俺を好きなのはお前だけかよ



 さて、時刻は午後十九時。生徒会室にはもう俺とコスモス以外誰も残っていない。

 こないだまでなら歓喜していた状況だが、今となってはそんな気はまるでない。

 むしろ、目の前でウキウキした表情でノートを書くコスモスにむかっ腹すら立っている。

「あぁ、緊張するなぁ! 大賀君と一緒に帰れるなんて、ドキドキするよ! えーっと、まずは挨拶だな。『お疲れ様』『こんにちは』『春光うららかな今日この頃、ますますご健勝のほどお喜び申し上げます』……どれがいいだろう?」

「……最後のは、やめた方がいいと思いますよ」

「そ、そうかい? 礼儀を重んじるなら、このぐらいの方がいいと思ったのだが……」

 重んじすぎである。なぜ時候の挨拶なのだろう?

「ん?」

 その時だ、俺のスマホが振動した。連絡してきた相手はもちろんサンちゃんだ。

「あ、今練習終わった? ……うん。……うん。それじゃあ校門で」

 とりとめもない会話を終え、俺はスッと立ち上がり、コスモスに声をかけた。

「それじゃあ、行きましょうか」

「あ、ああ! 分かった。その、ジョーロ君。私はどこか変なところとかはないかな?」

 髪の毛を両手で整え、引きつった笑みを浮かべるコスモス。緊張しているのがよく分かる。

 おのれ恋する乙女め。俺と出かけた時はまるで違う笑みを浮かべおって……。

「いえ、いつも通り綺麗ですよ」

「そ、そうか! ありがとう!」

 せっかく、綺麗という言葉を付け加えたのに軽くスルーされた。

 これがサンちゃんだったら、きっと茹蛸みたいに真っ赤になるんだろうな。

 どうせ俺はモブキャラですよ。けっ!



 二人で校門まで行くと、もうサンちゃんは来ていた。

 俺が歩いてくるのに気がつき、笑顔でブンブン手を振っている。

「よう! ジョーロ! 用ってなんだぁ?」

「大したことじゃないんだけどね。あ、その前に」

 俺が少し体を横に反らし、ビクビク縮こまったコスモスをサンちゃんの前に出した。

「コスモス会長も、今日は一緒に行くから」

 ほれ、さっさと挨拶しろ。そして、ノートはしまえ。

「春もたけなわの日和、益々のご発展お喜び申し上げます!」

 だからなんで、時候の挨拶をしてんだよ! やめろっつっただろうが!

 んな深々とお辞儀しなくていいから、普通にしてくれよ!

「あっ!」

 校門にバサっと音が響く。

 コスモスが、力強くお辞儀をしたのが原因で、ノートを地面に落としたのだ。

 まぁ、緊張してかなり手も震えてたからな。そんな気はしてた。

 何か色々とひどすぎる……が、そんなピンチをチャンスに変えるのが俺の仕事だ。

「ごめんサンちゃん。コスモス会長のノートを拾ってもらってもいいかな?」

「そのくらいお安い御用だぜ! よっと! 秋野会長、どうぞ!」

「す、すまない! ……ありがとぅ……」

 ここでも説明しよう! 俺のこの発言には、二つの意図がある!

 一つ、『サンちゃんとコスモスのきっかけ』という意図。

 二つ、『俺が自分で拾わなかった』という意図。

 これによってサンちゃんとコスモスの間にほんわかといい空気を作り、さらに俺が率先して動かないことからコスモスに対し、俺は特別な感情を抱いていないと、サンちゃんに想像させられるのだ。多分!

