き止める人間が出てこなければ問題ないし、前を歩く当の三人は自分の身に降りかかった災難で手一杯、すっかり視野が狭まって周りの状況になんて手が回らない。世界の隙間にでも落っこちるように、見事に要件は満たしている。

 後はもう簡単過ぎた。

 ドローンでも飛ばして上から尾行しようかなと思っていたのに、そんな猿の浅知恵さえ杞憂になってしまうくらい。

 あまりにもあっさりと、世界の裏側に潜む『邪霊』の拠点まで案内してくれる。

「そうかそうか、なるほどなあ」

「えっ、でもここって……」

 僕は息を呑んだ。

 答え合わせをしている最中なのに、目の前に出てきたものを上手く消化できない。

「市立供饗動物園。うーん、獣医さんは医療関係に強い光十字もノーマークでしたからねえ」

「ここが、こんなのがブラックマーケットの会場や倉庫になってるって!?」

 こうしている今も引率の先生に連れられた小さな子供達が列を組んで正面ゲートに吸い込まれていくところだった。僕達を、というかミニスカ鎧のカレンを不思議そうに見ている子もいた。

 邪悪過ぎる。

 本当だとしたらあんまりだ。

 こんなのが許されて良いのか!?

「そんなにいちいち驚く事ですかね? 動物園や博物館って上っ面の書類は整えちゃいますけど、ようは昔っから略奪品のオンパレードでしょ。動物園の場合は稀少動物以外にも大量の餌を必要とするから、冷凍ブロック肉の中に怪しい宝石やお薬をねじ込んで運び込む事も多いみたいですし。海外の動物園や水族館なんてちょっとしたきっかけですぐ腐りますよ、それと同じ事がこの国では絶対に起こらない保証なんてどこにあるんです?」

「……、」

 正直に言うと、必ずしも小さな頃の思い出は楽しいものばかりとは限らない。それでも委員長達とは学校の遠足で来たりしたんだ。この動物園は僕の暖かい何かと直結していたはずなのに。

「……最初から、腐っていたのか? それとも誰かが腐らせたのか?」

「さあ。ただ設計段階からブラックマーケットが噛んでいたら、流石に都市デザインに深く根付いていた光十字も感知していたと思いますけど」

「つまり」

「夜の港だって最初から物騒な訳じゃありません。儲けのサイクルを考えた人間が乗り込んできて物騒にしてしまうもんです」

 後からやってきた『邪霊』が都合の良い前線基地に作り替えたって訳か。最初にあった理想を踏みにじって、それを守ろうとした人間を様々な方法で追い出して……。

「どうするんだ?」

「閉園するまで待ちます? わざわざ稼いだ時間を全部無駄遣いして」

 それもそうか。

 悪感情しか湧かないのにいちいち的確なんだよな、こいつ。

 ヴァルキリー・カレンの誘導で問題の動物園へ近づいていく。とはいえ流石に鎧と槍持ちで正面ゲートのチケットカウンターに並ぶつもりはないようだ。

 彼女が向かったのは僕の背丈の二倍はありそうな鉄柵の方だった。どちらかというと裏手に近いけど、搬入口からも離れている。そんな、ただただ壁って感じの場所。

「……まさか飛び越えるとか言わないよな?」

「そもそも目的を履き違えていません? 現場を特定する必要はあるとして、何で私達が侵入しなくちゃいけないんでしたっけ」

「何でって……あの中には委員長の魂があるんだろ。どんな容器に入ってんのか知らないけど、モノが分からない事には直接目で見て手で取って確かめるしかない。大雑把にミサイルで更地にすれば済む話じゃないんだ」

「はい。でも実際問題、そうトントン拍子に話が都合良く転がるとも思ってはいませんよね。相手はあの最大最悪のブラックマーケット、今まで影も形もなかった『邪霊』ですよ?」

「……、」

「彼らが何より嫌うのは情報流出です。世界で一番大切な人を、とかややこしい仕組みを作っているのも、メンバー全員を共犯関係で縛り付けたり囮捜査を弾くための措置でしょう。当然、外からのサイバー攻撃はもちろん中からの資料持ち出しも相当警戒しているはず。つまり入り組んだ迷路みたいな機密エリアの中は相互監視の嵐で息が詰まりそうになっているはずですよ。まして部外者に潜り込める隙間なんてないはずです」

「それなら……」

 言いかけて、思わず口をつぐむ。

 分からなかったからじゃない。こいつと同じ答えに辿り着いてしまった自分の頭に怖気が走る。

「そう」

 ミニスカ鎧のカレンはくすりと笑って、


「こちらからは入れないなら、向こうから持ってきてもらえば良いんですよ」


 直後に世界が変わった。

 動物園の中から耳をつんざくような激しい爆音が炸裂し、僕の背丈の倍はありそうな鉄柵がこっちに向けて傾いできたんだ。

 何でかって?

「お前、何を投げ込んだんだ……?」

「さて何だと思います?」

「何でいきなり爆発騒ぎなんて起こしてんだよっ!?」

 ここはゲートから離れた場所で辺りに誰もいないけど、園内中央からの大声や悲鳴は大波のように押し寄せてきている。向こうは向こうで、何が起きているか確かめようがないからこそ混乱が混乱を生んでいる状態なんだろう。

 が、カレンは全く悪びれる様子もなく、

「やだなーダイブデバイス被ってのニンジャアクションじゃないんですから、事前に図面も警備計画も分からない秘密施設へぶっつけ本番で潜入工作なんて現実的だと思います? 喉から手が出るほど欲しいお宝が絶対開かない金庫にしまってあるなら、建物に火でも点けてやれば向こうから外まで持ち出してくれるはずでしょう」

「ああそうだよ、僕だって考えた。こっちは委員長の命がかかっているんだ、本当にチラリとも思い浮かべなかったって言ったら嘘になる。でもここは得体の知れない深夜の港や廃工場じゃないんだ! さっきの正面ゲート見なかったのか、先生に連れられた子供だって大勢列を作っていただろう!?」

「まさに。こんだけ派手に騒ぎを起こして多くの人が順路を無視して予測不可能な動きを見せているんです。色々見られちゃまずいモノを抱えている側としちゃ、どうしても足を引っ張られて大胆な対応には出られないでしょうねえ」

「こいつ……ッ!!」

「どうどう」

 カレンは首と肩の辺りで純金のメチャクチャ重たそうな槍を気軽に挟んで両手をこちらに向けつつ、

「あなたの大事なイインチョちゃんを想えば時短も必要でしょ」

「何でこんなのが委員長のためになる? 『邪霊』は情報流出を何より嫌うんだろ。ヤツらが騒ぎにビビって拠点を撤収しようとしたら、余計なものは全部破棄しろって話になるかもしれないのに!」

「のんのん、それは絶対にないです」

 カレンはにこやかに微笑んだまま、

「忘れたんですかー『邪霊』で流通している商品は正規会員にとって一番大事な誰かなんですよ。貴重な商材であると同時にメンバー間を結びつける契約でもあります。血の涙を流して切り捨てた誰かがシュレッダーにポイ捨てされるような扱いを受けたりしたら、それはそれで内部闘争の引き金になりかねません」

「……自分から売り飛ばしておいて?」

「きちんと食べられるのと雑にゴミ箱へ投げられるのはまた別の話。悪い事してるヤツほど理論武装でガッチガチに固めて謎の正当化を済ませているもんですからね。逆に言えば、当初の予定から半歩でも横にズレたら心の麻酔は切れてしまうんですよ。あいつは自堕落な俺の手を離れた方が幸せになれるんだ、とかね?」

