9-②


       *


 ヒナは軍議への参加が認められなかった。

 エルフに発言権を認めるなど、帝国軍の沽券にかかわるからだろう。ヒナとしてもべつに会議などに出たくはなかったのでかまわなかったが、待機場所としてあてがわれた一室が前世での刑務所を思い出させる狭さと殺風景さなのは閉口した。さっさと森に帰らせてもらいたかった。もとより人間の軍と協調行動などするつもりもないのだ。


 帝国軍およそ二万が詰めているのは、皇帝直轄領の南の境に立つサングレシャマル要塞だった。ここを突破されると帝国の威信にかかわるため、防衛を任じられた騎士たちはすさまじい重圧を感じているらしく、軍議はひどく長引いていた。

 夕暮れになって、初老の連隊長がヒナのところにやってきた。


「連合の一角、トラワキアが帰国したそうだ。貴様の奇襲の成果――かどうかはわからんが、いや、多分そうだとは思うが……」


 エルフの軍功など認めたくない、という感情がありありと浮かんでいる。


「しかし貴様の仕事は敵先遣隊の鉄血騎士団を潰すことだろう。勝手な行動は困る」

「あんたらの作戦に従う義務はない。俺たちは皇帝の頼みで動いてるんだ。文句があるなら皇帝に言え」

「ぐ……」


 連隊長は苦い顔で歯ぎしりする。


「次も連合のどれかを突き崩す。漏れると困るからどこを狙うかは言わないが」

「貴様、我らを疑うのかッ?」

「作戦漏洩を懸念して情報を制限するのは軍隊じゃ常識だろうが」

「さっきから知ったようなことばかり……さっさと鉄血騎士団を潰せばいいのだ! 脇を奇襲でやれるなら本命もやれるだろうに!」

「あんたら、俺たちを捨て駒にするつもりだろ?」


 連隊長の顔が歪む。


「鉄血騎士団は精鋭がそろってるし、すぐ後ろに連合軍の本隊がずらっと控えてるから、頭を殺ったところで俺たちは囲まれて逃げ場無しだ。おまけにエルフだから敵さんは生け捕りにしようと群がってくるだろう。そこに外側から攻め込めばあんたらは楽に勝てるわけだ」


 なにも言い返さずただ眉根を寄せているところからして、図星なのだろう。ヒナを軍議室に立ち入らせないのはそういう話をしていたからという理由もあったわけだ。


「俺たちだって死ぬのはごめんだからな。そうならないように、連合の力を事前にできる限り削いでおく。ついでにエルフへの恐怖も植え付けとく。できれば鉄血とやり合う前に連合が瓦解して戦が終わってくれるのが理想的だが」

「……ふん。そう上手くいくわけがないだろう。戦力減の連合どもは、これ以上勢いが殺される前に直轄領に食い込もうとこのサングレシャマル要塞に総攻撃してくるはずだ」


 それはヒナもわかっていた。時間との闘いになる。


「くだらん策を弄していないでさっさと鉄血騎士団の長を仕留めてくればいいのだ!」

「そっちの件だが、鉄将軍ってやつの情報が少なすぎる。このあいだ俺が頼んだだろう、帝国軍研究所のキム・カイン少佐ってやつ。あいつが情報収集役としちゃ最適なんだ。話はつけてくれたのか?」

「研究所に問い合わせてみたが、キム・カインとは連絡がとれんそうだ。普段からふらっと出かけて何日も帰らんことが多いやつなのだそうだが、今回は書き置きもなく、どこにいるのかまったく見当もつかんと」

