5-③

「意味がわからんが」


 ヒナは正直に言った。女主人は咳払いして続ける。


「ドンナ・ハリス隊、という傭兵団があります。イシュタラビアに拠点を置き、隊商の護衛を一手に引き受けているので、今や一国の騎士団に匹敵するような大勢力なのです」

「名前は聞いてる」


 盗賊団から商人たちを護っている、といえば聞こえが良いが、ドンナ・ハリス隊自体がもともとは山賊の集まりだという。見逃す代わりに通行料をとっていたのが、護衛という名目にすり替わっただけなのだ。


「これまで街中ではあまり目立ったことはしていなかったのですが、ご存じの通り、エルフのみなさまのおかげでここ最近とくに色街の景気が良くなりました。すると傭兵どもが当方にも目をつけるようになり、娼館の玄関近くにたむろし、色街の治安を護ってやっているのだから保安料を払えなどと言ってくるしまつで……」


 ヒナはため息をついた。

 どんな世界のどんな時代も、暴力を手にした連中のやることは似たり寄ったりだ。


「エルフのみなさまはこの街でも安心営業できておられます。どのようなやり方なのか教えを請いたいのです」

「うちのやり方はエルフにしかできない」


 ヒナが答えると女主人はがっくりと肩を落とす。


「けっきょく暴力に対抗するのはそれ以上の暴力しかねェよ。わかってんだろ」

「それは……はい。その通りなのでしょうけれど……」


 すっかり悄気てしまった女主人を見ていると、憐憫の情を催すと同時に、これは使える、とヒナは直観した。


「俺たち雛村一家がケツ持ちしてやってもいい」

「……けつ……もち?」

「なにかあったときに出てって始末つける役ってことだ」


 女主人の顔が明るくなるので、ヒナはすぐに付け加えた。


「ただじゃねぇぞ。金は払ってもらう。いいか? 俺たちはヤクザだ。本質的にそのクズ傭兵団どもと変わらない。ただ、乗り換えてもらうために契約金は勉強するし契約外の請求は一切しない、ってだけだ。よく考えて決めろ」


       *


 娼館マギータの紅薔薇で使われる毛布に、蝶々の柄が刺繍されることになった。

 ヒナが率いるエルフヤクザ、四代目雛村一家の代紋である。雛村が後ろ盾についている、ということを内外にはっきり示すしるしだった。


 契約した翌日、宵の口にさっそく出番が訪れた。ドンナ・ハリス隊の傭兵が営業妨害しにきた、という報告を受け、ヒナはすぐに娼館に向かう。

 玄関口で、番頭の男を屈強な傭兵たちが四人で取り囲み、なにやら押し問答している。野次馬や他の店の女たちがそれを遠巻きにしている。


「あッ、ヒナさん!」


 こちらを見つけた番頭が安堵丸出しの表情で手を振ってくる。

 傭兵たちが振り向いた。ヒナは四人の顔をざっと眺め渡して言う。


「なにしてる。他の客の邪魔だ。客なら店に入れ。客じゃないなら帰れ」


 傭兵の額に青筋が立つ。四人ともぱっと見では武装していないが、重たそうな革の上着の胸部を盛り上げているのは筋肉だけではないだろう。


「ンだてめぇ。小娘が」

「こっちはこのぼったくり店に商売の道理を教えてやってるだけだよ」

「てめぇこそ剥かれて泣かされたくなきゃ森に帰りやがれ」


 清々しいまでに型どおりの脅し文句だった。

 相手は戦闘のプロである。ヒナとしても一切遠慮しなかった。一歩踏み出しながら右手の指環をまさぐる。

 周囲の空気が歪むほどの魔力が顕在化する。


「――押忍ッ!」

「押忍ッ! あるじ、召喚待ちかねてました!」


 天を衝くほどの電精と岩精の巨体を目にして、傭兵たちの顔が驚愕に、やがて恐怖に歪む。


「死なせなけりゃ何やってもいいぞ」


 ヒナがぼそりと命令をつぶやくと、電精と岩精は歓喜の雄叫びをあげて傭兵たちにつかみかかった。

 街中で精霊が顕れて傭兵を鼻血まみれになるほど殴り続けている、という事態にあっても、自警団や役人に通報する者は一人もいなかった。現場が色街であり、傭兵たちが徹底して嫌われていたからである。医者を呼ぶ者もやはりいなかったので、ヒナは四人ともが完全に戦闘不能になったのを確認してから、簡単な止血手当をした後で手近の医院に引きずっていった。


 報復は翌日の夜だった。

 完全武装したドンナ・ハリス隊員およそ四十名ほどが《精霊樹の園》を襲撃したのだ。

 精霊樹による空間共有が即座に切断されたので、エルフへの被害はまったくなかった。迷惑をこうむったのはそのとき来店していた客で、大金主や商工会の重役なども含まれていたためドンナ・ハリス隊の評判は地に墜ちた。


 完全にヒナの計算の内だった。

 建物が破壊されてしまったため《精霊樹の園》はしばらく休業する羽目になり、大義名分が立った。

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