境界線上のホライゾン きみとあさまでGTAⅠ
第五章『高空の演者』
○
浅間は、休憩を挟むべきかと思案した。

……ここから、ちょっとアクションですからね。
二級・非神刀。
大型の怪異だ。
怪異と言っても、もはや妖物。それの鎮圧に入るものだが、

「皆、一息入れた方がいいと思います?」

「――どうでしょうか」
こういうとき、保守的な誾が自らの判断を下していない。それはつまり、

「一気に行っちゃっていいんじゃない? 時間としては継続してるんでしょ?」

「私達の方も、興味が先行してるから、問題無いわ」

「Jud.、この一日分が終わるあたりまで、聞いてみたい」
では決まりだ。自分は、当時それとなく付けていた記録を表示枠に出す。付帯情報として、浅間神社からIZUMOに収められたこの時の戦闘の記録も傍らに出して、

「では、お待ちかね? 戦闘です。相手は二級・非神刀。実体系怪異です。
まずは向こう、安芸の学生達の方からスタートですね」
●
空の上に、白の色が大きく渦巻き始めていた。
大きく弧を描いて走る風の群に、冷えた大気中の水分が霧や氷となり、空に浮かぶ劇場艦の周囲を回り出す。
その勢いは冷気の薙ぎ払いを生み、劇場艦”能舞台”の甲板を、細氷を含んだ風が刃物のように突っ走った。

「浅間様、上空から見ていますが、コレ、説明長くなりますか」

「ひ、必要な処は必要なんで!」
甲板上で雅楽祭の準備をしていた安芸の学生達は、多くが下部構造へと退避するハッチへと駆け込んでいる。
そして彼らは見た。”能舞台”主舞台上、そこにある流体調整器から立ち上がって行く巨大な姿を、だ。

「出るぞ……!」
流体だった。本来なら、目に見える時は青く光るものが、乱れ始め、薄暗い、黄色の光となっている。鈍い金色にも見える光が作るものは、人のように見えて、違う。
全高八メートル程。
両腕が無く、顔も無い。ただ、胴体と、刃物で出来たような足先、そしてやはり刃物のような装甲を纏った、

「非神刀か……!」
●
叫ぶ声に応じるように、非神刀が動いた。
これまでは流体調整器から己を形成させるため、起立していくだけだった。
だが今は、顔の無い上半身を振り上げ、

『……!!』
胸部の装甲が、内側に締まった。人で言うならば、両腕を前に振った動作だ。
学生の一人、防御系の術式を符で張っていた三年生が、ハッチから身を乗り出し叫ぶ。

「下がって! 非神刀も卸神の一種だけど、思考は乱れ狂っているから見境無いわ!」
直後。
風が意志を持った。それまではどの刃も遊ぶように走っていたものが、まず二本、非神刀の左右から真っ直ぐ前に疾走する。
行き先は正面。そこにいるのは、逃げ遅れた安芸の学生達だった。
数は三人。
三年ではない、二年生の女子が一人と、一年生の女子が二人だ。一年生の一人が、削れた床に躓いて転んだ際、足を挫いたらしい。
狂った神は、神域にいる自分以外を拒否する。
否定の双撃が甲板を裂き、立ち止まる三人に二直線で疾駆した。
三人は、避けようがない。
不可避の事実が誰にも明らかになった瞬間だ。

「根性――!!」
前部左右のハッチから、三年生の男子が一人ずつ艦尾側に飛び出した。脱ぎ捨てた夏服のシャツの下、着ている肌着には”安芸教導院・陸上部”とある。番号もついたレギュラーだ。
救いに行くのだ。
●
二人は、全力で甲板上を艦尾方向へ。動けない三人へと疾走した。
左舷側が裸足。右舷側がスパイクだった。
先行するように、二発の風がある。だが、二人は疾風の後ろ姿を視界に捉えただけで、

「……!」

「……!」
両者は、低い姿勢から全力でダッシュを掛け、振る手の動きを利用して加速術式の符を展開した。
左舷側の裸足は、身体の疲労や負荷に対する禊祓を。
右舷側のスパイクは、膝を中心とした加速のための禊祓を。
両者共に展開。行使し、そして、

