俺を好きなのはお前だけかよ



「ジョーロ! お待たせ!」

 気が付くと日曜日になっていました。

 ひまわりさんとは特に待ち合わせなどはしておらず、「来たい時に勝手に来てくれ」と伝えていたので、勝手に来たようです。

 午前十時ちょうどにチャイムの音が我が家に鳴り響き、母からの「葵ちゃんが来たわよー」という声に応え、僕はヨロヨロと自分の部屋から玄関へと向かっていきました。

 玄関で靴を履き、ドアを開けると家の前で幼馴染のひまわりさんが、いつも通り無邪気な笑顔でスタンバイしています。

 可愛らしいノースリーブの水色のTシャツに、ひまわりの名に相応しい黄色いスカート。

 てっきりジーパンか何かをはいてくると思っていたので、スカートであったことに僕は「スカートもはくんだなぁ」と少し感心しました。

 別に驚きはしません。というか驚く気力がありません。

 僕ですか? 僕はよれよれのジーパンに平凡な黒のロンTですよ。以上。

 正直言って、あれから今までのことはよく覚えていません。

 ただ、呆然自失になり、家に戻って、晩ご飯を食べて寝ました。それだけです。

 寝る前にスマホを確認したら『本当にありがとう。すごく助かるよ』とコスモス会長からメールが来ていたので、『いえいえ、こちらこそありがとうございます』って返信しました。

 それくらいは覚えています。ちゃんと返信ができた自分を褒め称えましたよ。

 自画自賛? 当たり前でしょう。どれだけショックだったと思っているんですか?

「何変な顔してんの? ジョーロ! あははははは!」

 目の前のひまわりさんは、僕の絶望感など全く気にした様子もなくニコニコ笑っています。

 こんな時にバカはいいですね。ほんと。

「バカってひどいなぁ。ほら、行くよぉ! ドンドン行くよぉ!」

 ドンドンどこに行くというのでしょうか? 僕はこれからどこに行けばいいのでしょうか?

「今日はね、観たい映画があったんだ! 今日から公開だからちゃんと予約したんだよ!」

 えっへんと胸を張るひまわりさんですが、貴方の胸じゃ少し心許ないですよ。

「むー! 胸のことは言わないでよね!」

 と言うかなんで貴方は、さっきから僕の心の声と平然と会話をしているのでしょうか?

 あれでしょうか? 超能力者とかなのでしょうか?

