境界線上のホライゾン きみとあさまでGTAⅠ

第十二章『空の切り取り役』

 ナルゼは、それらを見た。

 ウルキアガの放つ、一つの動きだ。

 それは、ウルキアガの腰脇にあるサブスラスターが、こちらに振られた事だった。

 双の小さな甲殻翼は、本来、そこから加速用の流体光を放つ。

 だが、模擬戦におけるその役目は、単純な加速用ではない。


「……砲撃!!」


 後部から下方をカバーする半竜のサブスラスター。

 それを利用した砲撃だった。

 放たれるのはスラスター内で圧縮された空気の弾丸。

 文字通りの”空砲”だ。

 砲弾の有効射程は約百メートル。流体光を纏うために視認可能で、弾速も遅い。

 本来は、超至近距離で衝撃塊として相手にぶつけるものだ。

 普通なら、当たる訳が無い。

 だが、半竜の死角に入り続けることを目的としていたこちらにとっては、


 ……軌道を読まれた!!


 飛来し、大気の中で解れ掛かった空砲の行く先は、こちらの進行方向だ。このままだと、破裂する圧の広がりに激突する。

 だから、己は決断した。


「マルゴット! ……交代御願い!!」


 ウルキアガは、眼下の黒翼が死角から後ろへと飛び出したのを悟った。

 こちらの放った空砲と、その拡散範囲から逃れるつもりだろう。そのために魔女が選択した動きは、


 ……降下か!


 だが、ナルゼが見せるのは、単なる降下機動ではない。

 彼女は六枚翼を強引に広げてエアブレーキを行使。

 背面側に引っ張られる動きに合わせて身を立たせると、羽根箒の加速ブラシ部を上から下に蹴りつけた。

 羽箒が、鋭く上を、こちらを向いた。

 垂直上昇をすぐに掛ける、そのために強引な失速と旋回を入れる制動だった。


「無茶をする」


 自分は内心で感嘆しつつ、ナルゼの決断に危なっかしさを思う。

 何しろ、高速機動中は、翼などの先端速度が衝撃波を纏う事もあれば、強烈な慣性力で骨格が軋む事もある。

 そんな状態で今のように翼を展開したら、肉離れや脱臼、下手をすれば骨折にまで至るだろう。

 しかし、


「…………」


 厄介だ、と己は思った。

 異端審問官志望の自分だが、今、相手としているのは、現役の魔女なのだ。


 成程、と成実は観光船の甲板上から、頭上の戦闘を見あげた。

 あの半竜は、異端審問官志望らしい。

 それなりに知られた有名人。しかし、


「異端審問官とは、彼が今戦っている魔女と相対する職業なのよね」


 将来を見据え、魔女との戦闘訓練を行っているのだろうか。

 しかし、魔女というものが、身の形振りを構わず戦闘を行う戦種であるならば、彼の将来というのは意外と安寧ではないかもしれない。


「武蔵内の通神帯を見る限り、この早朝訓練、半竜と魔女達の勝負は、半竜が勝率やや上、というレベルのようですわね」


「だとしたら厄介ね。二人組であれば、意見交換などによってマッシュアップしていき、回を重ねるごとに実力を上げていくわ」


 だとすると、と己は言った。


「あの半竜、姉好きという情報が有るけど、大変そうね。

 何故なら、――異端審問官となって、可能ならば、戦闘出来て格好良い魔女の姉キャラを屈服させ、妹や弟を見逃す事で自分の格好良さに惚れさせて改心即ち結婚というのが彼の栄光の未来像でありハラショーだったんでしょうけど、このままだと、どうも未来の魔女姉とは本気戦闘せざるを得なくなって嫌われる確率が大としか言いようが無いもの」


