ヴァルハラの晩ご飯 ~イノシシとドラゴンの串料理~

※本ページ内の文章は制作中のものです。実際の商品と一部異なる場合があります。
※実際の作品には挿絵イラストが入ります。



    ~プロローグ~


「アチチチッ! っと、ほらほらパンの追加上がったぞ! 盛り付けバンバンやっちゃって! あとキャビアの方は足りてるか!? 誰かバックヤードの在庫確認!」

 修羅場と化した夕暮れ時の厨房に、威勢のいい料理長の指示が飛ぶ。毎日毎晩のこととはいえ、今日も本当に目が回るほどの忙しさだよ。

 いや……忙しいのは当然か。何故ならここは『ヴァルハラキッチン』。世界一大きな食堂の、世界一大きな調理場なんだから。


 ──人間たちが暮らす世界の、遠い遠い空の彼方。そこには『アースガルド』と呼ばれる、この上なく広大な平原が存在する。偉大なる神々が住まう、天上の世界だ。

 その平原の片隅、世界樹レーラズに程近い場所には巨大な黄金が横たわっている。荘重かつ絢爛な神の御舎(みあらか)──黄金宮『グラズヘイム』。それこそが、横たわる黄金の正体だ。

 ボクは今、縁あってその宮中にお仕えしている。自分でも未だに信じられないよ。だってボクみたいな雑輩が神聖を極めたこの場所で……主神オーディンさまのお膝元で働かせて頂けるなんて光栄なこと、もう夢か幻としか。と言っても、ボクが実際に働いている職場は『グラズヘイム』の中にある五番目の館、『ヴァルハラ』なんだけれど。


「お、この音は……」

 その時、遠くから低い笛の音が響いてくる。死せる英雄たちの、今日の演習終了を告げる音だ。この角笛の歌声が聞こえたからには、ボクらキッチン組も調理完了を目指して最後の仕上げに入らなきゃならない。

「っよし! オードブルはこれで完成だ! スープの方ももう出来てるな!? 主菜の付け合わせとグラニテの準備は!?」

「サラダの準備までできてます! あとはデザートと、ヘイズの蜜酒(ミード)待ちです!」

 料理長の渋い声が厨房を駆け抜け、ボクがすかさず答える。大食堂では食器を並べ終えた他のコックがサムズアップを送り、目と耳で晩餐の進捗状況を確認した料理長は満足げに頷いてボクに向き直った。

「うん、いい感じだ。さてセイ君。ここから先はいつものように、君が主人公だ。我が『ヴァルハラキッチン』のメーンディッシュを手掛ける事ができるのは、君しかいない」

 料理長の青い瞳が、強い信頼を込めてボクを見つめる。

 そう……料理長が言うように、この調理場でメーンを飾れるのはこのボクだけだ。他の人なんかには絶対に務まらない。何たってこの仕事は、アース神族を統べる最高神オーディンさまから直々に任命されたんだから。

「……はい、料理長。大丈夫……心の準備は、もうできてます」

「本当に? もう何度も言うようだけど、無理だけはしちゃいけないよ? 時間ならまだ余裕があるからね」

 余裕という二文字を聞いて、ボクの決心がグラグラと揺らぎだす。心配してくれるのは嬉しい、けど……この緊張は受け止めてたら耐えられない。受け流すんだ、勢いで。

「平気です、やれます。今日もよろしくお願いします……料理長」

 昨日も。一昨日も。ずっと繰り返してきたルーチンワーク。明日も。明後日も。ずっと積み重ねていくライフワーク。本当にさ、震えがくるほど名誉な仕事だ、誇りに思うよ。

「……分かった。じゃあ調理を始めよう。セイ君、手を洗って」

「はい」

「顔も洗って」

「はい」

「足も洗って」

「はい」

「体も洗って」

「はい」

「アソコは特に念入りに」

「もちろんです」

「よし、じゃあ入って」

「~~~~っ、あぁもうどーにでもなれぇっ!!」

 ピョンと跳んだら、もう後には戻れない。

 父さん──母さん。ボクはこの『ヴァルハラキッチン』で、今日も必死に働いています。


 …………食材として。


「ぎゃああああっ! あっぢいいぃぃぃぃいいぃぃぃぃいぃぃぃぃッッッッ!!」

 ボクの断末魔の叫びを封じ込めるように。

 煮えたぎる鍋の蓋が、今日もゆっくりと閉ざされた。