7-②

 べつの一人もそうつぶやき、思わず警戒を解いて弓を下ろしてしまう。

 ヒナも知識だけはあった。ドワーフは地と炎の大霊の眷属で、エルフとは太古の昔から反目し合う関係だったはず。ドワーフの象徴ともいえる髭がまったく生えていないところを見ると幼子のようだが――


「子供ではなく髭が生えない体質なだけだ」


 そのドワーフは落ち着き払って言った。


「怪しい者じゃない。自分はキム・カイン、帝国軍少佐だ。貴様らエルフに危害を加えにきたわけじゃない。ただ生態をじっくり観察し、体組織などを採取して軍事利用したいだけだ」

「怪しい者じゃないですかっ!」

「怪しさしかありません!」

「だいたいなぜドワーフが人間の軍にいるんですかっ!」


 我に返ったエルフたちから厳しい声が浴びせられるが、キム・カイン少佐は平然と受け流している。たしかに、迷彩とやらを施した奇妙な外套の下から出てきたのは帝国軍の軍服だ。まるっきり子供の外見のキム・カインが着ていると玩具の人形にしか見えない。


「成人しても髭が生えない男は山から追放される習わしだ。地の大霊から祝福を受けていない、と見なされる。笑える迷信だ」


 なぜか自慢げにキム・カインは言った。


「実際に自分はドワーフとしてはあり得んくらい筋力がないし、力仕事も嫌いだし、大歓迎だったがな。喜んで帝都に行って就職活動した。引く手あまただったな」

「自慢はどうでもいいのです!」

「侵入した目的を言いなさい! だれの命令ですか!」

「ごまかすようならご自分の内臓を召し上がっていただきますよ!」


 ヤクザ言葉に慣れつつも凶暴になりきれないエルフたちだった。しばらく自分は出ていかずにみんなに任せておいてみるか、とヒナは離れた場所から様子をうかがう。

 ところがキム・カインがこんなことを言い出す。


「だから貴様らを研究対象として観察にきただけだ。とくに、貴様らの組長、リュサンドールのヒナというやつがいるだろう?」


 しんと冷え切った沈黙がやってきた。

 ヒナはキムの前に歩み出ていった。エルフたちが緊張の面持ちで道を開けるが、矢の先はまだドワーフの小さな身体に向けたままだ。

 目が合うと、キム・カインはすぐに唇の端を曲げて言った。


「ヒナだな? 一目でわかったぞ。前にどこかで逢っていたか?」

「知らねえよ。ドワーフに知り合いなんざいるか」


 ぶっきらぼうに答えつつも、その髭のないドワーフの幼い顔立ちにはヒナもなぜか見憶えがある気がした。


「部外者の声で蟲と鳥が怯える。庵の中で話すからついてこい」


 弓をおろすようにとまわりに伝えるとエルフたちは色めき立つ。


「ヒナさま、なにをされるかわかりませんよ!」

「しっかり見張って、なにかあったら蜂の巣にしてやらないとっ」

「こんなちびに俺がやられるわけないだろ。二人で話させろ」


 長い草を編んで造った庵の中に、ヒナはキム・カインと向かい合って座った。


「口の利き方には気をつけろよ。俺はおまえをいつでも八つ裂きにできる。今すぐそうしないのは帝国軍の内情について知りたいからだ」


 キムは肩をすくめた。


「研究に役立ちそうな情報が少しでも手に入るなら自分の身はどうでもいい」


 無茶苦茶な物言いだったが、本気の目をしていた。ヒナは内心こいつは厄介そうだと思いながらも尋問を始める。


「俺が観察対象というのはどういうことだ? 帝国軍は俺についてどれくらいまで把握しているんだ」

「軍がつかんでいる情報は大したものじゃない。エルフがいきなり団結して戦力を高めた裏にエルフとはとても思えない指導者がいること、イシュタラビアで経済活動を始めて力を蓄えていること。このくらいは軍のぼんくら諜報部でも簡単につかめる」

「おまえはそれ以上知ってるみたいな口ぶりだな」

「もちろん。貴様、前世で男性だっただろう?」


 ヒナは目を細め、突き刺すような低い声で訊ねた。


「それをだれに聞いた」

「千年夜会に問い合わせた」

「なんだそれは」


 キム・カインが答える代わりに背後で声がする。


「魔女の連絡会だ。相当な実力者でないと所属できないと聞く」


 振り向くと、庵の入り口に腕組みして立っているのは女王エピトルテだった。ヒナはため息をつく。


「入ってくるなって言っただろう。俺ひとりならこのドワーフが暴れようが自爆しようがなんとでもなるが」

「私は雛村一家の《姐さん》つまりそなたの配偶者なのだから、朝な夕な一緒にいるのは当然ではないか」


 最近この花エルフの女王に妙に懐かれてしまって面倒が増えていた。知識は豊富なので助言してくれるのは助かるが、しじゅうべったりされるのには閉口していた。


「それに、千年夜会の関係者なら危険人物だ。そなたをひとりにはさせられない」


 キムは童顔をむっとさせて言い返す。


「関係者じゃない。対価を支払って情報提供を受けただけだ。魔女は欲望に忠実だから、ものさえ良ければなんでも喋る。どの魔女から情報を聞き出したのかは言えないが、中に果汁を溜めておくと良い感じにしゅわしゅわ気泡を入れてくれる飲料貯蔵器を造ってやったら大喜びであれこれ教えてくれたぞ」

「アリシアか……」


 ヒナは嘆息する。

 キム・カインは目をぎらぎらさせてにじり寄ってくる。


「前世の記憶をはっきり保持し、人格もかなり前世寄りだそうだな? エルフでそんな例は貴様が唯一だ」

「だからどうした」とヒナは嫌そうな顔をする。

「貴様の体質や魂を研究すれば、『男のエルフ』が実現できるかもしれんということだ!」


 ヒナがあっけにとられていると横からエピトルテが憤然と言った。


「そなた、ヒナ殿を男にしようというのかっ? だれもそんなことは望んでおらぬぞ!」


 さらに、庵の外で聞き耳を立てていた他のエルフたちもなだれ込んでくる。


「ヒナさまを男にするなんてとんでもないです!」

「絶対にゆるせません、全土の森の民の怒りがあなたを焼き尽くしますよ!」

「ヒナさまは麗しい少女だからいいんです!」

「そうです! 麗しい少女のまま生やしてくださればいいんですっ!」

「うるせえ。全員出てけ」

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