5-④

       *


「出入りだ。支度しろ」


 黒銀の森のエルフ拠点に戻ったヒナは、幹部たちにそう告げた。


「《カチ込み》ですねっ」


 最近ヤクザ用語の呑み込みが成長著しい花エルフのミズリア。


官憲ポリへの根回しは済んでいるのですか?」


 インテリヤクザとして学びを深めつつある風エルフのクスハ。


「《道具》は十八人分まで用意できています」


 戦闘用具の開発者として頭角を現した星エルフのアネシュカ。

 いずれもヒナが志願者の中から『戦う準備ができている』と判断して選んだ者だった。

 ゆくゆくは戦えるエルフをもっともっと増やしていかなければいけないが、この初戦は相手もまだ小規模だ。少数精鋭で臨むのが正解だった。


 その夜、イシュタラビアの下町の一角にあるドンナ・ハリス隊の宿舎をエルフの一団が急襲した。

 非力なエルフたちが持つ唯一にして最大の武器は、蟲である。


 星蟲洞の有力な使い手アネシュカが大陸じゅうの森を回って集め、繁殖させた稀少種のカミナリバチが数万匹、宿舎の中に放たれた。一刺しで皮膚が爛れて激痛を引き起こす猛毒の蟲の群れに宿舎は阿鼻叫喚となる。

 そこに雛村一家が踏み込む。


「皆殺しじゃぁッ」岩精が咆え、地揺れが起きる。

「ケツ毛一本残さんぞォッ」電精が叫び、雷鳴が呼応する。


 クスハの使役する巨大百足、ミズリアを背に乗せた巨大蜘蛛が扉を蹴破り、まだ混乱と痛みで応戦態勢をとれていない傭兵たちに襲いかかる。

 かろうじて部屋から抜け出し、武器庫に走った者を、待ち構えていたヒナが片っ端から叩きのめす。


 それは『抗争』と呼ぶにはあまりにも一方的すぎ――

 もはや『処理』だった。


 ややあって、前歯や尾骨を折られてみじめな顔で失神した大男たちが、一人また一人と宿舎の窓から街路に放り捨てられ始めた。騒ぎを聞きつけて集まった大勢の住民が見守る前での出来事だった。

 同時に彼らが目にしたのは、窓の奥の闇で妖しく揺らめく青紫の微光――

 月光蝶。

 やがて帝国全土の人間にとって恐怖の象徴となる、四代目雛村一家の代紋だった。


       *


 傭兵団長のハリス準男爵と、雛村一家組長のヒナとの会談が行われたのは、傭兵団宿舎壊滅から七日後の昼だった。

 場所は一応の中立地としてイシュタラビア東南教区の礼拝堂が選ばれた。

 仲裁人は――


「――このロキ・バラク・ワヒアが務めさせていただきます」


 恭しく、けれど有無を言わせぬ口調でロキは告げた。

 聖餐の皿や盃を置くための卓を挟んで、準男爵とヒナが向かい合っている。

 ハリス準男爵は、貴族に次ぐ称号こそ得ているものの、もともとはこのあたりを荒らし回っていた山賊の頭領である。貴族趣味の衣装で着飾ってはいても、粗野な雰囲気や暴力のためだけに鍛えられた体躯は隠し通せていない。


「……わしが都に行っとる間に小娘が好き勝手しよって……」


 準男爵は苦々しそうに言って歯を軋らせる。


「なんだ。手打ちにするつもりで来たんじゃないのか」


 ヒナは冷ややかに言う。


「それなら俺は帰るぞ。次は死人が出るくらいガチでやるからな」


 卓を離れて礼拝堂の出入り口に足を向ける。


「ま、待てッ」


 卓の端をつかむ準男爵の手の甲には血管が黒々と浮き上がっている。そのまま天板を握り砕きそうな形相だ。


「ロキの顔を立てて話だけは聞いてやる」


 団員の半数近くが寝たきりの状態では、強く出続けられないようだった。といっても、あくまでも自分が温情をかけて話し合いに応じてやる、という虚勢には固執するつもりらしい。話が進まないのも面倒なのでヒナはため息をついて卓の前に戻る。ロキといっしょに立会人となっている司教がおろおろとこちらを見ている。


