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※実際の作品には挿絵イラストが入ります。
『……無理です。ごめんなさい――』
ひとけのない、夕暮れに染まった公園。
そこで、僕は地面にうずくまり、泣いていた。
「うぅ……うぅうううっ!」
その日、僕は好きだった女の子にフラれて、高校生にもなってみっともなく涙をこぼしていた。
入学式、初めて見た彼女に、僕は一目惚れをして、その好きな気持ちを抑えきれずに告白して、フラれた。
初恋だった。
本当に好きで、好きすぎて、頭の中で付き合った後のことばかり考えてしまって、だからフラれることなんて考えてもみなくて、とにかく、僕は泣きに泣いた。
だけど、泣いても泣いても哀しみが尽きることはなくて、僕の心には失恋の棘が深々と刺さって、泣くほど胸が締め付けられるように痛いだけだった。
「うぅううう……うぉおおおおおおおっ!」
顔中から涙や鼻水。汁という汁が迸り、身体の水分が5パーセントほど減った頃、
「……見てたぜ、坊主。お前、なかなかいい告白、したじゃねぇかよ」
突然、腹の底に響くダンディーボイスが、僕の鼓膜を揺らした。
「うぅうう……ぇあ?」
顔中を涙に濡らしたまま、僕は声の方向に振り返る。
「うぅ……ご、権田(ごんだ)先生?」
そこに立っていたのは、僕の通う学校で日本史を教えている、権田八兵衛(はちべえ)先生だった。
今年で四十歳になる、学校でも目立たない、ただの中年教師でしかないはずの彼の格好は、異常だった。
普段の皺だらけで、色褪せた茶色いスーツと違い、今の彼は、目に痛過ぎて失明しそうな、どピンク色スーツに身を包み、その上から、歯に滲みそうなどピンク色のトレンチコートを羽織っている。そしてレンズまでどピンク色の、耳鳴りがしそうなサングラスをかけて、ぼやけたピンクの向こう側から、僕の顔をじっと見つめていた。
「な、なんでここにいるんですか? そして、その恰好は……?」
僕が不信感をあらわにそう質問すると同時に、パチパチパチパチ、と小さな拍手の音が公園に鳴り響いた。
「……え?」
気がつくと、権田先生の後ろに、僕と同い年ぐらいか、やや年上の男子たちが立ち並んでいて、目に涙を溜めて僕に向けて拍手をしていた。
「よく頑張ったな。お前、偉いよ……」
「あんな気合いの入った告白、見たことねえぜ……」
「お前の気持ち、よく分かるよ……」
うぅ、ぐすん、うううぅ、と口々に僕を慰めながら、全員が貰い泣きしていた。
彼らに、失恋した僕を茶化すような感じはなく、ただただ、僕に同情して、哀しみの涙を流しているだけだった。
「な、なんですか、あなたたち……?」
僕の目から流れる涙の量は、若干少なくなった。引っ込んだ。
ひとけのない夕暮れの公園で、中年教師と若い男子たちに同情されるのは、あまり気持ちのいいものではない。
「俺たちはお前の、いや、お前たちの味方だよ……」
権田先生は、いきなり訳のわからないことを言うと、掛けていたセンス最悪のどピンクサングラスを外し、僕の目をじっと覗き込んだ。
「……坊主、いい目をしているな。特にその、涙がいい。どうだ、その失恋、俺たちのために役立ててみないか?」
「……役、立てる?」
「ああ、お前のその、恋に破れ、恋を欲するその想い、きっと俺たちの力になってくれるはずだ」
「……いったい、何をするんですか?」
僕の頭の中に浮かんだ『?』が、どんどん増えて溢れてしまいそうだった。
「罪を憎んで恋を憎まず。素直になれない若者たちのキューピッド。お前なら、きっといい刑事になれるさ」
「……は? キューピッド? 刑事? それって……」
頭の中で、権田先生似の老け顔で背中から羽を生やした赤ちゃんが飛び回った。涙と別のものが飛び出そうだった。
「俺たちと一緒に、恋路を捜し、恋路を守る手伝いを、してくれねぇか? お前の力が、必要なんだ」
権田先生のその言葉は、大半言っていることが意味不明だったけど、失恋したばかりの僕には、現状の苦しみから抜け出せる、一筋の蜘蛛の糸みたいに思えた。
「あ、はい……?」
これが、僕、陽方朝道(ひかた あさみち)と恋愛警察『Qピッツ』の最初の出会い。
……思えばこの日を境に、僕の人生は間違った方向に進んでいったのだと思う。
人生において、一度しか訪れない高校生活。通称、青春。
その中で最も重要な位置を占めるイベント、その名は恋愛。
学生生活の中に隠された恋愛感情。その内およそ99パーセントは、その相手に想いを告げることなく終焉を迎えると言われている。
そんな隠された恋心、告げられぬ想いを捜査し、解決に導く集団がいた。
それが、恋愛警察。通称『Qピッツ』。
これは、そんな荒廃した学生たちの恋のキューピッドとなり、愛の芽を開花させる、お節介な恋愛刑事たちの、愛と勇気と告白の物語――