「観光船の甲板磨く早朝バイト中ですが、ウルキアガさん、そこまで馬鹿なんですか?」


「――そのくらい馬鹿じゃないと困るわ」


「フワ――! 思わぬ処で養分補給! アザマス! あ、観光客の一員です」


 しかしあの半竜、馬鹿だけど、実力は確かだ。

 今、黒い白魔女が姿勢制御を入れ、半竜と同じように上昇姿勢のまま滑空。

 だが加速があったために、オーバーシュートで半竜よりも前に出ていく。

 先行し、後続の相方と挟撃しようというのか。


「厄介な二人組だ……!」


 声がデカいわ。

 ただ挙動が予測出来る。


「そろそろ全員、艦底を左から右に、奥多摩側に抜けるわ。

 コブラ機動で死角を潰し、魔女達の射撃を牽制したから、ここから先は一回ハネ上がって奥多摩上空を通過、青梅下に飛び込むのが良い筈ね」


「半竜の方は加速に優れるゆえ、白魔女と同じコブラ機動しておっても、先行出来るからのう。

 後続してくる魔女達に対し、加速器からの”空砲”を狙う余裕がある、ということかえ」


「加速器の”空砲”や、術式による追尾、誘導弾や弾幕の御陰で、前に出た方が有利なことが多いのが私達の空戦だもの」


 だけど、


「――隙が多いわ。馬鹿な半竜」


 言った直後。それが生じた。

 急上昇を掛けて奥多摩上空に跳ねようとした半竜の全身が、空中でスキッドしたのだ。

 被弾である。


「……!?」


 ウルキアガが受けたのは、軽い打撃だった。

 しかし、不意打ちの一発だ。

 威力は確かにこちらの身を揺らし、上昇のタイミングを遅らせた。

 ぶれた視界の中、ナルゼが先行して上昇。

 奥多摩と高尾の間の空を、黒の翼が一直線に跳ね昇る。

 そして、姿勢制御を入れた自分は続き、


「見事……!」


 一撃を受けた以上、返さねば、こちらはこの周回では負けとなる。

 追う形となった己は、後部に回した視界で今の一撃を入れた相手を見た。


「ナイトか!!」


 彼女の狙撃は先程の一発のみ。

 だがそれは、自分が軌道を逸らして外れたものだった。

 当たる筈がない。

 そんな当たらぬ弾丸が、こちらに届いた理由。その理屈は、


「……ナルゼが誘導を行っていたのか!」


「……もっと無様でも良かったかしら」


「ウッキーあまり動じないし、戦闘をケッコー楽しむ派だから良いと思うよ。ナルミンはそこらへん一番解ってると思うし」


「…………」


「……私もアルコールを貰うことにするわ」


 ……出来たわね……!


 先行するナルゼは、上昇する羽根箒にしがみつきながら、自分達の行った結果を確認した。

 ウルキアガに確かな被弾を与えたのは、


「そうよ。――私の描いた誘導描線」


 白の魔術はプラスの力。

 黒の魔術はマイナスの力を生む。

 だから白の魔術で誘導線を描けば、軽く逸れていく黒魔術の弾丸を拾い、真っ直ぐ飛ばし”直す”事が可能となる。

 タイミングや誘導線の描写方法などは、このところで練習を積んだものだ。

 空中に一直線を引くのは、意外と難しい。

 だがウルキアガからは、自分に向かって伸びていた誘導線が見えなかったはずだ。よくても、光の点といったところだろう。

 そのくらい、相手の視界の中央に向けて真っ直ぐのラインを引いたという自負はある。

 だから、


「こっちがオーバーシュートで先行した意味、解る?」


 その動きで、ウルキアガ宛の誘導ラインを引いたのだ。

 今、自分は、上昇軌道をウルキアガに重ねるようにしながら、右の手を振った。

 己の右手の先から、半竜に向け、そして背後のマルゴットに向け、


「描くわよ」


 ラインを引いた。


 武蔵の空に、絵が描かれた。

 白の光によって疾駆するのは、風を示すような描画のラインだ。

 それは射撃の音と、爆発する大気の音を混ぜるように先を行き、


「お」


 朝の街、通りを行く少ない人影が白の空を振り仰ぐ。

 高尾と奥多摩の間。

 谷底のような艦間から、白の描線が昇り、螺旋を緩やかに描きながら、しかし時に引き裂くような高速となり、


「――――」


「……!」


「――!」


 線を結ぶ三者の間で、砲撃と大気の震動が交換された。

 黒の翼は先行を譲らず。

 続く半竜は強引に相手を穿ちに行き。

 続く金の翼が、二人を俯瞰するように大きく周りながら、決まり事のように射撃を放つ。

 飛来し合う弾丸や力は、躱され、すかされ、躍るように三者は奥多摩の直上に渡り、


「……はは!!」


 誰ともなく生じた笑い声が、言葉を作って宙を行った。


「――手の内全部さらして仕上げにするか!!」


 攻撃を放ち、ナイトは箒を加速させながら新しい戦術を展開した。

 今は乱戦に近い状態。

 狙撃の順番ではない。だから、


「三つ同時発動……!」


 機殻箒の加速術式としては出力強化を掛けただけの単純なものだ。

 しかし、普通ならば一枚で充分なものを、今回は三枚だ。

 箒の上と己の左右の三つ展開。

 将来的には四連にしたいなあ、と、そんな事を思いながら、自分は告げる。


「Herrlich!」


 加速して、一気に半竜との距離を詰める。

 出力を射撃に回さず、全て加速に注ぎ込んだからこその追撃だ。しかし、


「……!」


 ウルキアガが更に前に出た。

 自分達がまだ航空機動と射撃を一体化出来ていないのを尻目に、空を行く種族の彼は、ともすれば挟撃の中でもナルゼを追って自在に大気を割っていくのだ。


 ……やるよねえ……!