「ははは! 変なジョーロ! そんなわけないじゃん!」

 そんなわけありますね。分かりました。行きましょう。

 こうして、抜け殻となった僕はひまわりさんに手を引かれて、映画館へと向かったのでした。



「はぁー! 面白かったね!」

 ひまわりさんが満足そうに息を吐いています。映画の内容が大変面白かったのでしょう。

 僕は内容なんてさっぱりです。映画の泥棒さんあたりで意識はフェードアウトしていました。

「あのシーン、すっごくよかったね! じゃじゃーん! 愛があれば、全てよし!」

 ひまわりさんが僕の体と自分の体を使い、ハートの形を作り出します。

 どうやら映画は恋愛ものだったようです。

「あとここも! 犯人は貴様だ! 偽りの闇は、勇気の光によって照らされる!」

 恋愛ものだと思ったらまるで違ったようです。

 まるでダンスでも踊るように、僕と自分の体を密着させ、ビシッとポーズを決めております。

「それで最後にこれ! 愛と勇気の前に、この宇宙のバイキンは全て消え去るのだぁ!」

 ジャンルが何かは分かりませんが、顔の交換シーンはありそうですね。

 お金の方も昨日の昼食代が浮いたので大して消耗していません。

 ばっちり残っています(絶望)。

「ねぇねぇ、ジョーロ! お昼ご飯、どこで食べる?」

 そうですね。では土手に向かい、つくしでも摘み取りましょうか。

 ごま油で炒めると、大変香ばしゅうございますよ。

「あはははは! ジョーロがそんな冗談を言うなんて珍しいね!」

 僕の適当な返事にも笑顔で答えるひまわりさんは本当に元気です。

 もう心の声に反応していることにはつっこみません。

 つまりはそういうことなんでしょう。

「じゃあさ、どっかお洒落なお店を探そうよ!」

 どこでもいいですよ。あ、できれば出費が少なめのところでお願いします。

 牛丼屋さんとかいいかもしれませんね。あれなら三百円もあれば事足ります。

「だーめ! せっかく二人でお出かけしてるんだよ? もっとお洒落なとこがいいー」

 お洒落ですか。貴方からそんな単語が出てくるとは思いもしませんでしたよ。

「ぶー! わたしだって年頃の女の子なんだからね!」

 プクっと頬を膨らませていたら、小学生に間違えられますよ。

 年頃の女の子というのであれば、もっと麗しく振る舞わないと。

 そう。たとえば、そうコスモス会長のように……。

 あ、ダメです。思い出したら頭がクラクラしてきました。やめておきましょう。

「っていうかジョーロ、大丈夫? さっきからブツブツ変なことばっかり言ってるし、本当に変だよ。何かあったの?」

 ひまわりさんが少し心配そうな顔をして、僕を覗き込んできます。

 気がついていませんでしたが、どうやら僕は心の声をブツブツと外に漏らしていたようです。

 昨日何かあった? その通りです。何があったかは説明したくないので説明しません。

「えい!」

 ひまわりさんが突然僕の両頬を摘んで、思い切り引っ張ってきました。

 痛い。痛いですよひまわりさん。

「うーん。これでもダメかぁ。困ったなぁ。ジョーロには元気出してほしいのに……」

 シュンと落ち込むひまわりさんの仕草に、ちょっぴり癒されました。

 コスモス会長が美人系だとすると、ひまわりさんは可愛い系。

 両極端でどちらの派閥に所属するかは、人それぞれでしょうね。

「ねぇ、ジョーロはどうしたら元気が出るの?」

 どうしたらいいんでしょうね? 僕にも分かりません。

「うーん。本人も分からないかぁ。むむむむむむ!」

 ひまわりさんは顎に手を当てて、グイーンと体を傾げまくっております。

 もはや準備運動の一環にしか見えません。

「よーし! ひまわりちゃんパワー……じゅ~でん!」

 そう言いながら、ひまわりさんは僕に思い切り抱きついてきました。

 まったく、何がひまわりちゃんパワーだよ。

 そんな風にギュッと抱きしめられたって、元気が出るわけないだろ。

「あ! ジョーロが敬語じゃなくなった!」

 ……変なところに敏感な奴だ。そんなに敬語が嫌なら、別に今すぐにでもやめられるよ。

「えへへへー。よかった! じゃあちょっとだけ元気が出てきたってことだね!」

 はにかむその笑顔はキラキラと輝き、僕の心がポカポカと温かいモノで満たされていく。

 ふと、散乱していた意識をかき集め、僕はひまわりをジッと見た。

「な、何?」

 僕の真剣な眼差しに、まるで動物のようにビクリとするその仕草もまた癒される。

 そうだよ……。考えてみろよ。僕の幼馴染はこんなに可愛い。

 確かにコスモス会長とのことはちょっと……。いや、かなりショックだったけど、僕は今、こんなに可愛い女の子と二人で出かけている。しかも、相手から誘われてだ。

 それなのに、こんな態度じゃ失礼だろう。

「うん。ありがとう。元気出たよ。ひまわり」 

「あー! さてはジョーロ、またひまわりちゃんパワーをじゅ~でんしてほしいんだなぁ?」

「ち、違うよ!」

「あはははは! ジョーロ、顔が真っ赤ぁ!」

 僕の様子を見て、無邪気に笑うひまわり。

 その笑顔が、僕の中の汚れた部分を次々と洗い流してくれる。

 そうだ。せっかくの日曜日なんだ。今は、昨日のことは忘れて楽しもう。

「それでさジョーロ、お昼ご飯はどこにする?」

「そうだね。じゃあ……」

 一生懸命、僕を元気づけてくれたんだ。お礼にあそこへ連れていこう。

 本当は昨日コスモス会長と行こうと思っていたけど、結局行かなかったしね。

「ここからちょっと歩いたところにあるカフェに行こう」

「お洒落なところ?」

「もちろん。お洒落でいいお店だよ」

「わぁー! すっごい楽しみ!」

「さ、行こっか」

「おー!」

 ひまわりは腕を大きく上げて、元気にそう答える。

 ……言ってよかった。ひまわりの笑顔を見て、僕は心からそう思った。



「わぁー! すごいすごいすごい!」

 お店に入り席に着くと、ひまわりは興奮してそう言った。

 僕達が来たのは川沿いに、ひっそりと建つカフェ。

 いい場所に出しているとは言えないのが、連日行列ができ、料理も美味しいと評判の店だ。

 また雰囲気も非常にいい。木造の店構えに、店内には綺麗なソファーと所々に飾られている絵画。カップルで来てもよし。家族で来てもよしと、用途は様々だ。

 なんで連日行列ができている店に、休日のお昼時にすんなり入れたかって?

