俺を好きなのはお前だけかよ



 パンジーのせいで生徒会の遅刻は確定。本当にあいつは最悪だ。

 生徒会はコスモス会長を除いて皆、時間ギリギリに来るけど遅刻者には厳しい。

 戻ったら、きっと怒られるんだろうなぁ。はぁ……。

「ジョーロ君!」

「あれ? コスモス会長?」

 僕がドンヨリと肩を落として廊下を歩いていると、正面からコスモス会長がやってきた。

 しかもその表情は珍しく慌てていて、心なしか歩調も速い。

 もしかして僕が遅かったから心配して来てくれたのかな? そしたら、ちょっと嬉しいな。

「すまない!」

「え?」

 しかしコスモス会長の第一声は、予想外にも謝罪の言葉だった。

 後輩の僕に、先輩のコスモス会長がこんなに深々と頭を下げるなんて、どうしたんだろう?

「その……。頼んでいた資料なんだがね、山田が昼休みに図書室で借りてくれていたんだ。それを伝えようにも、私は君の連絡先を知らなくて……。だから、君を迎えに来たのだが……その……申し訳ない!」

「え、えと……。大丈夫です。気にしないで下さい」

 そう答えながらも、僕は混乱していた。

 だって僕、パンジーから資料を受け取ったんだよ? じゃあこれって……何?

「それと、時間のことは安心してくれ! 皆には、私から事情を説明してあるから大丈夫だ!」

「あ、ありがとう……ございます」

 ヘトヘトだったので、確認もせずに持ってきてしまったパンジーから受け取った資料。

 それを恐る恐る袋から取り出し、確認すると、

『ファーブル昆虫記』

 パンジィィィィィィィ!

 お、落ち着け僕! ここにパンジーはいない。

 復讐なんて考えるな。それが生み出すのは、僕のさらなる不幸でしかない。

 戦略的撤退の大切さは、もう十分に理解しているはずだ。

「っと、こんなところで立ち話をしていると、皆に迷惑をかけてしまうな。それじゃあジョーロ君、生徒会室に戻ろうか」

「はい。分かりました」

 うん。まぁ……。コスモス会長の綺麗な笑顔が近くで見れたし、我慢しよう。

 すごく苦労したんだから、このくらいご褒美があってもいいよね。



 その後、僕とコスモス会長が生徒会室へ戻ると同時に、生徒会は始まった。

 今日の議題は『部活動の予算について』だ。

 生徒会では毎年、各部への予算分配を決めている。

 去年、優秀な成績を収めている部には多めに、また、普段の活動状況からも予算を振り分けている。本当なら、皆で意見を出し合うべきなんだろうけど、コスモス会長の独壇場だ。

 女の子らしい薄いピンク色のノート……通称『コスモスノート』を片手に、去年の部活動での功績や問題をホワイトボードに手際よく書いている。

 噂によると、コスモスノートには、うちの学校の全ての情報が記されているらしく、テスト問題すら、コスモス会長は掌握していると言われている。

 ただ、それはあくまで噂だ。

「それでなんだが、今日は各二人組で部活の視察に行こうと思う」

「「「「わかりました!」」」」

 コスモス会長の一声に各自が賛成し、分けられたペアが、ホワイトボードに記されていく。

 ん? あれ? 僕と一緒に行くのって……コスモス会長?

「ジョーロ君は私と一緒にスポーツ系の部活動を主として回ろう。君は確か、大賀君や日向さんとも仲が良かったよね?」

「は、はい!」

「彼らは、我が校が誇るスーパーエースだからね。懇意な君がいてくれると助かるんだ」

 サンちゃん、ひまわり、グッジョブ!

 君達と仲良くしていて本当によかったと僕は思えるよ!

「それじゃあ、行こうか。なるべく早めに行かないと部活の時間が終わってしまうからね……っと、その前に……」

 ノリノリでいざ出発! と思ったら、コスモス会長が自らの鞄からスマホを取り出した。

「今日の件で、君の連絡先を知らないのは不便だと痛感してね。どうだろう? よければ、私と連絡先を交換しないかい?」

「え! 本当ですか?」

「そんなに驚くことかい? その……君が嫌なら、別にかまわないのだが」

 ほんの一瞬、コスモス会長が不安な表情をする。僕は慌てて口を開いた。

「そんなことありません! 全然ありませんよ!」

「よかった。では、早速だが君の連絡先を教えてくれないかい?」

「はい!」

 コスモス会長の連絡先をゲットできるなんて!