「――あなたが、好き」
その一言が言えない。それがこんなに辛くて苦しいことだなんて、私は恋をして初めて知った。
「――でさ、あのショップに新しく入ったバッグがもう超可愛くて~」
「うん、うん……」
私立恋文字学園。
その1年3組の教室で、真田由希子(さなだ ゆきこ)は、友人の工藤智美(くどう ともみ)の話を聞きながら、ずっと別のことを考えていた。
癖のある髪を纏めたポニーテールを小さく揺らしながら話す智美と、それを聞く、ショートカットがよく似合う由希子は、同じ女子バレーボール部に所属する友人の関係だった。
明るくて気さくな智美と、大人しくて人見知りな由希子の二人は、互いに対照的な性格だったが、入学式で席が隣同士になって以来、ずっと馬が合う仲よしの親友だった。
その関係は、今も変わることはなく、こうして昼休みにファッションブランドについて仲睦まじく語り合うほどだ。
時刻は十二時少し過ぎ、昼休みに入ったばかりで、教室内は生徒たちの活気溢れる声で騒がしかった。
教室の後ろでは、クラスメイトの男子たちが、大声でお互いの持ちネタを披露し合っていた。
「なあ前田、あのギャグやってくれよ」
「おお、俺も前田のアレ見たいな」
「もう、仕方ないっすね……」
そう言って、前田と呼ばれた少年は男子たちの前に正対する。
右手の人差し指で、まるで消しゴムみたいに異常に飛び出た自身の前歯を指し、
「トゥースッ!」
前歯【ルビ:トゥース】と挨拶を掛けた、彼のとっておきの持ちネタだった。
「……やっぱあんまり面白くねえな」
「ていうかパクりじゃん」
「やってて哀しくないか?」
口々に文句を付ける男子たちをぼんやり見つめながら、由希子は智美の話半分に、別のことを思う。
「……やっぱ男子って馬鹿だよねー」
「……え?」
気がつくと、智美も由希子と同じ方向に視線を向け、呆れ顔を浮かべていた。
「あんなくっだらないことばっかしてさぁ。いったい何が楽しいんだろ? 前田なんか、あれ面白くないのに入学初日からずっとやってるし」
「あれって……?」
「そう『トゥース』。自分のコンプレックスとの重ね技でしょ? なんか笑うよりも先に悲壮感の方が強いっていうか。ていうかパクりだし」
「あー……」
「そもそも一発ギャグなんて素人がやっているのを見てても寒過ぎて笑えないし、全国に通用するようなレベルのギャグを作れるのは……ねえ、由希子聞いてる?」
「……え? うん聞いてる聞いてる。で、ゲッツがトゥースで僕イケメン? なにそれ?」
「聞いてないね。もう、なによ由希子。最近なんかずっとボーッとしちゃってさ」
うわの空の由希子にふくれ面で抗議する智美。
「ごめんごめん。ちょっと、考えごとしてて……」
すぐに謝りながら、由希子は顔をまっすぐ智美に向ける。
「由希子、なんか怪しい……」
不自然な由希子の行動を怪しむ智美。
「そ、そんなこと、ないよ……」
首を横に振りながら、由希子は困ったように表情を曇らせる。
「なんか怪しい~。あ、もしかして由希子……好きな人出来た?」
「っ!?」
由希子が驚くのと同時に、教室の至る所からガタガタガタッ、と机の揺れる音が響く。
「え? 何、地震?」
智美も驚き、周囲を見渡す。
「「「「「……」」」」」
さっきまで騒がしかった男子生徒たちが無言で硬直し、由希子と智美へ視線を向けていた。
「……んだよ、見てんじゃねえよ男子ぃっ!」
自分たちを見つめる、気味の悪い男子たちに凄む智美。
「「「「「…………」」」」」
やがて、黙っていた男子たちはゆっくりと動きだし、再び教室に騒がしい声が戻る。
「……智美、ちょっと言い過ぎだよ」
おずおず、と由希子が智美に囁く。
「いいのよ由希子。あいつら本当に馬鹿なんだから……」
鼻を鳴らし、強気にそう応える智美。
「……で、由希子、本当のところはどうなのよ?」
智美はそう由希子に切り出す。
「え? えぇ~……」
隠し通したい想いと裏腹に、由希子の顔が真っ赤に染まっていく。
「ほら。その反応は絶対そうなんでしょ? ほらほら、言ってよ、由希子の好きな人~」
「い、言いたくない……」
「何で? いいじゃん、絶対に誰にも言わないからさ。あたしたち、友達でしょ?」
「それはもちろん、そうだけど……」
「だったら早くっ。どうせ一人で考えてたって堂々巡りで意味ないって。こういうことは一人で悩まず、誰かに相談して一緒に考えた方が絶対にいいの!」
「うーん……」
智美の言葉に、由希子は真っ赤な顔をゆっくり智美に寄せる。
「……智美、絶対に誰にも言わない?」
「あたしを誰だと思ってるの?」
「……わかった」
一人で抱えていても苦しいだけなら、せめて、この親友にだけは打ち明けよう。
そう覚悟を決め、由希子は智美の耳元に、唇を寄せる。
「……あのね――」
由希子が智美に胸の内を打ち明けた頃。