 たまたま偶然運のいいことに空いていたってやつさ。

「でも、ここって高いんじゃないの?」

 まるで借りてきた猫のように、オズオズとひまわりが言った。

「気にしないでいいよ。僕が出すから」

「え! いいの?」

「いいよ。ひまわりには元気を出させてもらったし、そのお礼ってことでね。特別だよ」

「ありがとジョーロ! 大好き!」

 突然の言葉に、思わず心臓がドキンとしてしまう。

 そういうこと、軽々しく言うもんじゃないぞ。

「あ、ごめん! てへへへ」

 ひまわりも自分の失言に気が付いたのだろう。

 ちょっと気まずそうに僕から視線を外して、頬を赤くしている。

 可愛い奴だ。

「ご注文は、いかがなさいますか?」

「えっと……。僕はこのランチセットで。ひまわりは?」

「わたしもそれ! ランチセット、もう一つお願いします!」

「畏まりました。ランチセット二つですね。少々お待ち下さい」

 僕達が注文を済ませると、店員さんはそれを厨房へと伝えに行った。

 すると、五分もしないうちに料理が出てきたので、僕もひまわりも驚いた。

「ねぇねぇジョーロ! このエビフライすっごい美味しいよ! 身がプリプリーって!」

「そうだね。っておい。僕の分を取るなよ」

 会話の隙にフォークを伸ばし、僕の皿に乗っていたエビフライをヒョイと奪うひまわり。

 アーンと口を開いたところで、一度ストップし、いたずらめいた笑みを見せる。

「いいじゃんいいじゃん!」

「ダメだよ。最後の一つは、楽しみにとっておいたんだから」

「むー! じゃあ代わりに、わたしが楽しみにとっておいたブロッコリーあげるから、これでおあいこ!」

「それはお前が嫌いなだけだろ」

「違うもーん。楽しみにとっておいただけだもーん」

 結局、僕はエビフライの代わりにブロッコリーを食べる羽目になり、少しだけ損をした気分になった。……けど、なんだろう? やけに落ち着くなぁ。

 もしかしたら、ひまわりといる時は、いつもそうかもしれない。

 ……そうか。コスモス会長はすごい美人で年上ということもあり、どこか緊張してしまう。

 だけど、ひまわりにはそれがないんだ。

 いつでも明るくて、天真爛漫。だから僕も気を遣わずに、言いたいことが言える。

「ん? どうしたのぉ? ジョーロ?」

 エビフライを上機嫌に頬張りながら、キョトンと首を傾げるひまわり。

 そんなささやかな仕草が、僕の心を癒してくれる。

「ううん。何でもないよ。ありがとね。ひまわり」

 だから素直に僕はお礼を言った。落ち込んでいた僕を元気にしてくれた大切な幼馴染に。

「え? ジョーロって、そんなにブロッコリーが好きだったの?」

「ははは。違うよ」

 やっぱりひまわりは分かってないんだな。でも、それが君の良さだもんね。



「ブランコー」

 帰り道、僕の前を上機嫌に歩くひまわりは公園にさしかかると、ブランコへ向かっていった。

 まったく、まだまだ子供なんだから。

 ちなみにこの公園は、昨日コスモス会長と行ったのとは違う場所だ。

 昨日行った公園は広々としたところで、お花見などでもよく使われている。

 今いるここは、ちっぽけなブランコと滑り台だけがポツンと置いてある小さな公園。

 そのブランコが、ひまわりは子供の頃から大のお気に入り。

 今も楽しそうにブランコを立ち漕ぎしている。

「わーい! あはははははは!」

「おい、あんまりはしゃぐと見えちゃうぞ」

「聞こえなーい!」

 君は恥をもっと知るべきだ。

 そう言いたかったが、僕も男だ。

 ブランコを漕ぐ度に揺れるスカートに視線が行ってしまい、言ってしまわないことにした。

 やましくてすみません。でも仕方ないのです。

「えい!」

 立ち漕ぎをしながらブランコの反動に合わせてひまわりは跳躍し、上手に僕の目の前へやってきた。