 完璧なフォローではあるが、コスモスが顔を真っ赤にして縮こまっているのが、問題だ。

「うぅぅぅ……。大賀君に迷惑をかけてしまったよぅ……」

 ノートを両手で抱きしめながら、俺にしか聞こえない程小さな声で、言葉を漏らすコスモス。

 うーん……。まぁ、予想通りではあるが、ひまわりの方が現状では圧倒的に有利だな。

 ただでさえ、先輩で会長という少し関わりにくい印象を持たれているのに、そこに加えてこの焦りようだ。ひまわりへの好感度が十だとすると、コスモスに対しては三くらいだろう。

 ったく……。いつも通りのてめぇの方が、魅力的なことくらい考えて行動してくれよ。

「じゃあサンちゃん、ちょっと一緒に来てくれる?」

「おう! まっかせとけ!」

 まぁ、それを今日どれくらいポイントを稼げるかはてめぇ次第だ。

 精々頑張んな。それなりにサポートはしてやっからよ。



 俺が二人を連れていったのは、ファーストフード店だった。

 学校から少し歩いた駅の近くに佇むMマークのバーガーショップ。マから始まる方な。

 ちょっとだけ気を利かせて、俺が二人の注文を承り、二人は席確保の役割。

 はい。二人きりの時間の完成。うまくやってくれてもいいぜ。そしたら俺は帰る。

「コーラ二つとアイスティー一つ。Mサイズでお願いします」

「畏まりました! コーラ二つアイスティー一つ。Mサイズですね!」

 店員の全力営業スマイルと飲み物を受け取り、トレーで運びながら二人のところへ向かう。

 その際に、わざと歩調を遅らせて覗き込んでみたところ……。

 うわ! あいつら、一言も話してねぇ!

 サンちゃんはいきなりコスモスと二人になって緊張しているのかそっぽを向いているし、コスモスはコスモスで、顔を真っ赤にしながらノートに何かを書いている。

 ……こりゃだめだわ。

「お待たせ。二人とも」

 俺が声をかけると同時に、二人そろってキラキラした目で俺を見てきた。

 なんだ? 俺は神の使いか? いいえ、人間です。

 飲み物をそれぞれ二人の前に置き、俺はサンちゃんの隣に座った。

 あえてサンちゃんの隣に座ったのは、俺とコスモスの関係を変に誤解させないためだ。

 気が利くだろ? これがモブキャラってやつさ。自分で言ってて悲しくなってきたわ。

「用なんだけどね、実はコスモス会長のことなんだ」

「「へ?」」

 二人そろって間抜けな声をあげる。さっきからてめぇら、息が合ってるな。

 付き合えば案外うまくいくかもしれない。よし付き合え。ひまわりは俺が幸せにしておく。

「あのね、サンちゃん。コスモス会長って、お固い人ってイメージない?」

「あ、あ~……。う~ん……」

 腕組みをして考え込んでいるサンちゃん。

 恐らくそう思っているのだろうが、本人にそれを言ってもいいのか悩んでいるのだろう。

 コスモスよ。そんなに息を飲んでサンちゃんを見つめても無駄だ。事実は受け入れろ。

「言いにくかったら、無理して言わなくてもいいよ」

「いや、それは男がすたる! 言うぜ! そうだな。秋野会長にはそういうイメージがある!」

 ズバッとそう言われたコスモスは、心をズバッと斬られたかのような仕草をする。

 その仕草はこっちとしてはかなり面白いが、本人からしたら大ダメージなのだろう。

 そしてそのまま、凄まじい勢いでノートに何かを記し始めた。

 うん。この子、結構残念な子だ。本番に弱いタイプの子だ。

「だよね。それはサンちゃんだけじゃなくて他の生徒達……。特にコスモス会長の後輩にあたる一、二年生は特にそうだと思うんだ」

「まぁ、先輩ってのもあるしなぁ」

「それでね。そのイメージを何とか払拭したいから、サンちゃんの力を借りたいんだ」

「へ? それと俺って、何か関係があんの?」

 それはね、君が好きだからだよ。

 とは言わずに、

「ほら、サンちゃんは誰とでも仲がいいんじゃん? それにちょうど後輩にもなるしね。だからコスモス会長とサンちゃんが仲良くしているのを皆が見れば、皆からもそういう印象がなくなるかなぁって。それにコスモス会長は実際に堅苦しいところがあるからさ。それをサンちゃんと一緒に過ごして治したいんだ」