 力のある者が、同級生にいる。二人がかりで何とか追いつける相手だ。

 そんな存在が身近にいるという事に、己は少々の焦りと、しかし安堵も得る。

 何故なら、


「将来、あるもんね……!」


 ナイトは思う。


 ……末世だ何だと言われていても、自分達は配送業を営んでいるんだよね。


 この勝負の後、自分は朝番に出るし、ナルゼは夕の仕事も考えた御弁当作りだ。

 忙しい。だが、


「どうなんだろ」


 配送業者。特に魔女達は、昨今、新しい動きを見せ始めている。

 自分達も装備品を買っている見下し魔山が、新開発装備のテスターを武蔵の魔女に追加依頼しようというのだ。

 他国でも同様の動きはあるのだろうが、既に一人テスターがいる武蔵の魔女達にとって、これは最近の賑やかな話題となっている。

 無論、自分達もその枠の外にいるわけではなく、


 ……ガっちゃんも、いろいろ考えてる訳だし。


 考える事は多い。

 ”今”の戦闘の事。

 将来の事。

 テスターの事。

 他にも、昨夜のリハで、自分達の動きが堅かった事なども、


「うー……」


 と唸っていると、先を行くナルゼが首を横に振った。

 ウルキアガの空砲が来ているのだ。だから、


「お」


 慌てて左下、奥多摩の空を転がるようにロールして落ちると、


 ……あれ?


 下に、武蔵アリアダスト教導院がある。まだ六時前のこの時間、体育会系部活の朝練も始まっておらず、校庭に人の姿がないのが常だが、


 ……アサマチ?


 見知った影が、教導院正面の橋の上から、こちらを見上げていた。

 浅間だ。

 あ、と言いたげに手を振る彼女に、応答しそうになる。が、


「おっと……!」


 隙を見て飛ばしてきたウルキアガの空砲を回避し、自分は再加速を箒に叩き込む。

 アサマチも、将来とか、いろいろ考えてるのかなあ、と思いながら、


 ●

 浅間は、ナイトとナルゼ、そしてウルキアガの朝の訓練を見上げていた。

 今、こちらに振り向いたナイトが、ウルキアガの一撃を食らい掛けたところだ。


 ……危な……!


 と思うが、原因は手を振った自分だろうか。

 ちょっと不用意な事をしました、と思いながら、己は空で行われる戦闘を追っていく。すると、


「……?」


 不意に、左目の義眼”木葉”が遠くの空に自動検知を行った。

 こちらに対して、武装や邪気など向けられた時、”木葉”は、形状パターンや流体反応を自動検知する仕掛けだ。

 今の反応は、パターンによれば武装に対する反応だった。

 無論、これは特殊な事ではない。

 朝の時間、空を飛ぶ魔女達や配送業者は各国の戦士団の出身者が多く、装備品として払い下げのものを持ち込んでいる。

 武装は解除していても、その全体形状などに木葉が反応する事はよくあるのだ。しかし、


「あれは……」


 本物だ。

 遠く、武蔵野の空にいるのは、オレンジ色のジャケットを着て、黒の機殻箒に跨がった女。

 武蔵における見下し魔山のテスターとされる女性だ。

 確か字名は”山椿”。

 乗っている機殻箒は、見下し魔山の試作品。

 対魔女裁判用に組まれたもので、用途としては充分な武装の範疇に入る。

 それが、ナイトとナルゼ達を見ていた、というのは、どう言う事か。


 ……最近、ナイトとナルゼは、配送業者内のレースとか模擬戦で、かなり上位にまで届いてきてるんでしたっけか。


 二人一組なのと、新入りなので相当なハンデをつけられているらしいが、ここ半年くらいは連戦連勝と聞く。


“山椿”という人は、その序列で一位だった筈。

 そんな人に意識されるような存在に、同級生の二人がなっているという事だろうか。

 頑張ってますねえ、と思いつつ、彼女達が風を切りながら青梅の下へと飛び込むのを、己は見送った。そして、


「さて」


 自分の方も、どうにかしなければ。


 浅間は改めてこれからの事を思う。

 朝六時にミトと喜美が来たら、バンドに誘おう、と。

 ただ、橋の下と言ったが、間違えて橋の上に来てしまうかもしれない。

 そうなった場合、下から気付くのはほぼ不可能だ。

 だから少なくとも先の一人が来るまでは上で待ち、勘違いが生じないようにしておこうと思ったのだが、


 ……え?


 橋の下に、横から回り込むように入って来た影がある。

 それは橋上のこちらに気付かず、


「……ふう」


 思案の吐息をするのは、ミトツダイラだ。

 ミト、とすぐに駆けつけようと思った己は、しかし動きを止めた。何故なら、


 ……え?


 自分が、疑問の視線を送る先。見られている事に気付いていないミトツダイラは、


「ああ、もう……!」


 唸るなり、いきなり、橋下の内壁を殴りつけたのだ。

 空が、白いままに、明るくなろうとしていた。

刊行シリーズ

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