境界線上のホライゾン きみとあさまでGTAⅠ
第九章『言葉の多い場所』
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その頃、鈴は浅間の対処をしていた。
湯屋だ。奥多摩の地下。
自分の家、向井家が構える二軒の湯屋の内、一つがここにある。
”鈴の湯”という名前は、自分が三年生になったら管理を預けられるという、そんな約束を含めた名前だ。
先程、番台に上がる母に呼ばれ、御客様の方に挨拶して戻って来たばかり。
女湯の脱衣場。端にある縁台に浴衣姿の浅間が寝ている。
長時間、湯に浸かっていて、湯あたりしたのだ。
一応、浅間の方では体調管理の術式や加護が自動で立ち上がり、落ちついている。いろいろ手配をしていたハナミもハードポイントパーツに戻った状態だ。
自分は浅間の傍らに腰を落とし、

「あ、あの、あさま、さん、……コ、珈琲牛にゅ、と、フルーツ牛にゅ、どっち、いい?」

「あー、どうもです。フルーツで」
麻ストローが挿してある素焼き瓶を渡すと、浅間が軽く身を起こす。
彼女は牛乳をとりあえず一息。半ばくらいまで喉に通し、

「……生き返りました……」

「ええと、どうしたの? 久し振りにうちに来て……」

「いやあ、まあ……」
と浅間は言葉をそこまで言って止めてしまう。
その理由は何となく解ったので、己はこう言った。

「あの、浅間さん?」

「何です?」

「ここ、浅間さんよりも私の方が”動く”シーンだから私が担当したけど、多分、話的には浅間さんのモノローグ? 中心で、私の視点だと浅間さんが黙ったまま挙動不審になってるだけになると思うのね」

「挙動不審はどうかと思いますが、何となくそんな気がしますね!」
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鈴は、浅間の言葉を聞いた。

……では私、モノローグで語りますので、鈴さんはその知覚力で何となく私の思ってることが解ってるという方向性で。

……え? いいの?

「……アー、バイト終わって風呂に来ましたが、コレ、漫画でよくある”念話で会話状態”ですね! 大丈夫! 鈴さんだったら赦されますよ!」

……念話にリアル会話で割り込まない!

……Jud.! すみません。ルールよく解ってなかったですね!

「配達の途中で一風呂浴びに来たけど、何か新しい捏造が始まってる?」
まあまあ、と言って浅間が縁台の上で一息を吐く。

……実は浅草にて、鳥居総長からバンドの出演依頼を受けたんですよね。

……え? 何? アレはそういう流れなの?

……ガッちゃん、言葉を挟まないで。自供が大事だから。

……自供? まあいいです。ちょっといきなりの事だったので、とりあえず考えをまとめようと、リラックス出来る場所と言う事でここを選んだんですけど、湯に浸かった時点で頭の中は開放状態になってしまったようで。

……ん。何か、ミトツダイラさんに、変な言語の通神送ってた。

……何を言ったんでしょうね自分……。一応、ハナミのメモでは、明日の六時に教導院の橋下で待ち合わせとの事です。

……他人事みたいに言うのが凄いわ……。

……いや、他人事に等しい話というか。でもまあ、明日の朝、そこでミトに、一緒に音楽活動をしようと、そう誘うつもりだったのだと思います。
ん。と、そこまで聞いて、自分は浅間に言った。

……随分と、やる気だ、ね。

……アー、そうですよね。自覚はあります。

……武蔵の神道代表である浅間神社の巫女が、雅楽ではない音楽をねえ。

……うちの区分だと、下俗と言える音楽を奏でる事になりますね。――あ、ここでいう下俗というのは、カースト的なものではなく、一般の人々のものということで。

……魔女の音楽が”一般”になったら、それはそれで問題だと思うから、逆に”下俗”の方が嬉しいわ。

……おお! ナルゼさん、流石のヒネ具合ですね!

……ええそうね。イエー! 下俗! って感じよね!

――レッツ下俗!