 これは嬉しい! すごく嬉しいぞ!

 パンジーよ。さっきまではお前のことを親の仇のように憎んでいたが許そう。

 お前は悪魔の皮を被った魔王だけど、今この瞬間だけはキューピットに格上げだ。

 その後僕は、迅速に自分のスマホを取り出し、コスモス会長と連絡先を交換した。

 これはジョーロ史に残る素晴らしき日として、記憶しておこう。



「まずはテニス部の視察に行って、その後にサッカー部と野球部を見て回ろう」

 そこそこ年季の入った校舎を出ると、コスモス会長が弾んだ声でそう言った。

「ここからだと、テニスコートが一番遠いですけど、いいんですか?」

 てっきりここから一番近いグラウンドで練習をしている野球部から行くと思ったんだけど、それは僕の勘違いだったらしい。

 うちの学校、結構広いし、近いところから行った方が楽だと思うんだけどなぁ。

「テニス部は、野球部やサッカー部と比べると部活時間が短いからね。それを考慮したんだよ」

「なるほど。分かりました」

 さすがコスモス会長だ。ちゃんと時間まで考えてるなんて、本当にすごいや。

「それじゃあ行こうか。ジョーロ君、今日はよろしく頼むよ」

「はい! こちらこそよろしくお願いします!」

 もう、そんな素敵なウィンクなんてされたら、僕のやる気があっという間に満タンになっちゃうじゃないですか!

 よーし、今日の視察、頑張るぞぉ!



 僕とコスモス会長がテニスコートに到着すると、そこではテニス部が練習をしていた。

 そりゃそうだ。何を当たり前のことを僕は言っているんだろう?

 ちなみに、うちの学校のテニスコートは二面。

 一面を部員同士の練習試合に使い、もう一面で他の部員達が自主トレをしている。

 今、僕とコスモス会長が見ているのは、部員達が自主トレをしている方のコートだ。

 新入生達と先輩が混ざり合って、皆が一生懸命素振りをしている。

 さすがに優秀な成績を収めているだけあって、練習も気合が入ってるなぁ。

 ついでに横を見ると、コスモス会長がコスモスノートに何かを書いていた。

 ちらっと覗き込んでみると、テニス部の活動内容が記載されているではないか。

 ほんと、コスモス会長は真面目で偉いよなぁ。感心しちゃうよ。

「それじゃあ、次はもう一面の方に行こうか」

「分かりました」

 パタンとノートを閉じたコスモス会長に呼応し、僕らは部員の邪魔にならないように、コートの脇を通りながらもう一面のコートへと向かった。

「はぁ! てぇあ!」

「あ。ひまわりだ」

 威勢のいい掛け声とともにボールを打ち返す、テニスウェアに身を包んだひまわり。

 おー。さすがテニス部のエースだ。

 まさにエースに相応しい、立派なふとももを……じゃなかった。

 いけないいけない。いつもと違う格好をしてるから、つい、ドキドキしちゃったよ。

 まさにエースに相応しい、立派な振る舞いだ。よし、修正完了。

「やぁぁぁ! ……よし!」

 うん。これぞまさに青春だね。

 ひまわりが打った力強いボールに練習相手は反応できず、ポイントになり、ガッツポーズを取っている。いつもふざけてばかりいるけど、テニスに関しては本当に真剣なのがよく分かる。

「あれぇ? ジョーロじゃん!」

 と、そこでひまわりは僕達の存在に気づいたようで、試合を一時停止し、軽い足取りでこちらに向かってきた。

「どうしたのぉ? 生徒会のなんかぁ?」

「うん。ちょっと視察に来てたんだ」

「そうなんだぁ。あ! コスモス会長、こんにちは!」

「やぁ。こんにちは。ひまわりさん」

「今日はテニス部の視察なんですね」

「ああ、そうなんだ。この後はサッカー部と野球部を二人で見て回ろうと思っているよ」

「……え?」

 瞬間、ピクリとひまわりのこめかみが動く。どうかしたのかな?