「そうかぁ? 俺よりもっといい奴がいそうだけどなぁ」

「そんなことないよ。サンちゃんは人を笑わせるのが上手だからね。コスモス会長もきっと楽しく笑わせてくれると思うんだ。だからこれはサンちゃんが一番適していると僕は思う」

「お、何かジョーロに真顔で褒められると照れるぜ」

 俺はどんなに褒められても何も進展しないと理解していて絶望しているよ。

 ダメだ。落ち着け。負の感情に囚われるな。

 俺はモブキャラ……。俺はモブキャラ……。オッケー。精神衛生完了。

「ということでさ、サンちゃんが嫌じゃなかったら、しばらく、部活の後にでもコスモス会長と一緒にいてほしいんだけど、ダメかな?」

 どうだこのキラーパス! 素晴らしいだろう?

 こんな素晴らしいパスを送っているんだ。あとは決めるだけだぜコスモス。

「俺はいいんだけどさ、その、秋野会長は嫌じゃないか? 俺みたいな汗臭い奴と一緒なんて」

「そ、そんなことはニャァい!」

 おぅ。少女から猫さんになっちゃったよ。この子。

 しかも本人はそれに気づいてないようで、そのまま話を続けてしまわれた。

「わ、私は、この自、分のイ、メェェェ、ジをニャんとか、したいんだ。本当はもっと色、んニャ生徒達と仲、良くした、いし、大賀、君とも、もっと仲、良くニャりたい!」

 読点の位置がおかしいぞ。読点の位置が。片言にも程がある。

 ついでに、一部山羊化まで果たしている。

 だが、最後のがナイスだ。個人名をあげて顔を赤らめながら、強く相手の目を見る。

 完璧だね。どうして俺にもそれをやってくれなかったのかな?

 ビコーズシーダズントラブミー! オーマイゴッドネス!

「あ……うっす! 分かりました。秋野会長」

「ははは。サンちゃんもコスモス会長もさ、これから仲良くなるんだったらさ、そんな他人行儀な呼び方はやめた方がいいよ。サンちゃんはコスモス。コスモス会長はサンちゃんって呼ぶってのはどうかな?」

 俺、天才じゃね? もうさ、神だよね。いいえ、人間です。

「お! そうだな! それじゃあよろしく頼むぜ! コスモスさん!」

「ああ。お願いするよ……。サンちゃん」

 ようやく落ち着いたのか、コスモスが柔らかい笑みを見せた。

 うん。ナイス笑顔。やっとまともになってくれたな。

「な、なんか恥ずかしいっすね……」

 サンちゃんは、そんなコスモスを見て照れくさそうに右手で頭をかいている。

 ふむふむ。コスモスもひまわりと同様、女性としては意識されているな。まぁ当たり前か。

 コスモス、美人だし。

 この後、今後どうするかなど細かいことを三人で話し合ったけど、それはまた別の話。

 こうして二人のファーストコンタクトは成功し、俺の怒涛の一日が幕を閉じたのであった。

 あぁ、これが毎日続くと思うと、正直しんどい……。



 ――次の日。

 あ~。づがれだぁ~。やっと昼休みだぁ~。

 こんなに昼休みが待ち遠しかったのはいつ以来だろう?

 小学生の頃に、自分の好きな献立が給食にあった時以来かもしれない。

 昨日の夜は、コスモスからのやけに丁寧な謝辞に対応し、今日の朝はひまわりの今後の対策について話した。

 とりあえず二人とも、掴みはOKだろう。……掴みはな。

 ひまわり……。てめぇが午前中にやらかしたことは、とりあえず今は置いておく。

 昼休みは、てめぇらからの悩みからは解放されたいからな。

 ちなみに二人に、お互いの気持ちは伝えているが、俺が何をしているかまでは伝えていない。

 だって、それだと二重スパイだろ? そこまではやらないさ。

 まぁ、なんにせよ昼休みだ。

 早々にどこかへと行かないとサンちゃんが来る。

 サンちゃんが来るということはひまわりが来る。

 ひまわりが来るということはコスモスが怒る。

 この負の連鎖を起こさないためにも、俺は教室から撤退しなくてはならない。

 しかし、どこにいこう?