「……、」

「おっと、それにそろそろ無駄話をしている場合でもなくなってきたな。きたきた!」

 ヴァルキリー・カレンの視線が動くと、つられて僕もそっちに首を巡らせていた。

 この歪んだ鉄柵からやや離れた所にある職員用の裏門だ。係員の誘導でわらわらとお客さんが出てくる中に紛れて、いくつかの大きなトラックが顔を出している。

「完全密閉の荷台にドアや窓の厚さからしれっと防弾装備、タイヤの潰れ方も荷重を無視してるから空気じゃなくてスポンジ詰めてるんでしょうかね、あいつらこんな都市部で地雷まで想定してんのか。まあともあれ、よほどひねったデコイでもない限りはあれが『邪霊』でしょうねえ。わざわざ周りに民間人を撒き散らして盾役にするトコとかせこいなあ」

 カレンはこちらにひらひら手を振り、鉄柵から離れて目立たない小道へ向かいながら、

「それじゃ私はこの辺で。そうそう、こいつは仕事の外のあどばーいす。……マジで後悔したくなかったら、今回ばかりは紳士で甘っちょろい自分ルールの枷は外した方がよろしいかと思いますよ。あらよっと」

 気軽な掛け声と共に純金の槍をフルスイング。穂先というより柄の部分で不意打ち一発を首にもらった大型バイクのライダーが道路に転がり、カレンはさっさと戦利品を起こしてまたがりスロットルを解放してしまう。

 手を伸ばしたけど遅かった。

「くそっ!!」

 テールランプの飾りを掴み損ね、そのままカレンを取り逃がしてしまう。

「マクスウェル、一番近くの公衆電話を挟んで一一九に通報。後はドローン飛ばすぞ、上空からトラックをマークしろ!」

 ポケットから取り出したのはバラエティ番組なんかで顔を出すプラスチックのカトンボにプロペラつけたようなものじゃなくて、ヘアスプレー缶の上部に分厚いゴムの風船を合体させたようなモデルだ。ヘリウムの力で浮かぶこいつはヘリよりも気球って感じで速度は出ないけど、代わりに長時間飛ばせるしコンパクトだから持ち運びにも困らない。

 ……元々はシミュレータ内で遊ぶためのツールだったんだけどな。バーチャルに持ち込むためにリアルで分解研究して、それをまたリアルで組み立て直して、何だかねじれたアイテムだ。

『マークしたトラックは複数方向から同型トラックと合流、さらに前後を四駆で挟んで車列を形成しています。南方へ移動中』

「シャッフルされても見失うなよ。交通インフラを中心に目的地候補を並べるんだ。カレンの言い分が正しければ『邪霊』は逃げの一手。高速道路、港、ヘリポート、貨物駅、とにかく街の出口をピックアップ」

『シュア』

「並行して大きな地下駐車場、橋や高架道路下のスペースも。仮に車を乗り換えるなら衛星込みで周りの視線に気を配ると思う」

 こっちもこっちで呑気に観察だけしていれば済む話じゃない。カレンは基本壊し屋だ。人を助ける、なんて当たり前の必須事項にまるで興味がない。あのトラックの車列に委員長の魂だか幽体だかが乗せられているなら、この手で助けるところまで考えないと。

「マクスウェル、適当なでっち上げの通報で警察に検問を張ってもらう事は!?」

『ノー、それ以前にカレンの大型バイクがすでにトラックの車列最後尾に噛みついています。護衛と思しき四駆の一台が大破、交差点の信号機への激突を確認。近隣警ら中のパトカーが急行していますが、カレンと『邪霊』の両陣営とも堪えている様子はありません。今パトカーが一台大破』

 どこのバカだ日本の公道でハリウッド映画の撮影許可なんか出したのは!?

『カレンの目的が申告通りだとすれば、彼女の第一優先は「邪霊」の壊滅です。トラックの積み荷は二の次と考えると、委員長の命の保証もなさそうです』

「分かってる! だけどこっちにはアシがない、ヤツらの予想進路を出して最短で合流できるルートを検索だ!!」

『シュア。徒歩ベースとなるとかなり強引な道筋になりますが』

「早く!!」

『では二〇〇メートル西へ。三分以内に到着しなくては意味がありません』

「?」

 意味が分からなかったが、とにかく指示通りに全力で走る。

 待っていたのは谷のように左右両側を盛り土で塞がれた高速道路と、その上にかかる小さな陸橋。僕が飛び出したのは橋の方で、すぐ真下をビュンビュン走る凶器が往来していた。


「まくす

『比較的大きな、そうですね。下り線の黄色いダンプカーに飛び乗ってください、タイミングはこちらでカウントしますので参考に』

『五』

『四』

「ファイブカウントじゃ早すぎるってえ!? やっぱお前まだ怒ってんじゃないだろうなァァァあああ!!」

『ですからシステムにはそのように高度な

『あ、ゼロです今』


 恐怖を覚える間もなく陸橋の欄干から身を乗り出してしまった辺り、僕も相当に高度情報化社会(笑)とやらに毒されていたらしい。

 なまじ混乱続きであれこれ悩む暇もなかったのも一役買っていたのか。

 浮遊感と共に頭が真っ白になっていく。

 まだまだ現実感なんて戻ってこない。今さら手足を振り回したって何をどう変えられる訳でもない段までやってきておいて。

 ただ、僕の胸いっぱいに一つの感情が埋め尽くしていく。

 そう、

「やっちまったァァァあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

『しゃべると舌を噛みますよ』


     4


 まともな感覚が戻る前に赤土満載のバケットへ落っこちる。突風はビュウビュウ気持ちの悪い慣性も胃袋をぎうーっと押してもうなんていうか髪はジャリジャリ口の中は嫌な味ばっかりで耳の穴でも変なゴロゴロした違和感が自己主張してるけど、とにかく僕は大丈夫です。……やっぱダメだおっかなくて頭が回らんさっきから擬音しか出てないぞ。

「ぶはっ! マクスウェル、このダンプどこへ行くんだ?」

『カーナビの目的地設定を参考に、元々供饗市内へご用がある車両を選択しました。運転手は市販のバカナビのせいで遠回りのルートへ案内されている事に気づいていないようですので、乗車賃代わりとして時短ルートに載せ替えましょう』

 ドローンの空撮映像に切り替えると……まあひどい有り様だった。逃げる超重量級のトラック車列に追うバイクのカレン。ミニスカ鎧が振り回しているのはアナクロな槍のはずなんだけど、やっぱり二四金、規格外の比重そのものが破壊力の源か。護衛車両だって防弾の四駆って話なのに、空中で形を失って雪崩れ込む純金の槍の前には形無しだった。何しろ一グラムの塊が三〇〇〇メートルくらい延びるって話だから、普通の鉛よりも格段に衝撃を伝える力も大きいだろう。いっそ、ほとんど黄金の濁流って言った方がイメージしやすいかも。超高比重液体による消防車じみた大放水。一発一発で走る凶器は踏んづけた菓子箱みたいにへこみ、防弾車は三発と耐えられずにコースアウトして街灯やビル壁に激突していく。

 あれだけごつい鋼の塊でできた車列が、まるで一枚また一枚と追い剥ぎに衣服を奪われていく乙女のようだ。

 投げたら投げっ放しでおしまいって訳でもなくて、カレンが軽く右手を振ると水飴みたいに集まった黄金の塊が再び槍の形を取り戻す。

 その圧倒的な火力、装弾数も制限なし。

 それ自体も驚きだけど、

「……カレンのヤツ、もはや顔バレなんか恐れていないのか?」

 相手が『邪霊』だろうがパトカーだろうが近づく者は容赦なしって感じだ。そりゃ日本の警察官は簡単に銃を抜けないって話は良く聞くけど、だからこそ車を当てて止める技術はかなりのものだったはず。それをあそこまで一方的に蹴散らせるものなのか?