「……!!」

「……!!」
一気に加速した。
伸びる加速ではない。
一歩一歩を踏むごとに、まるで壁を駆け上るようにして、全身が前へと躍動する。

「おい……!」
左舷側の裸足が、距離約三十メートル離れた逆舷の相手に叫ぶ。

「勝負だ!!」

「ああ!!」
白い息を吐き、スパイクが応じた。

「俺の方が格好いい!!」

「自分で言うヤツはダセえんだよ!」
だったら、とスパイクが叫んだ。

「どっちが格好いいか、結果で白黒つけてやるよ裸足野郎!」

「はあ!? 地面傷つけて速度出してる馬鹿が部長やってんじゃねえ!」
だが、二人は、前を見た。先行する風の二撃を見て、二人同時に、

「勝負の邪魔だな……!」
たったの三歩で一気に抜いた。
風をぶち抜き、加速術式の流体光を散らしながら、二人は疾走した。
そして前を見れば、逃げ遅れた三人がいる。
裸足が叫んだ。

「跳べ可愛子ちゃん!!」
三人は顔を見合わせ、

「――――」
首を横に振った。そしてスパイクが裸足に向かって、

「裸足がハードル上げてんじゃねえ! ――どうでもいいから上に跳べ!!」
一年の二人が、跳んだ。足を挫いた少女も、片脚で跳んだ。だから陸上部の二人は、

「「よし!」」
一年生のそれぞれを、片腕でかっさらう。そして空いた手は、既に一人残った二年生の少女へと伸ばされており、

「「こっちだ!!」」
二人同時に言ったのが悪かった。中央に立つ二年の彼女は、

「え!?」
どっちに行ったものかと迷い、そして動けなくなった。
結果として、陸上部の二人は手を空振りして通過してしまい、お互いに顔を見合わせて接近。空を切った手で指差し合い、

「「――お前のせいだ!!」」
だが、今から戻る訳にはいかない。裸足が首だけで振り向き、

「くそ! 彼女、巨乳だったのに! かっさらう時事故ムニュしたかったのに!!」

「馬鹿野郎! そんな下心あるから避けられるんだお前は!」
そう言って、スパイクが笑顔で手を差し出した。

「――俺もだ」
二人が握手すると同時。背後で、二年の少女に風の双撃が襲いかかった。
その時だった。裸足が、握手を解除した。彼はそのまま、抱えていた一年の少女をスパイクの方に放り投げる。

「間に合わないかもしれねえけどムニュしてくらあ!!」

「ああ、部長である俺の分も頼むぞ!!」

「応!」
と、裸足が強引に身を空中でスピンさせた。足をつき、足裏の皮膚を過熱で焼きながら、

「間に合え……!!」
突っ走った。
●

「おお……!」
裸足の彼は、全力で身を前にぶち込んだ。
間に合う筈だ、と彼は思う。何故なら、

「いい判断だ部長様よ!!」
宙に、光が舞っている。離れていったスパイクの彼、部長が、宙に己の加速術式を撒き散らしていたのだ。
己のものと、彼のものと。

「俺達ゃ全く重ならない加速術で勝負していたからな!」
お互いの事はよく知っている。だから、自分と相手の長所を得て、短所を埋めるように、

「――行けよ安芸魂 !」
倍の加速力が、膂力を正面に蹴り飛ばした。
強引に、一気に空気をぶち抜く。そして前に行く。
五歩で間に合う。
その筈だった。

「……!?」
右から、風が来た。最速のタイミングに合わせたような一発だ。
非神刀が、こちらを狙って一撃を横入れしてきたのだ。

……くそ!
避ければムニュれない。しかし行けば食らう。ならば、

「全力――!」
前傾姿勢を取り、強引に、僅かながらの空気抵抗を排除した。
効果としては微々たるものだが、速度は確かに上がった。
瞬間。右から来る風が加速した。

……何!?
理由は解る。先程までの風が、刃を振り上げる動きによるものだとすれば、今見えているものこそが振り下ろしの速度なのだ。
ならば、こちらに向かっているものだけではなく、