 一瞬、あれが見えたような見えなかったような……。

「へへへー! どうだ!」

 Vサインを作りながら、僕の目の前にグッと拳を出す笑顔のひまわり。

 彼女のこういう無邪気なところは、本当にいいと思う。

 僕の汚い部分を、綺麗に洗い流してくれる錯覚に囚われすらする。

「気が付けば、わたし達も高校二年生だねぇ」

「そうだね」

 ひまわりにしては珍しい、しみじみとした声。

 それと同時に公園内に風が吹き、ひまわりの身に着けているスカートがユラユラと舞う。

 キラキラ光る日射しと相まって……。それはとても綺麗だった。

「わたし、可愛くなった?」

 クルリと身を反転させ、僕に問いかける仕草。それが僕の中に淡い感情を生み出す。

「うん」

「へへへ。そうでしょ! 頑張ったんだもん!」

「頑張ったの?」

「そうだよぉ。食べ物のカロリーを計算したり、一生懸命運動したんだよ! まぁ、胸はまだ成長途中だけどさ……」

「あははは。胸は個人差が出ちゃうからね」

「うー! 気にしてるんだから、笑わないでよぉ!」

 そう言って、ひまわりはプクリと頬を膨らませて、ベンチに座った。

「そんなに気にしなくても、ひまわりは十分可愛いよ」

「ほんと?」

「本当だよ」

 あまりにも自然に、可愛いという言葉を自分が出せたことに、少しだけ驚いた。

 でも、事実だったのだ。こうしているひまわりは非常に……魅力的だ。

「じゃあさ、女の子が可愛くなる努力をするきっかけって、分かる?」

「うーん。どうだろう? 周りに変に見られたくないとか?」

「もう! ジョーロは鈍感だなぁ。女の子が可愛くなる努力をするのは……恋をした時だよ!」

 思い切り心臓が高鳴った。恥ずかしそうにモジモジしながらも、笑顔で言葉を放つひまわりはその場ですぐに抱きしめたくなるほど可愛く、まるで妖精のようだ。

「あ、あのね! ジョーロ!」

 僕が惚けていると、ひまわりが強く声を出す。

 その声はいつもより、少しだけ緊張を含んでいるような気がした。

 それを気のせいだと思ったけども、ひまわりの顔を見るとほんのりと朱色に染まっているから気のせいではないだろう。

「そ、そのね……。いや、何て言えばいいのかな……」

「どうしたの?」

 激しく狼狽しているひまわり。こんなにオロオロするひまわりを見るのは珍しい。

「じ、実は今日一緒にお出かけしたのは、わたしから言いたいことがあったからなの!」

「言いたいこと?」

「そ、そう! ジョーロにとっては迷惑かもしれないし、嫌な話かもしれないんだけど……」

 えっと? 僕にとって迷惑で嫌な話? 何だろう?

 そんなにモジモジしちゃって、どうしたのかな?

「あ、えっと……。まずは、隣に座ってもらっていい?」

「うん。分かった」

 僕はひまわりの指示に従い、ベンチに腰を下ろす彼女の右側に座る。

 だが、指示に従ってもひまわりの言葉が続かなかった。

 何かが始まる。何となくだけど……ってあれ? あれあれあれ?

 何だかこの配置……昨日の状況と、非常に酷似していらっしゃいませんかね?

 隣にいるひまわりを確認すると、視線を泳がせて、自分の髪の毛をクリクリといじっている。

 凄まじい再現率だ。

「あのっ……! うぅ……」

 何度か口を開こうとしては、また沈黙。

 はっはっは。段々流れが読めてきたぞ。ははーん。なるほどなるほど。そういうことかぁ。

「じ、実はね、さっきも言ったんだけどさ……。その、わたしね、好きな人がいてさ……」

 そう言われて僕は確信したよ。間違いない。

「そうだね。言ってたね」

 冷静沈着な声を出す僕。そりゃそうさ。だって、僕の話じゃない。これはサンちゃんの話だ。

「その人のことを考えると、胸が苦しくなって、毎日会えるだけで本当に幸せになるの。だから、自分勝手だとは思うけど、口実を無理やり作って沢山お話ししてるんだけど……」

