10ー②


       *


 イシュタラビアの「エルフと出逢える酒場」こと《精霊樹の園》は、その夜も盛況だった。

 森の中を模した店内にエルフ風の草を編んでつくった長椅子や大型蟲の抜け殻をそのまま使った卓などが並び、客たちはホステスエルフの酌で葡萄酒や林檎酒を楽しみ、歓談に花を咲かせていた。


 開店から半年、紆余曲折はあったが、エルフがもてなしてくれるキャバクラという業態はイシュタラビアの民に受け入れられつつあった。街の名所のひとつと見なされ、旅人にはきまって勧められた。客たちにもエルフとの酒席の楽しみ方が浸透し、ここ最近は店での揉め事はほとんど起きなくなっていた。


 ヒナから《精霊樹の園》の経営を頼まれていたロキも、実際の店の切り回しはエルフたちに任せ、店には顔を出さないようになっていた。

 その夜もロキは自分の店である《456人目の花嫁亭》で帳簿をつけていた。

 駆け込んできたのは《精霊樹の園》の黒服――男性の雑務担当員――である。


「妙な客が来ている、とエルフのみなさんが言ってます」


 ロキは《精霊樹の園》に走った。

 ホステスたちのいう『妙な客』は、すでに帰ってしまった後だった。

 閉店後にホステス全員を集め、事情を聞く。


「四人連れのお客様でした」

「全員、体格のよろしい男性で」

「年の頃は、わたしたちは人間の年齢がよくわからず……はい、お若くもなくお年寄りでもないというあたりです」


「どういうふうに変だったの?」とロキは訊ねる。

「まず、お仕事をお聞きしたら、嘘をついたんです」

「隊商に雇われた人足、と言っていましたけれど、言葉遣いもお酒の作法も一定以上の正式な教育を受けた方のそれでした」


 エルフは記憶力と勘が人間の何倍も発達している。信じてよさそうだった。


「たしかに変だな。見栄張って自分は貴族だの騎士だのとほらを吹くのはよくあるけど、その逆ってのは」

「はい。話し方も、エルフについてあれこれ知りたがるのは――他のお客様でもよくあることですけれど、あの方たちはなんというか、なにか探っているようで」

「とくに、ヒナさまが傭兵団にカチ込みをかけたときのことを詳しく知りたがって」

「あの件はずいぶん噂になりましたけれど、興味本位で訊いてくる感じではなく、ヒナさまがどう戦ったのかをすごく具体的に質問してくるんです」


 そもそもヒナは店に出ているわけでもないので、一般人が存在を知る機会はそうそうないはずなのだ。


「それと、いちばん気になったのは」


 ホステスの一人が表情を曇らせて声を落とす。


「四人とも、身体のあちこちに暗器を忍ばせていたんです」


 大した教育の成果だ、とロキは感心してしまう。

 五感が人間よりもはるかに鋭敏なエルフに、戦闘関連の知識を教え込むと、このような優秀な調査員が生まれてしまうのか。その四人も、まさかここまで見抜かれているとは思うまい。


「……その四人、支払いは?」

「ちゃんともらいました。帝制銀貨で」


 脇で聞いていた黒服が答える。


「ただ、みなさんが怪しいというので、偽金を疑って、分けて保管してあります」


 ロキはふと思いついて、その連中が支払った銀貨を持ってこさせた。


「……やっぱり偽金ですか?」


 銀貨を灯りにかざしたり矯めつ眇めつしているロキを見て、黒服が心配そうに言う。


「……いや。本物だよ。ただ、ここ」


 ロキは銀貨のおもてに刻まれている皇帝の横顔、耳のあたりを指さす。


「耳がちょっとだけ尖ってるだろ。最近、皇帝が直々に指示して鋳型を造り替えさせたらしいんだ。エルフにかぶれてるんだってさ」

「はあ。それが……どういう」

「問題は、この鋳型の変更がついこの間だってこと。おれも話に聞いてただけで実物は見たことがなかったからね。まだこの耳尖り硬貨はほとんど市中に流通してないはずなんだ。それを持ってたってことは――」


 ふとロキは口をつぐみ、自分の推理の行く先について考える。黒服もホステスたちも不思議そうな目をロキに向けている。

 その四人の武装集団は、皇室に非常に近しい者たち、ということになる。

 なぜヒナについて嗅ぎ回っている?

 ヒナはたしかエルフの身でありながら皇帝に実力を認められ、諸王国連合軍の中核部隊を狙い撃つように命令を受けていたはずだ。つまり現状は皇帝の味方なのだ。

 一体なにが起きているのか。


「ロキさま……?」


 黙り込んでしまったせいで不安を煽られたのか、エルフの娘たちが顔をのぞきこんでくる。ロキは笑って手を振った。


「いや、ごめん。大丈夫。あとの調べはおれがやるよ。みんなはお客を楽しませて店を盛り上げることだけ考えてくれ」


 店を出てすぐロキは傭兵団ドンナ・ハリス隊の詰め所に向かった。

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