6-④

       *


 帝都のある皇帝直轄領の南側には、旧帝国時代からの歴史ある公国がいくつもひしめきあっている。いずれも豊かな農地を備えた荘園で、現帝国に対しても忠誠篤い国ばかりだった。

 そこから山脈を隔ててさらに南には、かつてギギ族やクルヒスタン人といった蛮族扱いの異民族が支配していた土地が広がっている。文化的にも地理的にも帝国の中心からは遠く、領民も領主も帝国への帰属意識は薄かった。

 コルゴバダートは、そんな南方諸国のひとつ、ヒスタニア王国の中心都市だった。異民族との衝突に明け暮れていた旧帝国時代の面影を残す城塞都市で、六重の城壁の内側には兵舎がずらりと並んでいる。普段は岩塩掘り鉱員や日干し煉瓦職人として働いている男たちも、多くは騎士団の一員として軍事訓練を受けている。


 街全体の空気が、鉄屑を混ぜたように軋んでいる。

 それが最も濃く集まって淀んでいるのが――

 賭場、である。


「六の六の六に九千!」

「合い掛け!」

「別で二、三、四、縦流しで二千ずつ!」

「待ち! 札入れは? ない? ないか? はい合点!」


 紫煙が揺らめく暗い室内に、熱を帯びた胴間声が響いている。大きな布張りの賭場卓を十数人の男たちが取り囲んでいる。胴元が骰子を投げ入れると怒声や悲鳴に近い掛け声が飛び交い、血走った視線が回る骰子に注がれる。

 やがて五つの骰子が面を上に向けて止まる。


「――二、一、六、六、六、三倍付けで御勘弁!」


 胴元が宣告する。勝った客は咆えて賭け符を卓に叩きつけ、負けた客は頭を抱えてその場に崩れ落ちる。

 一人だけ、負けたにもかかわらず屹然と立ったままの男がいた。

 肩も二の腕も胸板の厚みも、並の男の倍以上ある巨漢だった。鋼色の短髪に、浅黒く精悍な顔立ち。凶暴そうな炎を宿した眼で骰子をにらみつけている。

 隣の、勝った客がへらへらと笑いながらその巨漢の腕をぴたぴた叩いた。


「将軍、いくらにらんだって出目は変わらないって」


 また別の勝ち客も笑って言う。


「将軍の逆に張ってだいぶ稼がしてもらったわ」

「そろそろ兵舎に戻ったら。職務中だろ、軍装着てんだから」


 将軍、と呼ばれたその男は、歯を剥いて軋らせた。


「うるせえ。もう一勝負だ。いや、勝つまで勝負だ。今日中に最低でも十六倍にしねえと長剣と甲冑が質流れする」


 賭場じゅうが大盛り上がりになった。


「将軍あんた最高で最低だよ!」

「明日入団式だろ? 剣も鎧もなかったらどうすんの、木剣と寝間着でやるの?」

「見てみてぇわそれ!」

「最後の有り金まで巻き上げるぞ!」

「黙れてめぇらまとめてかかってこい!」


 息巻いた将軍は当然というべきか最後の一勝負も綺麗に負けた。

 金はないがあと一勝負、と情けなく胴元に食い下がる将軍の姿を見て、賭場全体が笑いに包まれた。

 そこにやかましく踏み込んできた軍装姿の若い一団がある。


「将軍!」

「やっぱりここでしたか!」


 将軍を見つけ、駆け寄ってきた。騎士団の士官、百人長や千人長たちだった。


「ほんといい加減にしてください、今日は王城に呼ばれてんでしょうが!」

「質草も俺たちが入金して取り戻しておきましたから!」

「若い連中はみんな将軍に憧れて入団試験がんばってきたんですから、みっともない格好で式に出てがっかりさせないでくださいよ!」

「……おまえら……ほんとに、心配掛けたな……良い部下を持って幸せだよ」

「そういう臭い男泣きの演技はいいから早く登城してください!」



 コルゴバダート王城の軍議室には、七名もの王侯が集まっていた。


「馳せ参じました。遅れて申し訳ありません」


 軍議室に入っていった将軍は謝りながらも列席者の顔をざっと確認する。

 将軍が仕えている君主であるヒスタニア王ロペスは正面中央の席だ。最近白髪の割合の方が多くなっているが、まだまだ欲深そうな精力的な顔つきをしている。その両隣に三人ずつ。見憶えがあるのはそのうち半分だけだが、全員が王侯本人で、派遣された特使などではないことは雰囲気ですぐにわかった。