「いや元から全国放送に素顔出していたんだし、ネットを漁ればいくらでも出てくるんだろうけど」

『鎧に槍のインパクトが強すぎて素顔が人々の記憶に残らないと睨んでいるのかもしれません。マスクにコートの変態と同じ感じで』

「これだけケータイとカメラが普及した時代にか? あっちこっちに転がってるパトカーにだって記録用のレンズくらいあるはずだ。カレンのヤツ、現世で問題起こしても天界に引っ込んでほとぼり冷ませば問題なしなんて甘い事考えてないだろうな……?」

『可能であれば極めて合理的とも判断できますが』

 ……だから厄介なんだよ、くそ。

 ヴァルハラってのは犯罪天国の事なのか? 報復の心配を一〇〇%排除できる究極の逃げ場なんてものが本当にあったら、核攻撃でも南極爆破でもやりたい放題じゃないか! あいつにとってはログアウトすれば後腐れなしのオープンワールドと同じ感覚なんじゃないのか!?

『カレンに噛みつかれながらの混乱下ではありますが、「邪霊」の車列側の動きには規則的に一定方向を目指す傾向があります』

 ぐぐっと横方向に荷重が加わる。僕がお邪魔しているダンプが(ナビの画面からマクスウェルに誘導されて)インターチェンジに向かうため減速用のループ状連結路に入ったようだ。

 ぐるりと回る坂道を上り、視界が開けていく。

『「邪霊」の進行方向上にある重要交通インフラの筆頭に商業港があります。稀少動物の輸送や毎月コンテナ単位で海外製の冷凍肉を仕入れる都合で、港湾管理部には法人用の特殊窓口が用意されているようです。実質的な税関フリーパスですね』

「って、おい! ちょっと待て、じゃあヤツらの移動ルートって……」

『シュア。ちょうどループの外側、一般道をトラック車列が通過しますのでタイミングを合わせて飛び移ってください。カウント、スリーから始めます』

「読んでる間に過ぎちゃう……ッ!?」

 ジャンプとか飛び移るとか格好のついたものじゃなくて、ほとんど中腰でうろたえている間にループの慣性に負けて落っこちたって方が近い。

 とにかくまたもや宙を舞った。

 浮遊感に震える暇もなく、平べったいステンレスの上へ肩から落ちる。鈍い音と衝撃にのたうち回りながら辺りを観察すると、さっきの高速道路よりも派手に風景が流れていた。

『邪霊』の車列を作っている大型トラックの密閉荷台だ。

「マジかもう! ほんとにダンプから暴走トラックに飛び移ったのか僕……!?」

 もはやサーカスじゃんか、ブログに書きたいくらいだけど絶対不謹慎扱いで大炎上だよ!

『警告』

「今度は何だ巨大怪獣か!?」

『バイクに跨ったカレンが絶賛襲撃中ですので巻き込まれないようご注意を』

「ぎゃああああーっ!!」

 叫んだ時には空を泳いでいた。

 真横から高圧放水じみた黄金の槍を叩き込まれ、防弾耐爆の装甲トラックが消しゴムを人差し指で弾くようにいきなり吹っ飛ばされたからだ。おかげでもうダルマ落としみたいに僕だけ空中に取り残され、すぐ後ろを走る別のトラックの運転席真上へ腰をぶつける。

「ぐばっ、がはごほ! い、いつからこの国は重力って言葉を放棄しやがったんだ!?」

『警告。先ほどの映像分析の結果、真下の運転席の男は銃器を所持しています。ネット検索で真っ先にヒットする画像照合用データがエアガンメーカーのカタログリストなのでやや心許ないですが、おそらく東側のKN65通称クルスナカフ。つまり四五口径のサブマシンガンです』

「さぶま、何だって!? うわあっ!?」

 パパパパパン!! と帯状に繋がった爆竹みたいに派手な音が炸裂し、思わずその場で丸くうずくまる。これで正しい対応かなんて知らない、とにかく運転席から真上に向けて乱射されたらおしまいなんだ。冗談じゃない、こっちはダイブデバイス引っ掛けて安全なバーチャル空間で遊んでいるんじゃないんだぞ!!

 ……?

 でも、あれ???

「何だ虚仮威しか、何にも起こらないぞ」

『ノー。おそらく完全防弾車の中から天井へ発砲したので、自前の装甲板に弾かれて運転席内を無数の弾丸が跳ね回ったのでは?』

「まったくもーバカしかいないのかーこの世界にはぁーっ!?」

 ロシアンルーレットで言い出しっぺの荒らくれ者が最初の一発目で大当たり、ってのはこんな気持ちだろうか。無理矢理巻き込まれた側はどんな顔をすれば良いっていうんだ。

 マクスウェルの予測を証明するようにトラックが勝手に蛇行を始めた。『邪霊』は何でも集まる究極のブラックマーケット。だから装甲トラックや鉄砲なんていうモノはいくらでも調達できるけど、扱うヒトの訓練まで手が回っていないらしい。腕自体はそこらのチンピラくらいなのかな。

『高度に訓練され実戦経験も積んだ傭兵ごと商品化されていなかったのは幸いです』

「……定義がおかしい。お前とは幸不幸について話し合う必要がありそうだな。こりゃ集中的に反復ラーニングさせなきゃダメだ」

 ヤバいヤバい、あまりに非現実的な出来事の連発でだんだん人の死にリアルを感じなくなってきてる。

 今だって誰もハンドルを握らなくなったトラックは右に左に蛇行を続けているんだ。こっちは運転席の屋根にしがみついているだけで精一杯だし、そうしていたっていつかは必ずコースアウトで大破するっていうのに、何なんだこの冷静なツッコミは!?

「サトリさーん」

 そして呑気な声があった。

 大型バイクにまたがった例の人妻ヴァルキリーだ。くそっ、もうパトカーも白バイもいない。みんな叩き潰しやがったのか!?

「カレンお前ほんとに考えてんだろうな! どこの荷台に委員長の魂が乗せられているか分かんないんだぞ!?」

「ええー、ですから全部薙ぎ倒して後から荷台を検めますねー」

「ですからの繋がりがおかしいだろお!? ……あぐぅあ!!」

 言葉が詰まった。

 というか蛇行して道を外れた装甲トラックが信号機の柱と激突し、運転席をひしゃげさせながら急停止。こっちはそのまま慣性の力で真ん前へ投げ飛ばされて……ッ!?

「あらよっと」

 そして気軽な言葉と共にカレンが大型バイクのハンドルを捌いて歩道まで乗り上げ、放り出された僕を奇麗に後部シートでキャッチする。

「? ???」

 あんまりにも収まりが良すぎて、一瞬マクスウェルの軌道計算に遊ばれているのかと思ったくらいだ。

 あとこいつの背中、鎧でごつごつかと思いきや意外と柔らかいトコも多いな。しかもなんかカレンてば良い匂いするな! 戦に挑む格好として正解なのかどうかは知らんが!! くんくん!!

「……この状況で意外と大物ですな」

「うるさい男の方が後ろについたらもう歯止めなんか効かないからな! 見てろ思う存分覆い被さってミッチャクしてくれる!!」

 それにカレンを何とか足止めしないと被害が広がるばかりだけど、腕力にものを言わせたところで人間如きじゃどうにもならない事くらい嫌ってほど理解しているんだ。やり方を変える。どんだけふざけてしまっても、できる事は全部試すからなっ!!

「ところでサトリさん気づいてます?」

「何だイロイロと持て余した未亡人のうなじスンスン!!」

「まあ取るに足らない児戯については放っておきますけど」

「予想外!?」

 これがカミサマの、いいや色んなもんを噛み締めた未亡人の余裕か!?