「間に合え巨乳!」
自分が救うべき彼女に行く双撃も、速度を上げていた。
間に合わないと、そう思うが、ならばこそ、

「……!!」
加速した。何とかするしかないと、速度を上げた。何とかするにしても、どうするにしても、

「ファイナリストが速度以外に頼れるか!!」
突っ込んでいく。
風が来る。
当たる。
その時だった。
こちらの右手側、迫る風の一刀と己の間に空から落ちてきたものがある。それは、

……人!?
少女と、そう呼べる姿の子だった。だが、

「あいたあ――!!!!」
●
破砕音と共に、裸足のファイナリストに向かっていた風が消えた。
それだけではなかった。
走る彼の正面、救うべき少女の向こうから襲いかかっていた二つの風も、消えている。

……どういう事だ?
だが、疑問を深くするよりも、身体は既に動いていた。
狙われていた二年生の少女をかっさらう。
右手で事故った。
左手の事故は部長のためだ。部長のため。そう、うん、部長のためだからもう一回。うん、キープ! キープだよ部長のために! こっちが俺でもいいかな。

「いいか! いいよな!」
思わず声に出したからか、ビンタを食らった。
いい一発だった。後で相撲部に推薦せねば。
だが、こっちだ、と大きく腕を振る仲間達のハッチに飛び込んで行きながら、己は背後を確認した。
自分達が、何故、無事なのか。

「あれは――」
武蔵の学生だ。
三人いる。
一人は、自分狙いの風が消えた付近。そこに目を回して転がっている金髪眼鏡のジャージ少女。
一人は、その少女の近く。黒の巫女服を着た巨乳だ。
そしてもう一人は、二年の彼女に向かってきていた風が消えた付近。
そこにいるのは、

「極東継承権第二位、ネイト・ミトツダイラか!」
●
ミトツダイラは、風に踊る髪に符櫛を挿してセットした。
腰のハードポイントにつけていた籐籠から、一本の腕章を取り出す。
巫女服はノースリーブで、腕章をつける場所はない。ゆえに自分は腕章を掲げ、通る声でこう言った。

「武蔵騎士連盟一等。そして武蔵総長連合、番外特務。二年、ネイト・ミトツダイラが推参。――現場の預かりを致しますわ」
告げ、前を見た上で腕章を腰のハードポイントにつける。
そして籐籠の方から符のストッカーを出し、手首へとセットした。使うべき術式は、

「神道式、術式防盾」
言うこちらの視線の先では、非神刀が身構えている。既に身体は腕を振った姿勢となっており、

『……!』
風が来た。それも、一気に六本だ。
高速で六方から向かって来る氷風の豪刀に対し、己は強く立つ眉を自覚し、

「押して参りますわ……!」
術式防盾を両手に展開し、真っ正面からぶつかって行った。
●
喜美は、走っていくミトツダイラの背中を見た。

……大丈夫かしらねえ……。
と、二秒も経たない内に、砕音がミトツダイラの行った方から爆発し、白の氷が煙のように巻き上がる。
それも一つではなく、五つ、六つが同時だ。
ミトツダイラが使用する神道式の術式防盾は、相手の威力や速度を減衰させ、防御とする減衰式。極東ではメジャーなものだ。
旧派 や 改派 が用いる反射式ではないので、普通はぶつかった相手は威力を失って消えたり、下に落ちるのが常だ。
爆発のように見えるのは、風の豪刀が上下に巨大で、下部に減衰を与えた時に上部側が着いてこられず、自壊しているからに他ならない。
しかし、それは、

「一回ごとに相当な威力がぶつかってるから、符の消費も半端無いわね。――ミトツダイラ、七割とかじゃなくて、もっと速く走れないの?」
別に風を防御していなくても、今から自分が走って行って追いつきそうな気がする。だが、向こうの反応は、