「……へぇ~。ジョーロと二人で、視察で……サッカー部と野球部に行くんですかぁ」

 げっ! ひまわりの奴、何か分からないけど不機嫌だぞ。

 このやけに低いトーンの声色。これはひまわりが何か厄介なことをする前兆だ。

 やばいかも……。

「つまり、今日は二人でデートなんですかぁ?」

「な!」

 ひまわりの奴、いきなり何を言うんだ!

 僕はいいけど、コスモス会長は嫌な顔をしてないかな?

「ははは。まぁそんなところだ。君の幼馴染を拝借しているよ」

 すごい。まさに鉄壁の笑みだ。ニコリと笑うコスモス会長の笑顔に隙はない。

 平然としてるよこの人。

「むぅー!」

 そんなコスモス会長の反応が面白くなかったのか、ひまわりはプクっと頬を膨らませてコートに戻っていき、練習試合を再開した。

「……もしかして私は、彼女に嫌われているのかな?」

「え? そんなことはないと思いますけど?」

「それならいいんだが……いや、しかし……」

 コスモス会長はまだ少し気にしているようだけど、僕は考えすぎだと思う。

 ひまわりがコスモス会長を嫌う理由なんてないし、なんていうかアレは嫌っているというより、怒っている顔だ。さっきからチラチラと(なぜか僕に)敵意のある目を向けてきてるし。

 これは早々に退散した方がよさそうだな。

「さて、それじゃあそろそろ次に行こうか」

「そうですね」

 コスモス会長の言葉に安堵し、テニスコートを去ろうとした瞬間だ。

 パコーンという軽快な音とともに、僕の後頭部に衝撃が走った。

「いったぁ!」

 頭をさすりながら衝撃のした方を見ると、ひまわりがあかんべーと思い切り舌を出していた。

 ほんと、何なんだよあいつ……。



 テニスコートでテニス部の、体育館でサッカー部の視察を終えた僕らは、グラウンドへ野球部の視察へとやってきた。

 うちの野球部の待遇はかなりいい。学校のグラウンドは、野球部が占領していて、他の部は体育館や別の場所を借りて活動していることがほとんどだ。

 しかしそれに関して、他の部活動から文句は絶対に出ない。

 うちの学校にかかっている垂れ幕が、それを見事に阻止しているのだ。

『今年こそ悲願の甲子園!』

 そう。うちの高校は去年、なんと甲子園出場一歩手前まで行ったのだ!

 地区大会の決勝戦には、全校生徒が集められて盛大に応援した。

 結果は残念ながら負けてしまったが、それでも、我が校始まって以来の快挙だったそうだ。

 勿論、僕も行ったよ! だって、サンちゃんが出てる試合だもん。

 本当に、野球をしている時のサンちゃんはすごいんだ!

 まだ一年生だったにも関わらずエースを務め、バッシバシと剛速球を放つサンちゃん。

 並み居るバッター達から次々と三振を奪い取る彼は、本当にかっこよかった。

 応援すると同時に、彼と親友であることが誇らしく思えてしまうほどに。

「おー! ジョーロじゃねぇか!」

 ちょうどその立役者――サンちゃんが僕に気が付いて、笑顔で走ってきた。

 土ぼこりの沢山ついたユニフォームは、まさにサンちゃんの努力の証明だ。

「やっほ。サンちゃん、今日も頑張ってるね」

「おう! 今年こそは……っと、いけねぇ! 秋野会長もちわっす! 今日は視察っすか?」

 帽子を取って、丁寧にお辞儀をするサンちゃん。ひまわりとは大違いだ。

「こんにちは大賀君。その通りだよ」

「大変っすね! ジョーロと一緒に頑張ってください! こいつ、頼りになりますから!」

「そ、うだね。ジョーロ君は本当に頼りになるよ。君も練習、頑張ってくれたまえ」

「うっす!」

 それだけ話すと、サンちゃんは再びグラウンドに練習へと戻っていった。

 って言うかコスモス会長、今少し、不自然なところで言葉が切れなかった?