「……肝心なときに役に立たねえな……」


 とにかく余計な口を出すな、文句があるなら皇帝に言え、とヒナは念押しして、連隊長を部屋から追い出した。


「あいつぶっ殺さなくてよかったんスか!」


 ヒナの右手の指環から岩精がにゅうっと顔を出して言った。


「あるじにガンたれてましたよあいつ!」


 左手の指環から電精も言う。

「黙っとけ」とヒナは舌打ちする。「てめえらを実体化させてんのは俺の護身のためで、ところかまわず噛みつかせるためじゃねえぞ」


 勅命で動いているとはいえ、ヒナはエルフで、まわりじゅう人間ばかりである。どんな危険があるかわからないので二柱の精霊をいつでも使えるように半解放状態にしてあった。

 ほんとうはヒナも人間と同じ建物で寝泊まりするなどまっぴらだったのだが、軍の者たちはエルフを信用しておらず、どうせ攻撃任務など放り出して逃げるだろうと決めつけているため、少しでも疑いを薄めるためにヒナだけは帝国軍の要塞に身を置くことにしたのだ。他のエルフたちは近くの林に臨時の住居を設えて待機している。

 鉄将軍を仕留めるまでの我慢だ。


「あるじ、俺に命令してくれりゃ、その鉄なんとかってやつ捻り潰します!」

「凹まして鉄鍋にしてやります」

「ぺしゃんこにして鉄板にしてやります!」

「伸ばして鉄棒に」「二本並べて鉄道に」

「うるせえ」


 ヒナはドスのきいた声で電精と岩精を黙らせた。


「鉄将軍はおまえらじゃ恐らく相手にならない。俺がやる」

「なんでですか。俺ぁ大気の眷属スよ!」

「俺は大地の眷属!」

「大!」

「大!」

「うるせえっつってんだろ」


 ヒナは左右の手のひらを打ち合わせた。指環から顔を出していた電精と岩精は額をしたたかにぶつける羽目になる。精霊でなければこぶができていたことだろう。


「理由はまだはっきり言えない。情報も少ない。勘だ。逢ったこともないやつだが――俺が直接やり合わなきゃいけない気がする」


 論理的ではないことは自覚していた。苛立ちと焦燥感、それから喉の渇きにも似た奇妙な感情が胸の内側に溜まっていた。

 たぶん前世に関わることだ。ヒナの、エルフではない部分が鈍く痛んでいる。

 ぐっと目を閉じ、だいぶ遠ざかりつつある前世の記憶をまさぐっていると、耳元で羽音が聞こえた。

 葉乗り蛾だった。自分の身体の何倍もの葉を翼の補助として使う不思議な性質を持つため、昔から遠隔地への連絡手段としてエルフの間では頻繁に使われてきた。文字を書き込んだ葉を持たせて飛ばすのである。


「リュサンドールからスね」

「悪い報せスか」


 電精と岩精が左右から言う。わざわざ葉の手紙をのぞき込んでいるわけではなく、指環から顔を出しているのでヒナが手に持っているものが見えてしまうだけなのだが、しかしわずらわしいことには変わりがない。


「……いや。良い報せだ。星蟲洞で卵の孵化が始まりそうだと」


 星蟲洞はエルフ郷のひとつだ。枯れた世界樹の株――山ほどの大きさがある――にできた洞の中にあり、他の地域には見られない珍しい蟲たちの生息地ともなっていたが、非常に目立つ場所にあるため、今回のエルフ危機において真っ先に人間たちに狙われたという。

 ヒナの指揮でマリエルドールに続いて奪還した郷であり、孵化の兆候が出たということは優先した判断が正しかったということだ。


 エルフの子供が、生まれる。

 なによりも嬉しい報せのはずだった。

 どれほど戦おうと、奪われたものを取り返そうと、子供が生まれなければ太古から紡いできた命の連なりは途切れてしまうのだ。この日のためにヒナたちは抗ってきたのだ。


 しかし、喜びだけではなかった。

 ヒナはまだ立ち会ったことがないが、孵化期間は大人数のエルフたちが卵や嬰児につきっきりになる必要があるという。となると結界に割く人員が足りなくなる。

 リュサンドールからさらに何人か回すか……あるいは黒銀の森をそろそろ放棄するか……以降に沈みながらヒナは干し草の山に身体を横たえた。

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