「げ、限界で走ってますのよ――!」
前から重戦車系と思っていたが、これ程とは。

……踵で走っているのもだけど、力の入り方が全体的なのがいけないわ……。
説明するのは苦手だからアドバイスなど出来ないが、今のミトツダイラが速度よりも力重視の構えになっている事は確かだ。
しかし状況によっては不利な事だが、莫大な力を相手にしている時ならば、吹っ飛ばされないようにする意味は大きいとも言える。

「御母様! 頑張って!」

「ほらネイト! そこで踏ん張りなさいな! ほら! こう!」
保護者と未来の娘の幻覚が見えるあたり、当地の流体の乱れは本格的だ。
元気なものねえ、と己が結論した時だ。

「あう――」
足下に倒れていたアデーレが、ふらふらと頭を起こす。
●

「――あら、アデーレ、動けるの? 大丈夫? 気が触れたなら揉んでみる? どう?」

「ハア!? 揉んで何か人生に得があるんですか!? あるんですか!? ――すいません。つい言い募りました。で、ええと、番外特務は……」
風の破砕音が、ほぼ同時に三つ響いた。
振り返れば、ミトツダイラが前進を重ねている。だが、そのペースは落ちている。非神刀までの距離は五十メートルを切っているものの、風の剣量が増えているのだ。
非神刀が、力を発揮し始めたという事だろう。

「来るわね……」
風の音が聴こえる。
荒れた渦の中、荒れていく風はしかし旋律を持っている。
身を起こしたアデーレも、低い姿勢を取りながら、頷いた。

「非神刀などの非神達は、その土地や周辺の土地の持つ霊的な”型”が、地脈の乱れによって重なってしまい、生まれたものだとか。
ここの非神刀は、恐らく欧州沿岸の巨人伝説や、神々、そして極東の源平争乱や備前周辺の鉄器文化が合成されたものだそうで」

「受け売り? 出元は眼鏡?」

「Jud. 、さっきネシンバラさんが凄く嬉しそうに通神帯で語ってました」

「珍しく役に立つ情報を言うのねえ、あの子。いつもは神肖動画や小説の超能力とかナンタラしか語っていないくせに」
いいわ、と、己は音を聴いた。

「フフ、非神刀だか何だか知らないけど、刀って言うならもっとエロいデザインにしときなさいよ。力だけの相手なら、このグラシアス・葵がすぐに道をつけてあげる。それで終わりの門を開くから、ソッコでクシャマンにするのよ」

「え? で、出来るんですか?」

「あらアデーレ? 私、出来ない事なんて今まで言った事無いわよ?
現世一のいい女になるとか、世界を掌中にするとか、美の法になるとか、余裕過ぎて言う気にもならないけどね。
本当に出来るかどうか解らない事は、それこそ身近にあるものだし、フフ、そんな事に比べたら……」
小さな笑みが、口の端に浮く。

「――非神だろうと何だろうと、私を見上げるようにしてあげるわ」
●
ミトツダイラは、前進していた。
風の激突があり、術式の盾が幾度も砕けて行く。だが、

……下がってはなりませんわ!
流体の歪みによる妖物は、自縛型が殆どだ。
この非神刀もその例に漏れない。
精霊が己に合った環境を好み、神が神域を欲するように、非神も発生した居場所を確保して護ろうとする。
だが、しかし、流体の歪みや淀みより生まれた者にとって、最適な場など現世の何処にも有りはしない。現世は、基本的に整った場なのだから。
だから彼らは自縛し、動かぬまま、周囲の空間を自分達の色に染めていく。世界が自分に不適応ならば、作り替えていくという訳だ。

「ふふ、小型の妖物ならば、自分の支配域を広げる過程で疲弊し、消えていきますわね。
しかし非神刀クラスになると、周囲の空間を淀ませ、そこから自分を支える流体を抽出しますわ。
一種の自給自足で”場”を作ることが出来る。そんなレベルの存在ですの」

「大御母様! 私、以前にその上位版みたいな存在と相対したことありますの!」

「あらあら、それは凄く格好良くて美しくて気高くて名前をJINROUJOOUと言うのではありませんの?」

「おい、貴様ら、こっち、こっちに下がらんか」
幻覚が幻覚を引っ張っていくのは初めて見ましたの。
ともあれ解説の通りだ。放置しておけば、周囲の空間の”相”が非神刀に合わせたものとなり、淀みが広がる。
今、こちらの為すべきは、