……あの、念話でハシャがない方がいいと思う。

……あ、御免。確かに脳内で変な人よね。
ただ、とナルゼが浅間に視線を向けた。

……こういうことやるのは、結構、いろいろあるわよ。

……いろいろな中傷や、問題が生じる事になるでしょうね。

……そうね。アンタ、ただでさえ浅間神社の巫女で背高いし巨乳だしで、それが今度はバンドやるとか言ったら、”何あの浅間神社の巫女は! 背高いし巨乳で音楽までやるっていうの!?”とか言われるわよ。

……それ、中傷じゃなくて無茶苦茶リスペクトしてませんか。
そんな気もする。だが浅間がこちらに顔を向けた。

……ええと、鈴さん? 鈴さんは変な要素ない人なので、ストレートに捉えて答えてくれると思うんですけど。

……? な、何?
疑問すると、ややあってから、浅間が言葉を送ってきた。

……もし私が、バンドやる、って言ったら、どう思います?

「駄目」
即答だ。
○

……フフ、アンタ達、いつまで念話で話してるつもり?

……流石に飽きてくると思うので、アクセント欲しいですね。

……楽なんだけどねえ。

「そこ! そこ! 念話でツッコミしない! ――で、ええと、とりあえずここから先は私で!」
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……うっ。
と、浅間は、鈴の”駄目”宣言に対し、内心で呻いた。
予測していた回答だったが、気分的に詰まるものは詰まる。出鼻を挫かれた感だ。
しかし鈴が、膝を少し寄せてきた。わずかに眉を立てた顔で、身も乗り出し気味にして、

「言った、もの。バンド、しな、い、……って」

……う、うん。
確かに昔、頭の堅かった頃、そんな事を言って強がった憶えがある。
いや、でもあれは、自分と他の差を付けたい、可愛い女の子の真理と――、今でも可愛い女の子ですよ? ですよ? ね?

「ハイそうです!! 永遠のカワイイ女の子! ――あ、観光で一風呂浴びにきた観光客です!」

「い、一緒の観光客ですけど、雑音と思って欲しいですの!」
最近の観光客は賑やかですね……、と。
そして鈴が、静かに言った。

「約束、した、よ、ね? バンドしない、って」

「――え?」

……そんな、約束というレベルでまで、非バンド宣言をした事ありましたっけ?

……約束ともなると、厄介ね。

……どういうことなんです?

……いや、私、術式使用の拝気を稼ぐため、代演として幾つかの制約を自分に課しているんですよね。
その内の一つが「約束を破らない」です。

……そうなんだ……!

……はい。永続系の約束は、護り続ける事で拝気をずっと得られるので効率がいいですけど、それを代演のための約束として用いるには認可がいります。日常的な約束では通らないですけど、

「……雅楽のためにバンドをしない、という約束なら、制約として代償も払っているので、充分に認可出ますよね」
もし、そのような約束を代演としていたら、解除が面倒だ。
それで得ている拝気量が日々の中から失われる事になるので、自分の拝気量管理を一度全部見直す事になるからだ。
長年用いている約束代演だと、皆勤ボーナス分がつくので、その代演が失われた場合、下手をすれば緊急補填として複数の制約を得る必要がある。
古い約束だと嫌ですねー、と思いつつ、己は問うてみた。

「あのー、鈴さん? その約束って、何時しましたっけ……?」

「小等、部、……よ、四年?」

……古っ!!
年齢として十歳。
七年前。
一回りはしてないが、五年以上経過だ。
神道代演プランで言うなら、一般用の”らくらく約束代演プラン”でも三年、五年で代演ボーナスが上乗せになる。

「ハイ! 観光客の一意見ですが、巫女だったら一般人よりも拝気量高めで、七年目ボーナスが盛ってあります! し・か・も、今なら神道の符を手軽に印刷出来る神道プリンターもお付けします!」

「脱衣場で大声あげては駄目ですの――!」
やはり静かに念話ですよね。

……しかし、そんな古代からの約束代演だと、今から補填したら五つくらい制約重ねないと駄目ですね!
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……現状、どんな代演仕込んでるのよ?

……アッハイ、効率のいい代演は既に取得してます。例えば、
・定期的にその身を通して神に酒を奉納。(一升/三日)
・定期的にその身を通して神に焼き鳥を奉納。(五本/三日)
・発泡酒を飲む事を禁ずる。

…………。

……あっれえー……、何だかガチの酒飲みみたいですよ私……。

……”みたい”じゃなくて、そのものですよ!
一応、自分が契約担当をしている別の人のものを、一部なりとも参考にしてみる。他の人はどうなんだろうか、と。

……えーと、喜美は……。
・一日四時間の舞を奉納。
・一日八時間睡眠を保つ。
・体重を四十八キロ以下に保つ。

……何!? 何このアスリート! というかあれで体重四十八キロ以下って何!?