 学食はどうだ? ダメだ。あそこはうるさすぎる。

 一人でいるには厳しい。周りの声で、キンキンと頭痛がしてくるほどだからな。

 よって、却下。

 屋上はどうだ? ダメだ。あそこはカップルの聖地だ。

 今も多くのカップルが、キャッキャウフフとランチを楽しんでいるのであろう。

 そんな光景を目にしてしまったら、俺は自分を抑える自信がない。

 負の感情が暴走して、アオーンって紫色の汎用人型決戦兵器の如く暴れ回る自信がある。

 よって、却下。

 となると……。まぁあるさ。一つだけあるさ。心当たり……。

 そこもすんげぇ行きたくないけど、他の二つに比べれば大分ましだし、何より静かだ。

 一匹の悪魔がいるデメリットを除いては……。

 だが、他にもう当てがない俺はそこにトボトボと向かった。

 全力で「奴がいませんように!」と、天に祈りながら。



「あら、珍しいわね」

 ドアを開けたら、背後から奴の声が飛んでくる。

 受付にいないからと安心したら、本を整理していやがった。

 三つ編み魔王のパンジーだ。どうやら俺の祈りは、完全に効果がないらしい。

「お昼休みにどうしたの?」

 また絡まれて余計なことをされたくない。さっさと読書スペースに逃げよう。

 ……ん? ありゃ、なんだ? やけにでかい密林マークのダンボールがあるぞ。

 しかも開封済みで中身は空だ。

 ……まぁいいか。ぶっちゃけ、どうでもいい。

 俺は背中を丸めて、話しかけてきたパンジーは無視してトボトボと読書スペースを目指す。

 後ろからテクテクと、パンジーがついてくるがあえてそれには触れない。

 到着と同時に、グッタリと体を机へと預けた。

「本当にどうしたのジョーロ君? いつもの貴方は、傷んだミカンの皮みたいな顔なのに、今日の貴方は、腐ったミカンの皮みたいな顔になっているわ」

 俺の様子が妙だと気づいたのか、パンジーが罵倒ついでに俺の顔を覗き込む。

「ごめん。しばらくほっといてくれないかな?」

 いちいち関わってくんじゃねぇ。てめぇと会話してる余裕なんざ、俺にはねぇんだよ。

「あら、それは貴方をいないものとして扱えってことかしら?」

「それでもいいよ」

「わかったわ」

 パンジーはそれだけ聞くと、スッとその場から去って行った。

 今日はやけに物分りがいいじゃねぇか……。んじゃ、少しばかし、昼寝させてもらうか。

 静かに……【ポン】。してくれ……【ポン】。るなら……【ズン!】。

「って、重い! 何してくれちゃってるの!」

 こいつ、いの間に戻ってきやがった! 気配が無かったぞ!

 なお、ポンポンズンの正体は、本を載せた音だ。

 パンジーの奴が、昼寝をしようとしている俺の上に次々と本を載せていやがった。

「机で本を整理していたの。沢山あるから大変なのよね。これは独り言よ」

 こいつはこの短時間で、どうやってこんなに大量の本を持ってきたのだろう?

「もう……。あんまり変なことはしないでよね……って重い! 重いから!」

 もう一度椅子に座り、昼寝を試みると、再度襲い掛かってくるブックプレス。容赦が無い。

「不思議ね。ここには誰もいないはずなのに、声だけは聞こえるわ。幻聴かしら?」

「あの……。すみません。いるものとして考えつつほっといてもらえないでしょうか?」

「嫌よ」

「どうしてそんなにほっといてくれないのでしょう?」

「貴方がいないものとして扱っていいと言ったのでしょう? おバカさんね」

 パンジィィィィィィ!

