5-②

「心から遠慮申し上げるよ」とロキ。「お嬢さんを抱くなんて想像しただけでぞっとする。前世で知った仲だったのかな? そちらの姉君なら喜んでお相手するけど」

「ねえさまに指一本触れてみろ。尻の穴からはらわた残らず引きずり出してその減らず口に突っ込むぞ」


 ヒナの口調は完全に本気だった。ロキは薄ら笑いを返す。


「おれ自身は女に困ってはいないからそんな変なおまけはつけなくていい。純粋に、値段を上げてほしいって話」

「値段交渉に入るってことはおおむね引き受けるってことでいいんだな」

「そう受け取ってもらってかまわない。そうだな、最低でも一人頭百――いや、ちょっと待って。エルフは金属を嫌うと聞いているけど、金銀なんて持ってるの?」

「これから稼ぐ。腹案はある」


 ロキはぐっと身を乗り出した。目がぎらついている。


「そっちの話に興味があるな。おれが手伝えるんじゃないの?」


       *


 イシュタラビアの繁華街の一等地に、《精霊樹の園》という新しい酒場が開店したのは、それから程なくしてのことだった。

 入り口の戸をくぐった途端、目に入るのは、屋内とはとても思えないような幻想的な森林の風景。光る羽虫が優美に漂い、花が妖しく薫り、さらには人間社会で生きていればまず目にする機会のないエルフの美女たちが出迎え、宴席をともにして酌をしてくれる。

 開店直後から大反響で、すぐに二号店、三号店が開かれた。


 イシュタラビアは、通商条約でゆるやかに結びついた七王国連合の中心都市である。商業の街という特徴が色濃く、帝国の他の地域に比べて教会の力が弱かった。したがって住民は概して享楽的であり、異民族・異種族に寛容で、欲望を満たすことや金を稼ぐこと、消費することに関して肯定的な気風が強い。

 つまり――


「うほぉ! エルフ最高!」

「透け衣装やらしすぎだろ!」

「めちゃくちゃいいにおいがする!」


 ――という大好評ぶりだった。

 ヒナは前世で若い頃にキャバクラを経営していたことがあり、そのうっすらとした記憶がここで活きた。キャバクラでなによりも重要なのはホステスのメンタルケアである。


「ヒナさま――組長のためなら、人間相手でも働きます!」

「なんでも言いつけてください、ヒナさまのお役に立ちたいんです!」


 そう言ってくれる者を各種族から選り抜き、人間の男との会話が労せずして成り立つように徹底して《ホステスのさしすせそ》を叩き込んだ。

 しかしなんといっても秀逸だったのは店舗自体の仕組みである。


 実は《精霊樹の園》の店内はほぼ空っぽなのだ。中央の床に方形の穴が切ってあり、その下に露出している土に小さな樹の苗が植えられているだけ。

 リュサンドールの谷から運んできた精霊樹だ。


 これを利用して、各エルフ郷と店内とを空間共有する。エルフたちは故郷に居ながらにしてキャバクラに出勤できるわけだ。ホステスの実体は店内には存在しないので、酔客が調子に乗ってむしゃぶりつこうとしても虚空を抱くだけ。安心して働くことができる。


 ロキの貢献もまた大きい。

 いくら開放的な風土といっても、いきなりやってきたエルフが街で商売を始めるというのはやはり障害が多い。ヒナの独力では場所を確保するのも一苦労だっただろう。最高の立地で出店できたのは裏社会の有力者であるロキの口利きのおかげだし、開店直後に大商人たちがこぞって来店し、店の評判を一気に広めてくれたのもロキの人脈があればこそだった。

 儲けもかなりのものだったが、ヒナの狙いはもうひとつあった。

 エルフたちを人間に慣れさせること――である。


「人間の男性って、意外にかわいらしいのですね」

「すぐお酒で真っ赤になりますし」

「森のことなんてさっぱりでしょうに、がんばって話を合わせようとしてくださいますし」

「とにかく褒めると子供のように喜んでくださって」


 ホステスとして勤めているエルフたちは口々にそんなことを言うようになった。

 もちろん乱暴な客も皆無ではないが、そのような狼藉者は空間共有から即座に弾き出すようにしているため、店の雰囲気への悪影響は最低限に抑えられる。

 親近感を育むため――ではない。


 人間への無用な恐怖心をなくすためだった。いずれ本格的な抗争になったとき、精神的な優位に立てるような下地作りが必要になる。

 さらに、イシュタラビアでの成功は思ってもみなかった副次効果をもたらした。

 同じ繁華街で働く人間の女性たちが、悩み事を持ち込むようになったのだ。


「エルフの元締めさんが、女の子の困りごとなら相談に乗ってくれるって聞きました……」


 ホステスのケアが手厚い、という話にどこでどう尾鰭がついたのか、《夜の女》の面倒を見てくれる、という噂になってしまったらしい。

 訪ねてくる女たちがみな切羽詰まっている顔なので、ヒナとしてもむげに追い返せない。


「あたしの旦那気取りの男がいるんです。働きもしないで、博打で金を使い果たしたらあたしのとこにたかりにきて、もう手を切りたいって言うと暴れて……」

「ぶん殴って叩き出せ」

「熊みたいなやつなんですよ! 怖くて」

「しかたねェな。家どこだ」


 女についていったヒナは、現れたそのごろつき男を叩きのめして裸に剥き、臀部に短剣の先で《逆さ蝶々》の紋を乱暴に刻み入れ、イシュタラビアの街門前に転がした。

 その男は二度と女に近づかなくなり、ヒナの不本意な名声はいっそう高まった。

 さらに大きな相談事も持ち込まれるようになる。イシュタラビアでも一、二を争う人気の娼館マギータの紅薔薇の女主人が《精霊樹の園》に訪ねてきたのだ。


「森からお越しの高貴な方々に、このような相談事はまことに恥ずかしいのですけれど」


 女主人は沈痛そうな面持ちで言った。歳は五十を過ぎたあたりか、長い年月の心労が刻まれた険のある顔立ちの中にも若い日の美しさを残した品の良い女だった。


「粗暴な男たちをどうあしらえばいいか、ご教授願いたいのです」

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