 僕の気のせいかな?

「どうかしましたか? コスモス会長」

「いや、何でもないよ」

「あ、そうですか……」

 うーん、やっぱり僕の気のせいかなぁ? 話してみると普通のコスモス会長だしなぁ。

 顔もちょっぴり紅く染まってる気がするし、ごまかすようにノートを書いているようにも見えるんだけど……思い当たる節はないしなぁ。僕の気のせいだよね。

 と、僕が自分の考えをまとめている時だ。

 ちょうどノックをしていた球が、フワフワとこちらへ飛んできた。

 そして、それを追ってきた部員もまたこちらに近づいてきた。

 とっさにコスモス会長を見るが、一心不乱にノートを書いていて、気づいていない。

 このままだと……ぶつかる!

「危ない!」

「きゃあ!」

 僕は咄嗟にコスモス会長の体を庇うように抱きしめ、彼女と部員の激突を防ぐ。

 とてもコスモス会長が出したとは思えない可愛らしい声が響いたぞ。

「す、すみません! 大丈夫っすか?」

 無事、ボールをキャッチした野球部員の心配そうな声が聞こえる。

 幸い、激突は避けられたようだ。

「いつつつ。コスモス会長、大丈夫です……かぁ!」

 現状を見て僕は固まった。

 そりゃそうだろう。だって僕……思いっきりコスモス会長に覆い被さっているんだもの。

 コスモス会長を見ると、いつも冷静沈着な彼女が、顔を真っ赤にしているではないか。

「す、すみません!」

「い、いや! いいんだ! こちらこそありがとう。危ないところだったよ」

 慌ててコスモス会長の上からどいたけども……やっちゃったぁ!

「わりぃ! ジョーロ、大丈夫か?」

 サンちゃんも僕を心配してか、グラウンドから大急ぎで駆けつけてくれた。

「うん。大丈夫だよ」

「おーよかった……。ってお前それ!」

「ん? あ!」

 ふと横を見ると、ちょうど倒れていたところに、僕のスマートフォンが落ちていた。

 そして悲惨なことに、液晶画面が見事に砕けて、蜘蛛の巣のようになっている。

「わぁぁぁぁぁ!」

 拾い上げて操作をするが、全く反応がない。

 ああ、せっかく、コスモス会長の連絡先を知ったのに。

「これは……。ひどいな」

「うぅぅぅ。僕のスマホが……」

「げ、元気出せよジョーロ! ドンマイだ! ドンマイ!」

 やっぱり今日の僕って、ついてないのかなぁ……。

 背中をシュンと丸めて、トボトボと僕は、コスモス会長と一緒に野球部の練習を後にした。



 その後、僕らは再び生徒会室に戻った。

 スマホは壊れちゃったけど、そこは気を取り直していこう。

 そうだ! 嫌なことがあった後は、いいことがあるはずだ!