「あのぉ~三色院さん」

「菫子でいいわ」

 眼鏡をクイっといじりながら、ジッとこちらを見てくんじゃねぇ。

 前にその要望に従った時、てめぇが何を言ったか思い出しとけ。

「いや、三色院さん」

「……いじわるね」

「あのさ、僕ね。今、すごく疲れてるんだ。だから一人でゆっくりさせてほしいんだけど……」

「朝は幼馴染、放課後は生徒会長の恋のお手伝いをしているものね。確かに疲れると思うわ」

「……え?」

 こいつ今、何て言った?

「分かったわ。私には大賀君に貴方の秘密を伝えるくらいしかできないけど、頑張ってみるわ」

 そう言ってパンジーは立ち上がり、クルリと背を向けて歩き出した。

「ちょっと待ったぁぁぁ?」

 俺は大きな声をあげ、慌ててその背中を追い、ガシッと思い切りパンジーの肩を掴んだ。

 この図書室に誰もいなくて本当に良かったと思う。そのくらいでかい声だった。

 パンジーはこちらを向くと、いつもの無表情のままジっと俺を見ている。

「何で、知っているのかな?」

「何を?」

「だから、その……さっき言ってた……」

「はっきりしない人は嫌いよ」

 ややムスッとした表情。怒りたいのはこっちの方だ。

「別に君に嫌われても、全く問題ないんだけど」

「ひどいわ。もうお嫁に行けない」

「そこまで?」

「それで何かしら?」

 再度、眼鏡をクイ。俺の恐怖はグイっと上がる。

「いや、どうして君が、ひまわりとコスモス会長の件を知ってるのかなぁって……」

「ああ。それね。確か土曜日に秋野先輩に、日曜日に日向さんに相談されていたわよね?」

「そこまで詳細を?」

「簡単な話よ」

「う、うん……」

 パンジーの淡々とした声に恐怖を覚え、俺は咄嗟に視線を逸らす。

 すると窓に映ったパンジーが、視線を下にしてスカートの裾をギュッと握り締めているのが確認できた。こいつ……緊張してんのか?


「私、貴方を、ストーキングしているもの」


 …………はい?

 聞いた瞬間、俺の頭の中に「ストーキングしているもの」がエコーになって鳴り響いた。

 それ、確かに緊張しながら言う台詞だけど……そうじゃないよね?

 なんでパンジーが俺をストーキングしてんの? 意味が分からんのだが……。

 いやしかし、やばいことだけは分かったぞ。これは沼だ。しかも底なし沼だ。

 一度入ったら抜け出せず、ズブズブと全身が埋まり、窒息死する危険な沼だ。

 よし。逃げよう。可及的速やかに逃げよう。これ以上聞くのはまずい。

「そ、そっかぁ! 三色院さんは僕をストーキングしてたのかぁ! それじゃあ仕方ないね! じゃ、そゆことで!」

 シュビッと手を上げ、クルッと体を反転。即座に競歩を開始した。

 逃げていいんだ。逃げていいんだ。逃げていいんだ。

「逃げたら、全部言っちゃおうかしら?」

 逃げちゃ駄目だ。逃げちゃ駄目だ。逃げちゃ駄目だ。

 チラリと背後を確認していると、淡々と手招きをしている使徒が一人。

 誰か……。まごころを俺にくれ。

「ワンちゃん、こっちに来なさいな」

 死刑台に連れていかれる死刑囚の気持ちがよく分かった。

 抗えない絶望とは、なんと辛いのだろう……。

 俺はパンジーの元へ、肩をズンと落とし、トボトボと戻っていった。

 何でこいつは俺ばっか……。いつもいつも……。

「ジョーロ君」

 死神は俺の名を呼ぶと、すっと距離をとり、とある物へと腰掛けた。

「……へ?」

 それが目に入った瞬間、俺はフリーズした。

 ここは図書室。屋外ではなく、皆が本を読み、借りる場所。それ以上でもそれ以下でもない。

 そんな場所になぜ……………………ベンチがある?

「ネットショップで販売されていたの。レビューには、とても座り心地が良くて、皆からも大好評と書いてあったわ。六四八〇円もしたんだから」

 そんなこと、まるで聞いてないよ?

