9-①

 熔鉄のようなあかあかとした夕空に、黒煙が幾筋も立ちのぼっている。

 戦死者を焼く煙だ。遺骸を旗でくるみ、大きな穴に並べ、強い酒を振りかけて松明を放り込む。敵も味方も区別なく、炎に呑み込まれる。戦士たちが捧げる追悼はごく短い。軍神の御許にたどり着けますように、そこには美味い酒と肉と良い女がありますように――。祈るのはそれだけだ。


 砦の胸壁には鉄血騎士団の《馬と鉄球》の旗がいがらっぽい夕風にはためき、城壁の足下には帝国軍の獅子軍旗がいくつも打ち棄てられて砂にまみれている。

 鉄血騎士団の傭兵たちは砦の中庭で焚き火を囲み、酒盛りをしたり賭場を開いたり剣を研いだり弩弓の整備をしたりしている。


 開戦から半月――。


 南方諸王国連合軍は怒濤の勢いで連勝に連勝を重ね、今や皇帝直轄領のとば口まで軍を進めていた。無抵抗で降伏し、兵糧や物資を提供してくれる街も少なくなかった。帝国南部は元来あまり帝国への恭順意識が高くない地域ということもあり、また叛乱の理由が一般市民の間にまでは知れ渡っていないということもあって、連合軍は英雄扱いだった。

 その日も楽な勝ち戦で、騎士団員たちはみな上機嫌で戦功自慢に花を咲かせていたのだが、ただひとり鉄将軍だけは壁際に腰を下ろして燭台の灯りでなにやら書状を読みふけっている。ほろ酔い顔の百人長たちがそんな将軍に近づいていった。


「将軍、鹿肉がそろそろ良い具合に焼けますよ」

「一杯やりましょう、どうしたんスか今日はずっと」


 鉄将軍はちらと顔を上げ、またすぐに書面に目を戻してしまう。


「ああ、うん。……ちょっと待て」


 騎士団幹部である百人長たちは、団長の様子がただごとではないのに気づいた。将軍を囲むようにして膝をつく。


「なにかまずいことでも?」

「いや。俺らは順調だ。ただな、間諜の報告によると、敵さんがどうもエルフを俺らにけしかけようとしてるらしい」


 百人長たちは顔を見合わせた。酔いが醒めてしまった、という顔色だ。


「そりゃあ……まあ、戦の原因はエルフですがねぇ」

「自分たちの身は自分たちで守れって話ですか」

「エルフって細っこい女しかいねぇんでしょ。戦いづれぇなあ」


 鉄将軍はさらに渋い顔になって書状を畳み、鎧の隙間に突っ込んだ。


「それと、ロペス王が報酬の支払いをけちりたいらしくて、現物支給でいいか、なんて言ってきやがった」

「なんスか現物って」

「だから、捕まえたエルフ奴隷を一人よこすって話だよ」


 百人長たちはそろって顔をしかめた。


「要らねえ……」

「どうやって世話すりゃいいかわかんねえし」

「奴隷なんて抱けるかよ。憐れすぎて勃たねぇよ」


 口々に言う部下たちを見回して鉄将軍もうなずく。


「だよな。敵に回すのも褒美で貰うのもごめんだな。めんどくせえ」

「だいたいエルフがどうやって俺らと戦うんです? 森ん中じゃ色々と厄介なこともできるんでしょうが、平地に出てきたらただのひ弱な女でしょ」

「俺もそう思ってたが、報告によると、どうもエルフの中に一人とんでもないのがいて、種族全体を戦闘集団に仕立て上げちまったらしい。そいつ自身も精霊を従えてる上に、素手でも帝国騎士級、とか書いてるが、ちょっと信じられん」


 そこで百人長の一人がふと言った。


「俺そいつの噂聞いたことありますよ」


 視線がそちらに集まる。


「イシュタラビアに知り合いがいるんで。あそこの、それなりに大人数でイキってた傭兵団あったじゃないですか。ハリス隊だったっけ? あれをエルフが潰したらしいですよ。見た目は十五、六の小娘だったがえらい強くて化け物も二匹も連れてて、名前がなんだっけな、ヒナ、だったか」


 鉄将軍がいきなり身を乗り出した。


「ヒナ?」

「わっ。……なんですか将軍。知ってるんですか?」

「いや。知らねえ。……知らねえが……いや、知ってるような……」


 わけのわからないことを言い出した騎士団長を、部下たちは訝しげに見つめる。


「どうも、そのエルフの頭目とは、やり合わなきゃいけないことになりそうだな……」

「なんでですか。女を殴りたくないスよ、他の軍に任せときましょうよ」

「なんとなくだよ。ヒナ……ううむ……」


 鉄将軍のおかしな様子に部下たちが不安げな視線を交わしていると、伝令の到着を報せる鉦の音が城壁の向こう側から聞こえてきた。


「トラワキア公国軍が連合を離脱しました」


 伝令の持ってきた報せに、聞いていた騎士団員たちは目を見張る。トラワキアは連合を構成していた七王国のひとつだ。


「なにがあった」

「本隊がエルフの一団に襲撃されたそうなのですが」

「エルフにやられたのか」

「離脱するくらいズダボロにされたのか?」


 百人長たちがざわつく。伝令はあわてて首を振った。


「いえ。兵力的にはほぼ被害がなかったそうですが、そのぅ、指揮官以下、幹部がのきなみ狙われまして、みな――股間を、ですね、こう、アレされてしまい」


 伝令の言葉を濁しつつの具体的な身振り手振りでの報告に、聞いていた男たちはみな顔をしかめて思わず自分の股間に手をやる。伝聞だけでありありと痛みを想像してしまう。


「それでトラワキア軍の間に、こんな戦に勝ってもしょうがないという空気が広まってしまい、撤退判断となったようです」

「そりゃまあそうだ」

「奴隷にしてナニをしようとしたらナニをナニされるかもしれんのだろ」


 騎士団員たちはうなずき合う。


「襲ってきたエルフの中に、例の頭目はいたのか」


 鉄将軍が眉をひそめて訊ねる。


「はい。精霊二体引き連れたエルフを大勢の兵が目撃してます」

「ふうん。やるじゃねえか。的確に痛いところを攻めやがる」


 将軍は伝令をねぎらうために葡萄酒の入った革袋を投げ渡した。


「他の軍団もやられたら……いや、離脱の理由が広まるだけでもじゅうぶん効果的か。こいつは面白くないことになりそうだ。最悪、俺たちへの報酬不払いもあり得るぞ」

「まじスか将軍」

「野郎ども、ケツまくる準備はしとけよ」


 応、という低い声がいくつも返された。

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