「でもって本題ですが、あれだけド派手だった大名行列もそろそろ全滅タイムだって事ですよ。装甲トラックは残り一台、あれを薙ぎ倒せば全積荷の強奪に成功です。後は来た道を引き返して一つずつ荷台の中身を調べていけば良い。そんな訳であらよっと」

「させんぞおっかない!!」

 真後ろから羽交い締めにしたけどぴくりとも動かない。銅像に抱きついているくらい絶望的だ。考えを改め、カーブを切るカレンとは逆側に思い切り体を倒す。

 途端に大型バイクが不安定に蛇行し、片手運転のカレンの右手があらぬ方向に振るわれる。液状の奔流と化した黄金の槍の矛先がわずかにずれ、装甲トラックのバンパーを真横からむしり取った。

「さーとりさーん?」

「だから転がしちゃって大丈夫なのか委員長の魂は!」

「どんな形で保存されているにせよ心配いらないと思いますけどね。何でも扱う『邪霊』の梱包や運搬のノウハウは半端なものじゃないはずですし、多分トラックの中身が全部生卵でも割れる事はないですよ」

「多分ッ!? 何の保証もない女の勘(笑)で委員長の命をまな板に載せやがって。確定情報じゃないなら徹底的に邪魔するぞ! 後ろから胸でもわし掴みにしてやろうか!?」

「経験不足を極めたこじらせ気味のサトリさん如きのテクで、この魅惑の未亡人の眉をピクリとでも動かせると? (カッ!!)」

「やだよーはじらいのない女の人怖いよー!!」

 改めて思う。やっぱり僕には真面目ではじらい成分強めな委員長しかいないな! そんな訳で絶対粗末にはさせんぞ!!

「……てかあんなの生身でぶつけられたら一たまりもないぞ。ラプラスの時はどれだけ手加減していたんだ」

「あはは、手加減するような理由があったとでも? 神様系の武器ってのは扱いが面倒でしてね、特に本来設定された目的外で使用すると神威にロックがかかるっていうのが世の常なんですよ。ヴァルキリーってのは天界から神様パワーを借り受けたメッセンジャーでしかないですからねえ」

……逆にセーブした状態で魔女の井東ヘレンとダークエルフの村松ユキエを同時に瞬殺してのけたっていうのも十分脅威ではあるんだけど。

「そして思い出話に花を咲かせて時間を稼ぐつもりのようですがそうは参りません。そおーれ槍どーん!!」

「うおおあおっぱいむぎゅー!!」

 割と全力全開の男の死闘があったのだが結果は一ミリもずれちゃくれなかった。くそっ普通に硬いよう、流石にミニスカ鎧でも胸まわりには装甲つけているか!!

 一方ヴァルキリーの片手一本で解き放たれた超重量の槍は空中で形を失い、液状の凶器と化して今度こそ最後の装甲トラックの脇腹に激突する。横滑りとかいう次元じゃなくて、いきなりちゃぶ台返しみたいにタイヤが全部浮かび上がって車体がひっくり返った。ガードレールや街路樹なんかを次々と巻き込んで転がり転がって転がり続け、ビル壁にボディを擦り付けるような格好で減速していく。

 カレンはカレンで車線なんか無視して大型バイクをぐるりと回していったん停めると、

「さて、第一ラウンドはこんな感じかなー。当然、『邪霊』もやられっ放しで終わるとは思えませんけど」

「……はい?」

「転がって身動きの取れない積荷を回収するため、よそから第二陣、第三陣が駆けつけるって事ですよ。当然、全部残らず撃滅したいカレンちゃんからすれば入れ食い状態ですし、トラブルシューターは仕事の特性や自身の保険のつもりでセクションをまたいで様々な情報を握っているものですから、捕らえて吐かせられればいよいよ『邪霊』の全貌を掴んで壊滅までの目処が立つって訳です」

 ……こいつジョブとか種族的なものはヴァルキリーで良いんだよな。アンゴルモアの大王とかじゃなくて?

 ヒゲマッチョの戦争バカ達が幅を利かせる北欧神話じゃ女神様もこんなものなのかなあ。

「しかーしイインチョちゃんをとにかく助けたいサトリさんは事情がちょっと違うでしょ? ほらほら次の銃撃戦が始まるまでのこのインターバルで積荷を検めてしまった方が安全だと思いますけど。流れ弾だろうが誤爆だろうが当たれば命が散るのは同じですよ?」

「ちくしょう!!」

 何もかもカレンのペースだが、かといって突っぱねる訳にもいかない。こっちは何としても委員長の魂を奪還しなくちゃならないんだ。


     5


 人妻ヴァルキリーの腰から手を離して慣れない大型バイクの後部シートから降りると、僕は横転して動きを止めた装甲トラックへ向かっていく。

 待っているのは最後尾の両開きのドアだけど、横倒しだと不思議な感じだ。

「マクスウェル、トラックの荷台ってどうやって開けるんだ? このレバーで良いのか?」

『警告』

「?」

 意味が分からずにそのままレバーを引き下ろした直後だった。


 バン!! と。

 勢い良く開いたドアの奥から、太い腕が


「うわあ!!」

 ほとんど体当たりみたいに両開きの扉を慌てて閉め直す。感覚的にはオーブンの跳ね上げドアみたいに。それが功を奏したのか、正体不明の誰かの腕がドアに挟まった。

 タトゥーだらけの真っ黒な腕。その五指が握り込むギラリと輝く光の正体は、大振りのナイフか。

 中身が生卵でも大丈夫、とかカレンが言っていたか。なら横転したって『邪霊』のクソ野郎達が目を回しているとは限らない……!?

 当然ながら、こっちはただの素人だ。刃物を持ったチンピラなんかが躍り掛かってきたら無傷で抑え込める保証なんか何もない。良くて相討ち下手すりゃ一発グサリでおしまいだ。

「くそっ、ああもう! ちくしょうが!!」

 もうヤケクソだった。

 二度、三度と立て続けにアルミの扉へ肩からぶつかっていくと、隙間の向こうから絶叫があった。だけどまだナイフは握られたまま。岩に挟まった大蛇みたいに暴れるこの腕を自由にさせる訳にはいかない。せめて刃物くらい手放せ! ともう一回ドアへ体当たりした時だった。

 べきり、と。

 枯れ枝を折るような、嫌な音が薄いドア越しに響き渡った。だらんと下がる腕、ようやっと落ちるナイフ、そしてどうしようもない悲鳴。

 まさか。

 いやまさか、僕は今……?

「うっぷ!!」

 思わず体をくの字に折って口元に手を当てた直後、中から勢い良く両開きの扉が開いた。ドアに叩かれるように道路へ転がる僕をよそに、装甲トラックの中から筋骨隆々の大男が顔を出す。

「っっっ!?」

 武器になるものなんか何もない。倒れたまま足を振り上げる僕だったけど、予想に反して何も起こらなかった。

 というか、ほとんど白目を剥きかけた男はそのまま道路に崩れ落ちている。

 ……骨折の痛みで気絶した、のか?

「はあ、はあ……」

 吐く息も調整できずに汗だくのまま起き上がり、黒人の大男をゆっくり迂回して、地面に落としたナイフの存在を思い出した。拾うかどうか迷ったけど、結局蹴飛ばして遠ざけるに留める。

 ここはバーチャルじゃないんだ、殺しの道具なんてとんでもない。死体になるのはもちろん、ついうっかりで死体を作るのも真っ平だ。

 改めて、装甲トラックの荷台を覗き込む。

 ……とりあえず、他に誰か潜んでいるって訳じゃなさそうだな、と。

 窓がないので薄暗い。いくつものスチールラックがボルトで留められていて、プラスチックでできた収納ケースみたいなのがいくつも詰め込まれていた。車体ごと横転しているけど、ケースやラックが倒れたり散乱している様子はない。この辺りはカレンの言った通りか。

 ただ、

「具体的に、委員長の魂って何なんだ。ビンにでも詰まってんのか、ちゃんと目に見えて手で触れる形なんだろうな……」

 とりあえずドアに近いスチールラックに取り付いて収納ケースを引っ張り出す。左右一対の留め具を外して上蓋を外すと、びっくり箱みたいに中から勢い良く何かが飛び出してきた。

