恋するSP 武将系男子の守りかた

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要人警護を担当するSPの黒田千奈美。長身美麗な容姿とは裏腹に、その中身は仕事と憧れの上司の間で揺れ動く乙女だった。

 そんな千奈美に下された任務とは──。


 前世はクレオパトラだと断言された朝、私はいつものように警視庁警備部警護課の自分の席に着いた。ここはセキュリティ・ポリス、いわゆるSPと呼ばれる警察官たちが所属している部署だ。

 SPは総理大臣を始め、日本政府の要人や外国のロイヤルファミリーなどVIPの来賓を警護する職務を負っている。

 私は大学卒業後、警視庁に採用され、警護課の庶務係としてこの警備部に配属された。そして、この春、ようやく念願かなって、SPになることが出来た。命令が下れば、いつでも立派に国賓や要人を警護するイメトレだけは出来ている。が、国賓警護なんてド新人SPの私には今のところ縁のない話だ。

 それにしても……。今朝は周囲が異常にバタバタしている。

 今週末からサミット、いわゆる主要国首脳会議が大阪で開催される。中には、何日も前にやってきて、日本政府主催の晩さん会に出席したり、首相と一緒に保養地で過ごしたり、と日本との親密さをアピールする首脳やファーストレディーたちもいる。

 今朝から各国の首脳や政府関係者の来日ラッシュが始まった。

 昨日は私も、関係者の立ち回り先確認に駆り出され、訪問先に爆発物などの不審物がないか、不審人物はいないか、など現場チェックを手伝った。

 そんな感じで、それぞれの国賓に合わせた警護プランは完璧に作成されていて、リハーサルも終わっている。なのに、この騒ぎ。

 キョロキョロしていると、

「黒田君、ちょっと」

 不意に、五十五歳、独身の警備部部長に声をかけられた。

 げ。まさか、ラブ運急上昇の相手って、部長のことじゃないよね? 確かに私より背は高いけど……ムリ! 二倍近い『年の差婚』は絶対ムリ! そう思っているのに部長はいつになく優しい声音で、

「第三会議室で待っていてくれ」

 と言う。

「そ、そんな……。部長、会議室なんて、そんな所で何しようっていうんですか?」

 泣きそうになりながらブルブル首を振っている私を怪訝そうに見た部長は冷たく言った。

「新しい任務の説明に決まってるだろ」

「あ。ですよね」

 ホッとしながらポマード臭い独身部長の指示に従って会議室へ行った。

 室内にはすでに長机が並べられ、制服や私服の警察官が着席していた。その中に知っているSPの顔がいくつかある。一人は警護課1係で総理大臣の警護を担当しているグループの補佐、それから2係の国務大臣担当補佐、それから3係の野党党首担当補佐。二番手以下の巡査部長クラスが五人。そしてド新人SPの私。なんだか、バラバラだ。

 とりあえず、どこに座ればいいんだろう、と見渡した会議室の最前列、一人の男前が視界に飛び込んできて、ぴょん、と心臓が跳ねた。

 ───あ! 氷川警視だ!

 氷川誠一、三十歳。身長百九十センチ、警護課警護4係所属のキャリア組で、私の憧れの上司様だ。高学歴、高身長、端正なルックスの上に、柔道と剣道合わせて八段! 彼こそ完璧なるシーザー様なのだが……。噂によるとカノジョがいるらしい。もちろん、これだけハイスペックのイケメン細マッチョにオンナがいない方がどうかしている、とは思うけど。

 諦めの溜息をつきながらも、ああ、一度でいいからあの広い胸に抱きしめられてみたい、と邪な気持ちで上司を目で追ってしまう私だった。

 氷川さんに見惚れている内に、ガチャリ、と会議室のドアが開いて現れたのは警視監だ。ガタガタと椅子を鳴らし、そこにいる全員が一斉に起立する。私も立ち上がり、ビシリ! と敬礼。警視監は苦虫を噛み潰したような顔で、私たちに敬礼を返しながら、その厳しい視線で会議室の中を見渡す。そして、そこにいるメンバーを眺めた警視監の口許からチッと音がした。

 ───なに? 今の、舌打ち?