「えっと……。まずは、隣に座ってくれるかしら?」

 というかこの状況……ま、まさか……!

 まずいぞ。だったら絶対にこいつの言うことを聞くわけには――

「座らないと、色々言っちゃうかもしれないわね」

「はい。分かりました」

 問答無用とはまさにこのこと。俺はパンジーの指示に従い、悲壮感たっぷりに座った。

 せめてもの抵抗でパンジーの左側に座ろうとしたら、容赦なく右側に座らされた。

 だが、指示に従っても、パンジーの言葉が続くことはない。

 間違いねぇぇぇぇ! アレだぁぁぁ! 輪廻ったぁぁぁ!

 パンジーは胡散臭く視線を泳がせ、やや楽しげに自分の髪の毛をクリクリといじっている。

 恐ろしいまでに、可愛くない。

「あのっ……。ふぅ……」

 甘い吐息を吐くな。おぞましい。

「実はね、私、好きな人がいるの」

 はいはい。分かった分かった。サンちゃんねサンちゃん。

 知ってるよ? 俺をストーキングしてて、俺のことをやけに知ってるけど、サンちゃんなんでしょ? 分かってる。分かってるから安心して、口を閉じろ。

「その人のことを考えると、胸が苦しくなって、毎日会えるだけで本当に幸せなの。だから、自分勝手だと思うけど、口実を無理やり作って会いに行っているのだけど……」

 へぇ~。そうなんだぁ~。ジョーロ、びっくりぃ~。

 そう言えば前々から、たまにうちの教室を覗いてたよね。サンちゃんをこっそり見てたんだよね。俺が廊下に出ると、絶対話しかけてきたのは、サンちゃんが好きだからだよね。

 もうこの子ったら、大胆なんだからぁ~。ほんと、ダイターンな子なんだからぁ~。

「私ね……」

 そして、パンジーの顔が近づいてくる。ゆっくりと、それでいて確実に。

 まさに恋する乙女の表情だ。なんと恐ろしい顔だろう。不動明王より怖い。

 そして、互いの吐息がかかる距離まで近づくと、パンジーはグッと瞼を閉じた。

 サンちゃん! カムヒアァァァ!


「ジョーロ君が好きなの」


 …………そこはサンちゃんで来てくださいよぉ! どうしてそこだけ裏切っちゃうかな? どうしてこうも見事に定番イベント起こしちゃうかな? ひまわりは違ったじゃん! あれだけサンちゃんじゃない感出してサンちゃんだったじゃん!

「きっかけは――」

「オッケー! 皆まで言わなくていいよぉ!」

 これ以上聞きたくなかったので、俺はとにかく気合でパンジーの言葉を止めた。

 もういいって! お腹いっぱいだって! ほんと、勘弁してください!

 そんな泣きそうな顔の俺に、パンジーは不機嫌さを滲み出す表情を見せた。

「その喋り方……嫌よ」

 はぁ? こいつ何言ってんの?

「本当の貴方が、私は好き」

 三つ編みを揺らし、微笑をチラッと覗かせるパンジー。

 本当の俺? 本当の俺って言うとアレか?

 僕僕キャラじゃなくて、今のいい感じにクソ野郎感出しているこっちの俺か?