 なんでそんな話を僕に? 決まっているさ。協力を要請するためだ。

 心臓の音が全然聞こえない。何を言われるか分かりきっているからだね。サンちゃんでしょ。

「わ、わたしは……」

 ひまわりの顔が近づいてくる。ゆっくりと、それでいて確実に。

 まさに恋する乙女の表情だ。相手は僕じゃないけどね。サンちゃんだけどね。

 そして、お互いの吐息がかかる距離まで近づくと、ひまわりはグッと瞼を閉じた。

 よーし。オッケーオッケー。いつでもバッチ恋! お、うまいこと言ったな。


「ジョーロの親友のサンちゃんが、好きなの!」


 …………本当に予想通り来んなよ!

 来ちゃダメでしょ!

 僕、前の流れでサンちゃんが出そうで出ない感じ、一生懸命出したじゃん!

 どうして出てきちゃうの? なんで出てきちゃったの?

 引っ込んでやり直して! もっかいブランコのシーンからやり直そう?

「きっかけは、野球部の皆が挑んだ地区大会の決勝だよ!」

 ですよねー。そうだと思いましたよー。

「あの時、あとちょっとってところで負けちゃって悔しがる皆を、笑って励まし続けていたサンちゃん。最後の最後に逆転されて、ピッチャーのサンちゃんが一番悔しかったに決まってるのにさ、『みんな、気にするな! 俺が悪いんだからさ!』って、自分を犠牲にして、笑い続けて、チームメイトを元気付けてたんだよ! 今でも目を閉じれば、その姿が思い出せるんだぁ」

 かなりの羞恥からか、ひまわりは大地をジッと見つめながら、言葉を紡ぐ。

 空のコスモス会長、大地のひまわりである。

 ところでこのままの流れだと、空と大地がゴッツンコしない?

「だけど、わたしだけは知ってたの! あの後、少し気になって球場の西口から選手控え室に向かったら、控え室から出たところでサンちゃんが頭を壁にゴツンって当てて、泣いてたの!」

 西だったぁ! 入り口は一つじゃなかったぁ!

「あの時、わたし、すっごくドキドキした! サンちゃんは悪くない。力の限り頑張ってたよって、抱きしめたくなったもん! それで気づいたんだ。わたしが……サンちゃんに対して……恋をしたんだなぁって」

 もう大丈夫。気になっていた点も解決した。皆まで言うな。

「ただ、わたしとサンちゃんだとさ、もう仲の良い友達ってことになってるじゃん? 朝早く学校に行って、できるだけサンちゃんと会話をしてるんだけどさ、こないだもほら、いつからジョーロと付き合うの? とか言われちゃうし……」

 ひまわりは顔を真っ赤にして、凄まじい勢いで語り出した。

 サンちゃんの好きなところ、かっこいいところ、エトセトラエトセトラ……。

 だからもう、話さなくていいと言ってるでしょうに。

「そ、それで! 情けないとは思ったんだけど、ジョーロに何とかしてほしいの!」

 目を見開いて、必死にこっちを見てくるひまわり。

 それを見ているだけで彼女がどれだけ本気なのかは十分に伝わってきた。

 あー……。えっと? もしかして今日、ひまわりが僕と一緒に出かけたいって言った真の目的ってこれ? うん。これだね。

 どうして繰り返しちゃったのかな? 地球が丸いからかな?