「非神刀に外へと意識を広げさせず、手元に集中させ続ける事……!」
己は姿勢を低く保ち、防盾を身体から離さぬように展開。そのまま、突っ込んでくる風に激突していき、受け、払い、盾が砕かれたならば、

……再展開……!
●

「行きますわ……!」
符の数はある。
馴れてもいる。
今までも訓練や模擬戦で、防御役を重ねて来たのだ。
他国との抗争を想定して、武神や砲門相手に盾を構えた事も二度、三度ではない。符が切れて防御役を果たせなくなるなど、去年の半ばくらいにはそんなミスは卒業している。
防御役こそが、力があるくせに速度の無い自分の役目だ。
総長連合の番外特務。聖連側から指示あって就いた臨時役だが、要は極東第二位継承者である自分に干渉したいという事だろう。
既に騎士連盟の一等にいて、中等部半ばから執務を行っていた自分にとって、やる事の変化は無かった。
当初、皆は後衛に自分を回そうと思っていたらしいが、

「……極東には、防御役が少ないんですのよね」
刀と槍、そして長銃が主武器である極東には、盾の概念が薄い。減衰式の防盾も、システムに慣れるまでは扱いが難しく、定置使用がほとんどだ。
能動的に前に出て、敵を圧迫していく壁役が要る。
それは、敵の攻撃を引きつけ、囮になると言う事でもある。だから自分はいつも前に出はするものの、

……最終的には誰か攻撃手が自分よりも前に出て、一番の栄誉を持っていってしまいますわね……。
損な役だ。
だが、と己は思う。

……昔、私もやんちゃな時期がありましたもの。
騎士としての執務に取り組んでいく前の事。荒れて、多くの者や、物に損を与えたし、自分に対しても傷をつけた。
その補填として、この防御役は、勝手な自分の納得のためだが、良い。そして、

『……!』
足下から、小さな叫びがあがった。
不意の声。聞き覚えの浅い咆哮。それは、

「え?」
ケルベロスだ。
●

『……!』
ミトツダイラは、生まれたばかりの従者を見る。
勝手についてきた、と言うしかないが、向こうからすれば、こちらを先導し、敵を威嚇しているつもりなのだろう。
逃げてもいいし、どことなく腰も引けているのに、三首の狼は非神刀に咆哮をする。それを視界の隅に入れていると、

……全く。

「しっかりしないといけませんわね!」
前に出た。風を砕いた。
おお、とハッチに退避した安芸の学生達が声を作る。
聞こえる声に、力が湧く。ほんの数年前までは、恐れを帯びたり、警戒されたがゆえの声しかこちらの耳には届かなかったというのに。

「全く」
改めて言い、自分は眉を立てて前に行く。
風の中、自分にだけ聞こえる声で、

「こっちに引っ張って来たくせに、後は放置同然なんて、我が王は何を考えてますの?」
○

「仕方ないとは言え、外に聞こえないはずが思い切りバレてるわよね」

「アー! 記録しなければならないというルールが厳しめですわ今回!」

「ですよね!? ね!? こういう自意識過剰な時期のGTAは、ちょっと地獄見ますよね!?」

「ククク、私全然大丈夫だけど?」


「豊ァ――!!」
●
まあ、いろいろ思うところはある。だが、

……今は仕事専念!
前に出れば風が当たる。だが手の中で盾を回し、力を大きく受け流し、そして砕いて越えていく。
前に出る。敵を引きつけている手応えがある。

「ええそう! そうやって前へ! こう! こうですのよネイト!」
アレは母の幻覚だと思っていたが、ずっと出続けているあたり、母に似た怪異か何かではないだろうか。
だが自分は、己の不足を感じていた。

「そうなのミトツダイラ!? 何が足りないの?」
喜美が横に並んで己の胸を手でリフトして見せるが、無視することにする。
足りないのは実力だ。
自分の周囲においては、護れる。
非神刀といえど、物理攻撃主体であるならば、その力は武神や砲門と大きな差は無い。的確に捌いていけばいいだけだ。しかし、