「うわっ!?」

 妙なトラップかと思ってひっくり返ったけど、爆弾がドカンとかいう話じゃないらしい。

 出てきたのは親指くらいの大きさの、

「何だこりゃ? 小さいじいさん……。一寸法師かなんかか???」

「わしムリアン! まったくひどい目に遭ったわい」

 ムリアン。……ていうと、カタカナ横文字っぽいし体は小さいし、ヨーロッパ辺りの妖精か何かか? 流石にマイナー過ぎて知識が追いつかない。

 横に倒したスマホの画面に収めてマクスウェルに検索を頼むと、こんな答えが返ってきた。

『ケルト圏に起源を持つ古い妖精のようです。元々は力のあるドルイドだったものが、十字架を掲げる宗教の天国には入れないために妖精として地上を彷徨う事になったのだとか』

「待て待て待て。情報が多い。そもそもどるいどって?」

『シュア。ケルトの祭祀を司る男性神官の事ですが、今日のイメージでは絵本の中に出てくる魔法使いのおじいさんの方が近いかもしれません』

 ……吸血鬼やゾンビなんかとはちょっと毛色が違うように思えるけど、まあ後輩の井東ヘレンなんかも魔女のアークエネミーだったっけ。

『ムリアンに限っては超常は有限で、力を使うごとに少しずつ体が小さくなっていったのだとか。現代ではアリと同等かそれ以下のサイズであるというのが一般的ですので、これでもかなり大型な方です』

「ちからをつかう、ねえ……」

 吸血鬼やゾンビどころか、リリスやリヴァイアサンなんてガチの魔王まで闊歩する時代なのは分かるんだけど、いまいちピンとこないんだよな。これについてはカレンも同じ。まあ、神様イコール隙のない完全体ってイメージが先行してるのかもしれないけど。

 指人形みたいなじいさんは短い手をぴこぴこ動かしながら、

「わし、体が大きいからまだまだ神秘パワーが使えるよ! 困った事があったら何でも言って!」

「人間の密売グループに捕まる程度の神秘がかあ?」

「神秘パワーを狙われてしまったのだから仕方がない。貴重なんだぞ!」

 ああ言えばこう言うヤツだ。決して自分の間違いを認めない辺りは善の側を独占して多くの民衆を束ねる神官らしいのか?

「大体、何でそんなに僕の肩を持つんだ。『邪霊』のやる事に従うつもりはないっていう話だと、人間なら誰にでも力を貸すってほど見境がない訳でもないんだろ」

「何を言う。お前はわしを助けてくれたではないか。神秘の使い手は浮世の定めた善悪には興味がないが、自分で決めた恩にはうるさいのだ!」

「……だったら返す相手を間違えているな。あんたを助けたのは僕じゃない」

 まあ、あんな戦闘狂ってかいっそ破壊神じみたヴァルキリーにこれ以上未知の神秘パワーなんて上乗せされても困るけど。

 でも、そうか。

 カレンにどこまで意図があるのかは知らないけど、あいつの暴虐は死と破壊をばら撒くだけじゃない。こうして救われる命や未来もあるんだな。

 絶対に迎合できるヤツじゃないけど、あいつもまた神様ってところには嘘をついていないんだろうか。

「なあ恩を返したいぞ! うおー、わしの神秘パワーはこの日のために取っておいた気がする。今なら頑張れるぞ、何でも言え!!」

「うるさいなもう。じゃあ委員長の魂がどこに……」

『警告、ムリアンは神秘性を発揮するほど体のサイズが縮んでいきます。願掛けの乱発は消滅を促すものと認識してください』

「……何でもない早く逃げちゃえよもう!」

 ていうか、捕まっているのはこいつだけじゃないのか? とりあえず手当たり次第にスチールラックから収納ケースを引っ張り出して上蓋を外していく。

 もうメチャクチャだった。

 絵本に出てくるような羽付きの妖精や毛玉の塊みたいなのが次々と飛び出してくる。これも全部アークエネミーで、みんな大切な人からブラックマーケットに売り飛ばされてしまったのか……。

「早く逃げろバカ! もう人間なんかに捕まるんじゃないぞ!!」

 大声で叫んでもトラックの外へ飛び出すのは少数派で、何だか人様の頭上をぐるぐる回ってからかっているヤツも多かった。

「せっかく助けたのにおちょくりやがって……」

『ノー。皆、ユーザー様を置いて立ち去るつもりがないのでしょう』

 ……。

 ちなみに収納ケースの中身は、掌サイズのアークエネミーだけとは限らなかった。

「何だろう、これ」

 オーブンで焼く前の白くて柔らかいパン生地みたいなのがぎっしり詰まっているケースが混じっているんだ。一つ一つの大きさは、カットした食パンくらい。だけどよくよく観察してみると、丸みを帯びた胴体から短い手足や頭が伸びた、三頭身くらいにデフォルメされた人体のようにも見えてきた。

 ……少々大きめのジンジャークッキーなんかが一番近い、かな?

「ブードゥー人形だぞ」

 例のムリアンが自分より大きなパン生地を眺めながらそんな風に言ってきた。

「恐ろしい『邪霊』の秘術のミナモトなのだ! ぶるぶる」

「……というと、やっぱり大元になっているブードゥー教のおまじないグッズ、なのか」

 神妙な声で言うまでもなく、頭にブードゥーってついているんだしな。

 が、マクスウェルが妙な横槍を入れてきた。

『ノー。ブードゥー人形は「次々に感染拡大する腐ったゾンビ」と同じく、欧米人の偏見が生んだ産物に過ぎません。本式のブードゥーに小麦の人形を用いた祭祀は存在しません』

「えっ?」

『欧米の観光客からの需要があるので本場ハイチでも土産物屋に並んでいるのでややこしいのですが、その手の架空の土産物はそれこそ日本にもありましたよ。何かの肉とか何かのミイラとか』

「……地方の土産物屋に並んでいるマリモの小瓶みたいなものか? 本物偽物以前に、天然記念物なんだから売りに出される訳ないだろっていう」

 しかしまあ、手に入らないものはないって触れ込みのブラックマーケットの中にもペテンが紛れているなんて世知辛い世の中だ。何となしに食パンサイズの小麦人形を摘んでお腹の辺りをぶにぶに押しながらそんな事を考えていた時だった。


 くしゃり、と。

 今、なんか……コミカルな人形の顔がすんげー嫌そうに歪んだような……?


「うっうわあッ!?」

 思わずブードゥー人形(?)とやらを放り出して叫び声を出す。

 何だ、今の……?

 生乾きの小麦の塊だから、重力に負けて顔の表面が垂れ下がった、とか???

 ムリアンは両手をパタパタ振って、

「ほれ見ろ言わんこっちゃない。やはりブードゥー人形は恐るべき祭具なのだ。魂の波動をビンビン感じるしな!」

「たま、しい?」

「おうよ。何に使うかは知らんが、剥き出しの魂はそのままにはしておけんのだぞ。劣化しないよう容れ物に詰めているのだろう」

 ぞわぞわと、指先から嫌な感触が入り込んでくるようだった。あの柔らかいぶにぶにがいつまでも残っているようだ。

「マクスウェル!」

『ノー。ユーザー様のスマホには魂魄の有無を計測するようなセンサーは実装されていません。証明不可能な問題です』

「何かないのかっ、委員長に繋がりそうなものは!?」

 僕は慌てて床に落とした小麦の人形を両手で拾い上げ、それから元の収納ケースに目をやる。

 ひょっとしたら、これが全部……?

 だとすれば、箱一つで一〇〇人くらいはいるんじゃないか!?