「――ということで、今年の各部の予算はこれでいこうと思うが、異議のある人はいるかい?」

 さすがコスモス会長だ。彼女が提案した予算案は完璧で、誰も反論をしなかった。

 結果としては、野球部に一番多い予算を。

 他の部は去年とほぼ同額で、その中でも僅かに部費を削減されたのは、テニス部と書道部だ。

 コスモスノートに記された情報によると、その両部活は新入部員が例年より少なかったことや不真面目な面が目立っていたから、少し予算をカットしたらしい。

 視察に行ってない部まで把握しているとは、凄まじい力のノートである。

 いや、他の人からの報告か。さすがに。

「では、以上で本日の生徒会を終了します。お疲れ様でした」

「「「「お疲れ様でしたー」」」」

 コスモス会長の一声に皆が返答し、荷物をまとめて生徒会室を出る。

 僕も自分の鞄をヒョイと担いで、出口を目指す。

 さ、家に帰ってテレビでもみよーっと。

「ああ、ジョーロ君、少しいいかい?」

 およ? コスモス会長に呼び止められたぞ。

「はい。どうかしましたか?」

「その、君は今度の休みは暇かい?」

「はぁ。まぁ暇ですけど……。あ、でもスマホが壊れちゃったし、それを買い換えようかなって考えていました」

「ちょうどよかった! なら、私も一緒に行っていいかな?」

「え?」

「今日、君のスマートフォンが壊れたのは私の不注意が原因だ。だからそのお詫びをしたいんだが……迷惑だったかい?」

「い、いや、お詫びなんていいですよ! そんな大したことじゃないですし!」

「いいやダメだ。それでは私の気が済まない。私も行かせてくれ」

 わお。コスモス会長の顔がものすごく近くに来ちゃったよ。

 なんだかいつもよりちょっと子供っぽい表情で、これはこれで可愛いなぁ。

 ってそうじゃなくて!

 これってもしかして……デート? デートになるのかな?

 コスモス会長と二人で出かけるなんて、それだけで一生物の自慢になるぞ。

 それに、コスモス会長から誘ってくれてるんだ!

 ここまで言われて断る奴なんて、男じゃない!

「わ、分かりました! そ、それじゃあ今度の土曜日に一緒に……。その、出かけましょう!」

「本当かい! ありがとう!」

 うわぁぁぁぁぁぁ! 手! 手を握られちゃってるよ!

 そんなに優しく僕の手を両手で包まないで! ほんと、すごくドキドキするんだから!

「おっと、すまない!」

 僕が顔を真っ赤にしているのに気が付いて、コスモス会長は慌てて手を離す。

「そ、それじゃあ、土曜日に」

「は、はひぃ……」

 それだけ言うとコスモス会長は恥ずかしそうにそそくさと生徒会を後にして、残されたのは完全に熱に浮かされた僕だけだった。

 その後、校舎を出る前にパンジーと遭遇して、「あら? 大分エキサイティングした顔をしているわね」と言われたが、それは三秒後には記憶から抹消した。



 いやぁ、今度の土曜日が楽しみすぎる!

 まさか、こんな僕がコスモス会長と二人で出かけるなんて!

 これってデートだよね? デート確定だよね?

 スマホが壊れたのはショックだけど、それ以上に幸せなことがあったから総じてプラスだ。

 超プラスで、ジョーロ株は急上昇だ!

 いつも見慣れた帰り道なのに、なぜか今日は輝いて見えるよ!

「ジョォォォロォォォ!」

「どびふぅ!」

 幸せに浸っていたら後頭部に凄まじい震動が走った。あぁ……。時が見える。

 これはあれだ。鞄を全力で僕に当てている。

 しかも当てた本人は全く悪いとは思っておらず、ニコニコと僕を見て笑っている。

「ひまわりぃー……」

「えへへへ。びっくりした?」

「びっくりどころか、軽く別の世界が見えたよ!」

「わぉ! 新たなる世界の発見だね! ジョロンブスだね!」

「怒るよ?」

「あはははは。ごめんごめん。もうしませーん」

「絶対に反省してないだろ。お前」

「あは。バレた?」

 チロッと舌を出しながら、いたずらっ子のように微笑むひまわり。

 むぅ……。仕草が可愛いし、さっきの狼藉は許してやるか。

「それにしても、ジョーロ。何かあったの? ものすごく機嫌良さそうに見えたけど?」

「ああ、ちょっとねぇ」

 思い出したらまた顔がにやけてしまう。

 あのコスモス会長と二人で出かけるなんて……フヒヒヒヒ。

「キモッ!」

 失礼な!

