※本ページ内の文章は制作中のものです。実際の商品と一部異なる場合があります。
※実際の作品には挿絵が入ります。
「病的な領域ですね。もはや妄執的といえるかもしれない」
ヨキはいう。
異様なほど精巧な石像だった。
開拓移民の街、「ようこそ」と彫られた木製の看板の上に、そのフクロウの像はあった。翼を広げ、今にも飛び立ちそうな姿をしている。しかし、灰色の全身には無生物の悲しみが影のようにしみついていた。
「石なのに、羽の模様の濃淡まで表現されている。細かすぎです。これをつくった人は、相当な強迫観念を抱えていたんでしょうね」
ヨキはランタンで石像を照らす。あたりは夕闇に沈んでいる。
「そんなことよりはやく街に入ろうよ」
背なかにこぶしがとんでくる。
シュカだ。いつもは骨が砕けそうなほどの威力があるのだけど、今は、猫がじゃれついてきたかのように弱々しい。みれば、普段は鮮やかな光彩をはなつ琥珀色の瞳が、どんよりと曇っている。夕食時で、お腹が減っているのだろう。
「あとでゆっくり観察すればいいじゃないか。どうせ逃げないよ。断言するね」
「そうなんですけどね」
石像には奇妙な存在感があった。みるものの心をざわつかせる、違和感のようなもの。
それがヨキをとらえて離さない。
「ほら、先輩もみてくださいよ。羽の一枚一枚まである。すごい作り込みようですよ」
ヨキに感想を求められ、シュカがしぶしぶ石像に顔をちかづける。
「たしかにヨキのいうとおり、狂気を感じる緻密さだ。羽どころか、羽毛の繊維の一本までみてとれる。しかし、これを作って一体、なにがしたかったのかな。こんな細部まで似せた生き物の贋作をつくってさ。姿形は同じなのに、生命は宿っていない。そういうものって、なんだか空恐ろしいよ。限りなく人間に近い人形をみたら、こんな気持ちになるんじゃないかな」
シュカは石像に対してひととおりの考察をくわえると、「フクロウはあまり美味しそうな鳥じゃないよね」とお腹をさすった。
ヨキはそれを無視して、フクロウの頭、翼、腹部と、手でさわってゆく。そして右の眼球部分だけが他に比べて柔らかいことに気づく。たしかに石なのだが、薄いような、脆いような感触がある。試しに、親指で強くおしこんでみる。
表面が砕け、親指が付け根までなかに入った。
ヨキは驚き、咄嗟に指をぬく。同時に、茶色い液体が飛び散った。
腐ったような臭いが辺りにひろがる。
「ご飯の前に手を汚すのはよくないよ」
シュカがハンカチを手渡してくる。ヨキが手を拭きながら、「ご飯はまだ先ですよ」と軽くあしらうと、シュカはこの世の終わりのような顔をした。
「それより先輩、これ、どう思います?」
ヨキはいう。やはりただの石像ではなかった。眼球の表面はたしかに石なのだが、なかには腐敗した液体が入っていた。おそらく、生体組織が腐ったと推測されるもの。
「まるで生きたフクロウが、そのまま石になったみたいじゃないですか?」
生物石化の伝説はどこにでもある。しかし実際に生きものが石になったという現象が観測されたことはない。もしそれを観測することができれば、世紀の発見とはいわないまでも、稀有で、非常に価値のある発見だ。
「けれど結論は急がないほうがいいね」
シュカがいう。
「現時点でいえることは石像の表面が石であること。内部も大半が石と推測されること。ただし、右眼球部分の内側には少量の腐敗した有機物が入っていた。それだけだよ」
「たしかに。そうですね、先入観をもつのはよくないですよね」
シュカの冷静さにあてられ、ヨキは反省する。しかしそのシュカといえば、ヨキがしゅんとしたのを見計らって、にんまりと笑うのだった。
「とはいえ、私もついに生物石化現象に立ち会えたのかもしれないと思ったよ。その石像、調べてみる価値はあるだろうね」
それにしても、とシュカは遠くに目をやっていう。
「つまらない調査のために退屈な街にきてしまった。なんて思っていたけれど、そうでもなかったみたいだね」
ヨキもつられて顔をむける。そして「ああ」と感嘆の声をもらした。
荒野に夜のとばりがおりる。風にさらされた岩、まばらに生えた草木、狼たちが集まる丘陵、すべてが闇に沈みゆく。視界が黒にそまり、何もみえなくなる。それなのに、北にある山脈だけはしっかりと認識することができた。周囲が闇にそまればそまるほど、より一層、その異様な存在感をましてゆく。
山の稜線が、青白く輝いていた。その輝きが、亀裂が走るように、だんだんと山脈全体に広がってゆく。死者の魂が山に集まり、夜になると流れている。そういわれれば信じてしまいそうな、呪術的な光景だった。人によっては神話の世界を連想するだろう。
言葉を失くし、その光景を眺める。
ヨキは息をつき、となりに立つシュカの様子をうかがう。案の定、先ほどまで曇っていた琥珀色の瞳が、鮮やかな光彩を取りもどし、煌々と輝いていた。
「生物石化に青く輝く山か。なかなか面白そうじゃないか」