「ブードゥー人形っていうのは何なんだ? わら人形みたいに髪の毛とか爪とかを詰めたりするのか? だとすればそこから個人識別だって……!」

『ですからこのスマホにはヒトゲノムを解析する機能は実装されていませんし、そもそもブードゥー人形自体が眉唾です。出回っている伝承は実際にハイチに伝わるブードゥー教とは全くの別物で、仮にブードゥーが本物だとしても小麦の人形に対して検証の役には立たないはずです』

「いやでもっ、確かに何か入ってるのはほんとなんだ。うう、何だこのぶにぶに!?」

 中から震えているっていうか、ひとりでに動いている!?

『……もはや本式か否かは関係ないのでしょうか。確かに元々ブードゥー教には神の定員は存在せず、他のあらゆる宗教を自前の神へと祀り上げる混淆、吸収性の高さに重きを置かれた教義ではありますが』

「どうでも良いよ結局これは何なんだ!? タマシイとかいうのが入ってるのか、だとしたら委員長はどれだ!?」

『ノー。仮に魂魄を封入する機能があったとして、外からそれを観測して仕分ける方法などあるのですか?』

 くそっ、こんなの血液型のラベルが貼っていない輸血パックと同じだ。モノはいくらでもあるのに、情報が足りないから手に取る事ができない。救えるはずの命に何もしてやれない!

 と、その時だった。

「……?」

 食パンサイズの小麦人形がびっしり詰まった収納ケースへ目をやった僕は、小さな違和感に気づいた。

 そう、そうだ。

 ……背丈が均等じゃ、ない? 所々、頭が飛び出ているのがあるような。

 手の中でぶにぶにしているヤツを眺め回してみると、無機質にデフォルメされた三頭身に見える。でも収納ケースからもう一体取り出して見比べてみると、ようやっと違いが分かってきた。

「こいつら、型枠に入れて作った量産品じゃないぞ……」

 そう、体格や性別みたいなものがありそうなんだ。顔だって大分簡略化されているけど、それぞれに個性がある。

「マクスウェル、顔認識は?」

『ノー。デフォルメされ過ぎていてSNSなどの写真資料とは照合不能です』

 なら他に何か個人を識別できる方法はないか。指紋、静脈、声紋、虹彩、血液、耳の穴を反響する音波信号なんかもあったっけ。

 それから、そう。

 手の中で不気味に震える小麦人形には、『動き』がある。

「じゃあ歩行パターンで分析だ! あれなら顔の見えない後ろ姿でも個人識別できたはず。こいつらは身じろぎくらいするんだ、着ぐるみに入っていたって重心や足の置き方は誤魔化せない!」

 SNSの写真と違って歩行動画はサンプルが少なそうに見えるけど、今じゃもう一日に二〇〇〇万件以上の動画がアップされているんだ。その画面の端々までふるいにかければ忍者だって見つけられる。

『検索完了、動画サイト内に一致する歩行パターンを持つ人物をピックアップし、さらに顔部分をSNSと照合。結果身元の判明した一〇三名をリスト化します』

 マジかよ。あんな小さな収納ケース一つで一学年分も……?

 でも今は息を飲んでいる場合じゃない。

「一つ一つ目で追い駆けている暇はない。委員長は!?」

『委員長は最低限のお付き合いレベルでアカウントを作っているだけですので、自分から積極的に日記を投稿する人種ではありません。そもそも歩行動画が見当たりませんが』

「うちの学校の公式アカウントを中心に、運動会とか文化祭とかの動画で再検索! 委員長は伝説のニンジャじゃないんだ、この時代にどこにも映っていないなんて事はありえない。どこかの画面の片隅には必ずいるはずだ!」

『ノー。体操服姿の歩行動画サンプルは確保しましたが、やはり収納ケース内に一致する歩行パターンを持つ人形は認められません』

「くそっ!」

 ハズレであっても人の命がかかっているんだから無下にはできない。僕は手の中のぶにぶにを収納ケースに戻すと、手当たり次第に他のケースを引っ張り出す。

「どこだ、ちくしょうどこだ委員長!?」

『検出できず』

「他のトラックか!?」

 ここにある小麦人形の群れも放っておけない……けど、どうすれば良いんだ? 警察も救急車もイメージが違う。魂を扱う、巫女さん、神父さん、うーんなんか違う、オカルトだけどもう一ひねり、いっそ真逆に振ってみたら、悪魔とか、うん? 悪魔だそうだ!

「マクスウェル、とりあえず義母さんにメールで相談! 魔王リリスなら人の魂の扱いが苦手って事はないだろ、ほら羊皮紙の契約書的な」

『シュア。ただしアークエネミーへの偏見だとへそを曲げられる可能性と、そもそもユーザー様が学校サボって不死者絡みの事件に首を突っ込んでいると自己申告すればえらい騒ぎになりそうですがまあコマンドは絶対ですのでそのように』

「ええっ!? ちょお待っだったら文面考えてオブラートに包むとかああー送信完了って出ちゃってあああーっ!!」

『もはやメールで即レスどころか通話の着信が来ちゃってますがいかがいたしましょう?』

「永遠に保留でッ!!」

 他に魂に詳しそうな人は……どうしよう、パッと思い浮かばないな。となるとひとまずブラックマーケットの手で取り戻されないよう、場所を移して保管してもらえそうな人に頼もう。

 まず実の母さんはもっと怒られるかもなので却下、吸血鬼の姉さんは昼間は動けないし、妹のアユミや魔女の井東ヘレンなんかは学校だ。すぐには呼び出せない。

 うーん、だとすると、

「そうだ変人セレブの火祭さんにしよう。セイレーンの妹と違ってただの人間だけどお金持ちのはず。ああいう普段の生態が謎な人は暇もスペースも持て余しているもんだ」

『今の最低評価も一緒に添付して差し上げますね』

「マクスばかーっ!!」

『中指立てたハンコつきのメッセージがやってきました。すぐこちらに向かうとの事です』

「じゃあデカ盛り金髪キャバ嬢が到着する前にケリをつけよう! 早く、早く!!」

 ひとまずこの場はムリアンや妖精なんかに任せ、こっちは次の装甲トラックへ。

 ゴン!! ドゴゴン!! と。

 アルミの荷台から外へ出ると、途端に派手な震動と爆発音が響き渡ってきた。少し離れた場所で黒塗りの防弾車相手に黄金の槍を高圧放水みたいに叩き込んでいるのはやっぱりヴァルキリー・カレン。相手はおそらく『邪霊』側の増援なんだろうけど、うわ、ほんとに容赦ない! バリケードみたいに道を塞いだ防弾車の横っ腹をぶち抜き、重たい車体ごと転がして、盾にしていたチンピラ達をまとめて押し潰している。機関拳銃だの散弾銃だので武装していようがお構いなし。そもそも銃を構えて狙いをつける時間すら与えず、恐ろしい黄金のラッシュが複数の防弾車を次々スクラップに変えていく。

「くそっ、カレンのヤツ顔も隠さずに堂々と……!?」

『いつでも天界に逃げられるから報復が怖くないというより、そもそもの戦力差に起因しているようですね』

 またもや派手な爆発音が響き渡り、頬のすぐ横をまな板より大きな金属板が回転しながら突き抜けていった。見ているだけで命懸けだ。これじゃあのんびり対岸の火事も気取っていられない。効果があるんだかないんだかも分からないが、とにかく腰を低く落としてこの場を去る。