部長に言われて来たのだから、気のせいだと思うが、ここにいてはいけないような気分になった。

「着席してよし」

 慌ただしく全員に着席を促した後、警視監は重々しい口調で言った。

「ここに集まってもらった諸君には、本日より特殊な要人の警護に当たってもらう」

 ていうか、私たちSPは特殊な人しか警護しないんだけどな、と心の中で警視監にツッコミを入れる。

「これより、今回の極秘任務についての説明を行う」

 ということはサミット関係の任務ではないらしい。意外に思っている内に、会議室の照明がしぼられ、プロジェクター用の大型スクリーンにPCの画面がドーン! と映し出された。

『戦国大名(時空移動)警衛・警護警備対策本部の設置について』

 最初に現れた画面に度肝を抜かれ、何度も目をこする。

 何だ、これ? 変換ミス? 案の定、会議室の中がざわめき始める。が、警視監はその画面に動じる様子もなく、話を続ける。

「まず、今回の警護対象者、マルタイは現代の要人ではなく、約四百五十年前から時空移動してきた戦国武将である」

「……は?」

 大真面目な顔の警視監がスクリーンを睨み、時おりオペレーターに目配せして画面のスクロールを促しながら言葉をつなぐ。

「まだ原因は不明であるが、弘治二年、西暦で言うところの一五五六年、つまり約四百五十年前の世界から城が三つ現在の大阪にタイムスリップしてきた。よりによって、これからサミットが開催される大阪に」

 それは忌々しそうに吐き捨てるような口調だった。けど、私は、

 ───なに? なに? これ、ドッキリ? もしかして、どこかでモニタリングされてんじゃないの?

 と、サイドの髪の毛を整えながら、どこかにテレビカメラが隠されているのではないか、と部屋中に視線を飛ばして見る。が、それらしきものは、どこにも見当たらない。そうやって私が会議室のあちこちに目を走らせている間にも、警視監の説明は淡々と続いている。

「現在、秘密裡に研究機関が協力し、城と城中にいる住人を四百五十年前に戻す方法を模索中である。従って本件が解決するまでの間、警視庁と自衛隊の中で手の空いている者が、城とその中の人間を警護することになる」

 と、言う。これがもし本当なら大変な事件のはずなのに、今、警視監が『手の空いている者』って言ったような気がする。空耳だろうか。

 私はまだ『これって、やっぱドッキリなんじゃない?』という疑念を拭い去れないでいるのだが……、氷川さんはというと、いつもと同じ真剣な横顔を見せて、黙々とメモをとっている。今まで王族や大統領を警護していた超エリートSPが、いきなり『じゃ、次は戦国武将の警護、ヨロシクね』と言われているのに、まったく動じる気配がない。

「さすがだ……」

 思わず感嘆の溜息。私も氷川さんのようなSPになるんだ、という初心を思い出し、スクロールされる画面の内容をメモする。どうしても、実はやっぱりドッキリなんじゃないか、という気持ちを払拭できないまま。

 大まかな説明を終えた警視監は着席し、イライラと貧乏ゆすりをしながら腕時計に視線を落としている。何となく様子がおかしい。

 そんな中、今度は警察官たちによる報告が始まった。二人ずつ順番に立ち上がり、今回の事件についての経緯と説明を行った。

「今朝、午前四時頃、大阪市内に城が出現したという一般市民からの目撃情報を受け、所轄の警察が城内の取次役を介して得た情報を発表する」

「城が出現した場所は全て大阪市内であり、大阪城から約二十キロ圏内である。三つの城にはそれぞれ三十名から五十名前後の人間がいると思われる」

「城内で近接警護が必要と思われる対象者は、織田信長、推定年齢二十三歳。武田晴信、つまり後の武田信玄、推定年齢三十六歳。そして、長尾景虎、後の上杉謙信、推定年齢二十七歳である。それぞれ現存する古文書と照合し、筆跡鑑定により本人と確認済みである」

「現在、城内の者を外へ出さないよう、機動隊が包囲しているが、突然のタイムスリップで、どの城主もナーバスになっていると思われる。いきなり警察関係者が城内へ入るのは更なる動揺を招くという判断から、現在、政府関係者が説明を行っており、城主の近接警護は明日から行う予定である」

「身辺警護にあたって必要と思われる時代背景および人物像については歴史学者、民俗学者、気象学者、物理学者などの見識者から聴取し、情報はプリントにて配付。読後に回収する」

「警護にあたっては、マルタイの怪我や感染症に細心の注意を払い、かすり傷ひとつ負わせないこと。不要な知識を与えないこと。部外者との接触や精神的動揺を避けること。以上である」


 万一、武将が死んだり大怪我を負ったりしたら、歴史が変わる可能性がある。

「脅威はそれだけではない。彼らが本来、持ち合わせていないはずの歴史や現代社会における重要な知識を得てしまうことは危険である。過去に戻った際、行動パターンを変えてしまいかねないからだ」

 警視監は口では『重要』『重要』と言いながら、映写されている画面はものすごい速さでスクロールされていく。尋常とは思えないほど駆け足の説明のあと、

「とにかく、武将を守り、歴史を変えないことが君たちの使命である」