……ククク、遠距離念話で言うけど、一応、加護とかも含みでの体重だからそれなりにチートよ?
ちょっと安心しました。してない。
というか契約は自分が担当したのだが、憶えてないのは厳しい現実から目を逸らしていたという事だろうか。ともあれ他には、と探し、

……トーリ君、どうでしたっけ。
・定期的に脱ぐ。(一回/三日)
・定期的に女装する。(一回/三日)
・定期的に奇声を挙げる。(一回/一日)

「…………」

「私が担当しておいて何ですが、これは単なる頭のおかしい人ではないでしょうかね……」
ひょっとして彼のおかしな部分の方向付けをしたのは自分かもしれないと、そんなことを思いもするが、脱ぎ率など考えると制約の三十倍くらい余裕で稼いでるようにも思えるので無視しておく。

「しかし……」
自分の場合、どうだろうか。契約関係は多量かつ複雑に組んであるので、確認も一苦労だ。だから、

「あのー、鈴さん? 私、どんな約束したんでしたっけ……?」

「ん。……バ、バンドしない、って、トーリ君、と」

「……トーリ君と!?」

「ん、ん……、Jud. 」
まさか彼とは。でも、

……トーリ君が、バンドやったら、って声向けてくれた訳ですし……。
その場合、約束の反故は成り立つのだろうか。後で契約関係を探ろうと思いながら、自分は鈴に問うた。

「え、ええと、トーリ君と約束って、あの、ど、どういう風でしたっけ?」
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「えっ?」
意外、という反応をされた。
そんなにメジャーな約束だったのだろうか。憶えていない自分に鈍い汗をかきつつ、自分は勇気をもって問うてみる。

「いや、ちょっと、どういう風に約束したのか、その、うっかりド忘れしてしまったので、出来れば教えて下さいな、って」

「い、いいの?」

「え? え、ええ、聞く側ですし、文句言えませんよ」
じゃ、と鈴が、ゆっくりと腰を上げ、後ろに回った。

「い、いい? す、するよ? 約束」

「え? あ、はい、どうぞ」

「ん、じゃ、私、トーリ君役、ね?」
物凄く悪い予感がした瞬間。たどたどしくも、不慣れかつ、それゆえに力強く、鈴が両脇から手を差し込んで胸を揉んで来た。
鷲掴みであった。
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……え?
いきなりの事に、こちらが息を詰めていると、鈴が、あわわ、と口を震わせ、

「ほ、ほら、トーリ君、浅間さん、がっ、バンドしてきた時、ほら、あの、巫女はノーブラじゃねえのかよ、って。揉んで泣かせて」

「”乳バンドしない”って確かに約束しましたね――!!」
瞬間。湯屋の暖簾をくぐって、ナイトとナルゼが入ってきた。
お? とナイトが眉を上げ、

「あれー? アサマチいるのー?」
そしてナルゼが、

「珍しいわねこんな時間に……」
と言った彼女の動きが止まった。
現在の状況。乱れた浴衣の乳を揉む鈴と、そうさせてる自分達を見て、

「……私がもう一人、いる……」
●

「オイッス!」
女湯の暖簾を跳ね上げて、P-01sが入って来た。彼女は番台にいる鈴の母にパンの詰まった籐籠を預けた上で、

「さて皆さん! 青雷亭からの差し入れで気付けのパンです! これをうめえうめえ言って食うと、周囲の幻覚がスーっと晴れて爽快になります!」
はあ、と頷き、パンを頂くことにする。丁度、飲むもの有りますし。
周囲、ナルゼ達がうめえうめえ言ってパン食ってるが、こっちも一息入れてから口にして、P-01sを見る。

「これで幻覚が消えるんですか?」

「Jud.! キレイキレイに消えていきますとも!」
言って右の親指を上げて見せたP-01sが、こう言った。

「――コレも幻覚です」
告げた彼女がスーっと消えていった。
見れば先にあったナルゼの姿も消えている。

「あ! すみません! 自分も幻覚にしておいて下さい!」
アデーレの姿もスーっと消えました。
○

「……パンが先か幻覚が先か……、GTAにとっては些細な問題ですね」

「回想ジャンルとしては破格のデタラメ。流石はGTAでありますねえ……」
浅間が頭を抱えて表示枠を見ているのとは別で、メアリと誾が飲み物の入った竹ボトルを御盆にのせてキッチンからやってくる。