 でも、ひまわりのドン引きした表情を見る限り、かなりひどい顔だったのかもしれない。

 僕としては、そういうつもりはなかったんだけどなぁ。

「それで、何があったの?」

 ひまわりが、好奇心丸出しの顔で僕を見る。

 うーん。この顔のひまわりは厄介なんだよなぁ。

 納得するまでしつこく聞いてくる上に、嘘をついても平然と見破ってくる。

 なんとなくだけど、土曜日のことはひまわりに知られたくないし、どうにかごまかさないと。

「ちょ、ちょっとね……」

 ふいと目を反らしたのが失敗だった。

 ひまわりが露骨に機嫌を損ねて、プクリとハムスターのように頬を膨らませたのだ。

「あー隠したぁ! ジョーロが隠したぁ!」

 その場で地団駄を踏んで、まるで小学生だ。

「何を隠したのぉ! 教えて教えて!」

 僕の両肩をガシリと押さえつけ、ブンブンと前後に揺らす。

 行為と台詞は可愛らしいが、テニス部で鍛えられた腕力で揺らされる僕としてはたまったもんじゃない。

 まずい……。頭がくらくらしてきた……。

「言う! 言うからやめて!」

 そうするとピタッと僕を揺らすのをやめて、ジーっと僕の顔を覗き込んでくる。

「ほんとぉ~?」

「本当」

「そっかぁ。じゃあ教えて!」

 ニパッと笑って、僕の腕に自分の腕を回すひまわり。

 そのまま無邪気な瞳で僕を見てくるので、思わず頭を撫でてやりたくなるが、やっていることは完全に脅迫である。

「今度の土曜日、コスモス会長と出かけるんだよ」

 それを伝えた瞬間、ひまわりの笑顔がピキンと凍りついた。

 そして、やけに困惑した顔を披露している。

 ……やばい。なんだか非常にやばい気がする。

「な、なんでぇ……?」

 まるで自分には理解不能な事態に陥ったかのような声。

 何か不安でもあるのか、僕の腕を先程よりも強くギュッと抱きしめてまでいる。

 スポーツをやっているし、ゴツゴツしていると思っていたら、想像以上に柔らかい感触が僕の腕を包み込むので、思わずドキリとしてしまう。

「い、いや、今日の視察でさ、僕のスマホが壊れちゃったんだ。それで買い換えることになってさ、コスモス会長が一緒に付き合ってくれるって言ってくれたんだよ。本当にそれだけ!」

 なんで僕は口調が言い訳っぽくなっているのだろう?

 これじゃあまるで、浮気をしてバレた亭主のようだ。

 恐る恐るひまわりを見ると、顔を下に向けて動かなくなっている。

 まずいぞ。これは間違いない。怒っている。なんでか知らんが怒っている。

 しかもあれだ。僕が悪くもないのに理不尽に怒られるパターンだ。

 こうなった時のひまわりは厄介極まりない。

 ギャアギャア滅茶苦茶な自分理論を振り回し、挙句の果てには暴力で従えようとしてくる。

 だけど、今回はどんなにひどいことをされても譲らないぞ!

 僕はコスモス会長と出かけるのだ!

「……日曜日」

 顔を地面に向けたまま、ひまわりがポツリとそう言った。

「は?」

「日曜日!」

 今度はガバっと顔を上げてそう叫んだ。

 思い切り顔を近づけて、鼻息をフンフンと鳴らして、それが僕の顔に当たる。

 近い! ひまわりさん近いです!

「コスモス会長だけジョーロとお出かけなんてずるい! わたしだって、ジョーロとお出かけしたいもん! だから、日曜日はわたしがジョーロとお出かけするの! それでおあいこ!」

 えっと……。この子は何を言っているのだろう?

 なぜ、僕が君と日曜日に出かけなくてはならない?

 土曜日にスマホを買い換えて、その後にコスモス会長と、お洒落なお店でランチングなんて素敵で出費のかかることを考えていた僕には、そんな金銭的余裕はないぞ。

「いや、でも……」

「でもじゃないもん! もう決まったもん!」

 出ました! ひまわり理論!

 こっちが無理だと言っているにも関わらずそれを軽く却下して、自分の我儘を押し通す!

 ダメだ。分かっていたけど、もう何を言っても無駄だ。

 はぁ……。今月のお小遣いは、コスモス会長との昼食でなくなるし、お年玉の残りを切り崩すかぁ。本当は沢山貯めて、将来使いたかったんだけどなぁ。

「とにかくこれは決定事項! 分かった?」

「……はい」

 そういうわけで僕は、土曜日にコスモス会長と、日曜日にひまわりと一緒に出かけることになりました。

 今月の節約生活が確定しちゃったよ。