3-①

 帝国の北西部、バサマランカ属領の大要塞は、西方のホト族の侵略から帝国領を護るために谷の入り口をふさぐようにして建てられていた。要衝であるため、バサマランカ辺境伯に封じられるのは帝国の有力貴族であり、駐屯する騎士団も兵数、財力とも豊富だった。軍が落とす金に人が群がり、物が集まり、また金が落とされ――という循環によって、要塞東側の平野には市街が形成され、大きく発展していた。


 とはいえ、帝都から遠く離れた辺境である。風光明媚でもなければ、温泉などもない。領主以外の貴族が訪れる理由などないはずだった。


 しかしその日、要塞の正門上の胸壁には、貴族の紋章を刺繍した大旗が七種も垂らされて諸侯の所在を示していた。バサマランカの民はみな訝しんだ。なぜこんな僻地に、大司教や宮中伯がこぞってやってきたのか。大きな戦でも始まるのか、あるいは皇帝陛下の後継についてでも話し合うのだろうか……。

 真相を看破できた者はひとりもおるまい。

 まさか、捕らえたエルフの女王をだれのものにするか話し合うために集まった、とは――。


「全員そろったようですな」


 大要塞の軍議室である。円卓の面々を見渡し、バサマランカ辺境伯は不満そうに言った。彼にとってみれば不要な会議だった。


「捕らえた私に一任してくだされば、なにもこんな辺鄙な土地までご足労いただかなくとも」


「なにを言うか」大司教が鼻息荒く言った。「エルフの女王だぞ。高貴な血を厳選せねばならん。わしのような」


「さよう、我が輩のような高潔な血筋をな!」と大公が身を乗り出して息巻いた。


「美しく従順な子をたくさん産ませなければならん」

「血統が大事ですぞ血統が」


 集まった男たちは口角泡を飛ばしながら、軍議室の壁に鎖でつながれた一人の女にちらちらと好色そうな視線を向ける。

 肌もあらわな薄衣に、かすかな赤みを帯びた金色の巻き毛。柘榴色の瞳は気高い怒りに満ちて男たちをにらみ返している。


 マリエルドールの長、女王エピトルテ。

 一族の者たちを守るため、死ぬ覚悟で辺境伯の軍に投降したが、処刑もされないどころか、このような下劣な話し合いの場に同席させられるとは想像もしていなかった。

 つまり男たちは、だれがエピトルテと子作りをするか、で揉めているのである。

 辺境伯がいらだたしげに声を張り上げる。


「産ませたエルフの娘は、これから帝国のいわば特産品として、愛玩用に下賜されていくわけです。となれば数が重要。種にはスタミナが要求されます。この場では最も若輩、かつ遠駆けや槍試合でも優勝経験のあるこの私こそが種にふさわしい」


「待て待て。種に要求されるのは、スタミナよりもまずはどれだけ早く事を済ませられるか、つまりスピードだ!」征北将軍がいきり立つ。「なればこの俺だろう。妻も愛人もみな『将軍閣下はお早いのね』と言っておる!」


「それは自慢できることではなかろう……」

「うむ、男として恥ずかしい……」


 ひそめた声が交わされる。


「スピードもスタミナも二の次だ。後からついてくる」と大司教。「種の選定でなにより重要なのは血統構成ぞ。わしは父方の五代父が聖大帝ファラリス、母方の五代父に太陽王ハイペリオンで文句のつけようのない優良血統」


「なんのなんの。血統なら私の方が上ですぞ! 四代父に聖人サイモン、聖地王ヘロデス、詩聖チョーサー、聖灰君グレイソヴリンが並ぶ見事な配合!」


「種に必要なのはクロスすなわちインブリードじゃ! それがしはハイペリオンの5×5にグレイソヴリンの5×4×5を持ちスピードとスタミナのバランスも完璧」

「クロスの本数を誇るとは時代遅れ。奇蹟の血量18・75すなわち」

「ニックスつまり父母の血統相性を最重視すべき! わしの父方は王侯の恩寵プリンスリーギフトを受けた名家だったが母方は北国の踊り子ノーザンダンサーだ。これは有力なニックスと名高い!」

「堂々と言っておるが妾の子ではないか。似非貴族め」

「そんな古くさい血統、黴が生えておるわ! 我が輩の父方は一発狙いの探鉱師ミスタープロスペクターで最新最強の主流血統」

「正真正銘の下民ではないか!」

「貴族の血が一滴も入っとらんぞ!」

「この部屋から出ていけ!」

「そういう大司教猊下の血統も長距離適性にだいぶ不安が」

「そちこそスピード不足で昨今の環境に適応できておらんではないか!」

「脚部不安!」

「気性難!」


 みにくく言い争う脂ぎった男たちを、女王エピトルテは唖然として眺めていた。

 なにを主張し合っているのかまったく理解できない。人間の男が美点とするものはエルフには想像も及ばないのだろう。想像したくもないが。

 しかしやがて男たちはびたりと論戦をやめて一斉にエピトルテの方に目を向けてきた。

 どの目にもどろりとした欲望が溜まっている。

 エピトルテはぞっとして反射的に後ずさろうとしたが、背後は壁だ。両手は鎖でつながれ、逃れる場所はどこにもない。


「言い争うよりもまず、女の意見も聞かねばならんなぁ」


 将軍がにたにた笑いながら下卑た声で言った。


「さよう、身体に訊いてみなければなりませんな」

「健康な子が産める身体かどうか確かめねばならんしな、ぐふふ」

「辺境伯、まさか先に手をつけてはいまいな?」

「卿らにしつこく言われたから指一本触れておらんわ」

純潔きよいままの身体か、ますますそそりおる」


 男たちは目を血走らせてエピトルテに近寄ってくる。男という生き物を目にしないまま数百年を生きてきたエルフの女王は、剥き出しの獣欲にあてられて吐き気に襲われていた。


「いや待て」と将軍がつぶやく。「この女はエルフの中でもいちばんの上物なのだろう。皇帝陛下に献上せずに食い散らかして大丈夫なのか」


 宮中伯がげらげら笑った。


「陛下は近親にしか興味のない真性の変態だからエルフなぞ見向きもせん。……おっとこれは宮中の極秘事項であった」

「さすが陛下ですなあ」

「異常性癖にもほどがありますな」

「そこへいくと我々はエルフを鎖で壁につないで興奮する健全な心の持ち主!」

「健全な性癖は健全な肉体に宿れかし!」

「ではエルフの肉体を健全にむさぼるといたそうか!」


 エピトルテは恐怖と嫌悪感に身をよじらせた。腕につながれた鎖が鈍く軋む。男たちの手が伸びてきて髪や頬をつかみ、薄衣の上から胸をまさぐってくる。


「……やっ、やめぬか……」


 真正面からにじり寄ってくる辺境伯の浅黒い顔をにらみ返してエピトルテは声を絞る。


「煮るなり焼くなりしろとは言ったが、このような、ぅっ……」

「女が捕らえられてなにをされるか想像がつかぬとは笑える」

「男無しで何百年も生き延びてきた種族じゃ。これからじっくり教え込まんとな」


 男たちの手と指が身体中を這い回る。エピトルテはおぞましさに震えながら唇を噛みしめ、目をつむった。


(大霊さまに捧げたこの身、辱められて穢されるくらいなら、いっそ)

(舌を噛み切って――)


 悲壮な覚悟を決めた、そのとき。

 轟音が響き、エピトルテの背にした壁が木っ端微塵に砕けた。

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