「ちょっと先輩、何するんですか」
突然、視界が暗くなる。外界と遮断された遺跡の最深部にいるため、自然光が入ってくることもない。
「ヨキちゃん、ビビッてるぅ」
シュカのおどけた声が、狭い空間に響く。
ライトを持っているのはシュカだけで、ヨキは遺跡探索の荷物を一人で持たされており、両手がふさがっていた。
「先輩、こんなところで遊ばないでください。何もみえないじゃないですか」
「不安になってきた? 人は光のないところにずっといると発狂するらしいね」
「七十二時間でしたっけ? そんなことより、早くライト点けてくださいよ」
「まあ待ちなよ」
シュカの口調が少しだけ真面目なものになる。
「一見して何もない石室だけど、暗闇にすることでみえるものもあるかもしれない。壁面に書かれた古代文字が光って浮かび上がる、とか」
「なるほど」
「外まではかなり遠いけれど、採光のための小さな穴があいている可能性もある。古代遺跡は、天体の運動と関連していることが多いしね。例えば、夏至の日にだけ、その穴から太陽光がレーザーのように入ってきて、棺のふたについた宝石を照らす」
「そして死者が復活する、ですか。太陽信仰の文明にはありそうな話ですね。まあ、死者が復活するかどうかはさておき、儀式的に自然光を取り入れる構造をもった遺跡はたしかに存在します。さて、ここはどうでしょうね」
そういった仕掛けを探すため、ヨキは目を凝らしながらその場で足踏みをして回転した。となりでもペタペタと、シュカのまわる足音がする。
「何もないようだね。ま、こんなものさ」
シュカがライトを点ける。頭にヘルメットをかぶり、白い頬は埃でよごれている。コミカルな格好で笑いそうになるが、ヨキも同じ格好なので人のことはいえない。
「特に変わったところはありませんね。まあ、この遺跡はすでに多くの学者が研究していますから、新しい発見は難しいのかもしれません」
ヨキがいう。しかし、シュカは「そうでもないさ」と涼しげに笑っている。
「なにかあるって感じるんだ」
「野生の勘ですか」
「野生の勘でも女の勘でもないよ。遺伝子の奥に刻まれた、太古の記憶が語りかけてくるのさ。ここはただの遺跡じゃないってね」
どこまで本気でいっているかはわからない。
しかし、シュカの琥珀色の瞳にかげりはなかった。
◇
今回、二人が調査に訪れたのは、スカイ・トリアンという名の遺跡だ。
森林限界を越え草木もまばらになった山の尾根に沿って、複数の巨大建造物が林立している。形状は三角錐で、金属ブロックを積み上げてつくられている。表面が鏡面のように磨かれており、空の青さをうつしていた。
荒涼とした場所に、空と入り混じるように建つ遺跡群。風化がすすみ、かしいでいるものや、一部が崩れているものもあった。
ヨキとシュカはそんな三角錐の遺跡の一つに入り、最深部にある空間にたどりついた。
石室と呼ばれるその小さな部屋には、中央に空の棺が安置されている。
息をすいこめば、埃とカビの香りがした。
「いかにも古代王朝の王墓って感じですね」
「セントラルの学者たちもそう解釈しているみたいだね」
シュカはそういうと、空の棺のなかに入って寝転がる。死体ごっこをしているわけではない。遺跡探索では、こうやって見る角度、視点を変えることで新たな発見につながるケースが多々あるのだ。
「発見当時は遺体も埋葬品もあったのですが、墓荒らしの手によってすべて持ち出されてしまったそうです」
ヨキは説明する。
スカイ・トリアンの遺跡群は、古代王朝の、王たちの墓だといわれている。遥か昔に一体だれが、どうやって、このような高地に巨大な金属ブロックを運び、三角錐に組み上げたのか。それはセントラルの考古学界においても、長年の謎だった。
金属の運搬方法も三角錐の建造方法もわからない。そして金属の元素すら不明だった。
ヨキは調査が決まってすぐ、これらの謎にアプローチするため、金属に関する知識や先史時代の建築技術などを入念にしらべた。
「けれどね」
シュカは棺のなかで目を閉じながらいう。
「もっと根本的な部分に私は疑問を感じているんだ。学者たちも疑っていないけど、そもそもこの遺跡は本当にお墓なのかな?」
ヨキは虚をつかれたような気持になる。巨大な三角錐は謎の王墓。幼いころから、そう教えられて生きてきた。本当に墓なのかという問いかけは、意識の外だった。
シュカは淡々とつづける。
「お墓をこんなでっかくする意味、ある?」
「死んだ王の権威を示すためといわれてますけど」
「現代の感覚からすれば壮大な無駄だよ。いくら昔のこととはいえ、同じ人間であれば、そういった感覚は変わらないんじゃないかな。謎の金属を使ってまで頑丈に作る必要性も感じられないね。王の遺体や埋葬品を大事にしたいなら、もっと人目につかないところに墓をつくるべきなんだ。石室への道もわかりやすいし。これじゃあ、墓を荒らしてくれといっているようなものだよ」
シュカはスカイ・トリアンに、墓以外の機能があるのではないかと考えているようだった。
「遺跡の入口から伸びる狭い通路と、この石室しか内部の空間は確認されていない。それらを合わせても、全体の体積の十分の一にも満たない。三角錐の底辺近くしか使われていないんだ。他の機能がないのなら、膨大な労力と資源を使って、贅肉みたいに無駄なものを積み上げたことになる。権威のために? 合理的じゃないよ。昔のほうが資源は少ないはずなんだ。そんな浪費をするかな?」
ヨキは少し考える。そしていう。
「ではシュカさんの仮説に立って、スカイ・トリアンに何らかの機能があったとしましょう。じゃあ、それはどういったものなんでしょうか。外からはただの三角錐でしかありません。各遺跡の配置に規則性はなく、遺跡がつくる影に日時計のような役割もない。そして内部はこのとおり。学者たちがさんざん隠し通路の存在を疑いましたけど、それもみつかっていません」
「学者たちの目は節穴じゃない。だから隠し通路はないんだろう。けれど、それは内部に何もないことの証明にならない。学者は遺跡の保存を第一に考えるから、壊してでも内部をたしかめようという発想はない。けれど私たちは調査官だ」
「壊しますか?」
「と、いうわけにもいかないでしょ。調査官にとっても大事な遺跡だ。今までここにきた調査官は内部を知りたいと思いながらも仕方なく引き返してきた。今まで、はね」
「なるほど、それで僕はこんな荷物をもたされているんですね」
「そのとおり。さあ、『みつける君』の出番だよ」
待ってましたとばかりに、ヨキは両手にさげていたカバンを床におき、なかから様々な機器を取り出す。ディスプレイやスピーカー、それにリモートコントローラー。しかしデバイスの本体は、指の先でつまんだ極小のボールだった。ペンの先についていても不思議ではない大きさにもかかわらず、この小さな球体のなかにはカメラもライトも内蔵されている。
みつける君とは調査局技術室が開発中の自走式小型探査機の名称で、ヨキがもってきたのはその試作機だった。
スカイ・トリアンは金属ブロックの継ぎ目にわずかな隙間がある。そこに、みつける君を走らせ、内部の構造を探索しようというのだ。
「さあ、いくよ」
シュカがリモコンを握りしめている。新しいおもちゃを手に入れた子供のような顔だ。
「先輩、忘れないでくださいよ。それ、開発にかなりの時間と多額のお金をかけた試作機ですからね。先輩が、嫌がる技術者から強引に借りてきたんですからね」
ヨキは念をおしながらも、すでにある種のあきらめを感じていた。