 複数名の君主がこうして一地方都市の軍議室に集まるなど、尋常の事態ではない。


「遅いぞ。前置きは無しで話す。一切他言無用だ、よいな?」


 王ロペスはものものしい口調でそう言ってきた。

 将軍はうなずき、王の左右に居並ぶ他六人の顔を再び眺める。どういうつながりの集会かはわからないが、碌な用事ではなさそうだ。


「我々は七国で軍事同盟を組み、帝国に攻撃をかけることになった。そこでそなたには先遣部隊の指揮官をやってもらう」


 悪い予感は何倍も悪い形で的中するもんだ、と将軍は胸中で毒づいた。


「……どういう名目で? お集まりの御歴々、みんな同じ名目ですか?」


 諸侯はそれぞれうなずく。

 記憶がたしかなら、全員が皇帝と主従関係を結んだ帝国の一員である。叛乱、ということになるのか。しかし政情は安定していて帝国中枢への不満が噴出する材料などここ最近とくになかったはずだ。将軍は訝しんだ。


「道理は我々にある!」


 王ロペスの隣の侯爵が円卓の縁をどんと叩いて強弁した。


「帝国は我々のエルフ権を侵害したのだ!」


 知らない単語が出てきたので将軍は口を半開きにしたまま固まった。


「エルフ権というのはそなたも知っての通り、エルフを捕らえて、男の夢であるあんなことやこんなことを好き放題する権利のことだ」


 いや全然知らないが?


「屋敷がひとつ建つほどの金を払って買い入れた待望のエルフ奴隷を、帝国は強権で買い取っていったのだぞ! しかも我々が変態性欲剥き出しなところを恥ずかしく思うように的確に糾弾するために若い女の代理人――すなわち皇女を派遣してきたのだ! 汚い! 汚いぞ悪逆非道な帝国め! 十代の少女を使って性奴隷売買を非難させるとは! そんなことされたら良心が痛んで買値と同額で手放してしまうにきまっているではないか!」


 帰って酒を飲んで寝たい、と強く思う将軍だった。


「エルフは外見が老いないから今後際限なく値段が上がり続けるはずなのだ、経済面でも帝国の措置によって不当な打撃を受けた! この大義名分は必ずや多くの支持を集めるはずだ」

「……あー、つまり全面戦争ってわけではないんですね」


 将軍は耳の穴を小指でぐりぐりしながら訊ねた。


「さよう。帝国が非を認め、我々のエルフ弄び権を認めるまでの示威運動だ」

「エルフ奴隷を購入しており、まだ帝国の魔の手が及んでいない諸国にも声をかけており、この同盟はさらに規模を増す。将軍、そなたは我々が本気だということを帝国全土に知らしめるための最初の狼煙を盛大にあげてほしい」


 そんなことのために騎士団員を危険にさらしたくはなかったが、宮仕えのつらさ、将軍に拒否権はなかった。

 拝命した将軍が軍議室を出ていった後で、諸侯は不安げに王ロペスに訊ねた。


「あの男で大丈夫なのですか。図体は大きいがどうにも覇気が無い」

「時間も守らんし、賭場で遊んでいたという話も聞きますが」


 王ロペスは口元を歪めて首を振った。


「心配無用。あれに勝てる者は帝国全土を探してもそうはおらん。普段はぼうっとしているように見えるが、武人としては天下無双よ。ほれ、二年前の農奴の叛乱があったのを憶えておりますかな」

「ああ、一万人近くが暴れて砦ひとつ奪って立てこもったという」

「そう。あれを百人隊ひとつで半日で鎮圧したのがあの男じゃ」


 諸侯は顔を見合わせた。


「というと、噂ではたしか素手で砦の門を殴り壊したとか」

「大剣も拳でへし折り甲冑も拳でぶち抜くとか」

「すべて事実」


 自慢げに王ロペスはうなずいた。


「戦場では鬼神のごとしです。その拳は鉄塊。いまやだれも名前では呼ばず、敵からも味方からもただこう呼ばれておる――《鉄将軍》と」

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