「――喋るのが興に乗ってますから、食べるよりも飲む方で。紅茶を豆乳で甘めに淹れてみました。冷えても美味しいですよ?」
わあ、と皆が盆に群がる中、ナルゼが手を挙げた。

「じゃあ、浅間が幻覚の処理をしてる間、私が続きを行くわ」

「一体どういう展開なんですよう?」

「そうね。実際は私とマルゴットが脱衣場に入ったら、鈴が浅間の胸揉んでて、それ見た私がこれから先、数年分の同人活動の未来を閃いて鼻血吹いたの」

「流石ですね!」

「その評価で合ってるので御座ります?」
まあまあ、とナルゼが右の手を前後に振る。

「そろそろこの日も終わりでしょ。浅間はシメのターンの準備しておきなさい」
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もう一人の自分と、アデーレと、P-01sがいたような気がしたが、幻覚だった。

「……まあそんな感じで、ハイそこの二人!」
自分は、マルゴットがハンカチを鼻の下に当ててくるのを受け容れつつ、疑問した。
ず、と一回鼻で吸って、

「――一体何やってんのアンタ達」

「ん。浅間さん、約束、忘れてたから、わ、私、ト、トーリ君、役」

「何!? つまり強引! 強引に迫ってた訳ね! 馬鹿の事考えて、寂しい浅間に鈴が”私との約束忘れたなら”って――」

「あのー」

「行けるわ! パイロット版の続きどうしようか考えてたんだけど、方向性見えた、見えたわ最高ねHeilrich!!」

「ちょっと、そのー」

「うるさいわね、海苔貼る下のラフを精密に描くわよ!?」
拾ったヴィオラケースに、指に取った鼻血でネームを描き出す。
すると浅間が鈴に対して、

「ええと、あの、鈴さん、もう揉まなくていいですから」

「ちょ、やめてよ描いてるんだから!! 素描するまでそのままにして!! 御願いよ! 定期収入になるかもしれないのよ!?」

「懇願されましてもー」

「それより鈴! もうちょっと指食い込ませて持ち上げて! そう、そう見えるように見えるように、いいわ、その調子で息を止めて――、吐いて――、止めて! そう!」

「ガっちゃん何の検診してんのかな?」
マルゴットの言葉に、自分は手指の血を拭ってから彼女の胸をホールドした。
おおう、とマルゴットが声をあげた後、己は二度三度と持ち上げ、ヴィオラケースに描いたネームを見る。
一拍の間の後、自分は手応えを感じて、こう言った。

「よし! ……よっし! 感覚ズレるところだったわ! あっちのデカいの見てると遠近感狂いそうになるものね!!」
Jud. 、と重ねて首を下に振ると、鼻の奥から塊のような血が一気に落ちた。
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わあ、とマルゴットが床を拭きつつ、こちらに治療用の符を渡してくれる。その動きが馴れていて、己は相方との連携の見事を感じるが、

「あの、ナルゼ、ここ一応、余所のおうちなんですけど……」

「出るもんは出るんだからしょうがないじゃない。とりあえず風呂入って血を流さないと」
でも、とマルゴットが靴を脱いで上がって行く。続く自分の前、マルゴットが首を傾げて、

「アサマチ、約束って何かあったの?」

「ん。……バンド、しない、って」

「ああ、トーちゃんとしてたねえ、そんな約束。以来ノーブラなんだっけ」

「個人情報! 個人情報出まくりですって!! ――って、そうじゃなくてですね?」
何? と皆が首を傾げるのに対し、浅間が言う。

「私が、バンドを始めたら、どう思います……、か?」
問われる。

「――どう思います?」
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浅間の問いかけに対し、自分はマルゴットと顔を見合わせた。
そしてこちらは頷き一つ。まずは自分の、

「それ以前に合うサイズ見つけてから言いなさいよ」

「不慣れな内はラインが服の上に出るから気を付けた方がいいかなー」

「ト、トーリ君に、きょ、許可っ」

「い、いや、そっちのバンドじゃなくてですね? あ、あと鈴さん? 抗議の際に揉まないでいいですからね?」
何言ってるか解らん。だが浅間は、それでも言葉を思案して、

「つまり、――音楽のバンドをしたいと、そう思っているんですよ」

「……楽器店ブランドのブラなんてあったっけ、ガっちゃん」

「浅間は頭がおかしい方だから、ラッパのホーンでブラ作りたいとか、そんな風味かもしれないわよ?」

「そ、それ、前にトーリ君、股間、やってた……」

「あれあれ私も同類ですか?」
言った浅間が、うーんと考えこんだ。
何が言いたいか解らないが、恐らくこれは、情報が足りない。
向こうはいろいろ迷ってるようだが、

……どうしたものかしらね……。
思っていると、マルゴットが制服を脱ぎ始めた。まずは風呂の用意をしようと言うのだろう。サイドスカートを外しつつ、

「あ、これ、アサマチ」
と、一枚の魔術陣を浅間に投げた。
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「? これは……?」