「まず、商工会と行商組合の見解をお伝えします」


 ロキがつとめて柔らかい声で言う。


「ドンナ・ハリス隊はイシュタラビアに通じる陸路の治安維持に大きな貢献をしているから、今後とも健全に活躍してほしいと。そのためには事態の迅速な収束を望む、とのことです」


 準男爵は鼻を鳴らした。当然だ、と言いたげだ。


「また、市中、とくに繁華街の治安維持に関しては独自の規範が存在するため、そちらも含めてドンナ・ハリス隊に負担をかけるのは忍びなく、街道警備に集中していただきたい、とも」

「む……」


 ものは言いようだな、とヒナは思った。


「それに女性のことは女性がいちばんよく理解しているものだし、猛き殿方に女のつまらないせせこましい世界にかかずらってほしくない、と、これは娼館組合からの申し出です。ややこしく卑しい夜の女たちの面倒は、雛村一家に見てもらい、戦士のみなさまには男にしかできない大事な職務に注力していただきたい、と」

「ふん。言われるまでもないわ!」


 ロキの隣で司教がふうっと息をついて口を挟んできた。


「良い。良いでしょう。それでは、お互いにこれ以上の市中での暴力行為は一切しないと。誓いますね? 誓約の署名、それから半分に分け合った聖餅と聖酒の交換をね」

「儀式はいい。署名だけでじゅうぶんだろ」


 ヒナは司教の手から羽根ペンを奪い取り、誓約書を二度通読してからその末尾に自分の名前を神聖文字、精霊文字、帝国文字の三種で記した。ハリス準男爵にペンを渡すと、不機嫌丸出しの顔で受け取り、ヒナの名前の上側に乱暴に署名する。

 司教はくたびれきった表情で誓約書を持ち上げた。


「ではここに、天なる大神と地なる母神、至聖神統十二柱ならびに六賢八尊の御名において、右、準男爵ドナテルロ・ド・ハリス、左、リュサンドールのヒナ、両名の厳正なる――」



 和解宣誓式を済ませ、礼拝堂を出てしばらく街路を歩いたところでロキが言った。


「あれでよかった? 荒事の仲裁人なんてはじめてだから勝手がわからなくて」

「まあ上々だ」


 ヒナは正直に答え、足を速めた。娼館の女たちに早く朗報を伝えたかった。

 花街一の色男であるロキと、いまだに都市では異分子である美しいエルフの少女との取り合わせはやはりどうしようもなく通行人の目を惹くが、ロキはかまわず話し続ける。


「ヒナちゃんなら自分であのおっさんの相手できただろ。なんでおれを引っぱり出したの」

「ヒナちゃんって呼ぶな。ああいう手合いはな、面子と見栄だけで生きてるから、あんたみたいな調子の良いやつが花を持たせれば話が簡単に運ぶんだよ。今後噂を広めるときも、あんたの提案で俺が矛を収めて話し合いに応じた、っていうふうに広めろよ。傭兵団も女に一方的にやられっぱなしだったって形だと今後の商売がやりづらいだろ。要らない恨みは後に残したくないからな」

「なるほどね。ヒナちゃん、こういうの慣れてるね。何十年も人里に出たこともなかったエルフなのに不思議なもんだ」

「自分でもちょっとうんざりする。身に染みついてンだろうな」


 身に、ではなく魂に、だろうか。ヒナは胸中で付け加える。

 それからはっとして小さく首を振り、打ち消した。どうにも余計なことを喋りすぎた気がしてならない。前世の記憶のせいなのかはわからないが、このロキという男に対してはふと気を抜くと警戒心を解いてしまう傾向がある。信用できる相手なのかまだわからないのだ。あくまでも冷淡な商売上の関係を維持しなければ。


「それより、稼ぎも安定してきてるんだ。俺が頼んだことは進めてるんだろうな?」


 わざとぶっきらぼうにヒナは訊ねる。


「ああ、うん。エルフを奴隷商人から買ったっていうやつは何人か突き止めたよ。ただ、奇妙なことがあってね……」

「なんだ。もったいぶるな」

「おれより先にエルフ奴隷をかっさらって回ってるやつがいるみたいなんだ」

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