 次の装甲トラックまでは四〇〇メートルほどか。カレンがよっぽど暴れているせいか、こっちに拳銃使いのゴロツキがまとわりついてくる事はなかった。

 トラックの後ろに回ってアルミの扉に取り付く。

「開けるぞ」

『シュア』

 さっきと違って、今度は中で刺客が息を潜めている事はなかった。相変わらずスチールラックと収納ケースの山だ。

「委員長を捜すぞ。歩行パターンで識別」

 片っ端から収納ケースを引っ張り出して上蓋を開けていく。胴の長いイタチみたいな動物もいれば、みっちり小麦人形が詰まった箱もあった。

 ただし、

『ノー。一致する歩行パターンは検出できず。全て他の人物の魂です』

「こんなにやったのにか! ほんとにサンプルは正しいんだろうな、どこ巡回して手に入れた動画だ?」

『システムの精度に不満があるなら目視で確かめれば良いじゃないですかぷんすか(・Д・)』

「……愚痴り方まで勝手に進化してやがる」

 プログラムの学習速度に戦々恐々としながら、よそへ目を向ける。カレンが薙ぎ倒していった元々の車列は三台の装甲トラックと護衛車両の組み合わせだった。内二台はもう調べた。だとすれば最後のトラックが一番怪しい。委員長を見つけられるチャンスはもちろん、死角から飛び出した『邪霊』の手でバッサリやられる可能性も爆発的に増加するはずだ。

 逆に言えば次の三台目には必ずいるんだ。

 どうしようもない徒労感を振り払うため自分に喝を入れていると、くいくいとズボンの裾を引っ張られた。

 危うく踏んづけそうな位置に子猫くらいの大きさの……何だ? いっぱい目玉がついた肉っぽい塊がある。ぶっちゃけあんまりカワイクはない。

「オレ太歳(たいせい)。もう出て行って良いか?」

「さっさと出ていけ。二度と悪い人間なんかに捕まるなよ」

「……(キラキラキラキラ)」

「いや昔話の恩返し伏線とかじゃないからほんとにいなくなれー!!」

 他にも同じ車内に捕まっていたアークエネミー達がちらほらいるようなので、比較的大きな連中に収納ケースの小麦人形達を抱えて逃げてもらうと、気を取り直して最後の装甲トラックへと走る。

「でも実際どう思う?」

『スーパー質問がファジーですがシステムは試されているのですか』

「そうじゃなくてだな。『邪霊』っていうのはブードゥー教由来の巨大ブラックマーケットなんだろ。その割に呪いとかオカルトとか、そういうのがあんまり出てこないなって」

『収納ケースにしこたまブードゥー人形があったでしょおじいちゃん (´・ω・)ぇぇー?』

「……変に突っかかってくるのってなんか根に持ってんのかAIのキケンな反抗期なのか。でも武器としては何もって感じだろ。そこらの女子高生だって呪いを使って生贄の魂を調達するようなぶっ飛んだ時代なのにだ」

『ゾンビのイメージからか前時代的な原始宗教的オカルトを連想しているかもしれませんが、実際のブードゥーは冷戦時代に一国の政権を握っていますよ。「フランソワ=デュバリエ 大統領 オカルト恐怖政治」で検索です』

「……絶対後悔すると思うから覗きたくないけど、ようはオカルト頼みって訳でもないのか?」

『人権団体の告発サイト程度のソースですが、ブードゥー政権では呪術と直接暴力の警護隊の二段構えで恐怖政治を敷いていたらしいです。国民を取り締まる内部懲罰にトントンマクートと呼ばれる組織を使っていたようですが、こちらもブードゥーの怪物という意味合いがあったとか』

「……目的を叶えるために必要なものはみんなブードゥーの奇跡扱い、か」

『元々どんな宗教の神でも取り込む混淆宗教の極みですからね』

 ブードゥーなのにゾンビやオカルトが出てこない、って考えも偏見なのか。本家本元にとっては防弾車とマシンガンで押し寄せてきたってブードゥーの流儀なんだ。例の政権は冷戦時代の話らしいけど、今ならSNSボット世論操作でもGPSスマート航空爆弾でもブードゥーと言い張るのかもしれない。

 ……つまりびっくり箱に何が詰め込まれているか、全く想像がつかないって訳だ。

 高架道路の真下、分厚い鉄筋コンクリートの橋げたにトラックが激突して運転席はひしゃげていた。ドアは閉じたままだけどひとまず無視。後部にあるアルミの密閉荷台に回り込む。

 開けるまでもなかった。

 閉まった両開きの扉の下側、わずかな隙間から赤黒い液体が垂れている。

『警告』

「……これもブードゥーの神秘か? 穢れた血に触れると呪いがどうこうとかいう」

『ていうか単純に感染症のリスクを考慮しなさいと言ってやりたい (ノД`)アチャー』

「お前もう顔文字禁止な」

 ともあれ触れないように気をつけよう。おっかなびっくり扉に取り付いて、大きなレバーに手をかける。

 そして気づいた。

「ロックが……?」

 ……外れている。ますます緊張が膨らんだ。喉が不自然に渇いていき、心臓の鼓動もおかしい。扉の隙間から垂れている鮮血といい、中は一体どうなっているんだ。

 ぎっ、と。

 わずかに力を込めると、それだけで軋むような嫌な音が響く。ほんの数センチ、いや数ミリ? 開いた隙間から猛烈に粘つく空気が押し寄せてくるのが分かる。これまでの二台とは明らかに違う。この装甲トラックでは何かが起きている。でも何かって具体的に何だ。これまで委員長の魂を込めた小麦人形が見つからなかった以上、ここにいるのは間違いないんだぞ。

「マクスウェル……」

 片手でスマホを横に構え直し、もう片方の手で改めて。ゆっくりと、本当にゆっくりと、アルミの扉を手前に開いていく。

 前みたいに、何かが飛び出してきたら出会い頭に強烈なストロボでも叩きつけてやろうかと思った。

 でも実際にはそんな出番なんかなかった。


「うっ……!?」


 凄まじい、いっそ分厚い壁みたいに濃密な臭気があった。鉄錆。危険な赤を連想させるその匂い。装甲トラックの中は他の二台と同じだろうけど、いくつかのスチールラックが倒れて収納ケースもばら撒かれている。上蓋だって開いているのに、小さなアークエネミー達がその辺を飛び回る事もなかった。

 ……脅えているんだ。とんでもないのと同じ空間にいる事を強いられ続けて。

 入りたくない。

 でも進むしかない。

 収納ケースがぶちまけられているって事は、委員長はどうなったんだ。最後のこのトラックにいるはずなんだ。

 窓もないコンテナみたいな荷台の中へスマホのバックライトを投げかけ、改めて地面へ垂れる血だまりの出所を目で追い駆けていく。

「……、」

 クソ女。例の三人組の……誰だったっけ?

 とにかくその内の一人。

 そうか、通過儀礼を終えた事で本当に『邪霊』なんていうふわふわした秘密組織の一員になっていたのか。軽蔑しかないな。

 とにかく僕と同じくらいの歳の女の子がうつ伏せで倒れていた。崩れたスチールラックの下敷きにされている。何だか自分が手袋もせず素手である事に、ここに指紋を残してしまう事に躊躇いが出てきた。

 ……でも、三人の内の一人だけ?

 他の二人はどうしたんだろう。車両団を作っていた装甲トラックは全部見て回ったけど、バラバラに分乗しているって感じじゃなかった。それとも他の護衛車両なんかに紛れていたのか? ブードゥーの『邪霊』がわざわざ三人の中で優先順位をつけるとも思えない。

 いや。

 あるいは……?

「……ぐっ」

 車内から小さな呻きが聞こえて肩が強張った。今のは誰だ。ここから見える位置で挟まれているヤツか、他にも……? 本来だったら生存者の知らせに喜ぶべきなのに、どうしても胃袋に重たい圧がのしかかる。

 冷静に見極めろ。

 どこに誰が何人いて、そいつらはどれくらい危険な連中なのか。

『スチールラックの下敷きにされた菱神アイはまだ息があるようです』

 そうか、菱神アイだ。そうだそうだ。

「でもさっきの呻きの出処じゃなさそうだ。もっと奥からだったぞ……」

 いよいよ血の塊に触らないよう気をつけながら、一段高いアルミの密閉荷台へ乗り上げていく。相手が体を挟まれているからって油断はできない。鉄砲みたいな飛び道具だってすでにあちこちで顔を出しているんだから。

 ……でも実際ほんとに拳銃なんかが出てきたらなす術もないんだろうけど。

 何となく夜のジャングルで手製の槍を片手にワニを警戒して探索を進める心境で、スチールラックが倒れて収納ケースが散らばった車内から一歩奥へ。棚に挟まれてうつ伏せで倒れる菱神アイの頭を軽く蹴って完全に気絶しているのを確認しつつ、さらに奥へ向かう。

 これはいやに冷静なのか、激しい緊張で頭の配線が焼き切れているのか。今、さりげなく女の子の頭を足蹴にしていなかったか、僕?