「だ、ダメかな?」

 ひまわりは瞳を潤ませて上目遣いで僕を見ている。

 そんな不安そうなひまわりを見ていると、心がキュンとなって、

「いいよ。任せてよ!」

 胸にドンと手を当てて、僕は強くそう言い放った。

「あ、ありがとう! 本当にありがとう!」

 相当嬉しいのだろう。ひまわりは僕にペコペコ頭を下げている。

「そ、それじゃあ、また明日にね!」

 そう言うとひまわりは羞恥の限界が来たのだろう。

 小走りで公園を去っていき、そこには僕だけが取り残された。

 その瞬間、一陣の風が公園内を吹き抜ける。

 ……オーウ。マーイ。ゴッド。

 その時の僕はそれを考えるのが精一杯でした。



 ひまわりと別れた後、僕は家に帰った。

 静かに淡々と、決まった動作をする機械のような動きで階段を上り、自室を目指す。

 そして、部屋に着いたところで、バタンとドアを閉めた。

 静寂に包まれる室内。ここには僕しかいない、本当の意味で自分を出せる空間だ。

 ふと目に入ったのは、本棚にあった僕が小学生のときに書いた卒業文集。

 パラパラとそれをめくり、とあるページをジッと眺める。

『ぼくは一生けんめいがんばって、ニコニコみんなと仲よくして、人気者になります』

 あぁ、懐かしいなぁ。この頃から皆と仲良くできるように、嫌われないようにって考えるようになったんだよねぇ。

 そんな懐かしさに浸りながら、僕は卒業文集をギュッと掴んだ。

 そして、そのまま力任せに、ソレを縦に破り割いた。

 もう、『僕』の出番はおしまいだ。


「ざっけんなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ?」


 ここからは、『俺』の出番だぁぁぁぁ!

 なんだよこれ? どうしてこうなんだよ? やってらんねぇよ!

 俺、頑張ってたよね? 一人称も『僕』にして、結構いい感じにやってたよね? 

 鈍感系巻き込まれ型主人公感出してたよね?

 モノローグでも結構いい感じに頑張ってたよね?

 あ! これもモノローグか! いや、今はそんなことはどうでもいい!

 状況を整理しろ。俺!

 えー……。まずはコスモスだ。

 コスモス、コスモス……胸がでかい。触りたい。

 ちっがーう! そうじゃない! そうじゃないだろ!

 えーっと……。コスモスは何て言っていた?

 確か、サンちゃんが好きだとか……。それで俺に協力してほしいとか。

 ……ガッデム! 俺じゃないじゃん!

 おかしいじゃん! 絶対におかしいじゃん!

 俺、一緒に出かけちゃったじゃん! 二人きりで出かけたじゃん!

 手料理まで作ってきてたじゃん! もう、俺を好きだって思っちゃうじゃん!

 ジャンジャン祭だよ。ほんとに!

 普通、好きでもない男のために手料理とか持ってくるか? 手とか握ってくるか?

 答えは否! 断じて否である!

 ……ダメだ。コスモスについてこれ以上思い出すと、負の感情に支配される。

 次だ。次に行こう。

 そうだ。ひまわりだ! ひまわりに何て言われた?

 確か、サンちゃんが好きだとか……。それで俺に協力してほしいとか。

 ……ジーザス! テンプレに騙されたわ!

 てめぇは自分のポジション考えろ!

 幼馴染だぞ。お・さ・な・な・じ・み!

 そういうポジションの奴は俺を好きでなきゃいけないの! いるべきなの!

 巷では幼馴染は付き合うものって最初の方に言っといたでしょ!

 性格的にも、チョロインだと信じてたんだぞこっちは!

 なんで親友に行っちゃうの? なして俺の親友を好きになっちゃうの?

 くそう! 鈍感系を極めていけば、女の子と関わっていればモテると思っていたのに!

 皆にも嫌われずに、いい感じの人生を歩めると思ってたのに!

 くそう! くそうくそうくそう! もういい。もうこんなキャラやめだ!

 皆と仲良くニコニコとなんて頑張っても、無駄だって、十分に分かった!

 こうなったら明日からはやさぐれまくって、ありのままの自分を…………いや、待てよ。

 よく考えろ俺。よーく考えてみるんだ。

 今の状況……男は一人。女は二人。

 つまりどちらかがうまくいったとしても、もう片方はくいっぱぐれる。

 そこですぐ傍にいるのは誰だ? 何を隠そう俺だ!

 クックック……。そうだ。チャンスはまだ消えていない。

 諦めるな。「諦めたらそこで試合終了ですよ」って、怒ると怖いおじちゃんも言っていた。

 ということは俺がこれから取るべき行動は一つ。

 どちらかがサンちゃんと付き合うまで、精一杯フォローをすればいい!

 頑張りをやめるんじゃない。シフトするんだ!

 今日から俺はモブキャラとして、奴らをサポートする。

 ほら、あるだろ? 恋愛漫画でもくいっぱぐれたヒロインが、いつの間にか現れたモブキャラと付き合うなんてことはよ!

 つまり、そこを目指す! モブ最高! モブこそ我が人生!

 まだまだ諦めねぇ。俺の人生はこれからだ! 打ち切られてたまるかぁ!


 ……そんなで小物な人生で、俺は本当にいいのだろうか?