「それ、さっきの」

「さっきの?」

「Jud. 、リハのナイちゃん達の映像ね。音付き。アサマチ、カイチョーに捕まっていろいろ相談受けてたっぽいから、聴いてないだろうと思って」
言うマルゴットの髪。ちょっと風で絡まった部分を解きつつ、己は言葉を補足した。

「三年に混じってやってると、プレッシャーあるのよね。
だから、こういうの手当たり次第に配って、”私達、やってんの”って示して内圧上げていかないと」
でも、と己は言った。

「浅間は、こういうの趣味じゃないかもしれないけど」

「あ、そっか。アサマチ、雅楽とかやってるから、こういうの駄目なんだっけ?」

「確か、前にも”駄目”だったわよね」
じゃあ、とマルゴットが宙に放った魔術陣に手を向けた。引く動き、それに応じて魔術陣も彼女の手元に戻っていくが、

「え!? あ、ええと――」
浅間が、奪い取るように、戻り掛けたマルゴットの魔術陣を手に取っていた。
●
あら、とナルゼは思った。

……浅間も、二年になって随分と変わったのね。
小等部の時は、術式などの力がある割に、それを使って良いかどうか迷っているような娘だった。
よく、馬鹿やその姉と一緒にいて、いいように遊ばれているのかとも思えば、安全装置や仕切板にもなっているという、不思議な存在だった。
そして中等部の時は、神職の公的な資格などを教導院史でも珍しいくらいの勢いで取得していく、一種の神童に見えた。
それでいて、やはり馬鹿やその姉といたりするため、堅い部分が中和されていて、

……でも、根本、真面目だったものね。
放っておきなさいよ、と思う事についても、言うだけは言っておくというのが、浅間の判断だ。それによって傷つく事や疎まれる事があっても、本心とは別で、それが神職だと律し、全てを当然とするくらいのタフさがこの巫子にはある。
魔女狩りの時代、神職側にいたら、さぞ厄介な存在となっていただろう。
そんな、巫女としての自分の判断を、自分よりも優先としている。それが、こちらにとっての浅間のイメージだ。
噛み合うか、都合の良いところを合わせられるなら最適な人。
自分にとっては、からかったり、注意されたりが噛む、気遣わず済む関係だ。
○

「語りますね……!」

「ハ――! 推しに対する推しのリスペクト! 最高です!」

「ええ。このくらい濃いめの言外設定を立てておかないと、シリーズ描くのは大変だものね。1ページ目の密度が違うわ」

「ガッちゃん結構、文字ネーム書くよね」

「書記の立場がますますなくなるような……」
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「――聴いてみるの? 魔女の音楽」
問うと、両手で魔術陣を引き戻していた浅間が、ややあってから頷く。

「……ちょっと、聴いてみようと思います」

「そっかー。というかアサマチ、家ではどんなの聴いてるの?」

「え? そ、それは、ええと、さっきステージに出てた”ペスター”とか” 鑑”とか”GIRL 眼中er”とか……」
王道は押さえているようだ。アイドル系が無いのも好みが合う。だったら、

「預けても大丈夫そうね」

「え? あ、いいんですか?」

「Jud. Jud. 、大体マルゴットがあげたものだもの、私の管轄じゃないわ」
言って襟を緩め、こちらもようやく一息だ。
浅間のような人が、自分達の趣味を理解した場合、それは嬉しい事だろうか、距離を測って行きたくなる事だろうか。
まだ、向こうの反応が未知だから解らないが、

「――趣味が合うと有り難いわ」
○

「私はここまで……、となるけど、ここ、バンドの誤解が解けてないのね」

「それで何で話が出来てますの?」

「ま、まあ、それはそれとして、後は――」

「フフ、ちょっと私の方ね。青雷亭の状況、見せておいた方が良いでしょう? そしたら浅間のターンよ」