8-②


       *


 純粋な総兵力、総財力であれば、叛乱を起こした南方諸王国連合のそれは帝国とはまったく比較にもならない。

 しかし実際の戦争はそのような単純な数字の比べ合いではない。金を払って武器や兵糧を用意するのは攻撃に晒されている境界地の領主だし、血を流すのは前線の兵たちだ。勢いに呑まれれば萎縮し、たやすく城や砦を明け渡す。連合側にあっさり寝返る部隊も少なくなかった。キム・カイン少佐がエルフたちに解説した通りの結果が、各地で出つつあった。


 この好機を逃すヒナではない。

 実りの季節を迎え、森の木々の間に愛を交わす鳥たちの声が響く秋の盛り――


「一瞬で片を付けろ。精霊樹には一本たりとも傷をつけたくない」

「はい組長。敵兵およそ十二、一撃で静かにさせます」

「お不浄のお穴から手を差し入れて奥歯をかたかた奏でさせていただきます」

「東京湾の水の冷たさを思い知っていただきます」


 実行部隊のエルフたちが、だれが教えたのかよくわからない文言で応える。なんとも締まりがない。

 マリエルドールの森の中心部。かつて楽園に最も近いと謳われた花エルフの美しい郷に、今は人間たちが樹を切り倒して建てた無骨な丸太組みの砦がそびえている。帝国軍がエルフたちを追い出した後、森の民の技術を探るために造った施設だが、思うように成果が上がらず、南方諸王国連合との戦が始まってからは人員を割く余裕もなくなって、現在は指さして数えられる程度の兵しか駐留していなかった。

 だから、ヒナは指示を出した後、見守るだけだった。


「なめないでくださいませぇっ!」

「亡くなってくださいませえええぇっ!」


 エルフの涼やかで上品な怒声が森の静寂を破り、蟲の毒から精製した爆弾が四方から投げ込まれて砦内で炸裂する。駐留兵たちの引き毟られるような悲鳴が響く。

 そのまま砦内にカチ込み、肉弾戦も厭わずに制圧したところは、彼女たちのヤクザとしての確かな成長を感じさせた。


 縛り上げて馬の背に積んだ駐留兵たちを森の外へと送り出すと、ようやくマリエルドールの森に静けさが戻ってくる。

 精霊樹の梢から故郷を見下ろした女王エピトルテは、感極まって声を震わせた。


「……よかった。ほんとうによかった……ヒナどののおかげだ」

「俺は今回なんもしてねえだろ。あんたらが自分で取り返したんだ」

「いや。そなたがいなければなにも始まらなかった。私はマリエルドールで再び精霊樹との語らいの役目に戻らなければならないが、どうか伴侶として千年、万年ともにいてほしい」

「俺も色々忙しいんだよ」


 ヒナはさらっとかわした。


「もちろん、ここは俺たちの中心地だからちょくちょく様子を見に来るけどな」

「卵も無事でした、女王さま!」


 精霊樹の洞から顔を出した若いエルフが嬉しそうに声を弾ませる。卵の安置場所は地中深くの入り組んだ根をたどった先なので、人間たちにも見つからずに済んだようだ。他の郷もそうであればいいが、とヒナは思う。

 砦の基礎構造を調べていた他のエルフも安堵の顔で言う。


「これなら菌を植え付けてあげれば土に還ってくれると思います。金属もそこまで多く使われていないようですし、朽ちきってから回収すればいいでしょう。美しいマリエルドールがきっと戻ってきます」


 木造とはいえ砦ひとつが菌の分解で完全に自然に還るまでには百年かかるだろうが、エルフにとっては現実的に待つことができる時間だった。

 ヒナもあらためて樹上から郷を見渡す。

 ひとつひとつ取り戻している実感はある。


 しかし、今のままでは足りない。ここから着実にエルフ郷をひとつずつ奪還していく、という流れは現状ではつくれない。エルフの絶対数が足りないからだ。

 ヒナの懸念を察したのか、エピトルテが隣で優しく言う。


「なにもかもそなたが解決しなければいけないわけではない。そう背負い込むな」

「……そうだな。所詮ヤクザだ。暴力しか能が無い」

「そんなことはない。そなたは季節の移ろいのような多彩な強さを持っている。私たちも存分に分けてもらった。次は私たちがそなたを支える番だ。そうだろう?」


 ヒナが答えあぐねていると、郷の奥の方から茂みを掻き分けて顔を出したエルフが、こちらを見て両手を振って大声を飛ばしてくる。


「女王さま、母胎樹の中を清め終わりました!」

「ご苦労。いま行く」


 エピトルテはうなずき返し、またヒナに向き直る。


「太古、精霊樹の結びつきがもっと強かった時代は、すべての郷が深い空間共有によってほとんどおなじ一つの場所であるかのように結束していたと聞く。私が力を高めて、その時代の共有網を再現できれば、今の人口減の状況でも、それぞれの郷の結界は維持できるようになるのではないか」

「……ん? ……ああ、なるほど。可能性はあるな」


 結界を張るための住民の力も精霊樹によって共有しよう、というのだ。エルフの数が増えるわけではないので根本的な解決にはならないが、人間たちから郷を守ることは再びできるようになる。


「そなたと私、マリエルドールとリュサンドールに分かたれていても、精霊樹を通じて伴侶として添い遂げることができるのではないか」

「知らねえよ。ていうか俺は一箇所にずっといるわけじゃないし精霊樹のない場所にもちょくちょく行くぞ」

「それではちっとも伴侶らしいことをする時間がないではないかっ」

「だから伴侶じゃねえだろ。いいから女王さま、さっさと母胎樹の世話に入ってくれ」


 ヒナの冷たい対応にむくれつつ、エピトルテは梢から飛び降りて郷の最奥部に向かった。

 天を衝くほどの巨大な精霊樹が、そこにはそびえている。


 母胎樹。


 すべての精霊樹の株元となったといわれる母なる樹である。

 マリエルドールの女王は、日中の時間のほとんどを母胎樹の洞の聖域で過ごし、根の大霊との交流を深める。エルフという種全体が、そうして木々や蟲や鳥や獣たちと慈しみ合い、森という大きなひとつの生命体をかたちづくる。

 ようやく、エルフの日常の風景がひとつ戻ってきたのだ。

 梢に腰掛けてしばらくぼんやりとマリエルドールの郷を見下ろしていると、ヒナを呼ぶ声が下から響いた。


「組長、女王さまがお呼びです!」


 ヒナは樹から飛び降りて柔らかい下草の上に着地した。呼んだのはエピトルテのお付きの若いエルフだった。


「精霊樹を通して、皇帝から連絡が入ったと――」

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