「数が……!」
風の量が増えてきた。こちらへの対応として、連打をぶち込んでくるだけではない。

『!』
非神刀が、前へと、自分の方へと歩み出てきた。
距離を自ら詰める事で、打ち合いの速度を上げるつもりなのだろう。更には、

「周囲の雲を詰めますのね!?」
“能舞台”を囲む冷気の雲が、絞り込むように縮んできた。密度が高くなった雲は暗くなり、風がもはや、非神刀本体付近だけではなく、雲自体からも発されるようになる。
そして行われるのは、

「各員、援護や整調は不要ですわ! ハッチを閉じて退避しなさい!」
何故なら、

「非神刀が狙ってますのよ!!」
●
安芸の学生達は、皆、開けた大型ハッチの中で周囲空間の地脈整調を行っていた。そうする事で淀みの拡大を抑え、非神刀の力を縛る事が可能だからだ。
そのためには、術式もだが、自分達の心などに乱れがあってはならない。安芸の学生達は、厳島神社の禊祓教練に伴う行い方で、

「おおおおおおまおまおまおまえらおおおおちおちおちおつけえええええ――」

「最悪の動揺っぷりっだわ! ――って、やだ、風に切られてタイツ破れちゃってる! ほら!」

「俺達の邪念を挑発してんのかオマエ!!」
ぎゃあぎゃあ言いつつ、彼らはそれでも術式を行使し、ハッチのある位置から周辺の空間を整調していく。
結果として、ハッチ周辺は荒れた風がやみ、上空を覆いつつあった雲が、その部分だけ晴れ、緩やかに日が差し始める。
しかし、航空艦のハッチは、防護を考え、閉じてしまえば外部との流体干渉を弾くようになっている。だから整調のためにも、ハッチは開放状態にしていたのだが、

「――来たあ!」
非神刀の風が、全ハッチに向かって直撃軌道で放たれた。
武蔵の番外特務に対して集中するために、非神刀が他の助力を潰しに来たのだ。
風刀の数は八つ。
前に出て行く非神刀の、存在しない両腕が全て振るわれた力だ。
どれも一直線に、風は走って穿ちに行く。
ハッチを閉じる動きは間に合わない。
直撃した。
●
風が八つ。人の居場所に激突し、八つの音が空に抜けていった。
破砕の飛沫く音だった。
だが、音の種別は破壊ではなかった。悲鳴でもなかった。
風が、いきなりに砕けたのだ。

「え……?」
それは、ハッチの中にいた皆ですら疑問の声を作るほどの出来事だった。明らかに食らうというタイミングで、風が水飛沫のように散ったのだ。
どういう事だと、誰もが甲板上を見渡した。
すると、そこに光があった。
甲板の中央部。先程、先行防御を行って吹っ飛ばされた眼鏡の少女と、黒の巫女がいた場所。
今は黒の巫女が立ち、眼鏡の少女が離れて控えている。

「アハ」
笑う巫子は、嵐の中で、しかし天上からの陽光に照らされていた。
非神刀が動く事で、密度高くなった渦雲を無視するように、黒の巫女の直上に空がある。
更に、光は追加された。八つのハッチの上に、だ。
黒の巫女は、舞っていた。
動きは緩やかに、しかし的確に場を踏み、鳴らし、身を跳ねさせては、

「――――」
風が鳴る。
彼女の動きに合わせて、非神刀の作る渦雲がうねり、叫んでいるように見える。
だが、それは違うと、一部の者が気付いた。
彼らはハッチから甲板に上がる階段に伏せるように、上を覗くようにしながら、ゆっくりと計るように呟いた。

「――舞のリズムを、周囲の雲や風の動きに同期させたのね」
芸能神、大椿系が持つ術式の一つだ。
舞う事で周囲空間を禊祓し、加護を与える。本来ならば術者の踊りが表現するテーマを表現し、空間に加護や禊祓として与えていくものだが、今回は恐らく違う。

「非神刀のリズムに自分から重なっていき、逆介入したのか……!」