 そして斜めに倒れたスチールラックを迂回するように奥を覗き込むと、アルミの壁に何か大きな人形みたいなものが立てかけてあった。

 いいや、床に腰を下ろして力なく四肢を投げ出し、首も傾いている女子高生だ。

 菱神アイは棚の下敷きだ。残る二人は安藤スタアと佐川アケミだから、ええと、

『教職員用サーバーにある生徒手帳用マスターデータの顔写真と照合。安藤スタアの方です』

 なるほど。

 別にどっちだって良いんだけど。

「……あんた、だれ……? うちの生徒……?」

 答えるのはかなり躊躇った。制服を見れば一目瞭然なんだけど、敢えて僕はこう切り返す。

「……危険な現場にわざわざ地元の制服着て乗り込んでくるとでも思うのかよ」

「は、は。ほんとにそうなら頭の中で考える時間いらなかったっしょ……」

 ……猿の浅知恵くらいじゃこの程度か。

「アケミのヤツなら逃げたよ。くそっ、私は下敷きになったアイを助けようって言ったのにさ、二人まとめて足を引っ張る邪魔者扱い……」

「正直に言ってどうでも良い。お涙頂戴なんかじゃ僕は揺るがないぞ。アンタが病気の母親を助けるためにブラックマーケットへ手を出していようが世界七〇億を助けるために必要だろうが知った事じゃない! こっちはアンタ達が『邪霊』に上納した生贄に用があるんだ!!」

「……ああ、そういう話」

 おそらく身内に真正面から鈍器で殴られたんだろう、額から垂れた血で片目を塞がれた誰かは浅い息を吐いて笑いながら、

「あれは組織とメンバーを繋ぐ契約書みたいなものよ。一人で逃げて保護を求めたアケミが手放すはずないでしょ……」

「……くっ」

 くそっっっ!!!!!!

「そいつは委員長の小麦人形を持ってどこへ消えたんだ!?」

「さあね。見つけたら私とアイの分もテキトーにやっといてくんない……? 今さら男の手で押し倒された程度でぎゃーすか騒ぐヤツじゃないからさ、ほんとマジ二、三回くらい刺しといてくれれば良いよ……」

 完全に価値観が噛み合わない。今まで同じ学校にいたのが不思議なくらいだった。分かりやすい切り傷と違って頭の怪我はどうして良いのか判断できないし、してやれる事は何もなかった。表でカレンと『邪霊』があれだけド派手にドンパチしている中で、今さら救急車なんて呼ぶまでもないだろうし。黙っていても勝手にプロが助けてくれるはずだ。もちろん事件性があるから、すぐさま警察の方とも情報共有されるんだろうけど。

 適当に救われて適当に捕まれ。

 とにかく装甲トラックから外へ出て、横向きに倒したスマホを構えてゆっくりとその場で回る。あるもの全てを撮影してやるくらいの気持ちでだ。

「マクスウェル、何か分かるか?」

『血だまりを踏んだと思しき足跡が一列に。分かりやす過ぎて罠の可能性もありますが』

「……、」

 画面を通して重ね合わせた風景の中で強調するように血の足跡の部分が点滅する。そのまま行き先を追ってみると……あれは何だろう? 高架道路の分厚い鉄筋コンクリート、その橋げたの根元に鉄の扉がくっついている。

 地下への倉庫の出入り口とか?

 うん? この街の地下構造に繋がるドアだって???

『旧光十字系誘拐インフラ、蜘蛛の巣のように広がるトンネル網かもしれません』

「……だとしたら街のどこにだって逃げられるぞ、ちくしょう!」

 ヴァルキリー・カレンは……向こうで人間の銃撃戦を神話スケールでぶっ潰すのに夢中か。僕が大声で叫んだって律儀に来たりしないだろうし、あんな破壊神を近づけたらかえって委員長の魂を危険にさらす。

 おっかないけど、僕が自分でやるしかない。

 慌てて橋げたの鉄扉へ走る。

 こっちは佐川アケミなんてどうだって良い。どうぞ火星の裏側まで逃げ切って一人で勝手に高笑いでもしてろ、だが委員長を巻き込むな!! 転がり落ちるなら一人でやってろ!! それだけ考えて戦場みたいな高架下を、身を低くして走り抜けていく。

 鉄のドアに鍵はかかっていなかった。

 勢い良く開け放つと、奥には狭いコンクリートの下り階段が待っていた。……下にまだある。おそらく銀行の大金庫を守るような、分厚いまん丸の大扉が待っている。

 ごくりと喉を鳴らして覚悟を決める時間もなかった。

 いきなり後ろから肩を掴まれたかと思ったら、ものすごい力で強引に振り返された。いいやそこで終わりじゃない。鼻っ柱に凄まじい衝撃が走り、視界いっぱい真っ白に埋め尽くされる。

 本当にひどい打撃は、漫画みたいに真後ろへ吹っ飛ばされる訳じゃないらしい。膝から力が抜けて、そのまんま真下へ落ちた。

 ? なんだ、

 じゃ、れ……?


「お前お兄ちゃんいい加減にしろよお! ふぐうーっ!!」


 予想外だった。

 まだ視界が元に戻らない中で、いやに聞き慣れた女の子の声が過剰な情報を頭に叩き込んでくる。

「え、あ、アユミ!? どぶっどうして!!」

「ネットニュースが動物園爆破とカーチェイスでお祭り騒ぎになってる中、まさかまさかとドキドキしてたトコにお母さんからメールがあったの! はい確定ですパンパカパーン!! ねえお兄ちゃんは納得ずくかもしんないけどさ、ある日突然容疑者の家族枠にぶっこまれそうになったあたし達の気持ちって考えた事ある!?」

 爆破もカーチェイスも人知を超えたハリウッド系はみんなヴァルキリー・カレンがやらかしたんだけど、あいつはいつでも天国に逃げられる身の上だ。客観的に無実を証明できなきゃ一番危ないのはやっぱり僕か。

「……それにしたって出会い頭でいきなりグーを振り回しやがって。女の子ならそこは内股でパーだろ」

「あたしこれでも人間の一〇倍くらい筋力あるから本気のビンタぶちかましたらお兄ちゃん首が一周回ってたよ?」

「ていうかお前学校はどうしたんだ!? 名門女子校だろ!」

「ふぐう! お兄ちゃんがそれ言う!?」

 情けなく尻餅をついたまま、ようやっと視界が戻ってきた。顔に手を当てると、とりあえず鼻血が出たり鼻が曲がったりはしていないようだ。……加減を心得た、暴力に手慣れた妹がかえって心配でもあるんだけど。

 目の前の小柄な黒髪ツインテールバターロールはセーラーとダブルのブレザーのイイトコ取りみたいな制服姿のまま両手を腰に当てて、

「で、イインチョ救出作戦はどこまで進んでんの? さっさと終わらせて通常運転に戻るよ」

「協力してくれるのか……?」

「あのお母さんにヘルプの連絡投げたの絶対に失敗だよお兄ちゃん。ここに到着して軽めのカタストロフになる前にケリつけないと……」

「ええっ!? 今どうなってんの我が家は!!」

「考えたくもない。そっちの地下ルートで良いの? 道順分かってるならほら行くよ!!」