「そうよ」

 おいこら。ナチュラルに心を読むな。

「あ、あのさ、三色院さん」

「その喋り方で話すなら、言っちゃおうかしら?」

「うぐ!」

 いたずらめいた瞳のパンジー。ほんのわずかに唇の端を上げる仕草。

 いと惜しいね。これが美人だったら愛おしいのに。いや、本当は気づいてねぇんじゃ――

「私が話したいのは、ハイドよ」

 そう言ってパンジーが俺に見せてきた本は『ジキル博士とハイド氏』だった。

 こいつ……。まじで気づいてやがる……。

 ってか、それで俺を好きとは、申し訳ないが頭がおかしいと思う(以前から思っていたが)。

 まずい……。完全に詰んだ。

 俺の現状も本性も知ってるなんて、何を要求されても逆らえない。

 いや、命に関わることだったらさすがに逆らおう。

 よし。もういい。覚悟は決めた。

「……目的は何だよ?」

 素の話し方に切り替えると、パンジーがパァッと達成感の溢れる輝きに満ちた笑みを見せた。

「キモッ! いってぇ!」

 言ったと同時に、ものすごい速度で足を踏みつけられた。

「正直すぎるのはどうかと思うの」

 暴力を振るうのはどうかと思うの。

「私の目的ね」

「いつつ……。そうだよ。言っとくが俺は、てめぇと付き合うつもりなんかまるでねぇぞ」

「私もよ」

「はぁ? てめぇは俺を好きなんじゃねぇのか?」

「そうよ」

 パンジーは、やけにハッキリとした口調で肯定をした。

「だったら、俺と付き合ったり、キスしたり、他にも……なんだ……色々したいんじゃねぇの?」

「セックスと言わなかった点は、評価するわ」

「ねぇ、オブラートって言葉知ってる? 俺が言い辛くてオブラッたのに、君がオブラんないと意味ないんだよ?」

「そういうことではないの。ただ、知っておいてもらいたかっただけ」

「知らせてどうすんだよ?」

「…………っは!」

「考えてないんかい!」

 俺の指摘が図星だったのか、パンジーがプイとそっぽを向く。

 なんなんだこいつはさっきから! こいつって、こんなに考えなしの奴だったのかよ!

「後のことを考えたわ」

「はぇぇな!」

 人差し指をピンと天井に向けるパンジー。ほんのりと頬が朱色に染まっているように見える。

「とても素敵なことよ」

「嫌なら嫌って言ってもいいのか?」

「構わないわ」

「へぇ……」

「ジョーロ君、朝は日向さんと一緒にいて、放課後は秋野先輩と一緒にいるのよね……。なら、お昼休みはここに来て、私と一緒にお喋りしましょう」

 パンジーが体を僅かに反らし、読書スペースへと手を向ける。

「嫌だ」

「だめよ」

「嫌って言っていいって言ったよな?」

「許可するとは一言も言ってないわ」

「て、てめぇ!」

「貴方にとってもメリットがあると思うわ。ここなら静かに過ごせるし、誰にも聞かれない。それだけでも、とても素敵じゃない?」

 確かにこれに関してはパンジーの言う通りだ。昼休みの図書室には、ぶっちゃけ人なんてほとんど来ない。さらにもう一つ、密かな利点があるのだ。

「それに、隠れるのにも便利でしょ?」

 その通り。この図書室は隠れることの出来る場所が多い。長机の下や、本棚の間など、もし俺にとって厄介な人物が来たとしても、すぐに隠れてやり過ごせる。

「そりゃ、そうだけど、てめぇといる時点で、マイナスの方がでかくなるな」

「ジョーロ君は私が嫌いなのね」

「ああ。それもかなり」

「嘘をつかない人って私、好きよ」

「俺もそれには同意見だ」

「両想いね」

「ポジティブシンキング過ぎるわ!」

「違うの?」

 パンジーがキョトンと首を傾げ、俺の苛立ちがより募る。

「まるっきり違うわ! 言っとくが、俺はてめぇとキスしたいとかそういった感情は、これっぽっちねぇからな!」

「私もよ……。両想いね」

「話を戻すな!」

「そろそろ昼休みが終わるわ。また明日」

「あ、おい!」

 パンジーはベンチから立ち上がり、荷物を持つ。

 そしてテクテクと図書室の出口を目指すと、途中でピタリと歩を止めた。

「…………これでも、すごく恥ずかしかったんだから」

 最後にそう言うと、パンジーはそそくさと図書室を去っていってしまった。

 はぁ……。なんでこうなんだ? なんで……。よりにもよって、てめぇなんだ?

 コスモスはダメ。ひまわりもダメ。

 俺なりに色々努力をしてきた。皆に好かれようと頑張ってきた。

 だってのに……。


 俺を好きなのはお前だけかよ……。